雛唄、 | ナノ

20


 食事時、食堂で交わされるやり取りは、彼女が来る以前に戻ったかのようにがやがやと騒がしくて、それぞれに笑みや不貞腐れたような顔、授業か何かについて話しているのかどこか深刻そうな顔といった様々な表情が浮かんでいた。

 鋭利な視線もなければ、緊迫感漂う雰囲気もない。彼女を探るような視線も、彼女から差し出された食事が毒入りかどうかを確かめるような仕草も誰にも見受けられない。それどころか、彼女の手が空いた時には台所から彼女を引っ張ってきて、少しの間でも、彼女と話をしようとする生徒たちの姿も見受けられるようになった。

 和やかで、穏やかで、およそ一ヶ月前まであった何もかもが嘘のようだ。いや、嘘というのは彼女に失礼だろう。彼女は確かに存在していて、彼女は僕たちから、身体にも精神的にもどれほどの傷を受けたのか分からないほどに傷つけられたのだから。謝っても謝りきれるものではないし、僕たちが謝るのもおかしいから、僕たちにできるのは、彼女を受け入れるという、簡単にみえて簡単ではなかったこと。


 ――だけど、今はこうして。


 僕たちは、彼女を受け入れた。そして、彼女も僕たちが本当の意味で彼女を受け入れたことを知ったんだろう。実感したんだろう。この約一月の間で。その身でその眼でその心で。

「伊作、皆行っちまったけど」
「ッええ?! 僕、まだ何も食べてないんだけど!」
「お前が物思いに耽っている間に、皆食い終わったっつーの」
「ええ……そんなあ!」
「ったく、さっさと食えよ」

 ぽんっと肩を叩かれて、はっと我に返った。肩を叩いてきた主の方を見れば、同じは組の留三郎で、同じ卓についていたはずの同期四人の姿はすでにそこにはなかった。

「伊作、留三郎。俺ら先行ってっから」
「午後からって何だっけ?」
「………………もそ」
「雛、お前もいつまでも捕まっていないで台所に戻れ。お盆は置いておくからな」
「あ、ごめん……! いいよ、重ねなくて。私やるから!」

 声のした方を見れば、食堂の戸口付近に同期の四人はいた。お盆を棚に置いて、去るところだったらしい。仙蔵に話を振られた雛さんは、一年は組の子たちにどうやら今は捕まっているらしかった。仙蔵の言葉に苦笑して、雛さんを引き留めたがっている様子の子たちをそっと諭して、小走りで台所へと戻っていく雛さんの姿に目をすっと細める。

 穏やかっていうか、なんていうか。優しい光景だな、と思わずにはいられない。

「ッだ?! ちょ、留三郎! 何すんのさー!」
「お前なあ……! 俺がこうして! お前が! 食い終わるのを待ってやってるっつーのに、何、西園寺の観察なんかしてやがんだ!」
「観察って……! 観察じゃないよ! 確かに様子はみてたけど!」
「どうでもいいが、さっさと食え!」
「むぅ……はーい。食べればいいんでしょ、食べれば!」
「当たり前だ、バカ」

 ちょっとあちらの様子を見てただけなのに、頭を思いきりはたかれた。その主は言わずもがな、僕の隣で食後のお茶をずずっと呑んでいた留三郎だ。唇を少しばかり尖らせたあとに、改めて箸を取る。いただきます、と小さく呟いて食事にとりかかった。

「じゃーな! 雛、食堂のおばちゃん、ご馳走さまでしたー!」

 小平太の大声に、つられるかのように食事をとり終わった生徒たちが次々とお盆を返して食堂を去っていく。小平太と同じように、彼女と、食堂のおばちゃんにきちんと挨拶をしてから。片付けに追われる形になっても雛さんは、自分に何かしら声を掛けていく子たちに言葉を返しているようだった。

 食事に手をつけつつ、横目でそっと盗み見た情景があまりにも温かくて、僕に一抹の寂しさを感じさせた。こんなにも、温かい情景を見て、仲間と笑っていられるのも、今年で終わりなんだと思うと言いようのない切なさが胸中をぐるぐると徘徊していく。

