離
「鮮花様」
「____紅明様も、__」
「__おだやかな」
「とてもお似合い___」
「鮮花様を紅明様に宛がい、紅炎様には他の妃を」
「___そうたとえば、前王の忘れ形見」
全て、戯言に過ぎないと分かっている。生産性のない話ばかりを繰り返す家臣たち、暇を持て余しているのなら今すぐ戦地に赴き国の為に死ね。俺の前では何一つ言えない癖に、ああでも偶に媚び諂った老人共が同じことをいう。
紅炎様に相応しい、文武に優れた聡明な姫をご用意しましょう。と、
煩い、煩い、煩い。そんなことは、貴様らよりもずっと、俺の方が理解している。鮮花は妃の器ではない、この国を根付く暗黒から救うには、鮮花ではあまりに力不足だ。もっと政治的な判断力に優れ、俺が留守の間も王宮を守ることができる皇妃こそが、煌帝国が求める真の皇妃。
「だから、早く手放せと言ったのに」
俺がいう、俺自身に。手放せと、逃がしてやれと。あの柔らかい手の温もりが手放せなくなる前に、あの穏やかな笑みが二度と見られなくなる前に。俺を泣きながら呼ぶ声が、恋しくなる前にと。
___「紅炎」
________ああ煩い、黙れ。
お前は黙って、俺に従っていればいい。
そうしている内は、守ってやれる。何も見なくていい、俺だけのことを考えていればいい。そうして、お前が俺だけを追ってきている内は、俺もお前を守ってやれる。俺自身から、も。
だから、いつか 俺 を _____
「もうンお兄チャンの馬鹿ァ〜〜〜!」
きんと耳を付く高い声に目が覚めた。意識がぼんやりとしている、視界がいやにきらきらと輝いていた。これはなんだろう…金貨、?
「なっ 」
がばりと起き上がるために着いた手の先から、からからと金貨が落ちていく。信じられないことだが、わたしは金貨の山の上に眠っていたらしい。なにがどうなってそうなった、訳が解らず混乱していると先ほど聞こえた声がキーーーンとわたしの耳を貫いた。
「どォして勝手にこんなことしたのォ、ひどいひどい アルマトランの二の舞になったらどうするつもりなのよォ!」
「…はあ、だからそうならないように。こうしてわたしは色々と策を」
「難しいことわっかんないっ わたしにもわかるように説明して、バカァ!お兄ちゃんのあんぽんたン!」
「いた、いたいっ いたいから! いたいから!」
恐る恐る声をする方を見ると、青い幽霊のようなものがケンカしていた。話の内容から察するに、翼を持った大きな方が兄で、小柄な方が妹のようだ。止めた方が良いのだろうかと困っていると、小柄な方が気づいて「アァ!」と声を上げた。
「目ぇ覚めたんだねェ 良かったあ!」
「え、あの…はい。あのここは、ど こ 」
うわあ、おっきいい…。
ずいぶん遠くにいたようで、小柄だと思っていた妹の方が近づくにつれて小さな山ほどある巨体の持ち主であることが解った。え、あ、遠近法? 対峙したことのない巨大な生き物に、完全に腰が抜けてしまう。怯えるわたしを他所に、小柄なそれはわたしの体程ある手で器用にわたしの身体を摩った。
「良かったぁ 目覚めなかったらどうしようかと思ったよォ」
「うえっ あの うぷ」
「お兄チャンが意地悪してごめんネェ わたしがちょーっとお昼寝してたらサァ、なんか勝手にいろいろ始めちゃってたみたい」
「おひい、ちゃん ?」
「うん、お兄チャン マルファスっていうの、わたしは妹のハルファス! この迷宮の魔神だヨ」
こりゃ、えらいこっちゃで(真顔)
ハルファスに小動物のようにいーこいーこされながら告げられた衝撃の真実に愕然としていると、ぬうと後ろから違う物体が近づいてくる。ごほんっと咳払いする音に振り向けば、そこにはハルファスの倍以上ありそうな青い幽霊の姿が…えっと、彼がマルファス、なのだろうか。
「妹が失礼した、彼女はなんというか…気さくでね。悪く思わないでくれたまえ」
