雛唄、 | ナノ

戯れましょうか


(参考:夏休み編/05~06話)

 夏休み編05.5話。


 ***


「西園寺さん、西園寺さん……ちょっと」
「へ……?」

 天気の良い夏休み九日目の午後。
 草花に水を与えようとジョウロを片手に庭先に向かう途中で聞こえてきた私の名前を呼ぶ声。きょろきょろと辺りを見渡すも、どこから聞こえてくるのかさっぱり見当がつかなかった。

「……松千代先生?」
「はい、そうです。私です。西園寺さん」
「あの、どこに……?」

 彼の人が極度の恥ずかしがり屋だということは夏休みに入ってから知ることができた。できたのだが、こうも顔も見えないまま会話をするというのは慣れない。できれば出て来てほしいのだけれど、それはきっと酷だろう。せめて、場所さえ分かればそちらに耳を澄ますこともできると思い、どこにいるのか尋ねてみれば、返ってきた言葉は恥ずかし〜の連発だった。

 苦笑が漏れてしまう。

「何かあったんですか?」
「み、み……皆さんに私たちから差し入れというかなんというか……アイスキャンディーが手に入ったので皆さんで食べてくださいいい……!」
「アイスキャンディー……」
「早く食べないと溶けるから、きっともう皆、集まってます……忍たま長屋へ来てくださあい!」

 それだけ言って松千代先生の声は途絶えてしまった。アイスキャンディーという単語を口の中で反復してとりあえず言われた通りに忍たま長屋へと向かうことにした。水やりはあとにしよう。ちょん、とジョウロの先からひとつ、雫が垂れていく。夏だなぁ……。


 ***


「あーいーすー……! 喜八郎くん、アイスだよ! アイス! やったねえ!」
「……タカ丸さん、鬱陶しいので離して下さい」

 学園に残っている先生方が僕たちのためにアイスキャンディーを買ってきてくれたということを聞いて、ルンルン気分でその時隣にいた喜八郎くんの手を取ってグラウンドから忍たま長屋へと戻ってきた。

 忍たま長屋には、部屋で筆記の勉強をしていたと思われる二年生四人がすでに集まっていて箱に入れられたアイスキャンディーを食い入るように見つめていた。いつものように口論をしていて僕たちより後に到着した滝夜叉丸くんと三木ヱ門くんも瞳をきらきらと輝かせている。

「早く食べたいなあ……食べちゃだめなんですかあ?」

 アイスキャンディーを買ってきてくれた先生方の一人である山田先生に尋ねる。早く食べないと溶けちゃいますよ、と意味を込めて先生をじぃっと見つめてへにゃりと笑った。

「五年生二人も西園寺ももう少ししたら来るとは思うがなあ……まあ、確かに早く食べねば溶ける。せっかく買ってきたんだ、溶ける前に食べた方がいいだろう」

 氷で溶けないようになっているとはいえ、本数が多いからか何本かは氷の中に入っておらず溶けるのは早そうだ。いいぞ食べてもという山田先生の言葉に嬉々として次々にアイスキャンディーを取りだして口の中へと放り込んでいく僕たち。

「んむ……おいしい……!」

(甘いし冷たいし……!)

 夏はやっぱりコレだよね、そう思って僕の隣で座ってもぐもぐとアイスを咀嚼していた喜八郎くんを見るも、彼は相変わらずで汗で顔に髪が貼り着いていることが鬱陶しく思ってでもいるのか少しばかり眉間に皺が寄っていた。

「もう! 喜八郎くん! もっと美味しそうに! こうっ口角をにゅーっと上げて! 笑ってー!」
「…………、……」
「え、なんでそこで睨むの?!」

 良かれと思ってアイスを持っていない方の手で喜八郎くんの口角を上げてみせれば、無言で手を叩かれた上にものすごく睨まれてしまった。ちょっとばかりしょぼくれていれば、雛ちゃんの姿が見えたものだから大きく手を振った。

「雛ちゃあん……!」

 滝夜叉丸くんや三木ヱ門くん同様に彼女の名前を呼べば、雛ちゃんがとたとたと駆けてきた。そんな彼女に二年生の池田三郎次くんがアイスキャンディーを差し出せば、雛ちゃんが嬉しそうに笑うから見ていた僕たちも嬉しくなった。
 雛ちゃんはよく笑うようになったなと僕はその時確かに感じた。彼女がこの学園に来た始めの頃を思い出すとそれはひどく嬉しいことに違いない。

