守
「おお…」
輿から下りて目にしたものは、思っていたよりもずっと強大で驚いた。ふらりと近寄ろうとしたが、それは腰辺りに伸びてきた手に止められてしまう。
「紅炎」
「不用意に近づくな、あれはまだ未攻略の迷宮だ」
そういう紅炎の瞳には、戦帰りの時のような深い警戒と荒々しい情が渦巻いていた。食い入るように遥か先に位置する視たことのない白く不思議な形状をした塔を見据える。そんな彼の感情に呼応するように、腰に佩いた剣が不思議な光を宿す。
…金属器。それは、突如として世界に現れた未知の建造物、迷宮(ダンジョン)を攻略した者に与えられる覇者の権能。それを与えるものは魔神(ジン)と呼ばれ、彼の迷宮の宝物庫に眠り、いずれ訪れる王となるものを待ち続けているという。
全て紅炎から伝えきいた話で、それまでは夢物語だと思っていた。だが、紅炎が全身ぼろぼろにして、白雄殿下から賜った大事な剣に六芒星を宿して戻って来たとき。鮮花はそれが真実なのだと教えられた。あれから短くない時間が流れ、今や夢物語であった金属器は紅炎の手元に二つとなった。そして彼の弟・紅明も同じ金属器を得て、煌帝国には二人の金属器使いを有することになった。
「でも、わたしを連れてきてくれたことは、あの迷宮は安全なんでしょう?」
「安全というには語弊がある。あれはここ4年の間どの攻略者も拒んでいるんだ」
聞けば、あの迷宮は煌帝国の『マギ』が出現させたものではないらしい。そして出現したその日から、記録に残る限りはただ一人の攻略者に門扉を開かず、ただただ沈黙を守っているという。眼下に広がる広大な樹林、その中に聳える白い塔は…どこか寂しい気配を纏っているように思えるのはそのためだろうか。
「紅炎はあれを攻略しないの」
「聖門が開かかないからな」
どうやらまだ金属器を手に入れるつもりでいるらしい。確かに彼の音にきくシンドバット王は、7つの金属器を有していると聞くし。いくつあっても邪魔になるということはないのだろうが…。そんなことを悶々と考えていると、「おい」とぶっきらぼうな声がかかった。
「戻るぞ」
「もう?」
「あまり長居すべきではない」
そういってさっさと踵を返す紅炎に、名残惜しく思いながら続いた。
最初は些細な我儘だった。噂にきく迷宮が、どんなものか見てみたい。立場上あまり外に出られないので無理なことと諦めていたが、何を思ったのか紅炎がそれを叶えてくれた。
彼自身いまはとても忙しい時期なのに、そうしてわたしのことに耳を傾けてくれたのはどういう理由でも嬉しい。だからこそこれ以上迷惑はかけられない。素直に頷いて見せたものの、やはりどうにも尾を引かれるような重いで、最後に…と、振り向いた矢先の事であった。
「ぇ」
「! 鮮花様っ!!」
最初に異変に気づいたのは、護衛のために控えていた青秀だった。紅炎が弾かれたように振り向くが、それよりも先に……何時の間にか、眼前に迫っていた白い帯のようなものがわたしの身体に絡み付く。
あ、と思ったときには遅い。凄まじい力でぐんと引き寄せられて抗うことができなかった。
「って いだたたたたたたた!」
「行かせるか!!!」
「髪ぬける˝! かみぬける˝ぅー!」
「うわっえげつな って、紅炎さまー!俺を置いてかないでくでさいー!!」
「いやああああああ鮮花さまああああああああ!!!」
青秀と昔馴染みの女官が凄まじい悲鳴をあげるが申し訳ないのだ。正直彼らよりも、得体のしれないものに誘拐されかけたわたしを掴まえようとして、わたしの髪をわし掴みにした紅炎への恨みつらみの方が先にでる。なんで髪を掴んだの!?
だがこの白い良く解らないものは空気が読める子だった。仕方ないなあというように紅炎も帯で掴み取ってくれたおかげでわたしの頭皮への負担はだいぶ減った。よかった、剥げると思った…。
ほっとしたのも束の間。次に目を覚ました時、わたしは______
「え」
____見たことのない世界にいた。
見上げると、そこは青空と夕焼けが混在する不思議な空が広がっていた。
迷宮の中ということは室内のはず、だが不思議と風の気配を感じる。まるで外にいるような心地だ。ふらふらと立ち上がれば短い草がくしゃりと潰れる。聳えるのは煌帝国ではあまりに目にすることがない常緑針葉樹。遠くから聞こえた声は鴉のものに良く似ている。
(こ、ここ… どこ…?)
きょろきょろと不審者宜しく見渡すがまるで情報が入ってこない。え、まさか迷子。さあと青褪めていると、鴉の鳴声と羽ばたきの音が聞こえた。
吃驚して見上げた先に、得体の知れない黒い影が青と赤の混ざり合った空を凄まじい速度で飛んでいた。え、こわ。木陰に隠れようするも、それは黒い影から分離して、こちらにびゅんっと飛んできたものに拒まれてしまう。
「ヒッ!? こっ こんどはなに!?」
身体を固くしている間わたしの身体に巻き付いて、それがひょっこりと顔をだす。ギャシャアと聞いたことのない声を上げるそれは、生き物…というより、白い湯気のようにも見えた。よく見ればそれは龍の姿をしてような。え、なにこれ。なんか得体の知れないものに巻きつかれた!
どうしようかと一生懸命考えていると、どずんっと後ろの方で重いものが着地したような衝撃が走った。同時に身の毛がよだつ様な怒気も。あ、やばい。これもっとやばいのが来た。
「…鮮花ぁ…」
(これは死んだ)
がしっと後ろから頭をわし掴みにされた。この感覚とっても覚えがあります、はい。
カチンコチンになった頭を無理やり振り向かされた先で、鬼の形相をした紅炎がなんとも言い難いコスプレをして仁王立ちしていた。え、えーーーーーそれなんていうコスプレ。っていうかあつっなんかすっごい熱いんですけど!?なんですかこれ!!
「…何か、俺に言うことはないか」
紅炎がものすごーく重苦しい声でいう。何と答えてもきついお仕置きが待っていることは目に見えていた。それでも無い頭をフル回転させて、機嫌をとるための言葉を組み立てる。
「お… オシャレ、ですね… その格好」
「………」
紅炎が片方の口を吊り上げて笑う。次の瞬間、わたしは思い切り頭を殴られたのは言うまでもない。