くろこのばすけ | ナノ

雨なので大学サボろうとしても赤司征十郎が許さない


ぽつぽつと聞こえて来る雨音が優しく背筋を震わせる。

湿気で居心地の悪い室内、誰もいない部屋の中で緒戸はもぞりとベッドの中で身を拭った。はあと吐き出される溜息は重く、心もずんと沈んでいる様だ。絡み付くような眠気に雨音が混じって奇妙なハーモニーを創りだす。カーテンから覗いている灰色のどんより雲は、まるで緒戸の心を表している様だ。

(…大学、行きたくないなあ)

布団の中に隠れるように体をねじ込ませる。嗚呼もう憂鬱だ。

(講義はいいや…休んでもヘーキ。一応、メールしておこ)

携帯で友人に端的にメールを打ち、ぽいとベッドの下に落とす。ちょっと鈍い音がしたが…まあ大丈夫だろう、最近の携帯は強い子だ。

(さいあく…)

もぞりと布団に隠れるように蹲る。もう何もかもが嫌だった。全部ぜんぶ放棄したい気分だ。____それこそ、×にたい。

そう思った瞬間、頭に過る姿があった。
彼は何時も通り無表情で、詰まらなそうに緒戸を見ている。暫く置いて、呆れた様に笑って見せた。その笑みがキレイすぎて、眩しくて。___泣きたくなった。







インターホンを鳴らそうとした指が止まる。赤司征十郎は暫し悩んだ後、ポケットから合鍵を取り出した。キーホルダーのないシンプルなそれを鍵穴に差し込んで回せばガチャリと錠の落ちる音がする。

「…」

音を立てない様に室内に入れば、纏わり着くような湿気に眉を寄せた。
脱ぎ捨てられた小さなパンプスの横でスニーカーを脱ぎ、キッチンが併設された廊下を抜けて花模様の暖簾をくぐった。最初に視えたのはこんもりと盛り上がったベッド。

(…寝てるのか)

雨音で吐息が聞こえないので定かではない。だがそう辺りを着け、赤司は片肩に引っ掛けていたリュックを適当に置いた。

薄らと開いているカーテンを開き、エアコンのリモコンを手に取る。効率的とは言えないが、締め切ったままではあまりに室内が暗すぎる。こちらの気分まで滅入っては意味がない。


少し快適になった部屋で赤司は冷蔵庫から飲み物を拝借した。一杯目で乾いた喉を潤し、二杯目を手にしたままベッドへと歩み寄る。

濡れたコップをテーブルに置き、ゆっくりとベッドに腰掛ける。そっと膨らみに触れれば子供の様な暖かさが掌に伝わって来た。寝ている彼女を起こさない様に布団を捲れば、柔らかい髪がシーツの上に無造作に広がっているのが見えた。更に捲れば、緒戸の寝顔が覗く。


伏せられた長い睫毛がエアコンを受けて少し揺れている。しっとりとした頬は何時もより色がなく、乾いた唇が魚の様に開かれていた。良く見れば額にじんわりと汗が滲んでいる…こんな蒸し暑いのに布団に包まっていれば当然だ。

呆れて交じりで鬱陶しげな前髪を払い親指で額を拭ってやれば、緩んでいた顔が更にだらしなく緩む。安心しきった顔で掌に擦り寄ってくる緒戸を見て赤司はくすりと笑みを零した。


絶え間ない雨音が耳朶を叩く。優しいその音に身を委ねながら、赤司は暫しの間弱り切った恋人の寝相を楽しんだ。



「___起きたか、緒戸」

聞こえて来たここにはいない筈の声に、微睡の中にいた緒戸はゆるりと瞼を開いた。何かが優しく額を拭っている。…厚くて優しい指が髪を梳く感覚には酷く覚えがあった。緒戸は優しい心地よさに目を細めながらそっと手の持ち主であろう人を呼んだ。

「…せーじゅーろう?」
「ああ」

端的な答えと共に額を撫でていた掌が翻り硬い手甲が頬に添えられる。冷たい掌が火照った頬に心地よくてほうとため息が零れた。離れてしまうのが惜しくてそっと両手でその掌を取れば大きな手が柔らかく緒戸の手を握り返してくれる。…心地よい、

先ほどまでが嘘の様な優しい気持ちに流され、ちゅっと掌にキスをする。甘える様な戯れに近いそれに手の主…赤司はクスクスと笑った。

「僕よりも僕の手が好きか?」
「んー…かも、」
「酷い話だ」

そう言うと、緒戸の好きにさせていた手でぐいと顔を自分に向けさせる。睫毛に遮られた視界の向うで朱と金朱の瞳が意地悪く笑った。流れる様に被さって来た赤司が、ちゅっと音を立てて額にキスをくれる。薄い唇がしっとりと額に馴染む感覚が心地よくて背筋がぶるりと震えた。

「…大学をサボったらしいな」
「んっ」
「先週の金曜日に続き月曜と火曜、四連休もしておいて未だに体調が戻らないとは」

布団の中に潜り込んできた赤司にぐいと体を引き寄せられる。甘える緒戸の頬を撫でる指、もう一方は優しく緒戸の腰に回され、臍の辺りを衣服の上から撫でていた。ぴったりと合わさった熱に安堵の息を漏らす緒戸の旋毛に赤司がふわりと鼻先を埋めた。

