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「じゃあ、試してみましょう」
例え、運命ではないと解っていても____あなたの傍にいたいとつよく強く願ってしまった。
それがわたしの二度目の人生、その始まりと。終わり、あなたにせいっぱい恋をしたひと時のこと。

「すきです」
その四文字はほろりと。わたしという実からほぐれるようにして唇から落ちた。あ。と思ったときには遅い。ぽかんと口を開くわたし、そして、……何時も涼やかな目元をまあるくする鬼灯様。
「____わ わすれてください!!」
「…はい、そうします」
「っやっぱわすれちゃだめです!」
「どっちだ」
まったくもって鬼灯様の言う通りである。パニックであわあわと両手をバタつかせるわたしに、鬼灯様は呆れた面持ちで溜息をつく。その横顔は「面倒」の二文字が書いてるようで、心の奥がつきんと痛んだ。でもそれ以上に、嬉しいという気持ちがぶわりと広がる。
だって漸くいえた。漸く伝えられた。ずっと秘めていた思いを、ちゃんと自分で、鬼灯様に届けたのだ。その結果がどうとしても、それはなんて____誇らしく、偉大な一歩。
「わ わわわ わたしがんばりますっ ずっとすきです、これからも片思いがんばります!」
「それは結構。 しかし、公私混合されては迷惑です」
「仕事します!!」
「___では、報告に戻ってください。鮮花さん」
それは、地獄が制定されてしばらくしてのこと。
さらなる安定した統治のため、地獄を開拓しそれぞれに統括する部署を設けることになった。政治的にきちんと整えるとなれば、土地だけではなく…今まで地獄には縁遠かった“書類整備”や“仔細な数字、事情のやりとり”が必要となる。そのためには文官となる獄卒が働ける詰所が必要となる。
わたしは、そのために派遣された獄卒のひとりだった。地獄の端っこで、従業員を管理し、詰所完成までをきちんと監督するのがお仕事だ。そのお仕事で初めて、____わたしは、夢の人と逢い見えることになる。
閻魔殿付き獄卒、鬼灯。
いずれ、地獄でその名を知らぬ人はいなくなる“二代目”補佐官の鬼神。その他の追従を許さない絶対強者の片鱗は、もうすでに見え隠れしているといっていい。今日も、朝から怠けていた獄卒を眉1つ動かさず華麗な手つきで(文字通り)しばき倒した手腕はすばらしかった。
(死んでからのまさかの逆行トリップ… いつかいつかとは思っていたが、ようやく神さまがわたしに味方した!)
思い返せば徒の人間には辛くて苦しいことばかりの地獄ライフ。今日まで頑張って来てよかった…!
公私混合するなというお達しをうけ、わたしは視界の隅に入る鬼灯様にきゅんきゅんしながらも頑張って業務を熟した。しれっとした顔でいたつもりが、わたしから溢れる鬼灯様すきすきオーラ(死語)は一目瞭然だったらしく、一週間も経たずに従業員獄卒に囃し立てられることになる。
「鮮花ちゃん、ほんとうに鬼灯様のこと好きだね〜」
「っへえあああ!? ななな なんのことですか!?」
「はっはは 誤魔化す必要ねーよ。誰からみても一発でわかっからよ、なあ!」
「んだな」
な、なんだって…!?
「でもあの兄ちゃん相手はちぃーと難しんじゃねぇか」
「むっ わ、わたしでは釣り合わないということですか? それは重々承知です、あんな素敵な人のとなり…並び立つだけでも恐縮ものですが、…」
「そうじゃなくてよ、 ほれ鮮花ちゃんあの鬼神に比べるとガキみてぇに小さいだろ。だから夜のほうがt」
「セクハラ禁止ぃいいいいい!」
ばしんっと持っていた(未来的にいうと)バインダーで獄卒の顔を叩き倒した。リーチがないと油断したな!ばかめ!
