雛唄、 | ナノ

色つきリップ


「久々知くんの持ってる……それ、なに?」
「ん? これ?」

 彼女の問いに、右手に持っていた紅皿を彼女に差し出した。俺の手のひらから紅皿を掬い上げるようにして両手で受け取った彼女。開けたら分かるよ、と告げれば俺の顔色を窺って恐る恐る蓋を外すものだから小さく笑んだ。危険なものでも特別高価なものでもないんだから、そんなにゆっくり開けなくてもいいのに。

「…………あか?」
「そう。赤っていうか紅色。さて、これはなんだと思う?」
「べに……紅ってことは口紅?」
「正解。前に使ったことなかったっけ」
「久々知くんたちが女装してた時のこと?」
「三郎が化粧施してただろ。その時見なかった?」
「あの時は鉢屋くんに目瞑ってろって言われてたから」

 彼女の答えになるほどと頷く。あの時は授業ということで急いでいたから、三郎もいちいち化粧道具の説明もしなかったんだろう。まあ、それ以前にあいつの性格を考えれば、めんどくさがって化粧道具の説明なんてしそうにもないか。

 彼女の手から紅皿を受け取って、蓋が閉じられたそれをもう一度ぱかりと開ける。指の腹で軽く撫でると微かに色が付着した。その様を何も言わずに見ている彼女。紅皿から視線を彼女へ戻すとん? と首を傾げられた。あまり、化粧道具に興味がないのだろうかと俺も彼女同様に首を傾げる。

「……興味あったんじゃないの?」
「え、なにに?」
「これ」
「えっと、うん。久々知くんの持ってるの何かなって」
「じゃあ、紅には?」

 彼女くらいの年頃なら、化粧に憧れるものじゃないのか。確かに俺が今持っている紅は決して高価なものではないけれど、女人なら紅を差したいと思うのが普通ではないかと続ければ、返ってきたのは苦笑だった。聞いたら失礼だったか?

「んー……昔のはこんなだったんだなあって興味はあるんだけど、口紅自体にはそこまで興味はないかなあ。綺麗だとは思うよ」
「昔のってことは先にも紅ってちゃんと存在してるんだ?」

 俺の問いに対する彼女の返事は是。へえ、と少しばかり興味が出てくる。俺が今こうして手にしている物が変わらずに先の未来に存在するのかと思うと何ら変哲もない特別高価でもないこの紅が特別なものに思えてくる。

「色つきリップならあったと思うんだけど、見る?」
「いろつきりっぷ……? 何それ」
「口紅っぽいリップクリーム」
「りっぷくりーむ? ……さっぱり分からない」
「ええっと、唇の荒れを防ぐためのクリーム……」
「くりーむ……」

 幾つもの聞き慣れない単語に眉を顰めた。そんな俺に微かに笑って、ちょっと待っててと自室の方へ駆けて行った彼女。数分後、戻ってきた彼女から目の前に差し出された何か。固い、筒のようなモノ。

「これ?」
「そう。色つきリップクリーム。しかもラメ入り」

 開けてみて、と言われるがまま今度は俺が彼女の顔色を窺いつつそっと蓋と思しき部分を外す。きゅぽん。可愛らしい音が弾けた。中から現れたのは紅色ではなく、ところどころ光沢を放つ真っ白な細長い何か。

「…………これのどこが色つき?」
「塗ると分かるよ。ほんとは何か真っ白な物に塗ると分かりやすいんだけど……貸してくれる?」
「ん」

 彼女は蓋の外れたソレを手慣れた手つきで自身の唇へ持っていく。そのまま細長い形状の真っ白な物体を下唇へと押し当て、左右へ引いた。何度か繰り返して彼女がソレを唇から離す。どう? と彼女が訊いてきた。その唇。そのいろつきりっぷくりーむとやらを塗る前と後の色の変化にぽかーんと口が開く。……何これ、すごい。

「すごいな……光ってる。何これ、どうなってるんだ? 何で真っ白なのにそんなに色がつくわけ? 赤? ……じゃないな、薄紅か? 薄桃か? この光ってるの何?」
「え? ちょ、く、久々知くん!?」
「紅ってちょっとだけ差すものだと思ってたけど、へえ……唇全体に引いてもいいものだな」
「いや、あの、久々知くん?!」
「この光ってるのほんと気になるんだけど。さっき言ってたらめとか言うやつ? てことはなに、らめが入ってるやつと入ってないのがあるんだ?」
「え? あ、うん。そう……じゃなくて!」
「でもこれ口紅とはまた別物なんだろ? 紅との違いって何? 見たところほとんど変わらないと思うんだけど。それにこの筒みたいなの。いちいち指も汚れなくて持ち歩き易そうだしいいな」
「ッ久々知くん!!!」

 突然、耳元で聞こえた彼女の大声。どうしたのかと彼女を見やれば、何やらわなわなと震えている。主に間近にある色が付いたその唇が。…………間近? ふと沸いた疑問に気付けば、彼女の瞳も彼女の輪郭もぼやけるほど近くにあることが分かって。

 一瞬で距離を取った。

「ッ……! 俺!」
「や、うん。まあ、その、気にしないで……前にも同じようなことあったし」
「ほんとごめん! 夢中になるとつい……」

 口を片手で覆う。今更ながらあと少しでも顔を近づけていたら彼女と接物を交わしていたかもしれないと思うとかぁあなんて頬が熱を持ってきて。沸きあがってくる羞恥心。視線を彷徨わせたままもう一度ごめんと告げた。


(久々知くん、良かったらこれ使う?)
(え? いいの?)
(私は普通のリップ使うから)
(……普通の?)


 Special Thanks, nanacoさま


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