雛唄、 | ナノ

03


 気まずい。
 ものすごく気まずい。

 先ほどの学園長先生の爆弾発言、それすなわち不審すぎる私をここ忍術学園で預るという発言が原因なのは間違いない。預かる発言の後に恥ずかしいことに私のお腹が鳴り、食堂へ案内されている途中だけれどあまりの気まずさに食欲も何もないというものだ。

 学園長先生の言葉は絶対のようで、客室のひとつは今夜から私が使っていいとのことだった。先生たちには学園長先生が事情を説明するらしく、とりあえずは食堂に行ってこいと指示を受け、こうして彼に案内されているも、彼は何も喋らない。月明かりがあるとはいえ、電灯はなく、暗い。彼の持つ灯りだけが行く先をか細く照らし、あたたかな光を保っている。彼が歩く度に彼の頭上で高く一本に結われた長い髪が揺れている。心細さを隠して遅れないように彼の後をついていく。肩に掛けたスクバの存在がやけに重たく感じられた。

(そりゃそうだよね……)

 未来から来た、だなんてそんなこと一般人でさえ俄かには信じがたいのであろうから、ましてや忍者たる者、人を簡単に信用することはできないだろうし、何より私が怪しすぎるのだ。私もいきなり誰かに「実は未来から来た」なんて言われてたとして、すぐに信じられるとは思えなかった。

 私を見張っていたようなことから彼が上級生であることは間違いないだろう。きっと優秀なのだと思う。そうじゃなきゃ私の監視なんかを任されないはず。そんな人が、簡単に納得するとも思えない。突然私みたいな怪しい女がここに住む、なんて。

 私だって、内心すごく驚いた。

 私のようなはっきりとした素性もわからない、未来から来たなどとふざけたことをぬかす女を預かってくれるだなんて正直思っていなかった。確かに期待はしていたけれど、こんな風に都合の良いように転がるなんて思ってはいなかったのだ。

(良くて路頭に迷うか)
(悪くてここで殺されるか)

 どちらにしても良くない方向に転がるに違いないだろうと半ば諦めていた。それなのに。学園長先生は笑ってくれた。それは、もしかしたら奇跡に近いことだったのかもしれない。

「……ここで待っていろ」

 食堂、と思しき建物の前に辿り着くと彼は私にそう言って中に入って行った。
 その後ろ姿を見つつ思うのは、自分が今大したパニックに陥らずにいられるのが不思議だということ。ただ、あまりにも自分の身に起きている出来事が大きすぎて理解の範疇を超えているというだけだろうけれど。

(……忍者かぁ)

 どこからか聞こえてくる子供のと思しき声。ふと見上げた先にはやけにくっきりとした月と星空。空はこんなにも遠くて綺麗だっただろうか。きらきらと光る星の数が多くて、月に負けじと暗闇を照らしている。空気が澄んでいるのか、ひとつひとつがとても輝いて見えた。

「…………星座」

 ぼうっと空を眺めていれば中から声がかかった。どうやら食堂で働いているおばちゃんがおにぎりを作ってくれるらしい。何か仕込みをしていたらしいおばちゃんの陽気な声に少しばかりどきまぎしつつも、口にしたおにぎりはとてもあたたかかった。与えられた水は喉を潤すだけでなく、頭をもさっぱりとさせてくれたようで、少し、すっきりとした気がする。

 程良く空腹を満たしたところで食堂のおばちゃんにお礼を言って席を立ち、変わらず必要最低限の言葉以外を発しようとしない彼の後に続く。そういえば彼は何も言わないけれど、私がおにぎりを食べている間、急かすことなくずっと待っていてくれたんだ。それが彼の役目だとしても、私を監視するためだとしても待っていてくれたことは事実だった。

(そう思うと少しだけ)
(気持ちが軽くなった気がした)


 ***


 気に食わない。

 学園長先生は突発的だから困る。はっきりとした素性も分からない、未来から来たなどとふざけたことをぬかすキチガイのような怪しすぎる女をここで預るとは何を考えていらっしゃるのか。いや、もしかしたら何も考えてないのではなかろうか。