「ほっ ほっ 鬼灯様でハレンチなこと想像するなんてっ万死に値します! 変態!」
「そっちかよ!?」
「どんだけ惚れこんでんだ鮮花坊…」
「いやでも、冗談抜きにして。 俺は鮮花ちゃんと鬼灯様、良いとおもうけどな」
む、…なんだ。詳しくきこうじゃないか。
「あの鬼、地獄生まれじゃないだろう。元はヒトで、鬼火があわさってんでぇ鬼人になったつー話だ」
「ほお… それじゃあ生まれは鮮花ちゃんと同じか」
「そういやあ角も同じだな。 鮮花も額に一角、鬼灯様も一角だ」
とんと獄卒が額を叩く。つられて額に指を伝うと、そこには人間の時にはなかったものがこつんとあたる。空をむく一本の角、それはわたしが人以外のモノになった証でもあった。当初はこれに重い悩まされたものだが、今は正直“鬼灯様とお揃い”というワードの破壊力に身も心もどろどろになるばかりだ。「鮮花ちゃん!?」「溶けた!」「鬼が溶けるなんて聞いたことねぇぞ!」でへへ…鬼灯様と、おぞろい…
「そこ、何を遊んでいるのですか! 休憩時間はとうに過ぎていますよ!」
「はい! 申し訳ありません鬼灯様っいますぐ持ち場にもどります!」
「うをっ 一瞬で人間に…!」
「どういう原理だ…」
「鮮花ちゃん、恋をして…変わったな」
良くも悪くも。そう言ってやれやれと含みのある笑みをうかべる獄卒たちをさっさと現場に戻らさせる。去り際に「がんばれよ」と声をかけてくれる獄卒は、みないい人だ。見た目パンチパーマの昭和ヤンキーだけど、…うん。(ヤンキーというカテゴリからは外せないが)地元の愛のある優しいヤンキーだ。
「随分と仲が良いのですね」
「! このあたりの獄卒の方には、色々とお世話になっていて…。 すみません、仕事中ということを欠いていました。これからは慎みます」
「反省は言葉より行動で示してください、意思の伴わない言葉などいくらあっても同じことです」
鬼灯様は…きょうもきびかっこいい(※厳しいけどかっこいい)!!
怒られているのににやにやと緩んでしまう顔のなんて情けないこと。どろりと溶ける頬をバインダーで隠しながら「ごめんなさい」と謝る。その様子を咎める様に黒い瞳がじっと見つめて来た。もしや、このだらしない顔がバレている…!?鬼灯様には他意はないと解っているが、ダメだ。その目で。その顔で見つめられると、顔があああああ!
「…ヘドロみたいになってますが、大丈夫ですか」
「す、ずみません だいじょうぶでず 少ししたら人間にもどります…」
「早くしてください。仕事にならない様なら蹴り出します」
わたしはコンマで人間に戻り、もりもりと鬼灯様の仕事をお手伝いした。スライムもほどほどにしないとダメだよね!
ああ、鬼灯様。鬼灯様。その時間はまるで夢のようだった。朝仕事場にいくと鬼灯様がいて、夕方帰るときは鬼灯様を見送って。まるで夫婦じゃないか、これは!すごい、いつでも夫婦になれる!そう息巻いたわたしを他の獄卒は気が早いと笑うが、いやいやこれは紙一重だよ。だっていまもう疑似夫婦だもん!
夜はふわふわと今日の鬼灯様から未来の鬼灯一家(もちろん妻はわたし)まで妄想して、毎日が幸せだった。まるで綿菓子でふわふわと包み込んでもらったみたい。こんな気持ちは初めてだ。その気持ちは日に日に大きくなって、今では鬼灯様とちょっと話しただけで顔がでろでろ。体もでろでろ。最初こそ白い目で見ていた鬼灯様だが、コレで確り話しを聞いていることが解ってからは放置という手段をとられている。ほうちぷれい…!またとても高度ですね!でもきらいじゃないれすすす!
「では、今日の報告を。鮮花さん」
「はい、今日も好きです」
「つぎ」
「はい! えっと本日の進捗と、資材調整なのですが」
鬼灯様ったら、てれちゃってもう!
でへでへとしながらも、報告はきっちりとしているのがお前が鬼灯様にド突き倒されない理由だろうと、中の知れた獄卒に言われた。ちがうもん。鬼灯様はわたしとそーしそうあいだから殴ったりしないもん。仕事ができるできないなんて愛の前では関係ない!
「鬼灯様、仕事のできるできないは関係ないですよね」
「バカは嫌いです」
「ですよね! わたしお利口ですよ!」
「バカほど自分でそう言うんですよね」
わたしはどろどろになった。恋のトキメキではなく、絶望でどろどろになった。まさに地獄のヘドロ、呼吸停止間際の泥ヘドロなわたしをみて、他の獄卒が悲鳴をあげていたが関係ない。よ、よもや鬼灯様がお利口専門の性癖をおもちとは…!これは勉強確りしないとバカがバレるぞ…!
そうしてばりばり勉強していたら、いつの間にかそれなりに仕事を評価され詰所の文官上司に任命された。阿鼻地獄…後に地獄のエリートと呼ばれる職につけたのだ。すごいぞわたし!やればできる子!