「おー皆集まってんなあ! 雛さん、俺にもくれ!」
「あ……竹谷くん、なんで人のを食べるの……」
「んー……雛さんがぼーっとしてっから!」
「はい、ハチ。雛さんの一口食べたんだから、ハチのも一口雛さんにあげなよ?」
「おうっ! ありがとな、勘右衛門!」

 雛ちゃんがアイスを持ったまま僕たちを見ていたからか、雛ちゃんの背後から現れた竹谷くんが彼女のアイスをぱくりと一口食べてしまった。そのまま雛ちゃんが口に入れたら間違いなく間接的な接物になるなあと思って見ていれば雛ちゃんは戸惑うこともなく竹谷くんがかじったアイスを口へ運ぶのだから面白い。

 これを彼女に告げたらどうなんだろう。いや、それよりも今はこの場にいない久々知くんに告げ口した方が面白そうだ。なんて、僕らしくないことを企んで一人ふふっと笑う。

(なんか遊びたいなぁ……)

 僕たち四年生に夏休みがないとはいえ、休んでいけないわけではないから。今日の午後はこうしてせっかく皆集まったわけだし、何かをして遊びたい。夏なんだから少しくらいはしゃいでもきっと問題はないと思うし。

「ねえねえ、何かして遊ばない?」
「この暑苦しい中で何するっていうんです?」
「かくれんぼとか鬼ごっことか?」
「鬼ごっことか滅茶苦茶汗かきますよ……ただでさえ暑いのに」
「えーだってさあ、せっかくの夏だもん。汗かいたっていいし、それに皆集まって何かすることってあんまりないじゃん! なんかやろうよお」

 ほぼ皆がアイスを食べ終わり、これから何をするかなどと話し始めたところに僕が提案を投げかけた。皆、最初は渋っていたものの最後まで鬼に見つからなかったり捕まらなかったら溶けないように氷の中に入れられている余ったアイスを食べれることにすればいいという尾浜くんの言葉でやる気になったようで。

「かくれんぼ……だと時間かかるよね」
「うん、それに雛さんまだこの学園の構造よく分かってないだろうから不利だしさ」
「鬼ごっこでいいんじゃないですか? 時間決めて」
「だね、鬼ごっこの方が無難かも」

 とんとん拍子で話は進んでいき、結局は五年生二人、四年生四人、二年生四人と雛ちゃんの計十一人で鬼ごっこをすることにした。制限時間は三十分。雛ちゃんと二年生は鬼候補から外して僕たちより先に散らせた。

 そして僕たちはじゃんけんで鬼を決めた結果、竹谷くんが鬼になった。この鬼ごっこは学園が広いことも考慮して鬼に捕まったらその人も鬼になるということにして、走っていい場所は忍たまの領域だけ。もちろんのこと長屋の中とか屋根の上とか木の上とかは除いた。

「っしゃ、じゃあ今から三十数えたら行くからなー!」

 竹谷くんの言葉で僕たちも散る。

(鬼ごっこの始まり始まり〜!)


 ***


「つ、疲れた……!」
「雛さん意外としぶとかったしなァ!」
「いや、だって……あんな顔で追ってこられたら逃げるよ普通……!」

 正しく音にすればぜぇはぁと荒い息を吐き出ししゃがみこんだ。鬼ごっこ三十分ってかなりきつい。この学園は無駄に広いからとにかく闇雲に逃げ回っていたところ、残るは私と綾部くんと尾浜くんだけになったらしく最後の方でかなり体力を消耗したような気がする。この時だけはさすがに草履ではなく、あちらの物である靴を履いたためまだ走りやすかったのが救いだった。

「で、結局残ったのって尾浜先輩だけだったんですか?」
「ふふふ……アイスいただきまーす」

 私と同じくらい逃げ回っていたはずの尾浜くんなんかはしっとりと汗はかいているものの息ひとつ乱してない。さすがだなと思う。当然のごとく、追いかける側だった竹谷くんも途中で捕まって鬼と化した子たちも汗はかいているものの息を乱している子は既にいなかった。

 一人ぜぇはぁ言ってる自分が情けなく思える。それでもこの顔に浮かぶのは笑顔以外の何物でもなかった。鬼ごっこなんて本気でやったのは久しぶりで、汗をかくまで走るのも久しぶりで、楽しかったことはどうやったって否めない。

「にしても、暑いなー! 上脱いでいー?」
「俺も脱ごうかな。暑苦しいし」
「じゃあ僕も脱ぐー!」

 しゃがみこんで滝夜叉丸くんが差し出してくれた水を飲み干している間に、彼らは暑いからと上着を脱いだらしい。確かに彼らの纏う忍装束は夏に着るには少々暑苦しそうだからいいことだと思う。

「ッ!」

(なんですか、その服……!)

