魔装の練紅明と天体観測する
2023/4/15…添削、誤字修正
黒く硬質な爪の先が示す先に、蒼い光が灯る。
それは命(ルフ)の灯。
「天魁、」
彼の囁きに応えるように、真っ暗な世界に軌跡が煌めく。それはたったひとつの煌めきを残して、霧中を突き進む。
「天旋、天機、天権、玉衝、開陽、揺光____」
肌を刺す冷たい夜風に巻き込むように深い闇が広がった。棚引く夜帳色の腰布には描かれた、無数の陣。それは神がこの世に描いた無二の星図、宇宙の法則そのものだ。
「これが『北斗七星』、七つの一際光を放つ恒星で象られた星図です。『柄杓の器』『七曜の星』とも呼ばれ、春の夜空として語られることが多い」
「まあ」
「………鮮花殿、私ではなく星図を見て下さい」
ぼりぼりと頭を掻きながら紅明が指先で指し示すが、足元の鮮花は楽しそうに彼を見つめるばかりだった。何時もの風が吹けば攫われてしまいそうな薄い絹ではなく、冬用の綿が編み込まれた外套纏っているが、それでも深窓の媛には寒さが堪えるのか。薄く桃色を纏う頬が青白く、髪から覗く耳が赤みを帯びている。
そうして、どこか眠そうに微睡む瞳は、津々と紅明に注がれるばかり。
何時になく熱い視線に、居心地悪そうに紅明は肩をすくめた。
「なんですか…、そんなに見つめても鳩は出ませんよ?」
「まあ、金属器はそのようなこともできるのですか!」
「出ないと言っているでしょう、金属器は奇術師の使う道具ではありません」
ぴしゃりと打うような紅明の言葉に、期待に目を輝かせていた鮮花がしゅんと視線を落とす。その様子に、一瞬罪悪感のようなものを覚えるが、嘘を伝えるよりは良いだろうと言い訳をするように繰り替す。
まあけれど…言い方というものがあったのかもしれない。靄の晴れない心中を誤魔化すように頭を掻いていると、鮮花が「ああ、でも」と顔を上げる。
「やっぱり手品のようです」
「はぁ?」
「だって、ほら。いつも綿毛のような御髪が、絹のようにサラサラですもの!」
「………、」
両手を握り締めて熱弁する鮮花を、紅明はああと掻いていた髪を見る。
…紅明が所持する金属器には、ダンダリオンという魔人(ジン)が宿っている。ジンは金属器にその力を纏わせる他にも、所持者を魔人の化身とする「魔装」という力があった。
その力で化身と化した紅明の髪は、何時もぼさぼさが嘘のようにしなやかだ。艶やかな紫光を帯び、櫛も必要でないほど滑らかな肌触りをしている。だが魔装及ぼす影響は、そういった身体的変化だけではとどまらない。衣装も魔力によって武装化され、腕には羽衣が靡き、腰には夜空を映したような魔布を巻かれていた。その能力の一端により浮遊している様も相まって、紅明の姿は正しく人外のそれであった。
「いつもこうであったなら、貴方様が苦手な朝もゆっくりお休みしていただけますのに」
「……それはどうも、何時も面倒をおかけしてすみませんね」
「…なぜ謝るのですか」
ぼそりと紅明が口にした謝罪に、覚えがないというように鮮花が首を傾げた。
「なぜって…わたしの髪を結うのは、貴女でしょう」
「わたしが髪を結うのは、良くないと言うことですか」
「そうではなく」
「ではどういう」
「〜〜ッ」
「…」
「はああ、どうして貴女との話はいつもこう」
「あの、ごめんなさい。わたし、また何か」
「どうして謝るんですか、あなたが謝ることは何一つないでしょう。……ついでに言っておくと、嫌というわけではありません。自分じゃあ七面倒だと、放り投げている雑務全てを貴女は文句の一つ言わず請け負ってくれているのだから」
「!」
「感謝こそすれ、そんな風に思った事は一度もなりません」
「そのくらいは弁えているつもりです」と続ける紅明は、しかし一度として鮮花を見ようとしなかった。腕を組みそっぽを向く紅明は、見ように寄れば冷たく情のない様子であるが…今ばかりは、鮮花にとっては救いに等しい。
(____このようにだらしない顔、見せられませんもの)
へにゃりと蕩けそうになる顔を袖口で隠しながら、鮮花はその場でのた打ち回りたい衝動をぎゅっと堪えた。だっていつも塩対応の紅明が、あんな言葉をくれるなんて。今日はなんて、記念すべき夜なのだろう!
「ひゃあ」
「…風が出て来ましたね」
だがそんな和やかな空気は長続きしなかった。すわ体ごと攫われてしまいそうなほど強い夜風に鮮花は悲鳴を上げて、ぐっと体を縮めた。風はすぐに止んだが遊ばれた髪見事に爆発してしまった、慌てて手櫛で整えていると、紅明がぱんっと手拍子を打つ。
「今宵はこれでお開きといたしましょう。…まったくこんな夜更けに星を見たいなど、本当に貴女は物好きですね」
「ふふ、申し訳ありません」
「星図もしらない癖にどうやって北斗七星を見つけるつもりだったのか…。そもそも、時期が早すぎる。ダンダリオンがいなければ、今ごろ貴女はありもしない星を延々と探すことに______」
「くしゅん」
くどくどと続いた紅明の話は、鮮花のくしゃみにぴたりと止まった。
「す、すみません…」
「いえ……、私の方こそ気が利きませんでした。宮に戻りましょう」
「ああそんな、どうかもう少しだけ」
「はあ?」
戻ろうと地に降り立った紅明が、鮮花に言葉に信じられないと言う顔で声をあげた。
「なんて我儘を! 今にしても、私が同伴しているからして特別に許可しているんですよ」
「もう少し星が見たいのです」
「それは明日でもできるでしょう」
「明日ではいけません___いま見ていたいのです。貴方と一緒に、それで少しでも多く貴方様のことを知りたい…なんて、ふふ。確かに、わたしは貴方様の言う通り我儘な女ですね」
「〜〜〜〜っ、はあ」
一拍置いて、紅明が根負けしたように長いため息をつく。そうして魔装を解くと、きょとんとしている鮮花の背に回り急かすように背を押した。
「貴方様」
「ほら、いいからさっさと宮に戻りますよ」
「でも」
「でももだってもありません。星なら宮の窓からだって見えるでしょう、それに…」
「…?」
「…星に訊ねるなどまどろしい。わたしのことが知りたいというのなら、…直接わたしに訊けば良いでしょう」
言うなり、ぴゅうとそっぽを向いてしまった紅明、しかし少しだけ覗く耳は微かに赤みが刺していて。鮮花は嬉しそうに笑って「そうかもしれませんね」ところころ喉を震わせた。