(……それでも、)

 それでも、僕たちは止まらない。
 例え、この学園を離れて何時何処で命を落とすか分からない世界に紛れていくとしても、僕たちは止まらない。歩みを止めたりやしない。

(でも、そうだなあ……)

 怪我人や病人がいたら、僕の場合は止まっちゃうかもしれないけどね。なんて、また忍らしくないことを考えて、ちょっとだけ肩を竦めた。隣でお茶をすすっていた留三郎がどうかしたか? と訊いてきたから、何でもないよと笑みを浮かべる。

「雛さん、雛さーん!」
「はーい。どうしたの?」
「コレ! ぼく苦手なんですけど、雛さんどうにかしてくれませんか!」
「しんべヱもいないしねえ。おばちゃんに残してもいい? なんて訊いたら……想像するだけでも恐ろしい!」
「ぼくたちもお腹いっぱいだし」
「んー……手は全然つけてないんだよね?」
「はい!」
「じゃあ、まだ来てない五年生に分けちゃおうか」

 くすくすと小さく笑いながら、秘密だよなんて言葉を雛さんが呟いたのが聞き取れた。隣の留三郎にもその言葉は聞こえたらしく、甘やかしやがってだの何だのぶつくさと言っている。

「雛さんらしくていいじゃない」
「まーな。お前も馬鹿なくらいお人好しだが、アイツもアイツでお人好しなんだよな……」
「馬鹿なくらいって……」
「否定できないだろーが。だから、お前は忍に向いてない向いてないって散々言われるんだっつの」

 はあ、と溜め息を零した留三郎に笑う。あちらで上がる笑い声に自身の笑い声が混じって、ひどく心地よかった。


 ***


 さて、ここは止めるべきか。止めないべきか。…………迷う。目の前で土井先生の顔をしている三郎に何を言うべきか言葉が見つからなくて、うろうろうろうろ。三郎はくの一教室の先生であられる山本シナ先生のように背格好をも「その人」に変えることはできないから、全身を見ればどことなく違和感がある。土井先生はもう少し、背が高いけれど、顔だけ見れば土井先生そのものだ。

「雷蔵、行くぞ」
「……ねえ、三郎? 本気でその顔で行くの?」
「駄目か?」
「駄目って……うーん? ダメじゃないけど、ダメなんじゃないかな」
「じゃあ、良いってことだろう?」
「うーん? ……良い、のかな?」
「大丈夫だ。雷蔵、お前に害はないから」
「そういう問題だっけ……?」

 良いと言われれば変装だって立派な忍としての術だから良いんだろうけれど、それを誰かを驚かすためだけに使うのは果たして良いことなんだろうか。良いような良くないような……分からない。いやいや、三郎の性格と過去の経験を考えれば別に何ら珍しいことじゃないのは分かってるんだけど、今回はその誰かの対象が彼女で、しかも三郎がその面につけているのはここの教師陣の一人であらせられる土井先生のものだと分かっているから止めた方が良いような気がするというだけで。

 黒の忍装束を纏った三郎の後ろをうんうん唸りながら着いていけば、いつの間にか既に食堂の裏口だった。

「雷蔵、雛さんを呼んできてくれないか?」
「え、三郎が行くんじゃないの?」
「今回はこの姿で雛さんを思いきり抱きしめてみようと思ってな」
「……バレたら怒られると思うよ?」
「バレたら? バレる前に逃げるさ」
「土井先生にバレるのも時間の問題じゃ……」
「それは雛さんの反応次第だろう」

 僕が三郎にどういうこと? なんて尋ねる前に、丁度裏口から水を汲みに行くところだったのか、雛さんが出てきてしまった。まるで計ったかのようなタイミングに僕には最早為す術はなかった。僕、知らないよ。何が起こっても、知らないんだからね。