 思わず絶句して、一度目を逸らして目元をこすってもう一度彼らの纏う黒の下着紛いな服を凝視した。

 再び絶句。

「ッ…………!?」

(え、なに、あれって下着?! インナー!? いや、インナーっていうより前掛け?! なんであんなに露出度高いの!?)

 彼らが動く度にちらちらと見え隠れしそうな微妙な部分があったりしていただけないと判断した私は、即座に立ち上がり彼らと少し距離を取ることにした。残念ながら男の人の裸というものを見慣れていない私には刺激が強すぎる。

 これがまだ普通の男子だったら話は別だというのに。彼らは皆が皆、イケメンだし美人だし可愛いしととにかく顔も良ければ体格も良かった。先ほど凝視してしまったために印象に強く残っている彼らの鍛えられた腕、なぜか汗が綺麗に見えるような背中、傷痕も確かにあったけれどそれも含めてとりあえずエロかった。

 不自然に見られないように顔を彼らから背けるも、じわじわと顔に熱が集まってくるのが自分でも分かった。

(うわあ……恥ずかしい……!)

 純情乙女なわけではないけれど、それでも見慣れない男の人の肌を意図せずに見てしまったことにものすごく恥じらいを感じてしまう。ただでさえ夏で気温が高くて、先ほどまで走っていたせいで暑くなっていたというのに、ますます体温が上がってしまった。頬の火照りを鎮めんがごとく、両手で頬を押さえつける。

「雛さん? どうかしたんですか?」
「その声は滝夜叉丸くん……」
「どうしたんですか?! もしかして日射病か何かにかかりましたか!?」
「ぅわあッ!? ……ッ!」

 滝夜叉丸くんに顔を覗き込まれるということはつまり緩んだ前掛けから胸元が見えるというわけで思わず叫び声をあげてしまって、ばっと目を逸らした。

「……雛さん?」

 訝しげに私の名を呼ぶ声がするから頷きだけを返しておいた。ああ、びっくりした。鼓動が速い。

「ねえねえ、雛さぁん……何でもないならこっち向いてみて?」
「尾浜くん……絶対分かってるよね!?」

 言葉の合間にクツリと笑う声がしたから、きっと彼は私が目を逸らした理由に勘づいているに違いない。これは意地でも彼の方は向くまい。一度瞳を閉じて深呼吸する。

 エロいなんてことを考えなければ全くエロいことなんて何もない。そう自身に言い聞かせて目を開ければ竹谷くんの顔のドアップがあった。驚きで後ろに下がろうとして何かにぶつかった背中。ひきつった笑みが零れてしまう。

「ッ……ほんと勘弁して……」

 小さく呟けば後ろにいると思われる尾浜くんはクツクツと笑いだすし、目の前の竹谷くんはなぜか額をくっつけようとしてくるのだからどうしたらいいか分からない。

「雛さん、顔赤い……熱あんじゃねえ?」
「いや、ない! ないからほんとそれ以上近付かないでくれるかな……!」
「……なんで?」
「う……」
「う?」
「う、うわぎをキテクダサイ……」
「は? ……上着? なんで?」

 それくらい察してほしいとの意を込めて黙れば今度こそ後ろから爆笑が飛んできた。ちょっと酷いと思うけどそんなことを咎めている暇はない。質の悪い五年生二人の間から抜け出して先ほど叫び声をあげてしまった滝夜叉丸くんのいる四年生陣のところへ避難した、のが間違いだった。

(この子たちの方がエロいってどういうこと……!)

 一人口元を手で覆う。
 この口が何を言い出すか分からない。

「ねえ、雛ちゃん。雛ちゃん、もしかして恥ずかしいの?」
「恥ずかしい? 雛さんが?」
「うん、僕は多分そうなんじゃないかなーと思うんだけど」
「なんで雛さんが恥ずかしがる必要があるんです?」

 滝夜叉丸くんと三木ヱ門くんの言葉がぐさぐさと刺さる。察してほしいような察してほしくないような。タカ丸くんが三木ヱ門くんの問いには答えずに雛ちゃんは面白いねと笑い始めるのだからどうしようもない居心地の悪さを感じてしまう。

 そして案の定、爆弾を投げてくれたのは綾部くんだった。

「……ぼくたちの肌が露出してるからでしょ」

 滝夜叉丸くんと三木ヱ門くんに何か言われる前に私は最後の砦である二年生陣の輪に走った。五年生二人が爆笑しているような気がするけれどそれはきっと気のせいだと思っておくことにする。先ほどとは違った羞恥も沸いてきてしまったが頭をひとつ振って誤魔化す。

