くろこのばすけ | ナノ

キセキに案じられる


その光景を見た時、死んでしまいたくなった。
色鮮やかな人たち、綺麗な人たち。
嗚呼、そこは私の立ち入って良い場所じゃなかったんだと_____自覚させられた。

それは、桃色の嫉妬なのだろう。
真っ黒で汚い私は、自分の中にあるそれを認めたくなくて


逃げる事を、選んだ。





また、違和感(なのだよ)。

教室の中で同性の友人に囲まれて笑う色紙緒戸、その様子は至って普通だ。そう、何も可笑しい事はない。なのに、緑間はどうして自分がそこの光景に違和を覚えているのか解らなかった。

(…なんだこれは、何故…認められない)

そういえば、此処の所色紙と話をしていない。別にその有無が緑間の日常を変化させうるだけの影響があるかといえば答えは『No』だ。なのに、なのに何故、指折り彼女と無関係の日々を数えるのだろう。彼女とどう話をしていたのかなんて思い起こす必要があるのだろう。

そんなことに意味はないのに。

(、)

不意に、色紙がこちらを見た。大きな胡桃色の瞳が楽しそうな色を宿して笑っている。友人を引き連れてこちらにやって来た、その様子に何故か焦燥してしまう。時間にすれば、僅か10秒足らず。


こちらに歩いて来る色紙に期待して、
なにも無く通り過ぎられたことに落胆して、

(ああ、これは)

自分に余る、衝動だ。








元から、それほどの関係でもなくて。俺が一方的に知ってて、あっちも俺を一方的に知ってるって感じ。黒子とか、青峰とか、そういう存在を通してでしか互いに互いを認知しなかった関係、___いま思えば、それは俺なりに心地よかったのかもしれない。

それが俺と彼女の適切な距離だった。


(あ、緒戸ちゃん)

クラスから出て来た彼女は、複数の友人と共に談話していた。偶に高くなる笑い声や身振り、数日前までは当たり前に目にしていたそれが何故か今は妙に懐かしい。染み渡る様な懐古感が、僅かに器官を締める。訪れた息苦しさに黄瀬は首元を探り、何度か声量を確かめた。うん、異状無し___なのに、

(どうして、)

笑っている彼女を見るとむかつくんだ?

気紛れに体育館を訪れていた彼女が、まるで糸が切れた様に現れなくなった。
青峰も緑間も紫原も、気にした風をまるで見せないが体育館に思い出したように訪れる違和が首筋を指す様に煩わしい。

(なんスかそれ、オレは…どうしたんだよ)

色紙緒戸と黄瀬涼太の関係性は、誰かを通して初めて成立するものだ。
それに文句はない、不満も無い。それが自分にとって適切な距離だから。…だって彼女は、バスケ部員じゃないマネージャーな訳でもない、まったくのバスケ未経験者でクラスも違うただの一般生徒だ。そんな相手と自分がもつ接点はそれで十分だ。

じゃあ、なんでイラつく?彼女との距離を、こっちから縮めようとする?

間に跨る青峰や黒子がいらないと思った訳じゃない。
彼女への認識が深まった訳でもないない。

ならなんで?

くすくすと笑いあいながら移動する女子の集団。彼女の周りにいる生徒が自分を見て僅かに頬を明らめる、横の生徒と小声で何かを交わしながら自分の隣を通り過ぎて行く中___緒戸は一度として自分を見なかった。

(ああ___これは予想以上に、)

噛んだ唇から血が零れる。

(ムカつく)

ただ___自分たち以外の前で笑う彼女が許せなかった。








元々は、全てが偶然だった。

色紙さんは偶然、体育館を通りかかって偶々僕たちがそこにいた。幾つもの偶然が重なり合って生まれた出会いは妙にくすぐったいけど…決して、居心地が悪かったわけではない。だから現状維持に甘んじた、そんな僕の甘い気持ちが。

偶然の様に舞い込んだ出会いを、こうもあっさりと打ち切ってしまう。



「今日も、来ませんね…」

雨降りの午後、体育館にはバスケットボールの音で溢れかえっている。僕はその溢れかえる音の中にいることが好きだった。まるで自分の周りが大好きなもので埋め尽くされる様な気がするから。___そう言った僕を、彼女は肯定も否定もしなかった。ただ一言『眠りたくなるね』と言ったことを、何故だか忘れられない。

「あ? …なにがだよ」

僕の言葉に青峰くんが言う。汗だくになってボールを持つ姿は何時もと同じ、…まるで本当に何のことか解っていないようなその姿を、僕は少しだけ理解できた。要は認めたくないんだ、僕も…青峰くんも。

「いえ、練習しましょうか」

彼女がいた日々が、楽しかったことなんて。
(彼女が僕たちを切り捨てた事実を)

彼女を失った体育館の入口は、少しだけ色が霞んで見えた。







俺はアイツが嫌いだ。だって小さい癖に生意気だし、赤ちんに気に入られてるし、それだけでも腹が立つのに、その上アイツはバスケしたことない!なのに、のこのこコートに入って笑ってる姿は鼻に着く。ちょーぜつムカつく、マジ捻り潰したくなる。

だから俺とアイツは喧嘩ばっかりしてた。何かと口論して、アイツを泣かせたことだってある。…あ、そういえばその所為で体育館来なかったこともあるよな。あの時は…赤ちんと黒ちんが俺を謝らせたんだっけ。