 貴族や豪商の娘ではないのだろうし身寄りもないのならばここで殺すまでとはいかずとも、外に放り投げてしまったほうが妥当ではないのだろうか。女が害をなさないとは限らない。寧ろあの不思議な携帯とかいう物体、あれで遠くの人間と話ができるのだという。あれで仲間に連絡を取るという可能性も高いのではないか。そうなると厄介だ。

 あの女を学園に連れ込んだのは自分であり、何も判らなかったあの場で私が下した判断は間違っていなかったとは思うが、どうにも苛つく。

「………………」

 先ほど学園長先生から女を食堂へ案内し何か食べさせてやれという指示を受けたためにこうして食堂への道を歩いているわけだが、面倒なこと極まりない。食堂へと続く道中では互いに終始無言であった。下手に話されてもこちらも困るからちょうどいい。

 食堂に着き、女の方は見ずここで待っているように伝えおばちゃんを探す。学園長先生から食堂のおばちゃんには事情を包み隠さず話してもいいという許可をもらっているために端的に女のことを話したが、予想通り、おばちゃんは少々驚いただけで特に追及する様子は見せなかった。まあ、と僅かに驚きを見せた程度だ。

(おばちゃんだからな)

 それだけで納得がいく。あの人は、この忍術学園の食堂を一人で仕切っている人だ。様々なことを経験してきたことだろう。懐が深いと言ってもいい。空気も読める。そんなおばちゃんだからこそ皆に慕われているとも言えよう。

 女が食している間、特にすることもなくこれからのことを考えれば、自然と溜め息が零れた。厄介なことは勘弁だというのに。食べ終わったらしき女は水を飲み干すと食堂のおばちゃんに礼を言い私の方に遠慮がちに駆けてきた。

 それを見て静かに歩き出した。


 ***


「ここだ」

 彼に案内された部屋はとても綺麗で、掛け軸や文机などもあった。先ほど寝ていた部屋とは異なるようだった。なぜ部屋が異なるのかは気にしてもきっと無駄だろう。

 現代のように電気が普及しているわけではないために今は月明かりと彼の持つ灯りのみで照らされた部屋は薄暗く、そのことに少し薄気味悪さを感じたものの幻想的にも思えた。思っていたよりもずっと月の光というのは明るく、心強いものらしい。今日が晴れの日で、また月が顔を出している日で良かったと思った。これがもし雨で雷などが鳴っていたりしたら恐くて仕方なかったかもしれない。

「……灯りは必要か」
「え、あ……大丈夫です」
「……押入れに布団が入っていることだろう。好きに使えばいい」

 それだけ言って立ち去った人。

「ぁ………」

 後ろ姿がとても、綺麗だった。お礼、言えなかったな……。



「ねえ、なえは」



 淡い光が障子戸越しに差し込んでうっすらと明るい室内。心は落ち着いているのになんだか色々と頭の中の整理がついていっていない。いや、落ち着いていているようで落ち着いていないのかもしれない。自分のことなのに分からなかった。キャパオーバーとでもいうのだろうか。

 ここは忍たまの世界だとは思う。……そうだと思うんだけど、あんな綺麗な人はいなかったはず。私がそこまで詳しくないせいもあるだろう。でも、そもそもの顔のつくりが違った。あまりよくは覚えていないけれど、テレビ画面越しに見ていたはずのキャラクターの姿とは似ても似つかなかった。学園長先生もテレビを通して見ていたものより若く見えた。

 ……どうなっているんだろう。

 私の知っている主要キャラクターであろう乱太郎、きり丸、しんべヱの三人に会えばはっきりするかもしれない。大丈夫、彼らの顔は思い出せる。あとはそう、さっき会った食堂のおばちゃんとか三人の担任の先生……の名前は何だっけ。名前と言えば、

「……なまえ、聞けばよかった」

 ぽつりと呟く。

 先ほどの綺麗な男の子が私のことをよく思っていないのははっきりしているのだから名前を聞いたところで教えてくれたか分からないけれど。……というか、私の名前も言ってないや。自己紹介なんてそんなことをする雰囲気ではとてもじゃないがなかった。

