(参考:第一部/14話)
きり丸視点でのお話。
***
西園寺雛さん。
彼女は独りだ。
……俺も独りだ。
(だから、気になっていた)
(だから、話を聞きたいと思った)
あの人は未来から来たらしいという話を耳にしたのは、あの人がこの学園に来てから実に二週間も過ぎてからだった。二年生の先輩たちの話を盗み聞く形で知って、ひどく驚いたと同時に何でもっと早く知ることができなかったんだろうと思った。未来から来ただなんてそんな馬鹿げてて、面白くて、それでいてそれが本当ならすごく、寂しい話を。きっと先輩たちが俺たち下級生には知らせないようにしてたんだろうけどさ。
食堂であの人、雛さんを見掛けるようになって、初めの方こそ級友たち同様に誰だか気になりはしたけど別にそこまで気になるような存在じゃなかった。いてもいなくてもどっちでもいいようなそんな存在だった。
(彼女も独りだと気付くまで)
級友がある日、零した言葉。それは俺に、俺にとっては、衝撃が強くて、きっと皆にとっては大して気にならない言葉だった。
「あの人って一人なのかな」
その一言にはっとした。
その言葉を聞いてから雛さんの様子を見るようになった。一人なのかな、とその言葉を裏付けるかのように雛さんはいつもどことなく寂しそうに見えた。
そして今日。
俺は知った。あの人が、雛さんが未来からやって来た人だってこと。じゃあ、やっぱり雛さんも俺と同じ――……。
独りになってしまったことを可哀想にとは言われたくない。事実を突き付けられるようで。事実だからこそ、痛くて痛くてたまらなくなるから。可哀想にと、そんなくだらない同情が欲しいんじゃない。同情されるくらいなら、いっそ放っておいてもらった方がいい。可哀想になんて憐れむくらいなら、蔑んでくれた方がいいんだ。
――そうじゃなきゃ。
――クルシクテタマラナクナル。
彼女も独りだと知ってしまえば、今までどうでもよかった存在だった彼女が俺にとっては、確かな存在として認識された。短時間で気になって気になって仕方がないくらいのそんな存在に変わっていった。
「……行ってこい。雛ちゃんは怪我してるんだから、くれぐれも迷惑かけるなよ」
彼女と話をしてみたくて、乱太郎としんべヱと共に、衝動も相まって土井先生の元へ行き、彼女に会いたいとそう告げれば土井先生は嬉しそうに笑って送り出してくれた。
(……先生、ごめん)
もっと早く知って、行動できてたら良かった。
俺だけに聞こえるような声で、先生は、言ったから。優しい声でそっと。
「雛ちゃんに笑ってあげるんだよ」
――笑う。
それさえも出来なかった、乱太郎や土井先生に会うまでの自分を思い出す。戦孤児となったあの日を思い出して静かに瞳を伏せた。
「あ、僕は摂津きり丸といいまあす、よろしくお願いしますっ!」
彼女へ初めての言葉を送って、その瞳をじっと見つめた。ゆらゆら、ゆらゆらと揺れる孤独と、寂しさと、哀しみと、苦しみと。そんな欠片が見え隠れする中に、ただひとつ綺麗な輝きを見つけた。俺にはもう持つことのできない、光があった。
(綺麗だと、思った)
そう感じた途端、どうしようもない切なさに襲われた。彼女は俺と同じだと思ってたのに。でも、違った。雛さんと俺の孤独は共有できるモノじゃないことを知った。
「雛さんてさ、未来からきたってまじっすか!?」
(だけど)
(だからこそ)
知ってみたくもあった。彼女の孤独がどれほどのモノなのか、興味があった。もしかしたら、俺には分からないほどの深い孤独を飼っているのかもしれないと、そう思った。
笑う。
俺とは違う孤独を持っていても、きっと、誰だって笑ってほしいに違いないんだ。受け止めてほしいに違いないんだ。幾ら見栄を張ったって、誰かが俺に笑ってくれたら嬉しかったから。だから、俺は笑って聞く。彼女を知りたかった。
「私たち信じますよ! 貴方のこと」
彼女の話を聞いていく内に、乱太郎もしんべヱもさっきまで不安そうにしていたのが嘘みたいに笑っていた。しんべヱはそんなでもなかったっけ。それに対して、雛さんは最初は笑顔なんて呼べるような表情じゃなかったのに、時間が経つにつれて、それは徐々に柔らかさを帯びていって。
(それが、たまらなく嬉しくてさ)
俺ももしかしたら、こんな感じだったのかと思うと、今の俺はなんて恵まれているのかと心からそう思う。乱太郎やしんべヱ、土井先生に出逢うことができたからこそ、俺は今笑うことができている。
(独りだけど一人じゃねえんだ……)
彼女がもしも独りだと泣くのなら、俺は教えてあげたい。俺も乱太郎もしんべエも、雛さんのことちゃんと信じてるんだって。独りだって思うなら、俺も独りだってこと。でも、一人じゃないってこと。雛さんは優しいから、一人じゃなくなる日が絶対来るってこと。
(俺はまだ、言えないから)
俺がそばにいてあげるなんて偽善じみた言葉は言いたくない。その言葉を告げるのは、雛さんがその言葉を受け入れられるようになったときだ。
だから、今はただ笑う。
笑って笑って、で、いつか雛さんも心から笑えるようになればいい。
だから、今はただ信じる。
否定しないで彼女の話を受け止めたい。
――肯定する絶対の理由は。
雛さんが言った、戦のない平和な未来が本当にくればいいと、そう願って止まないから。
(雛さんは泣きそうな顔で)
(俺たちの信じるという言葉に頷いてくれた)
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