くろこのばすけ | ナノ

赤司征十郎と二十歳で初めてのお酒


からんと透明なグラスの中で氷が鳴った。

荒削りされた大振りの氷をロックグラスに放る。二つ並んだロックグラス、小振りな方に水割りの梅酒を大振りな方にウィスキーを注いだ。ワークトップに酒瓶を置いたまま赤司は二つのグラスを手にキッチンを後にした。

「緒戸」

呼びかければソファーを背に雑誌を捲っていた緒戸が振り返る。薄い色の瞳が少しばかり眠そうに伏せられていた。
土日休日の夜、温かい風呂に入れてやって空っぽの胃を満たしてやればこれだ。20歳になっても小さな子供から脱却しない緒戸に赤司は小さく笑った。それを見た緒戸が不思議そうに小首を傾げたが、赤司が手に持つものを見るなり苦々しく眉根を寄せる。
それに気づいた赤司は業とらしくロックグラスを鳴らして見せた。

「飲むか?」
「…いらない」

端的に答えぷいと顔を背ける緒戸に赤司は朱と金朱のオッドアイを楽しげに細めた。予想通りの緒戸の反応を楽しむ姿に、緒戸は不快そうに頬を膨らませた。面白くない!

「残念だが、その答えは受け付けない。飲め、」
「いや」
「それでもだ」

嫌がる緒戸にグラスを押し付け、赤司はゆったりとソファーに腰かけた。黒いスウェットに包まれた長い足に挟まれた緒戸が警戒する犬の様にグラスの匂いを嗅ぐ様子を面白そうに見詰める。

「…梅酒?」
「ああ。それなら飲めるだろう」
「全部飲めないよ」
「残ったらオレが飲むから気にするな。…少しは舌に馴染ませておけ、じゃないと後々後悔することになるぞ」

赤司の真摯な言葉に緒戸はぐっと言葉を詰まらせる。そして苦虫を噛み潰した様な顔で梅酒の注がれたグラスを見据える。

緒戸は今年で漸く20歳を迎えた。赤司とは同級の仲だが遅生まれの彼女は今年で漸く、だ。20歳になると許されることは色々あるが、中でも嗜むと言う意味での醍醐味は煙草とお酒だろう。20歳になる手前より、お酒を飲んだことがなく煙草嫌いだった緒戸は特にそこに感慨を覚えることはなかった。周りが20歳を迎える前にお酒を飲んでいる中、リキュールでさえ嫌っていた緒戸は大学の飲み会でも専らソフトドリンクを好んで注文した。煙草なんて百害あって一利なしで論外だ。

そんな緒戸に嗜好を強要する友人は幸いにも居らず、親も兄も気にする様子はなかった。…彼、赤司征十郎以外は。

20歳を迎えた次の日、赤司に連れられて食事に行った緒戸は初めてお酒を飲んだ。頼んだのは前々から気になっていたレモンサワーなるものだったのだが…一口飲んでお冷を一気飲みした。舌を抉る様な苦みに耐えられずに苦悶する緒戸を見かねて、赤司がオレンジジュースを追加注文するのに時間はかからなかった。

それ以降、緒戸はお酒を一切飲まない。大体、リキュール入りの大好きなチョコレートケーキでさえ気持ち悪くなってしまう自分にお酒なんて肌に合わないのだ。そう言って色んな場面を回避してきた。周りもそれを追及しなかったのに…。

「社会人になれば飲まなければならない場面がある。今の内に慣らして置かないと泣きをみるのは緒戸だ」

なんというスパルタ。
説教片手にグラスを傾ける赤司を恨めし気に見据えてから、緒戸はそっと自身もグラスを傾けた。サワーよりも優しい味が口内に広がる。香りも良いし、少し甘い…?

「ちょっと、おしいかも」

そう言ってチビチビと飲み始める緒戸に赤司は満足そうに目元を和らげ、後ろ髪を梳いてやった。少し濡れた髪に空気を含ませるような撫で方に緒戸は心地よさそうに眉根を緩め背後の赤司の手に甘える様に擦り寄る。それに答える様に赤司の手が地肌を撫で厚い親指で耳の裏を撫でてくれる…ムムッ解ってるな彼は。自分が一番好む撫で方を熟知した掌に、緒戸は安堵のまま体を預けた。___本当に、佳い気分だ。




「んーっセージュ…」

そう言って首筋に甘えてくる緒戸の手からそっとグラスを奪う。グラスから水滴が落ちない様に気を着けながら煽って見れば、中身はほとんど水だった。
大分薄くなるように水割りした梅酒が、長い時間を掛けて飲まれた所為で殆ど梅風味の水状態だ。

(飲めたものじゃないな。全部飲み干せてない上にこれが、)

自分の膝の上で火照った体を丸める緒戸。飲み始めて一時間、録画しておいた映画が中盤に差し掛かる頃合いで緒戸がのっそりとソファーに乗り上がって来た。そしてグラス片手に赤司の腕の中に潜り込み、自分の座り心地の良い場所に収まると満足そうに凭れて来た。

緒戸は小柄なので対して重荷でもないので、赤司は彼女の好きにさせた。少しばかり緒戸の背に左腕を回してやれば事足りる。そうして暫く映画を見ていたのだがエンディングが流れ始める頃合いにはすっかり緒戸は“出来上がって”しまった。

「緒戸、寝るならベッドで寝ろ」
「んぅー…」
「緒戸、怒るぞ」
「セージュすきぃ」

酒で火照った唇がリップノイズを立てて頬に落とされた。
真顔で硬直する赤司に、緒戸が意地悪そうににやーと笑う。

「ウフフフ〜」

楽しそうに笑ってぽすんと赤司の胸に頬を寄せ猫の様に擦り寄る姿にぴくりと赤司の手が跳ねる。緒戸の姿は正しく猫だ、気紛れな猫そのものだ。
普段とは違う甘え方に赤司は眉根を顰めた。この展開を期待していなかったといえば嘘になる、緒戸が酔えば甘え上戸か愚痴上戸だろうとは踏んでいたが…まさかこうも希望通りに進むとは。

「…緒戸、」

硬直から抜け出し、楽しそうに笑っている緒戸の目元に口付ければ擽ったそうに身を攀じられた。でも何時もみたいに逃げたり怒ったりするのでなく、悪戯するようにキスを返してくれる。

(これは、中々…)

試に唇にキスを贈れば、少し間があったものの意を決した様に唇にキスが返ってきた。真摯な赤司の表情とは異なり、緒戸の顔は何時までも子供の悪戯の域であったがそれは些細なことだ。彼女の体はもう十分に熟している。

「んーどこいくのぉー」
「寝室だ」

横抱きに抱き上げてやれば緒戸は楽しそうに首に腕を回し足をぱたぱたと振る。真っ白な足が泳ぐ姿は酷く扇情的で赤司の足を自然と寝室へと急がせた。

「セージュえっちぃね」
「征十郎だ、セージュじゃない」
「セージュだってぇ“セージュ”って、呼ばれて満更でもないくせにー」
「…」
「ずぼしー! いたっ」
「調子に乗るな」

何時もより口応えの多い緒戸の頬を摘まめばむーっと頬が膨れる。…緒戸の態度に悪い気はしないが、これは中々どうしてくせ者だ。

(要は使い所だな、……これはこれで存分に楽しませて貰うか)

きゃいきゃいと楽しげな今の緒戸を陥落させるのは容易い事だ。幸いにも明日は休日……多少無理をさせても構いやしない。

寝台に横たわらせた緒戸を見て、赤司は愉しげに目元を細めた。
恋人たちの夜はこれからだ、

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