「え、あ…はい あの」
「わたしはマルファス、彼女が紹介した通り兄である。我らは兄弟、二柱一神にてこの迷宮を司っている」
「わたくしは楠鮮花と申します、煌帝国は第一皇子 西征軍大総督・練紅炎に仕えるものです」
魔神は一柱につき、一つの迷宮を。と聞いていたが、こういう例もあるのか。こんなことならもう少し真面目に、紅明くんの迷宮講座を聞いておくんだった。少し後悔していると、突然どごんっと大きな音とともに衝撃が襲ってきた。
「な、なに!?」
「おやおや」
パラパラと崩れた天井の破片が落ちてくる。何連撃と続く衝撃の所為で金貨の山は崩れ、棚の本がバラバラと崩れ落ちる。
「どうやら彼はご立腹の様子」
「え、彼 って」
「あなたと一緒にきた人ぉ〜 かっこいい旦那様だね、羨ましいなあ」
紅炎だ。___紅炎が、わたしの名前を呼ぶ声聞こえる。
見上げる先に何が見えるわけでもないのに、確かにその向こう側にあの人がいる気がしたのだ。呆然と天井を見上げているわたしに、マルファスが突然深く頭を下げた。
「非礼を詫びる、異国の王妃よ。あなたがたの絆を確かめるためとは言え、残酷な選択を迫ってしまった」
「絆を、確かめる…?」
「いかにも。我が迷宮は番にのみ開かれる、我らが求める王足る資質は武力知略のみに非ず」
「自分の番を大事にできない人に、民を守る資質はないでしょォ ってこと」
番…つまりそれは、夫婦ということだろうか。
なるほどこの迷宮が4年もの間聖門を閉ざしていたのは、そういう理由なのか。この迷宮を攻略に訪れるものの殆どは王や武力を持った兵士、…危険だと分かっているところに、態々夫婦で訪れるものはそうはいない。
あれ、でもわたしと紅炎は夫婦じゃないのになんで開いたのだろう。
「あなたの旦那様、あなたがここに落とされてすぐにアガレスで迷宮ごと地面抉ってひっくり返そうとしてるのよォ ステキ!愛だわぁ〜!」
「凄まじい魔力だ、流石2柱が認めた王の器というべきか」
「___と、ということはつまり、紅炎を王と認めてくださったのですか!?」
すごいことだ、これは。これで、紅炎は金属器を4つ保持したことになる。いや、二柱一神ということは一つのカウントなのだろうか。その内に、あのシンドバット王に届いてしまうかもしれない!
「…お聞きしたいことがある、異国の王妃よ」
「え、 あ、わたしに、ですか」
「然り。…最後の選択を迫った時、あなたは『大丈夫』だと言ったようにお見受けした。その言葉の真意を問いたい」
最後の時、確かにわたしは紅炎にそういった。まさか言及されるとは思っていなくて驚いたが、慎重に言葉を選びながら答える。
「…あなたは最初『どうか間違うことを恐れず思うがまま答えてください』と言いました。その後、紅炎の質問に念を押すように『傷つけることはしない』と。だから一瞬、これも試練の内のひとつではないかと思ったんです」
「死ぬことはないと?」
「いえ、死ぬかもしれない…位には、思っていました。もし予想が当たればよかった、くらいで」
「怖くなかったのぉ?」
「怖かったです、すごく」
でもそれ以上に、
「紅炎が死んだら、わたし泣いちゃうから」
「…それはきっと、彼も同じ思いだと思いますよ」
マルファスの言葉が、少しだけ上手く噛み砕けなかった。彼、彼って…誰のことだろう。話の流れ的には紅炎だけど、少なくとも今の彼が泣いている姿なんて想像がつかない。それもわたしなんかの為に。
「ねェ、鮮花。わたしはねぇ、昔大好きな王様に仕えていたの」
「ハルファス、その話は」
「お兄チャンは黙っててぇ!」
怒鳴られてしゅんと体を小さくしたマルファスを他所に、ハルファスはわたしに話を続ける。
「その王様には大事にしていた王妃様がいて、2人はとっても愛し合って幸せだった。だけど悲しいことがいっぱい起きて、王妃様は死んじゃった…」
