雛唄、 | ナノ

静かに広まるその存在


(参考:第一部/28+29話)

 一年は組の子たちから視た彼女。


 ***


「にしてもさ、雛さんだっけ?」
「うん、雛さん」
「雛さん全然怖くなかったな!」
「ねー! 先輩たちが雛さんのこと警戒してたからもっと怖い人かと思ってた!」
「だから言ったろー? 雛さんは全然怖くないっていうか、優しいって!」

 忍術学園一年は組は毎度のことながら、授業の補習を行うために山道を皆仲良く鼻歌などを歌いながら進んでいた。今日は水軍にお世話になるらしく、海へと向かっているらしい。

「だってさあ、きり丸。先輩たち警戒してたしーなんか話しかけづらそうな人だったしー」
「それは仕方ないでしょー」
「まあ、ねえ。それに雛さん、四年生と五年生と仲良いから僕たちの出る幕はなかったっていうか?」
「んーでもさー、雛さん、おれたちが話しかけたらすっごく嬉しそうだったよな!」
「そうそう、団蔵の言う通り! 雛さん、僕たちの名前ちゃんと覚えてくれたみたいだし!」
「ねー! 嬉しいよねえ!」

 彼らの話に上がっている、雛という人物は突如として学園にやってきた得体のしれない女人だった。彼らは一年生であるがために、先輩方や先生方に倣って彼女を少しばかり警戒していたようだが、先ほど当の本人と出逢い、話したことで彼らの心にあった彼女への恐怖というものが払拭されたようだ。

「未来の話とかさ、今度僕たちも聞きたいな。きり丸と乱太郎としんべヱばっかり聞いてちゃずるいと僕は思う」
「庄ちゃあん、そんな冷静に言われると俺ら困るんだけどお」
「えー? だって本当のことでしょー」
「そうだけどお。てか、皆も俺らみたいにさっさと雛さんとこ行ってくればよかったのにさ」

 一年は組の中でも、恐れを知らない者は存在するわけで、どうやらきり丸、乱太郎、しんべヱの三人は好奇心のまま、以前、彼女に会いに行き、彼女の身の上、それすなわち彼女が未来から来たという話を聞いてきた模様だ。

「今思えば行けばよかったかなあって思うけどさー。前はほら、なんていうんだっけ? さ、触らぬ神に……なんとかなしっていうアレ! アレだと思ってたからさあ」
「触らぬ神にー……怪我なし!」
「怒りなし!」
「虎若あ、それもなんか微妙!」
「なんだっけえ……? 分かんないよお、ねえ、ナメクジさあん」
「「「「「まあ、いいや」」」」」

 楽しげにそう結論づけた彼らはただ楽しそうに笑って、話を続けようとするが、それを彼らの後ろで聞いていた、彼らの教師と思われる人物はその会話に痺れを切らしたらしく、拳をわなわなと震わせている。

「よくないだろうッ! お前ら……! 触らぬ神に祟りなし! だ!」
「「「「「なるほどー!」」」」」
「その格言の意味も本当に分かってるのか…?」
「「「「「なんとなく分かってまあす」」」」」

 生徒の返事に、彼は顔が引きつっている。もう一人、教師と思しき人物は生徒の先頭を行っており、その眼に目的場所がようやく映ったらしく後ろを振り返って高らかに声を上げた。

「よーし! もう少しで海に着くぞー!」

 その言葉に生徒たちは嬉々として走り出す。ただ一人、お腹が減ったと嘆いている生徒もいるようだが。


 ***


「おーよく来たなー!」
「今日はよろしくお願いします」
「「「「「お願いしまあす!」」」」」
「今日も元気だなあ、お前ら」
「だって、僕たち」
「いちねーん!」
「は組のー!」
「「「「「よい子ですからー!」」」」」
「おー! いいこった! いいこった! じゃ、早速――……」

 兵庫水軍総大将である兵庫第三協栄丸の指示のもと、一年は組のよい子たちは補習授業を行うことになり、皆で水軍の者が待ち受ける水軍館へと向かった。道中、嫌でも目に入る広大な海の景色に、その景色を見るのが初めてじゃなくとも生徒たちは瞳を輝かせずにはいられないようだ。

「海ってやっぱりなんかいいよねえ」
「うん、分かる分かる! 海見てるとなんか小さいこととかどうでもよくなっちゃうっていうか!」
「お前らにも分かるか! この海の素晴らしさが! 海に比べりゃ大抵のことは小さく思えるものさあ!」
「じゃあ、なんか嫌なこととかあったら忘れられたりしますかー?」
「おう、もちろんさ!」

