くろこのばすけ | ナノ

虹村修造と傍観少女とエロ文庫


眼下を行くカラフルな頭の下級生たちに、くすりと口元が歪む。
慌てて手持ちの文庫本でそれを隠し、それでも観察は止めない。同じ敷地内にいるといっても、あまり見られるものではないのだから見れるときに見ておかなければ。

(でもまさか、あの黒子のバスケの世界にこられるとは)

僥倖だ。
だからといって、特に悲しい最後を迎えたわけでも、虚しい再生に会ったわけでもない。幸か不幸か、わたしはベッドに入ったら赤ちゃんになっていて。生んだ母親も父親も、前世と同じ人だった。びっくりだね。

小学生の時、同じクラスに笠松という名の男の子がいた。おそらく未来の海常のその人だ。そのとき、わたしはこの世界がそうだと悟りこうして____帝光中学校にバッチリ入学を果たしましたよ。いやーん。わたしってばねっからのオタク。大好きなキャラのためならがんばりますよ?

残念ながら、彼らはわたしより二つ年上だ。なので入学まで二年待ったし、一緒の敷地にいられるのもこの一年が限界だ。うーん惜しい。

(ま、わたしは原作にちゃちゃいれる気はないので。こうして観察に徹底させてもらいますよー)

にまにましながら、わたしはスキップで屋上を横断する。そうしてお気に入りの給水タンクの影の下に座る。そうして開く文庫本は、…到底人には見せられない内容だ。

(…「次の瞬間、彼の指はわたしの秘部を張っていた。彼の唇が耳たぶに触れる、楽しそうに食んで、そして」…)

まあここまで語れば、内容は語らざるとも。
いやね。もうね、欲求不満なのです。だって精神年齢は15+乙女の秘密ですよ?それに、前世でもずっと恋人がいなくて、その、一人で慰める日々でね?それなのに、赤ちゃんからのリスタートで、もう性欲はただ抑えるだけの日々です。このくらいの発散は許してください。

(…む、ちょっと……むらむらしてきた)

こうして一人でエロ文庫読んでいるあたり、やっぱりわたしは根暗オタクなんだなーって思う。それなりに友だちもいるけど、残念ながら顔も恋愛経験値も前世と同じなので恋人はいませんよお。いくら二次元が三次元になってもそのあたりは変わらない、これは現実なのだ。

(…思春期らしくえっちぃ気分にもなるし)

ほうと、強張った肩から力を抜く。頬が火照っている。きっといまわたしは酷く恍惚とした顔をしているのだろう。あーもう、見せられたもんじゃないよ。周りをきょろきょろと見渡す。誰もいないのを確認して、わたしはもぞりと足を動かした。すこしだけでも快楽を得たくて、まあここで始める気はないけど少しは慰めに____

「ンだよ、ナニはしねぇの?」
「!!」

「そりゃあ、残念」

盗みがばれた犯罪者のようだった。
ばっと振り返った先で、光を背にした男性がこちらを見下げていた。短い黒髪の下で、鷹のような金の瞳が眇められた。

「なっ、だ…!」
「おいおい逃げるなよ」
「ひっ」

逃げるつもりはなかった。というより、口止めもしていないのに逃げられるわけがなかった。だから単に逃げ腰になっただけなのだが、男には逃げようとしたように見えたらしい。ダンっと目の前に影が落ちてくる。ひらりとタンクの上から落ちてきた影は妙に大柄だった。ひーっ奇行種だ!巨人がきたぞ!!

恐怖でとっさに頭を抱えたわたしに、落ちてきた影はすくりと立ち上がった。ポッケに手を突っ込んで仁王立ち、そんな仰々しい姿で、その男は自信満々ににまりと笑った。


「みーちゃった


「っ、」
「神聖なる学び舎の上の青空の下、いやー良い趣味してんじゃん」

ぱくぱくと鯉のように口を動かすわたしから、その男は容易くわたしの本を奪ってしまう。アー!!アアー!!!

唐突なことになにも対処できない。言葉を失い、思考を停止させ、情けなく屋上にへたれるわたしの前で、男は「ふーん」といいながらぱらぱらと文庫本を捲った。

「やっ、やめ、それ…は、」
「なるほどなるほど。こういうのはやってんの?」
「え、あ、」
「それとも、ぜーんぶお前の趣味?」

答えられなかった。
返事の変わりにぎゅうと唇を噛む。顔が火を噴いたように赤くなる。言葉をなくして俯くわたしに、男は楽しそうに喉を鳴らす。

「へーへーそーなーんだー」
「…っ、こ、の事はっ」
「や・だ」

がばりとあげた顔にわたしの文庫本が押し付けられた。

「ぼふぉ!」
「なんなら、俺が読んでやろうか」

もう本当に、言葉がでない。
呆然とするわたしの顔から文庫本を引き離した男は、ぺらりと文庫本を開くと朗々と詠う。

「第64頁、15行から。朗読者、虹村修造」
(っに、にじっ____!!)

「どーぞご清聴くださーい」




神聖なる学び舎の上青空の下、我らが帝光中学バスケ部主将様はとっても良い笑顔で笑いながらエロ文庫を朗読し始めた。

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