「不破くんであッ??!」

 僕の姿をその目にみとめた彼女が、おそらく「不破くんで合ってる?」と僕か三郎が一緒にいない時には必ずといっていいほど訊いてくる言葉を放ってすぐに、彼女の背後に上手い具合に立った三郎が、土井先生の顔で彼女に抱き着いた。

(あーあ……)

 僕の正面に立って、後ろから三郎に抱き着かれている雛さんは文字通り固まってしまっている。三郎が悪戯がうまくいったと言わんばかりに、僕を見てニヤリと口角を上げたのを見た。

「雛ちゃん」
「……ど、どい、せんせ……い?」
「雛ちゃん、今日は何だか寂しいんだ。一緒に寝な――……」
「ッ土井先生がそんなこと言う訳ないだろ! 三郎お前ふざけんな!」
「ッチ……兵助、お前なあ。邪魔するなよ」
「邪魔するに決まってんだろ! つーか、さっさと雛さんから離れろっての!」
「やだ」

 突如として頭上から振ってきた声。見上げれば、僕と同じ青紫色の忍装束を身に纏った三人がいた。ひらりと、跳躍してこちらにすたっと音もなく着地した兵助と勘右衛門、ハチの三人に苦笑を零す。

 屋根から飛び降りてきてすぐに雛さんを未だその腕の内に収めている三郎に突っ掛かっていった兵助に、そんな兵助を前にして即、顔をいつものように僕の顔に戻して兵助の頬を引き攣らせるような言動をとった三郎。その間に挟まれてさっぱり現状把握ができてなさそうな雛さん。傍から見ると、なんだかすごく面白い光景かも……なんて思うとますます苦笑するしか僕にはできなかった。

「ねえ、ハチ。兵助と三郎ってさ、あんなやり取りこの前もしてなかったー?」
「おーしてたなー。三郎はアレだろ? 雛さんからかって兵助で遊ぶのが最近趣味化してるから仕方ないんじゃねーの?」
「三郎にとったら、兵助も雛さんもからかい甲斐あるんだろうねー」
「だな」

 勘ちゃんとハチの二人は、そんな会話をしながら僕の方へと歩いてきたから僕も自然と二人の方へと足を進める。三人で少しばかり取り留めのない話をしている間にも、兵助と三郎の攻防は続いているらしかった。話も一段落して、そろそろ食事をとらないと午後の授業に間に合わないなあ……なんて思っていたら、あっちの方にも決着がついたらしい。

 雛さんが三郎に対して堪忍袋の緒が切れたようだ。

「鉢屋くんは、どうしてそう……ッ!」

 そんな彼女の微かながら感じられる怒気に、僕たちは笑った。三郎をみれば、怒られているにもかかわらずその顔には反省の色が見られるどころか、微かに笑みを浮かべていた。兵助も兵助で、初めは彼女の様子に呆気にとられているようだったけれど、僕たちが笑っていることにも気付いたのか、彼女の変化に気付いたのか、それはそれは嬉しそうな笑顔をその顔にゆっくりと浮かべた。


 ――喜怒哀楽。


 「怒」の表現は、今までの彼女にはなかったから。僕たちは、彼女のソレが見れて嬉しかったんだ。ねえ、雛さん。貴女は気付いているかな、自分の変化に。僕たちの変化に。この学園の変化に。気付いていなくても、感じてはいるかな。

 そうだったら、良い。
 そんなことを、少なからず思った。


 ***


「…………ねえ、雛さん」
「……喜八郎くんから話しかけてくれるなんて嬉しいな」
「……さっさと止めてきてください」
「…………私、行かなきゃダメ?」
「だぁめ、です」
「かわい……ッくないです。行ってきます、ごめんなさい」

 女人のくせして、ぼくと同様に地面に体育座りをしていた雛さんをぼくたちの目の前でしっちゃかめっちゃかな騒ぎを起こしている同期の三人の中に放り込んで一息。煩いったらありゃしない。

 授業が終わって、すぐに始まった滝夜叉丸と三木ヱ門の口論にタカ丸さんが止めようとして、止められなくて揉め始めた三人。いつものことだけれど、馬鹿馬鹿しい。いつものようにぼくも喧噪を無視して、穴を掘りに行きたかったけれどこれからすぐに委員会の集まりがあるというし、疲れたから休憩と称して三人を傍観していれば偶々目に入った雛さんの姿。