 兵庫水軍総大将が豪快に笑って告げた言葉によい子たちはますます瞳を輝かせた。

「じゃあ!」
「うん、じゃあ!」
「もしかしたら!」
「雛さんも!」
「海を見たら!」
「「「「「元気出してくれるかも!」」」」」

 ぽんぽんぽんとリズミカルに言葉を繋いでいく生徒たちに、それを傍らで聞いていた第三協栄丸はただただ瞬きを繰り返すばかりだった。

「雛さん……ってお前らの知り合いかなんかか?」
「ええっと……言ってもいいのかな?」
「や、僕に聞かれても……こういう時こそ、土井せんせーい!」

 一年は組の頭脳と呼ばれる黒木庄左ヱ門が、自分たちとは少しばかり離れた距離にいた彼らの教師の一人である土井半助に呼びかければ、彼は小走りで彼らのところへとやってきた。

「どうした? 怪我でもしたか?」
「いえ。怪我はしてません」
「? じゃあ、なんだ?」
「雛さんが未来から来たって話、第三協栄丸さんにも言っていいですかあ?!」
「ちょ、三治郎! もうそれじゃ先生に聞く意味ないよ!」
「伊助の言う通りだとぼくも思う。ったく三治郎ってばしっかりしてよねー」
「兵太夫! 一言多いってば! 三治郎へこむから! お前もしっかりしろっての!」

 ぎゃあぎゃあと本題を忘れて騒ぎ始める生徒たちに、当の土井先生といえば苦笑せざるを得ず、未来から来た、というその言葉をしっかり耳にした兵庫水軍総大将は首を傾げるばかり。

「未来から来た……ってどういうことです、土井先生?」
「や……なんというか、その……あんまり深くは言えな――……」
「「「「「雛さんは未来から来た女の人でーす!!!」」」」」
「ッお前らは、どうしてこう面倒なことを次から次へと……!」
「はにゃ……土井先生の顔コワーイ!」
「喜三太の言う通り、先生顔怖いでーす。どうしたんですかあ?」
「お前らがそうやって次から次へと面倒なことを増やすから悪いんだろうがああッ!!!」

 皆本金吾の言葉に土井先生の堪忍袋の緒も切れたらしく、彼はうがうがと唸り始めてしまった。その間にも、第三協栄丸は他の生徒たちに彼女のことを聞いているようだ。

「未来から来たっつーのは、なんだ、流行りの冗談か?」
「いいえー、雛さんは本当に未来から来た人です!」
「うーん……で、その雛さんって人は今忍術学園にいんのか?」
「そうです」
「まあ、お前らの話が嘘か本当かは分からんが興味はあるなあ」
「それがですね、もう言ってしまいますけど、彼女は本当に未来からやってきたようなんですよ」
「山田先生……」
「信じるかどうかはともかく、彼女の瞳はひどく綺麗ですから」

 一年は組のもう一人の教師、山田伝蔵の言葉に兵庫水軍総大将は生徒たちの瞳と山田先生とを交互を見て、腕を組んではしばし考え、彼の中で結論が出たのか、一度大きく頷いたあと言葉を零した。

「その雛さんって人のことはよく分かんねえが、お前らのことは信じられるからなあ! それに、山田先生もこう言ってるし……とりあえずはその話を信じてみよう! で、なんだ。その人が元気ないから、今度ここにでも連れてくるってか?」
「元気がないっていうか、なんていうか、ねえ?」
「雛さん優しそうだったからー元気でいてほしいなあなんて思ってー」
「「「「「ダメですかー?」」」」」

 生徒たちの訴えに、第三協栄丸はただ笑う。笑って、そして嬉しそうに告げた。

「いーや! 大歓迎だ!」
「じゃあ、今度来るときは雛さん連れてこようよ!」
「気分転換にでも来いってその人によろしく伝えてくれよ」
「分かりました!」

 きゃいきゃいとこちらも嬉しそうにはしゃぐ一年は組のよい子たちに、先ほどまで唸っていた土井先生も、話の流れを見守っていた山田先生も表情を緩めた。その顔はひどく優しい。優しすぎるといってもいいくらいだ。

「よーし! じゃあ、話も一息ついたとこで補習授業頑張るぞー!」
「「「「「おーっ!!!」」」」」

 彼らの背後でゆらゆらと揺れる波。
 それはまるで。


 
静かにまるその存在



(それはまるで)
(彼女の運命のようだった)


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