「決して弱いお方ではなかった。だが、その強さに甘え…わたしたちは考えることをしなかった。王が亡きあと、その志を継ぎひとり孤独に戦われた王妃に気づかず、助けることができなかった」
「だからわたしたちは考えたの、次にもし王様を選ぶとしたら。わたしたちはやっぱり、そこに愛を求める!」
「そして、愛と共に紡がれた志が二度と砕かれることのなきように、我らは王ではなく王妃を守らんと」
光が見える、眩く輝く白い鳥が星々のように瞬いて飛んでいる。きっとわたしには思いも及ばぬ大きな力をもった魔神たちが、記憶の奥底にある悲しい出来事を思い出して、今にもこぼれそうになる涙を必死に堪えていた。
「…あ、大変お兄チャン。金属器になりそうなものがパッと見ない」
「む… いや、よく見ろ。ここにあるではないか」
ちょんとマルファスがわたしの懐のあたりを指差す。そこにあるものには心当たりがあったので、慌てて懐を探り…隠していた香嚢を取り出す。中に入っていたものを見せると、ハルファスが「何それ」と首を傾げた。
「紅炎が、初陣の時に身に着けていた鎧のかけら。もう壊れてしまったのだけど、これが彼の命を守ってくれたので…お守り代わりに、」
「…長く手元にあり良く馴染んでいる、金属器にするには十分だろう」
「うん、そうだねェ」
「え、ここここ これを金属器にするの!? 待って、紅炎を王と認めてくれたんじゃ」
話が良く解らない方向に進んでいる気がして慌てて止めに入るが、彼らはイタズラ好きの子供のように笑うばかりだった。
「もちろん、あの人は立派な王だろうねぇ。だって、王妃様にこんなにも想われている!」
「いったであろう、我らは王ではなく王妃を守ると。その為には、王ではなく王妃…あなたの傍にいる必要がある」
「っそいうコト! だから、わたしたち兄弟は、あなたを迷宮攻略者として認めるわン!」
「 え゛ぇ!!!?」
わたしの大声に合わせて、迷宮がどごんっと大きく揺れた。あ、あ、の。さっきからなんとなく感じていたけれど、振動がさっきから大きく…。っていうか、これ紅炎がやっているって言っていたけど、本当になにしているんだあの人。このままではわたしも殺されあばばば。
「このままでは、迷宮だけではなく彼の王も魔力が尽きて死ぬ」
「わたしが死んだ意味!」
「アハハハ じゃあ、早く戻ってあげないとだねェ!」
ハルファスが手を掲げると、白い光の柱が立ち昇る。これに入れば帰れるし、地上で紅炎に会えるという。素直に柱の中に入ると、不思議な浮遊感が体を包み込んだ。少しずつ上昇していくわたしに、2人は拝礼をしてくれる。
「わたしは宣誓と糾弾を司る精霊ハルファス」
「わたしは願望と知識を司る精霊マルファス」
これからよろしくね、王妃様!
その言葉とともに、2人の姿は黄金の御柱となって天に…あれ、あの光こっちに落ちてきてない?
「ちょ、 ちょっとま、 きゃあーーーー!」
握り締めていた欠片に直撃したあああああ。わたしの宝物が、ふ、粉砕する…! それが合図であったように、ぐんと体にかかる引力が強くなる。ぐんぐんとえ、これどこまでいく、こわああああいいいいい。
ぎゅうと目を瞑った向こうで、紅炎がわたしを呼ぶ声が聞こえた気がした。
「鮮花!!!!!」
「はあい!!!」
とんでもない大声で呼ばれて、身体が魚のように跳ね上がる。どうやら地面の上に倒れていたらしい、反射的に起き上がろうとしたが上手くいかない。よろけた体を、咄嗟に誰かが抱えてくれた。…そのまま痛い位の力で抱き寄せられる、この衣の匂いをわたしは知っている。
「…こう、えん?」
「___」
「こうえ、 いたいいたいだいいだい゛っ !」
無言でぎゅうううううと抱きしめられて、あの、内臓が、内臓がでる。骨が、骨がー!