 ちょいちょいと、手招きすれば簡単にこちらに来るのだからおかしなひとだと思う。罠があるとか思わないのだろうか。まあ、別にここらには罠はなかったはずだから大丈夫だと思うけれど。まあ、別に何か罠に引っかかったら引っかかったで面白いからいいけど。

「「雛さんッ!」」
「雛ちゃあん! 止めて止めて、この子たち止めてえ!」
「いや、止めてって……一応、今、止まってるよ?」
「あ、本当だ! 滝夜叉丸くんも三木ヱ門くんもそのままね! そのまま!」

 滝は雛さんに、三木はタカ丸さんに腕をそれぞれ引っ張られてようやく離れた二人。睨み合いは続いてるけど。……そんなにお互いが嫌いなら、ぼくみたいに関わらなきゃいいのにね。ふぁああ、と大きな欠伸が出た。

 今日で全学年の夏休みが終わる。……ぼくたちには夏休みなんてなかったけど。おバカな滝夜叉丸のせいで。滝夜叉丸を代表選手に選んだぼくたちもぼくたちだけど。思い出すと苛々するから思い出すのは止そう。
 蝉の声も徐々に止んできた。山中では、蜻蛉を見るようにもなってきた。秋が近い。今年の秋の土はどんな具合だろうか。穴掘りがしやすいといい。

「どう考えても三木ヱ門が悪かろう!」
「いーや! どう考えても滝夜叉丸、お前が悪い!」
「お前だ!」
「お前だ!」

 ぼくが穴掘りのことをぼんやりと考えている間にぎゃあぎゃあ、幼稚な言い争いが再開したようだ。

(雛さん、止めてくれないかな……)

 耳を塞いで、滝と三木を止める役割を担う雛さんの表情を見れば、何だかとても楽しそうだった。ソレに少なからず驚いて、少しばかり目を見張る。ぱち、ぱちり。瞬きをしても彼女の表情はやっぱり楽しそうにみえる。

「――へんなひと」

 そう小さく呟いて微かに口角を上げたぼくも、夏の暑さとやらにやられて少し変になったのかもしれない。

 …………なんてね。


 ***


 学園に帰ってきてから、僕は一体いくつの落とし穴に嵌ったことだろう。

 夏風邪を引いてしまったという、保健委員会の後輩である二年生の川西左近とその看病をしているらしい我らが委員長、善法寺伊作先輩の元へ薬草を急いで運んでいたらずぼっと抜けた足元。すぽーんと抜けた足元にぎゃっとひとつ悲鳴をあげて唸る。

(ううう……綾部先輩のばかぁ!)

 四年生の先輩であらせられる作法委員会所属の穴を掘ることで有名な綾部喜八郎先輩。僕たち不運委員会と呼ばれる保健委員会にとっては天敵ともいえるだろう、綾部先輩に限らず様々なからくりや罠を仕掛けてくる作法委員会全体が。ああでも、それを言うなら全委員会から色んなところで僕たち保健委員は被害を被っているような気がしなくもない。

「数馬くん、大丈夫……?」
「え? あ、雛さん!」

 はあ、と溜め息を零したところに降りかかってきた声。顔を上げれば、西園寺雛さんの姿があった。その腕には大根やら人参やらが抱えられていることから、これから夕食の準備にでもとりかかるんだろう。

 その腕に抱えていたものを地面に下ろして、こちらへと手を伸ばしてくれた雛さんの好意に甘えて、ぼくも手を伸ばす。握られた手は少しひんやりとしていて、頼りなさげではあったけれど、その手は僕の腕をぐいっと引っ張ってくれた。

「っと……大丈夫? 怪我してない?」
「はい……大丈夫です。薬草も無事ですしよかったあ……」

 身体を落とし穴から無事、地面へと戻して苦笑する。着物はところどころ土で汚れてしまったけれど、それほど深くもなかったし幸いなことにも怪我はしていないようでほっとした。薬草もバラけてないし、よかった。