「鬼灯様っ鬼灯様っ わ、わたし、阿鼻地獄の上官職に任命されました!」
「知ってます。任命書届けたのわたしですから」
「ありがとうございますありがとうございますっ これも鬼灯様があったからこそです!」
「わたしはあなたの仕事ぶりを上司に報告しただけです。上官職に任命されたのはあなたの実力です」
「いいえ、鬼灯様がいたからがんばれました。 動機は不純で、鬼灯様とお近づきになりたいとか、鬼灯様に褒められたいとか、あわよくば鬼灯様の隣で働きたいとかですけど」
「どんだけわたしのこと好きなんですか、あなた」
「でも!」
伝われ、伝われ、この気持ちぜんぶまるごと。
「あなたに会えてよかった…!」
報われた、いままでの人生ぜんぶ。そう思えるのはきっと、奇跡だ。
「あ、 あああ あの、あくしゅっ! あくしゅしてください!」
「はあ? なんで握手…まあ、良いですけど」
「あああああああ ありがとうございます! ふわあああ もう、一生、一生はムリですけどこの感覚は水ごときで洗い流しません!心に刻みつけます!!」
「何時も全力疾走してますけど疲れませんか?」
「つかれませんっきょうもあしたも、ずっとずっと 鬼灯様一筋です!!」
「それはご苦労様です」
うおおおおおおと鬼灯様との皮膚to皮膚に泣き崩れるわたし。それに驚いて助けに来てくれた獄卒がうっかり握手した手に触れてくれたので発狂、なにしてくれたんだ手前ぇえええええ!心配してくれて嬉しいけど迷惑だよおおおお!でも呆れた鬼灯様が迷惑そうな顔でもう一度握手してくれて、わたしはもう、この日を一生忘れないと心に誓った。
暫くして、鬼灯様は詰所を離れた。わたしはその詰め所で上官として仕事に就いた。あの日のことは思い出しても夢のようで、立場もあって今は軽く会いにいける立場ではないけれど…偶に視察に訪れてくれる鬼灯様に、365日エブリデイアイラブユーを伝えている。そうして訪れたのは、鬼灯様が二代目補佐官に正式に任命される記念式典。わたしは仕事で赴くことができなかった、噂できけば…神獣・白澤が式典に乱入して大量の黒いネコのぬいぐるみと、鼻緒が切れた草履の雨を降らせたとか。
この時ばかりは、一度も会ったことのない神獣を頭の中で上手に焼けましたの刑に処さずを得なかった。なにやってくれてんだあいつ!そういえばそんなの原作にあったな!忘れてた!!
「一体どうなるんだこの治世…」
「不吉だ、」
そういってヒソヒソと語る分にはいい。だが、あろうことか就任した鬼灯様を悪くいうから我慢の緒が切れた。バインダーを思い切り悪口をいう獄卒をばしばしと折檻しながらわたしは態度を改めさせた。
「地獄出身のくせになに神獣のいうことなんて信じてるんですかーーー!」
「おちつけ、おちつけ鮮花!」
「だいたい鬼灯様がついていながら、この地獄がおちぶれるなんてこと万が一にもありません!あの人がどれほど優秀で立派な人か、みな良く解っているでしょうに!なぜそれを都合よく忘れてしまいますか!?」
「鮮花ちゃん、ほんと鬼灯様のこと好きだなー」
「それとこれはいま関係ありませんっ いいですか、わたしが良いたいことは! _____もし、地獄がおちぶれるようなことがあれば。それは誰かのせいではなくて、頭のイカれた神獣の戯言を信じて己の職務の怠慢を良しとした多勢のせいです! _____見えない未来を恐れる前に、目の前のすべきことをきちんとなさいませ!」
このボンクラどもぉおおおおお!と暴れたら、古参の獄卒たちに珍獣を扱うようにして抑え込まれた。顔を真っ赤にして怒るわたしに、「わかった」「わかった」とあやす様にものをいうのは止めていただきたい!だけど…わたしの誠意は伝わったようで、それからこと阿鼻地獄でそのコソコソ話をする鬼は少なくなった。解ればいいんだよ、わかれば!
むんすと満足げに今日もきっちりかっちりお仕事をしていると、突然閻魔殿から文が届いた。見れば、突然ではあるが緊急の視察が行われるということ。どういうこっちゃ!ていうかわたし詰め所で一夜明かしてるからお風呂入ってないんだけど!まって!せめてしゃ、え、もうそこまできてる?嘘だと言って!!!