そんな風に叫んでいると、遠くから青秀と女官の声が聞こえてきた。それに沢山の煌帝国の兵、いつもより顔色が悪い紅明くんも。事態が把握できずおろおろする彼らと、今まさに圧死しようとしているわたし、声をかけてもうんともすんとも言わない紅炎というなんともシュールな構図になってしまった。
「義姉上に怪我がないか確認する必要があります」という紅明くんの鶴の一声で、漸く脱することができた。はふはふと呼吸を繰り返すわたしを、紅炎がじっと見てくる。え、こわい。でもその顔は、怖さ以外にも何か違うものが混じっている様に見えた。
「紅炎?」
「___死んだ、かと」
それはきっと誰にも聞こえなかっただろう、紅炎らしくない小さな声だった。
触れようと伸ばした手を、紅炎の大きな手が掴む。その温度を確かめるように、まるで祈るように唇で触れるから…どうにもおかしくなって、わたしは笑ってしまう。
「大丈夫だって、言ったでしょう」
「お前のそれは信用ならん」
「え、ひどい」
「怪我はないな」
「うん、紅炎こそ怪我してない? なんか心なしか肌がぴりぴりしている気がするのだけど」
「魔力切れだ、気にするな」
魔力…。あ、迷宮をひっくり返そうとしていたアレか。
「無茶しないで、紅炎になにかあればわたしが怒られる」
「お前に心配されるほど軟な鍛え方はしていない」
「屁理屈いわない。紅明くん、わたしは良いから紅炎に怪我ないか看てあげて」
「わかりました」
「鮮花が先だ、紅明」
「わかりましたって ハァー、お二人ともそれだけ口が回るのならお元気そうですね」
心配して損した。と、ぼりぼり頭を掻く紅明くん。女官が「鮮花様、良かったあ良かったあ」と泣き崩れているのを、「だから大丈夫って言ったでしょう」と青秀が慰めてくれている。うちの女官がお世話になります…。
「おい、鮮花」
色々あったが帰りましょうか、とみんなでワイワイしていると。思い出したように紅炎が引き留める、なにかと近づけば酷く不機嫌そうな顔で言われた。
「二度とああいう真似はするな」
「ああいう…」
「最後の問い掛けのことだ、忘れたとは言わせんぞ」
下から顎を掴んでギリギリと締め付けてくるので、答えることもできない。必死にこくこくと頷くわたしに、それでも満足しないのか紅炎は怖い顔をしながらつづける。
「お前は、黙って、俺の指示に従っていろ。誰がその場で死ぬかは俺が決めることであって、間違ってもお前が決めることではない。断じて、ない」
必死にこくこくと頷く。
「その命、その髪の一筋に到るまで、所有権はお前ではなく俺にある。俺のものを好き勝手に扱うことは決して許さん、いいな わかったか!!」
「は゛い゛!!!」
「何の宣誓ですかこれ」
呆れた顔の紅明くんが「何をいまさら、義姉上はずっと前から兄王様のものでしょう」という。え、そうなの。婚約者って、そういう…命も全て捧げなければいけない的な盟約だったの? いや、そうでなくても紅炎の為ならなんでもする覚悟だったけど、それはちょっと知らなかった。
ひりひりする頬をさすりながら馬車に乗ると、紅明くんが「そういえば」と思い出したように言う。
「遅れましたが、兄王様。3つ目の金属器の獲得、おめでとうございます」
「…は?」
「はあ、って。迷宮を攻略されたのでしょう、だから消えたのではないのですか」
「…いや、俺じゃない。他に攻略者がいたんだろう」
「え」
「あ、そういえばわたし、その金属器らしいもの頂きました」
「____は?」
「____は? というか義姉上、それ六芒星がふた、つ」
直後、馬車から「鮮花!!!!!」と紅炎の怒鳴り声が大音量で響いた。
後から冷静に考えると、これで怒られるのならもうどんな功績や武功を挙げても褒められることはなく、怒られるに違いない。と妙な悟りを開いてしまった鮮花であった。