「私も落ちまくったんだよね……」
「え、落とし穴にですか?」
「うん。だって、目印なんか分からないし、喜八郎くんどこに掘ってるかわかんないし……結構悲惨だったよ」
「はは……お互いさまですね」
「だねえ……気をつけてね。数馬くん」
「雛さんも気をつけてくださいね」

 僕の言葉にうん、気をつけるよと言葉を返してくれた雛さんに嬉しくなって、微笑みを返した。僕の存在感はなぜか薄いらしいから、こうして僕を見て、僕の名前を呼んで、僕に笑みを向けてくれる彼女の存在は僕にとって小さくはない。

「雛さーん!」
「雛さあん。食堂のおばちゃんが呼んでますう」
「久作くん、四郎兵衛くん。あれ、今日は二人が当番?」
「そうです。なので、雛さんを迎えにきました」
「迎えにきましたあ……あれ、三反田数馬せんぱい?」
「本当だ……何してらっしゃるんですか、三反田数馬先輩」
「見て分かるだろ!? 落とし穴にはまってたんだよ!」
「ああ、なるほど。そうでしたね、三反田数馬先輩は影が薄いうえに不運委員会所属でしたもんね!」
「不運委員会じゃなくて保健委員会だから! それに一言余計だから!」

 僕の訴えも虚しく、二年生の二人は雛さんが地面に下ろしていた野菜を抱えて早く行きましょうと彼女の着物の袖を引っ張っている。項垂れるしかない。

「数馬くん、気をつけてねー!」

 二年生二人に引っ張られながらこちらを振り返った彼女、西園寺雛さん。彼女の言葉にはいっ! と返事をして再び駆け出して少しして。

 …………僕は穴に落ちた。

(なんなんだよ、もう……!)

 建物の影に消えてしまった雛さんと二年生二人の声を微かに耳にしながら、僕はやっぱり、不運委員なんだなと思わずにはいられなかった。


 ***


 三年生も一年生も、今日で夏休みが終わるという。続々とこの場所へと帰ってくる生徒たち。小松田くんが忙しなくサインサインと動き回っているのを見た。明日には、きっと全ての生徒がこの学園へと戻ってきて新学期が改めて始まるのだと思う。

 この夏を振り返ると、いや、ここに来てからのことを振り返ると、あまりにも色んなことがありすぎて、良い意味でも悪い意味でも何にせよ充実した日々であったことに変わりはない。思ってもいなかった出来事ばかりで、痛みも悲しみも多かった。多かったけれど、こうして私は今、笑えている。

(笑っていられるんです)

 いつの日か。
 私に刃物を突き付けてきた人。
 いつの日か。
 私に言葉の刃を突き刺した人。
 いつの日か。
 私に鋭利な瞳を向けてきた人。

 そんな彼らとも、徐々にだけれど、極々自然に話せるようになってきた。笑い合えるようになってきた。素直に感情を表に出せるようになってきた。彼らの名前を呼べるようになって、彼らも私の名前を呼んでくれるようになった。

 雛さんと、雛と、雛ちゃんと、西園寺さんと、西園寺と、私の名前を呼んでくれる人がいる。話しかけてくれる人がいる。様々な表情を向けてくれる人がいる。

(ねえ、神様)


 ――これを、幸せと呼んでもいいでしょうか。


 言いようのない孤独感は消えないけれど、帰りたいという願いだって消えてはいないけれど、私は一人じゃなくなった。なくなったと思う、思いたい、信じたい。……否。


「――信じてるよ」


 小さく小さく、零した声は夏の風に乗って彼方へと飛んでいった。まるで、その言葉をどこかへ運んでいくためだけにぶわっと吹いたような風に目を細める。

 秋が、そこまで来てる。


(ひらりひらりと緑の葉が)
(散って、舞って、落ちていく)




「私と想いと、ノ唄」



(夏の風が運んできたもの、それは)

 ― 夏休み編:完結 ―

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