(なんだよ)

アイツと喧嘩するのはアイツが気に入らないから。ムカつくから、だから喧嘩する。
だけど『喧嘩すること』自体は…それほど嫌いじゃなかった。真っ直ぐに怒鳴ってくるアイツの声も嫌いじゃなかった。

(俺が、泣かせなくても)

イガイガしていて、人から見れば仲悪く見えたこの距離も、

(アイツ、来ないじゃん…)

嫌いじゃなかった。
(もう随分、あの金切声を聞いてない)








「色紙、」
「! 赤司くん」

振り返った色紙は予想外にも何時も通りだった。頬がこけることもなく、顔色が悪い事も無い、俺が知っている時分と何一つ変わらない姿だった。(じゃあ、なんで)

「どうしたの?赤司くんから話しかけて来るって珍しいね」
「まあクラスが違うからね」
「それもそうだ」

そう言って笑う彼女に、俺は上手く笑い返す。大丈夫、大丈夫だ。まるで試合の時みたいに滾り始める心臓を抑えて、俺は平静を装う。(じゃあなんで、)

「…色紙、今日は来るのかい?」
「? どこに?」
「体育館、紫原も青峰も寂しがってるよ」

そういうと色紙は少し目を見開く…そういう可能性を考えていなかったのか。そう呆れるも、同時に僅かに安堵している自分がいた。嗚呼、これなら…彼女はすぐ、戻って来るのではないかと。

「…ごめん、今日は…いけないかな」
「…どうして?」
「先生に提出するプリントがあるの、放課後に行くって約束したから」
「プリントを渡すくらい直ぐに済むだろう、終わってから来ても俺たちはいるぞ?」
「うーん…お誘いは嬉しいんだけど、宿題もあるし。家の用事があるから、やっぱり今日は無理かな、…折角誘ってくれたのにごめんね」

その言葉は、俺には違う風に聴こえた。笑う笑みもどうも猜疑的に見てしまう。『今日は無理』?嘘をつけ、どうせ明日も『今日は無理』と言うんだろう。そうして、お前はずっと俺たちに会わないつもりなんだろう。(じゃあなんで!)

「…っと、もうこんな時間か…じゃあ、私資料運ばないとだから、またね赤司くん」
「…嗚呼、」

そう言って沢山のノートを抱えた色紙は離れて行く。

「また、」

そんなことないなんて解っていた。


じゃあなんで、お前は××××_____

言えなかった言葉だけが、俺の中で反芻した。







「緒戸ちゃん!」
「!」

振り返った先で、桃井さんが何故か焦燥していた。何があったんですか!

「ど、どうしたんですか、桃井ちゃん?」
「え、あ、あのっあのさ、」
「?」

何かと待っていると桃井さんの顔がどんどん面白い事に…おお百面相。感嘆しているうちに何か思い至ることがあったのか桃井さんは突然笑い出した。

「あははっ!」
「桃井さん?」
「ごめん、なんでもないのっえへ」

そう言って笑う桃井さんに私も笑う。彼女が伝えたいこと、言いたい事、訊ねたい事、なんとなく解ったけど知らないフリをした。…ごめんね、


それでもそれが、私の決めた事だから。






「よお色紙!お前アイツ等に見捨てられたらしいな!」
「…」
「お前みたいなつまんねー女絶対捨てられるとは思ってたけど意外と早かったじゃねぇか!」
「…」
「おいなんか言えよ!」

「なんか用ですか、バスケ部を強制退部させられた灰崎くん」
「お前いい加減にしねぇとぶっ殺すぞ!」


ギャー!と叫ぶ灰崎を相手にしていると本当に暴れ馬か何かを扱っている気分だ。お前と言い青峰くんといい本能に従って生きすぎだろバスケ部。あ、紫原もか。


「で、何の様?ないなら私忙しいから行くぞ」


ため息交じりでそう言えば、灰崎は少し顔を歪めた。あー馬鹿丸出しだなその顔。

「…は、なるほどな…それがお前の本性ってやつか、」
「灰崎くん、いい加減にしないと度の過ぎた中二病は後々後悔することになるぞ」
「うっせぇよ!」
「だから退部させられるんだよ」
「少し黙れ!」

ぎゃあぎゃあとうるさい灰崎を他所にわたしはいちご牛乳のパックにストローをぶちこんだ。

「手前ぇ自分がハブられたからって俺にあたんじゃねーよ!」
「別にそういうわけでもないけど」
「あ゛? じゃあなんでこんなことになってんだよ」
「灰崎くん…君という人は本当に、」
「?」

「どうしようもないおばかさんだね」
「よし手前そこにならえ、今日という今日は許さねぇぞ」

ぼきぼきとこぶしを鳴らす彼を無視してちゅうと牛乳を吸った。甘い匂いに砂糖をぶちまけたような味。胃凭れしそうなその感覚は、彼らに似ている。

「…ただ、思い知っただけ」
「はあ?」

「灰崎くん、君たちはなんて美しいんだろう」

瞬間。灰崎の顔がぱんっと火花を散らす花火のように赤く染まったが気にせずに。わたしはぼそりと続けた。

「あまりにもまぶしくて、わたしはそこに行けそうにないよ」

浮かべた笑みはきっと上手く繕えてなんていなかった。



(わたしは、そこにはゆけない)

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