「困ったやつだ」

そう言う癖に、赤司の声は愉しそうに笑っていた。なんだが馬鹿にされている気がして、緒戸は絡まってくる彼の足から逃げつつ楽しそうな赤司に反論した。

「なんで知ってるの?」
「企業秘密だ」
「…どーせおかーさんから聞いたんでしょ」
「正確には聞かされた、だな。精神的に弱すぎる娘を心配していた」
「よけーなお世話」
「かまって欲しい癖に良く言う」

そう言って赤司がむっと突き出た緒戸の唇を摘まんだ。吃驚して体が後退するがすぐさま赤司の胸に当たってしまう。逃げることができずに眉根を顰める緒戸を知って、赤司は愉しそうに指先で緒戸の唇を弄んだ。

「やへて」
「何を言っているのか解らないな」
「いひわる!」
「なんとでも」
「ひね!」

等々切れた緒戸に赤司は彼女の頭に顔を埋めて笑った。声は聞こえないが小刻みに震える肩から笑っているのは目に見えて明らかだ。

「〜〜っもうはなひてよ」
「さあどうしようか」
「うらい! ひもい! ひね!」
「まるで馬鹿の一つ覚えだ」
「いいはらはなひてよ!」
「なんだか眠くなってきた」

「おひ!!」

くわりと頭上で欠伸をする赤司、そのマイペースぶりに緒戸の怒りも行き場をなくて萎んで行ってしまう。もうどうでも良いや…そう思って赤司に腕枕して貰いながら飽きずに唇を遊ぶ赤司の指をぼうと見据えていた。

「このまま寝るのも良いがもう昼だな…腹は減ってるか?」
「ひみょー」
「そうか。…この連休ずっと部屋に籠っていたな、この引きこもりが」
「出たもん。ひょっとだけ」
「ほう、何をしにだ?」
「ほみすて」
「それは外に出たとは言わない」

失礼な。ゴミを出すのだけに外に出るのも中々大変なんだぞ。

「なら…お前のリハビリも兼ねて外で食べよう。何が食べたい?」
「……」
「緒戸」
「いへえたへたい」
「駄目だ。お前は放っておくと何時までも籠るからな、その内カビが生えるぞ」
「はへないよ!」
「物の例えだ。で、何が食べたい?」

どうやら彼は考えを変えるつもりはないらしい。マジ赤司様。
心の中で悪態を着きながら緒戸は食べたいものを思い浮かべた。うーん、ない。起き抜けということもあり、どうも外食で食べるものが思いつかない。お茶漬けとか食べたいけど、そんな家庭料理を外食するのもばからしい。

「何も…なひ。もーねはい」
「寝過ぎだ馬鹿。起きていないと夜眠れなくなるぞ」
「ほんなのいまさら…」
「明日も休んだら許さないからな」

先に釘を刺され緒戸はうっと眉根を寄せる。考えが読まれた。

「なんでへーひゅーろにいはれないといへんの? ほおっておいてよ」
「あまり生意気言うと怒るぞ。僕はいう事を聞かない犬は嫌いだ」
「あらしいぬひゃなひから!!!」
「ああ、お前はどちらかと言えば猫だな」
「んなこときひてねー!」




「じゃあ和食で良いな。何時も行く××亭にするか。お前が好きなあれもある」
「もうそれで良いです…」

ツッコミやらなんやらで体力を果たした緒戸がぐったりとベッドに埋もれて呟いた。その様子に赤司は嘆息して言う。

「体力がなさすぎる。もう少し動け、だからセックスの時も僕よりも先に__」
「ああああぁ〜〜!!!?」

なななななに素面で言ってるのこの人!!?もうイヤだ!訳が分からない!

羞恥やらなんやらでぼすりとベッドに倒れ込んだ緒戸に赤司が「寝るな」と言葉を投げる。別に私も好きで寝てんじゃないよ!

「もーほんとにイヤぁ…家に居ようよ…引きこもりばんざい」
「駄目だ。腐るぞ」
「腐っても良ぃー…」
「迷惑だ、ほら起きろ」

なんで私が腐ったら征十郎に迷惑がかかるんだ、わけわからん。

そう思いながらぐったりと埋もれるも、腹に回って来た赤司の腕に強引にベッドから引き上げられる。ぐったりと凭れ掛かかり『動きたくない』アピールをするも赤司に通じるわけがない。ひょいと軽々と抱き上げられベッドから下ろされた。

「風呂に入れ、少しは目が覚める」
「やらぁ〜」
「甘えても駄目だ」

首に腕を回して首筋に擦り寄るもずぱっと断られた。くそぉう…。

「大人しく風呂に入って目を覚ませ、服は僕が決めてやる。食事の後は買い物をしよう、それで家に帰ったら、」
「……」
「お前の気が済むまで甘やかしてやる」

征十郎はずるいと思う。そう言われたら、少し頑張ろうと思ってしまう。

ちらりと首に埋めていた顔を上げれば、それに気づいた赤司がくすりと笑った。ちゅっと落としてくれる眉間へのキスは指切りの代わりなのだろう。


depression


狭い風呂場に下ろされた私はきっと大人しく服を脱いで彼の言う通りにしてしまうのだ。
そういう意味では、赤司征十郎は誰よりも私の扱い方を心得ていた。

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