(綺麗な人に嫌われるのはなあ……)

 ちょっとショックかなあ……なんて苦笑する。頬がひくり、と引き攣った。身体は正直だ。笑うにも笑えないなんて。押入れから布団を引っ張り出し、制服のまま、もぞもぞと少しの温もりを求めて形式的に潜ってみた。眠れるわけがないことは承知の上だった。

 布団に寝転がりつつ色々と考えてみる。忍者ってことは天井裏に潜んでたりとかするのかな。お風呂とかどうしてるんだろう。……お風呂入りたいなあ。てか、忍術って本当に姿を消したりできるのだろうか。何だっけ、木の葉隠れの術とか? 忍法、何とかかんとか唱えたり? そんなことを考えて数分、考えた分だけ虚しくなる気がしてきた。

「……どうして、こうなったんだろう」

 片腕を瞼の上に乗せて呟いても返ってくる声はない。代わりに風が木々を揺らしただろう雑な音が耳に入ってきた。
 そりゃそうなんだけど、なんか、ね。

(寂しいって、こういうこと)

 まだ異世界に飛ばされたという実感が沸かない。それどころかこれが現実かどうかさえあやふやだ。夢であればいい。でも、これが現実ならば、もしかするともう家族や友人に会えないのかもしれない。そう思ったら、酷く、胸が痛んだ。


 ***


 忍たま長屋を歩きつつ息を吐き出す。

 先程まで苛々していた気持ちも今では落ち着きを取り戻していた。無駄に疲れた一日だった。全てはあの女のせいでしかない。女の言っていたことを再び頭の中で整理して考えてみるがやはり解せなかった。嘘をついているようにはみえなかったがそれすら演技の可能性が捨てられない。そもそも、あの女がキチガイじゃないなんて証拠がどこにある?

(しかし、未来か……)

 あの女のいう「未来」では、戦がなく忍者は存在しないという。国はどうなっているのかと問えば日ノ本は一つに統合され、上様ではなく国家とやらがまとめており、法律とはまた異なる憲法とやらに皆が従っているというのだ。制度が異なるのだと女は言ってのけた。それ程その国家とやらは強いのかと聞けばよく分からないなどとぬかす始末。

 全くもって理解できない。

(作り話にしてはやけに詳しい設定だとは思うがな)

 ひとつの突風とともに出現した妙な服を纏った女。

 あの女を客室に住まわせることになったのは最早いいとしてここの生徒がどう思うか。奴らが簡単に、はいそうですかと受け入れるわけがない。特に文次郎や留三郎などは強く反発することだろう。再度考えても間違いなく厄介なことになりそうだという結論に辿りつく。……ここは忍術学園なのだ。あの女が少しでも角を出せばすぐにどうとでもできる。優秀な先生方に生徒が揃っているのだから、女一人にてこずるわけがなかろう。それに、もし逃げようとすればあの部屋に仕掛けられた罠を作動させれば済む話だ。

「仙蔵、遅かったな。何してたんだ?」

 ふ、と出現した気配に目を伏せこたえる。

「なに、大したことではない」
「あの子、目を覚ましたのかい?」

 好奇心旺盛に尋ねてきた小平太と案ずるかのように問うてきた伊作に隠すこともないだろうと思い先ほどまでのことをありのままに話す。話しているうちに文次郎も長次も留三郎もやってきて結局はそのまま全員に話すことになった。

「未来、なあ……」
「信じられるか。つーか、学園長先生は一体何を考えて部外者を預かるだなんて言い出すんだ!」
「…………もそ」
「未来とは、それが本当だったらすごいな! 戦のない世界か……!」
「仙蔵はどう思ったのさ?」

 反応は各々異なってはいたが大体予想通りの反応だった。皆の反応を一様に眺めたところで自身も言葉を吐き出す。吐き出した言葉は夜の帳に飲み込まれていった。

「……害があれば殺せばいい」


 ――それだけだ。


(たかが一人の命、されど一人の命)

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