ツンツン雲雀恭弥は彼女のことを愛している

突然ですが、わたしにはシャイな彼氏がいます。
「今日の今日こそ教えてもらうわよ、汐の彼氏が誰なのかっ」
びしりと箸を突き着けてくる友人に、汐ははぐりとハンバーグに咥えて答えた。
「雲雀さん」
「またそうやってはぐらかす!もうウソはうんざり!」
(ウソじゃないんだけどなあ…)
キッイーッとヒステリックに叫ぶ友達。どうやら微塵も信じてくれていないらしい。それをほんの少し寂しいと感じながらお弁当を突いた。そうして、でも仕方のない事だとお思いなおす。
友達が知っている『汐の恋人』は、クリスマスやホワイトデーは勿論、お雛祭りまでお祝いしてくれる律儀な男だ。誕生日には7℃ブランドの小鳥のネックレスをくれた。授業終わりには帰宅如何の電話をよこし、どんなに忙しくても月に一度はデートをする。
そんな汐の語る彼氏像が、友達の中にある雲雀恭弥像と被らないのだ。まあ、当然だろう。普段の彼は、傍若無人の暴君として名高い。風紀委員とは名ばかりの不良集団の長として、我が校で名を馳せている。
「本当だよ。雲雀さんだって」
「あああああ、あんな畏れ多い人がっアンタみたにボケボケした子好きになるわけないでしょっ!しかも、そんな!可愛いペンダント買ってくれるとかないから!ありえないから!!」
ワイシャツの襟から覗くネックレスが揺れた。うーん。抜き打ち風紀検査の度にコレだけスルーされているんだけどなあ。それで察してくれないものかな。
まあ、斯言うわたしも最初はこれが雲雀さんからのプレゼントだとは思わなかった。誕生日の日は、雲雀さんその人とすれ違うこともなかったし。家に帰ったら鞄の中に小包が入っていた。中にはもちろん小鳥のペンダント。どうやって扱って良いものか解らず家に置いて出た翌日、不思議なメールが届いた。メールには件名に『ペンダント』とだけ書かれており、わたしはああと悟った。どうやらそれが、寡黙な彼氏様からのプレゼントだと。
ご機嫌取りもかねて着けて行った翌日。どこからそれを確認したのか『悪くない』とだけメールが届いた。やっぱり件名に入っていた。雲雀さんはメールの使い方知らない疑惑がわたしの中に浮上した。
(まあ、雲雀さんだし)
あながちあるかもしれない。
彼には天然の気がある。
「いったい誰なのよぉー!」
(面白いからもうちょっとこのままにしておこう)
「ねえ」
「ほい?」
振り向いたのは、その声が覚えのあるものだったから。
振り向けば案の定彼がいた。トレードマークである黒い学ランを羽織り、常時装備の不機嫌顔で睨むようにこちらを見ていた。
「どうしたの、雲雀さん」
「…」
何時もの事なのでにこにこ笑いながら応える。雲雀はそんな汐に、更に眉根を寄せた。みるみる出来上がっていく鬼の顔は、並中生徒なら見つけるなり飛び上がって逃げそうなものだが。汐はもう慣れてしまった。汐は雲雀が、表情のとおり不機嫌なのではないと知っている。
(むしろ照れてる。可愛い人だなー)
友達が効けば「アンタ頭おかしんじゃないの!!?」と激怒されそうなものだが、実は正解だったりする。雲雀恭弥は、めっぽうこの恋人に入りこんでいた。だがある問題があった。それは、入り込むあまり汐の前では素直に話す事すら儘ならないことだ。
「…」
「あ、お弁当ですか。いつもご丁寧に」
「…」
「あ、美味しかったですか。良かった、じゃあ今度もこの味付けで作りますねー」
「……」
にこにこにこにこ。
周囲に花を散らす勢いで笑う汐に、雲雀は正直ノックアウト寸前だ。いずれどうにかなると思っていた悪癖は緩和するどころか日に日に悪化している。それに比例して、汐はめきめきと雲雀の扱い方を身に着けて行った。こうして無言でいても気持ちを汲んでくれる。そんな彼女の優しさが嬉しくて、甘えて、雲雀の悪癖は悪化する一方だ。
今朝貰ったお弁当箱を渡せば、汐は軽くなったそれを嬉しそうに持ち上げたり下げたりしている。かわいい。抱き潰してしまいたい。
「……は、」
「?」
「はんばーぐ、……」
「美味しかった」「また作ってほしい」その二の句が出てこない。
ひきつけを起こしてしまった喉に、雲雀はぐっと唇を噛んだ。すると悪人顔がますます際立つ。ああもう嫌になる。込み上げる自己嫌悪が更に雲雀を纏う威圧感を濃くした。このままでは嫌われてしまうかもしれない。そんなどうしようもない不安がきしきしと心臓を締め付け始める。
そんな雲雀を知って知らずか、汐は言葉の切れてしまった雲雀に小首を傾げる。しかし直ぐにああと笑顔で言った。
「ハンバーグ好きなんですか?」
「!」
「じゃあ、明日も入れて来ますね!」
ああもう、だからこの子は…!
「いらない。不味い。もう二度と食べない」
プイと顔を背けると、雲雀はとっととその場を後にした。
ぽつんと残された汐だが、ふわりと吹いた風が___雲雀の黒髪の中に隠れた真っ赤な耳を盗み見させてくれたので。
(とびきり美味しいハンバーグを作らないと)
今日もにこにこと笑うのだ。
そんな汐の胸元で、きらりと小鳥のペンダントが揺れた。