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沢田綱吉(成り代わり)で水泳教室


「わたし、水泳25メートルどころか1メートルも泳げないんだよね」

ふっと、黒板に書かれた『水泳テスト』の文字の前で笑う。
あもうこれ補習だ。夜中居残りでプールに残されるんだ。それで泳げるまでバタ足とビート板地獄が続き、最後にはプール掃除の罰がおまけでついていくるんでしょ。知ってるしってる。

アハハーと諦めの境地で笑うわたしを、小さな家庭教師がじっとみていた。なんだい。わたしの癖っ毛とも寝癖ともとれない髪を見ていてもなにも楽しくはなかろうに。この髪もどうにかならんかねぇ。ただでさえ、目立つ蜂蜜色なのにこんなもっさりしてたらもうアレだね。万博のキャラクターみたいだよね。

「はあー」
「よし、決めたぞ汐」
「え?」

肩を落としながら家庭教師を見れば、彼はにひると特有の笑みを浮かべいった。

「今度の課題は、水泳だぞ」
「………はい?」

湧き上がってくる嫌な予感に身を縮める。
課題、それはこの見た目は赤ん坊頭脳は鬼畜ドSの家庭教師がことある毎に口にする言葉だ。勉強も運動も、人間関係だってそれなりに無難にやってきたわたしを『立派なマフィアのドンナ』にすると意味の解らない理由で課されるそれらは、わたしをダメ人間にしたいのかスーパーヒーローにしたいのか今一わからない結果ばかりを生んで来た。

(例えば、ストーカー気質のハーフを一本釣りしちゃったり。例えば、自殺志願のポジティブ狂人に懐かれたり。例えば、この日本で最も恐ろしい本能の獣をたきつけちゃったり。例えば、日本人だかイタリア人だかもしれないリアル犯罪者に標的にされたり)

上げればキリがない。しかも揃いも揃ってイケメンというなんとも悍ましい事実。なんだ、我が家庭教師様は面食いなのか。イケメンが好きなのか、ゲイなのか。だとしてもわたしはまるっきりこれっぽっちも関係ないので即座に自ら巻いている種の芽を回収願いたい。

並中を代表する凡人のわたしの好みはやはり凡人。
お菓子作りが上手で少し気弱そうなロールキャベツ系男子が好みなのだ。

「酷い趣味ですね、反吐がでそうです」
「…」
「あなたのような何をやっても平均値あるいはそれ以下の結果しか出せない人間にロールキャベツ系男子とは、ハードルが高すぎるのでは?もう少し、自分の残念なスペックを鑑みてものを言いなさい」
「……ここで、なにをしてるの六道くん」

眩しい。もう精神的にも物理的にも眩しい。
市営のおんぼろなプールサイドに立つ麗人。すらりと均整の整った体躯に迷彩の水着を履き、日本人とは違う白磁の肌をダークブルーのパーカーをさらりと着こなす男。深く影をつくる鎖骨にうっすらと浮かんでいる腹筋が妙に艶やかで、先ほどから女性からの黄色い視線が絶えない。近くを通る度に聞こえる恍惚としたため息に、みるみるうちにわたしのSAN値が削られるのがわかる。

「に、しても」

赤と青のオッドアイが、ゆるりとわたしを見た。彼の視線が下に下がるのに対して、わたしの視線は上に上がる。

(あいかわらず変な頭…)
「はあ…」
「あ?」

なぜか深刻な雰囲気で掌で顔を覆う六道に、わたしははてと小首を傾げる。「なんて粗末な…」とかなんとか呟いているがさっぱり意味が解らない。なんのことだ。

「お待たせいたしました、10代目―!」
「よー待ったのなー?」
「獄寺くん、山本くん」

溌溂とした中学生らしい笑みで走り寄ってくる二人に少しだけ肩の力が抜ける。見知った存在に思わず顔がほころべば、なぜがぎろりと六道くんに睨まれた。な、なんで。

「って…な、手前ぇ六道!なんでこんなところに…!」
「いや、それは獄寺くんたちにも聞きたいことなんだけど」

尻尾を踏まれた猫のように飛び上がって威嚇し始める獄寺くんをどうどうと宥めながら呟く。わたしといえば、朝リボーンに叩き起こされ有無も言わせて貰えずにこの場所に引き摺られてきた。取り敢えず彼が用意したらしいスクール水着に着替えて入口近くで待っていたら六道くんがいて、ああもうあとは語らざるともである。

「オレたちは坊主に誘われたんだよ。みんなで遊ぼーってさ」
「リボーンに?」
「おう。なんだっけ、獄寺―?」
「『水泳を通してファミリーの親睦を深めるため』だ、そのぐらい覚えておけ野球バカ!ありがいリボーンさんの言葉だぞ!」

(また厄介なことに…)

げっそりする一方で、ああだからこのメンツと納得してしまう自分が嫌だ。逆に雲雀さんが欠員していることに違和感を感じている自分が嫌だ。慣れって怖い。

「時に、沢田汐」
「……はいはーい、なんでしょーかー」
「間延びするな気分が悪い。…君、1メートルも泳げないというのは本当ですか?」

ああもうなんということ。
ぎちぎちと視線を反らすわたしに対し、六道くんは酷く楽しそうに笑みを深めた。

「君が、どーしてもというのなら、教えてあげても構いませんよ?」
「あ、結構です。ていうか、わたしもう帰ります」

NOと言える日本人になろう応援週間真っ最中なわたしはきっぱりと断り、そそくさとプールを後に使用とした。「あとは、男の子通しで楽し」「待ちなさい」「逃げんじゃねぇぞ」ですよねー。わかっていましたとも!

「この俺がわざわざ四方に手を回したんだ、しっかり課題はクリアしてもらうぞ。もちろん、ファミリー全員でな」
「…リボーン」
「君、来週水泳のテストがあるのでしょう。このままでは落第確実です。せめて5メートルは泳げるようにならなければ、個人の恥ではなく人間としての尊厳に傷つきますよ。嫌だからとなあなあにするのは弱者のすること、僕はそんなもの許しません」
(いや、別におまえに許可求めた覚えないけど)

「やるぞ、友達」
「さっさと入りなさい、沢田汐」
「精一杯ご指南させていただきます10代目!」
「がんばろうなー汐」

「…」

にげられ ない !

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