「雛さん、どうしたんですか。さっきから変ですよ?」
「三郎次くん……うん、ちょっとね……」

 二年生の子たちとはつい先日まで交流がほとんどなかったけれど、彼らが夏休み三日目の朝に食事の手伝いを申し出てくれたことからそれなりに仲良くなれたと思う。彼ら二年生は癒しでついつい甘やかしたくなってしまう可愛さを持っている。

 さすがにまだ十一歳の彼らに四年生と五年生にみられる色気的なものは存在せず、ほっと息を吐き出した。まだ頬が赤いに違いない。

「水、飲みますかぁ……?」
「大丈夫だよ。ありがとう、四郎兵衛くん」

 ふわんとした雰囲気を纏う四郎兵衛くんの髪を撫でれば嬉しそうに笑うのだから、こちらとしても笑顔になってしまう。可愛い。

「雛さん、雛さんはあれですよね!」
「あれって何だよ、左近」
「久作は気付いてるだろ?」
「ん。雛さんが先輩方のあの前掛け姿に戸惑ってることか?」
「ちょ、ちょっと待って! 分かるの!?」

 私が問えばさも当然と言わんばかりに左近くんと久作くんの二人が首を縦に振るのだから苦笑が漏れてしまった。確かにさっきまでの私のおかしな行動を見ていれば分からないはずはないのだろう。

「雛さん、笑われてますけどいいんですか?」
「……よくない。ほんと上着着てほしいんだけどなぁ」
「言ってきたらどうですか? きっと言わないと先輩方涼しくなるまであの格好のままですよ。まあ、僕たちもそうですけど」
「だよね……言わないといけないよね……。あ、皆はそのままでも全然大丈夫だからね、気にしないでね……!」

 意を決して立ちあがってくるりと後ろを向いた。井戸端会議は終わり。爆笑している五年生のところへと赴けば、私の姿を見止めた途端ぴたっと動きを一瞬止めてまた笑いだすのだから失礼だと思う。

「……上着を着てほしいんですが」
「っくく……ッはははは!!!」
「はははははッ!!! 雛さん面白いなあ! っふは、こんな前掛けごときで恥じらってたら男できないぜ!?」
「ちょ……ハっくく、っく……ハ、ハチ……! そ、それは余計なお世話だよ……あはははは!!!」
「ウワギヲキテクダサイ」

 大爆笑。

 そこまで笑う要素がどこにあるのか私にはまったく分からないけれど、恥ずかしいことこの上ない。この二人は後回しにして四年生の方に訴えることにしようと思う。

「……どうして君たちも笑ってるのかな!」
「え?! あ……ふは、いえ……その!」
「や、その、雛さんが随分純情だなと思いまして……!」
「ねー! 雛ちゃん可愛いよねー! 雛ちゃんの年でこれくらいの露出を見て恥ずかしがる人いないもん! ……うん!」

 誉められているのか貶されているのか全くもってよくわからない。ここでもとにかく上着を着てくださいと訴えればますます笑い声が大きくなるのだから私はどうしたらいいというのだろう。

 見なければいいのだろうか。このままにして去ればいいのだろうか。見ないことはできるも、去ることはどうしてもできそうにない。せっかくこの輪に入れたというのに、自分から居場所を消すような真似はしたくなかった。しかし、見ないでいることにも限界があるわけで、彼らの笑い声は耳を軽く塞いだだけでは簡単に聞こえてしまう。

 ここはいっそのこと大声で訴えてみるべきなのだろうか。……よし。

「あのですね! 上着を着てくれませんか……!」

 恥ずかしいのを呑み込んで出せる限りの大声で訴えたところ、しばしシーンといった静寂が満ちた。それはそれで居心地の悪さを感じてしまい、視線を地面へと向けた。

 そして弾けた大爆笑。

(ああもう、穴があったら入りたい!)

 縮こまんばかりに膝を抱えてしゃがみこめば、笑いながら肩を叩いてくる人がいて。その正体を見んがために顔を上げれば爽やかな笑みを浮かべた竹谷くんだった。せめてもの抵抗にじとりと睨めばそれもまた彼のツボに入ったらしい。

「あーっ雛さんっておもしろーい!」

 あはははと笑ってそういう尾浜くんに微かながら殺意が湧いたのは仕方のないことだと思う。思いたい。


 
れましょうか



「兵助たちが帰ってきたら話してあげよっと」
「尾浜くん……!」
「あは、ごめん冗談だよー……たぶん」
「……もうほんと上着着てください、お願いします」
「え、やだ」
「……そこは着てよ」


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