久しぶりに見えた鬼灯様はやっぱり素敵に無敵だった。少しだけ疲れた顔をしていたけれど、それはそれでアンニュイな感じがおいしそ…じゃなくて、とってもかっこいいです。
「仕事中にすみません、至急確認したいことがありまして」
「いいいいえ、いいえ、こちらこそ十分なおもてなしができなくて申し訳ありません! 本来ならばこちらから赴かなければいけない立場ですのに」
「お気遣いなく、 ……それで、何徹目ですか?」
「…き、 きかないでくださぃ…」
恥かしくてしゅるしゅると小さくなるわたしに、鬼灯様は「わかりました」と今日もクールに一言。ぐいとひと肌程度の湯を飲み明かすので、すかさず新しい急須を転がす。今度は少し湯を温かくした。
「そ、そうです。 鬼灯様、この度は二代目補佐官への御就任おめでとうございます!」
「ああ、丁寧にどうも。暫くは慣れないことも多く…特に色々とルールが定まっていない阿鼻地獄には無理をお願いすることが多いかもしれませんが」
「大丈夫です、わたしまだまだがんばれますよ!」
「あなた一人が頑張っても効率が悪いので、他の獄卒をよく動かしてください」
「すみません、わかりました!」
ぴしゃんとうつように注意されてしまった。うう、恥ずかしい。しゅんとしていると、鬼灯様がどこかぼんやりとした目でぽつりといった。
「…地獄は、これからどうなると思いますか」
「え、突然ですね。 えーっと、きっと良くなると思います。具体的に言えと言われると難しいですけど、鬼灯様に閻魔大王もいらっしゃいますし!」
「そんな理由ですか、まるで子どもの言い訳のようですね」
「すみません、何分バカなもので…でも、本当にそう思ってます! あ、もちろん鬼灯様と閻魔大王が同じ未来を見て、真っ直ぐに良い方に向かって行けばの話です。途中でこの世を魔界にしてやるみたいに進路方向を変えられてしまうと、ちょっとわたしも予想が難しい」
「やりませんよ、そんなめんどくさそうなこと」
「ですよね、じゃあ大丈夫です。鬼灯様ががんばるんですもの、わたしも微力ながら精一杯お手伝いします。だからきっと大丈夫!」
「その根拠のない自信、どこから来るんですか。いっそ見習わせてほしいくらいです」
「ご不安なのですか、鬼灯様が珍しい」
「わたしとて不安の1つ覚えることくらいあります」
「そうですね、でも…うん。やっぱり大丈夫ですよ、」
「だから、そんなのわからないでしょう」
「じゃあ、試してみましょう」
少しだけ険を帯びた黒い瞳が恐い、でも、わたしは気丈に笑って見せた。
「この地獄が良くなるか、悪くなるか…一緒に試してみましょう。わたしと賭けをするんです」
「…賭け、ですか」
「はい。わたしは良くなる方に賭けます。この先の未来、鬼灯様が「解った」と思うまで、お仕事をがんばります。だから鬼灯様もがんばってください」
「…」
黙ってしまった鬼灯様に、わたしは少し慌てる。あれ、言葉を間違えてしまっただろうか。わたわたしている内に、鬼灯様がゆるりと口元を覆っていた指を滑らせて低い声でいう。
「賭け、なら」
「はい」
「なにか互いに差し出して賭けるものがなければ、それは双方に価値があると思うものでなければ意味がない」
「え、 あ、そうですね…。 えっと、結果が解るときまでに貯金しておきます! その貯金で買えるもの、あ、現金そのままでも構いません」
「…良いでしょう。ですが、最低ボーダーラインは決めましょう。貯金額が子どもの小遣い程度では話になりません」
「う、 ぐ、… はい!」
「それともう一つ…賭けるにあたって大事なことがあります」
するりと黒い瞳がわたしをみる。そこには仄暗い鬼火が揺らめいているように見えて、びくりと肩が震えた。う、怖い。改めて実感する、目の前の鬼が…この地獄で最たる位を有する“鬼神”なのだと。
「賭けとは勝者と敗者があってこそ成立する…途中で駆けた相手が逃げ出されては、興醒めもいいところ」
「わたし逃げませんよ。 というか逃げられません、一応役職持ちなので!ここでお仕事しま」
続く言葉は、伸びて来た手に遮られる。黒く伸びた爪が着物の襟を裂いて、力任せにぐいと引き寄せられる。眼前まで迫った眼孔に、息を忘れるほどに囚われた。触れるほど近い唇が、低い音とともに「それでは生温い」と告げる。
「もっと良い方法があります」
「 ほ、 ずきさ 」
「より確実に、互いを絡めて逃がさないようにする方法… あなたにとっては願ったりかなったりでしょう。わたしのことを好きだというその言葉、そこに嘘がないのなら」
「 ま」
「いいでしょう、賭けます。 ___ですが、勝敗がわかるその時まで、あなたにはわたしの傍にいてもらいます。嫌だと泣いて喚いても、逃がしてやるなんてヘマいたしませんのでどうぞご安心を」
その後、覚えているのは。噛み付くようなキス、ロマンスもなにもあったもんじゃないただの唇をぶつけるだけの暴力的な行為。その日からわたしは、“だいすきなひと”のものになった。
その形は決して、美しいものではなかったけれど。