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炎帝妃殿下は練紅炎を守りたい


「____では、後のことは兄王様に、___」
「あ、紅明さま」

ぽろりと紅明の手から巻物が零れ落ちた。気づいた忠雲が警告を発するが、間に合わない。ぽとりと地面に落ちようとしたそれは、しかし、落ちることなく白い手によって拾い上げられた。

「! 義姉上」
「はい、義姉上です。 紅明くん、落し物だよ」

ニコニコ笑う鮮花に、紅明は呆れた様子で続ける。

「まったく、あなたは何時も妙なところで反射神経が良いというか…。どうしてそれを、兄王様から逃げる時に使わないのですか」
「それは中々難しいね、なにせ紅炎が怒るとすごい迫力でわたし足がすくんじゃうの」
「まあ気持ちはわかりますよ、機嫌が悪い兄王様の相手など私とて御免こうむりたいです…はあ、考えただけで気が滅入ります」

辟易とため息をつく紅明を察し、ぽんと肩に手を置いた。

鮮花は、数え6つの頃に煌王練白徳の弟、練紅徳の長子・紅炎の許嫁として召し上げられた。鮮花生家は、かつて煌帝国が中原の小さな「煌国」であった時分から王家に仕える武家であり、今を持ってなお血を同じくする多くのものが煌帝国の中枢において武官として名を馳せている。_____家名、教養、素質、すべてをもって鮮花は紅炎の許嫁となった。

と、まあ。その頃からの付き合いのため、鮮花にしてみれば紅炎の実弟である紅明を初めとした腹違いの練家子息は実の兄弟のようなものだ。…それは、紅炎が皇太子となった今も変わらない。

「ところで、義姉上はこのような所でなにを。よもや護衛も付けずに散策していたとか言わないで下さいね。どやされるのは私なんですから」
「…」
「…」
「…」
「…」
「…えへ」

可愛く笑ってみたがダメだった。紅明が一転してゴミを見るような目で見るから、鮮花のSAN値がじりじりと削れてしまう。きゅうと縮んで「ゴメンナサイ」という鮮花に、紅明は鳥の巣のような頭をがしがしと掻いて唸る。

「まったく、あなたに必要なのは自覚ですね。兄王様に毎日説教される私が言えた立場ではありませんが、御身がこの国にとって二つとない“炎帝”唯一の至宝であることを忘れないで下さい」
「ただの腐れ縁ってだけなんだけどね」
「…」

ぺしんと巻物で頭を叩かれた。なぜ。

「そういうことばかりいうと、私だけではなく兄王様にまで愛想つかされますよ」
「うーん… そうだねえ。 まあ一応腐っても皇太子妃候補だから、それなりに頑張ってはいるけれど」
「……」
「毎日それなりに楽しいし、 …もし、紅炎がそんなわたしに飽きたなら、それもそれでしょうがないかなって」

その時は、最初から決めていたとおり_____後を濁さず、この座を降りるだけだ。
後宮に戻ろうとすたすた歩くと、後ろから紅明がついてきた。どうやら送ってくれるらしい、振り返って「ありがとう」といえば、彼は溜息をついて聞こえるか聞こえないかの声で言う。

「…兄王が浮かばれませんね」

全くである。_____彼は何時になったら、本当の“運命”に気づくのだろうか。







「鮮花はさあ、炎兄のこと好きじゃないのォ?」

茶器を手にした紅覇が、不思議そうに尋ねて来た。

「好きという感情を知る前に婚約しちゃったからなあ」
「ふーん… じゃあさ、“いつ結婚”するの? 何時までも妃候補ってわけにもいかないでしょ、炎兄も次期皇帝としての立場があるしさあ」
「そうはいっても、肝心の本人が長期不在だからねぇ。いない人と婚儀を交わすほど虚しいものはないよ。煌帝国征西軍大総督は、何時もお忙しいのです」
「へぇ、知ってるんだ」
「? 手紙に書いてあったから」

他愛のない会話のはずだったが、紅覇が「ふ〜ん…」と含みのある視線を向けて来るから落ち着かない。

「大総督でェ、皇子の政務もしてるいそがしィ〜炎兄があ、わざわざ鮮花のために手紙書いてるんだあー… ふーん」
「なになに、拗ねないで。 まったく、紅覇も もう大人なんだからいい加減兄離れなさい」

思えば、この小さな第三皇子は何時だって紅炎と紅明の後ろをひっついて回っていた。最初は猫の子のように警戒して近寄れば全身を逆立てていた紅覇も、今やこうして暇さえあれば顔をみせてくれるのだから時の流れは凄いものだ。

よしよしと頭を撫でていると、紅覇がぼそりと誰にいうでもなく呟いた。

「…炎兄浮かばれないなぁ〜」

…その言葉、どこかで聞いたような。







「おかえりなさい」

寝室でぼんやりと本を読んでいると、かたりと戸が開いた。この寝室に入れる人間は決まっているので、わたしは顔を上げる前に迎えの言葉を口にした。

「…ああ」
「兄弟会議は無事におわった?」

本を閉じて顔を上げれば、愛想のアの字もない婚約者の姿がそこにあった。

征西軍大総督として帰還した彼には色々とやらなければいけないことが多い様で、出迎えも早々に「後宮に戻れ」と言われたのが朝のことである。女官たちはそのそっけない態度に「酷い」と顔を真っ赤にして怒ってくれたが、わたしにとっては都合の良い返事だった。

わたしは愚図で、容量が良くない。だから“多くの事はできない”、後宮管理はそんなわたしに紅炎が与えてくれた数少ない仕事だ。今回の事で、後宮に住まう姫たちはみな動揺を隠せずにいる。その状態を治めるためにはいくら時間があっても足りない。正直一時も惜しい中、彼が渡してくれたバトンはとてもわたしにとって都合の良いものだった。

「夜はまだ冷えるね。白湯でも飲んで温まる?」
「ああ」

真っ直ぐに寝台に向かう紅炎に近づいて、背にかけていた羽織を受け取った。小さい頃とは違い、見上げればいけないほど長身になった紅炎。体格差はいわずもがななので、羽織ひとつ受け取るにも一苦労だ。

両手で持ち上げても裾を引きずりそうなそれを、なんとか衣桁にかけて整える。後ろでは紅炎がぼうとした顔でそれを見ていた。ちょっと、気が抜けているのかコケシみたいな顔になっている。

「で。 結局白湯は飲むの?飲まないの?」
「…」
「あのね、黙っていてもわからないよ。わたし魔道士じゃないし、察しも悪いから紅炎が言葉にしてくれないとわからないの」
「…はあ、 いる」

渋々答えてくれた紅炎、それが嬉しくて「うん」と頷いて返した。

「そういえば、無事に紅覇も戻って来たってね」
「知ってるのか」
「うん。帰還した足で報告に来てくれたの。ついでに土産だとマグノ、マグノシ…」
「マグノシュタット」
「そうそう、そこで造られた珍しい茶器と茶葉をくれたの。紅覇はセンスがいいね、蝶々の模様で、とってもかわいい茶器なの」

思い出してほっこりしているわたしの横で、紅炎が盆から茶器を手に取りぐいと煽った。

「他の義妹たちも揃って、紅炎の弟妹がこうして揃うのは何年振りかな。 …陛下のことはとても残念だけど、少し嬉しい気持ちもあるの。そういえば、もう陛下への謁見は」
「明日に伸ばした。兄弟みなで赴く、鮮花」
「はい」
「その時はお前も俺につくことになる、…いいな」

飲み干した茶器を片手に転がして、紅炎が訊ねてくる。その瞳の奥には強固な意志揺れている、あの日から一時も消えたことのない大火の残り火。紅炎がくれる言葉には、いつも多くの意味が込められているように思えた。それなのに、わたしに汲み取れるものは少ない。しょうがない、それがわたしの限界なのだ。わたしの…わたしという人間の“底”。

だから、できることを精一杯やろう。
悔いのない選択を、自分で選んで行こう。

幸いにもわたしの周りの世界は優しくて、わたしの意思を何時だって尊重してくれる。

「大丈夫、なんとかなる」

大きな紅炎の手に、そっと触れる。
大きくて、武骨で、あの頃よりもずっと逞しい。だけどわたしにとって、紅炎はいまでも…恐いと、できないと…白雄様たちを亡くして、独り立ち向かわなければならない恐怖に声もなく泣いていた小さな紅炎のままに見える。あのとき、嘆く彼を一晩中抱きしめて囁いた言葉を繰り返すのは、呪いにも似ている。だけど、これがわたしの、精一杯。


「わたしが守ってあげるね」


わたしができること全てをもって。
きっとできる。だってわたしは紅炎の"運命"じゃないから。

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