雛唄、 | ナノ

10


「雛さぁん……!」

 ちょうど薪割りが終わった、夏休み十五日目の午後二時過ぎ。澄んだ青をした空を見上げるように伸びをすれば、私の名を呼ぶ声がした。聞こえてきた声に後ろを振り向けば、何やら荷車を引いた四年生の姿があった。滝夜叉丸くんが荷車を引いて、後ろから三木ヱ門くんとタカ丸くんが押して、綾部くんがその後ろをとことこと歩いている。

「今朝、言ってた物です!」
「昨日の内に頼んできて、さっき取ってきたんですよー!」

 彼らは昨日の昼食後、町へと行ったらしい。夕食の時に何をしてきたのとさりげなく尋ねてみるも、明日になったら分かりますと笑顔で言われたのを覚えている。そして、今日も朝から町へと赴くということで、朝食時に今日の昼食は要りませんとも言われた。

 その時に滝夜叉丸くんが今日の昼食は軽めにしておいてくださいね、とそう言ったものだから私以外の子たちはなぜかキラキラと目を輝かせていた。一人わけの分からない私に、滝夜叉丸くんは届くのを楽しみにしていてください、とそう告げて出て行った。他の子たちに、なんで目がキラキラしているのかと聞けば後のお楽しみと、皆して口裏を合わせたかのようにそう言うものだから、ますます不思議だったのだけれど。

(スイカかあ……なるほど)

 彼ら四年生の姿が近づけば、自然とその荷車に乗っている物も視界に入ってくるわけで、見ればそれは丸くて黒を身に纏ったモノ。緑と黒の縞々がないけれど、おそらく形状からみるにスイカ。スイカ以外にも棒が一本と白い布が何枚か散らばっていた。

「雛さん、先生の許可は戴いていますし、私たちとスイカ割りしませんか?」
「しませんかじゃないだろ、ここはしましょう! って誘うべき!」
「ねー! 皆でやろううよ!」

 荷車を置いた三人は汗だくで疲れているだろうに、彼らの声はいつもより弾んでいるような気がした。綾部くんは呑気にも欠伸をしているけれど、近くで見れば、彼の顔にも髪が張り付いていることからここまで来る途中で運ぶのを手伝ったんだろうなということは簡単に推測できた。

「…………水浴びしたい」
「じゃあ、私、準備しておくから皆、お風呂入ってきたらどう?」
「雛さん一人でこの荷車は運べませんよ。僕たちだって三人がかりでやっとだったし、交代交代で引いても疲れたんですよー?」
「確かにこの汗だくのままっていうのは気がひけますがね」
「じゃあじゃあ、五年生に手伝ってもらったらどうかなあ?」
「ですね、それが無難かと。二年生ではせっかくここまで私たちが苦労して運んできたスイカを落としてぐちゃぐちゃにしそうですし……先輩方を呼んできますよ、私!」

 滝夜叉丸くんは爽やかな笑顔を残して走って行く。よくもまあ、体力が残っているものだ。感心してしまう。それは三人も同じのようで、三木ヱ門くんが七松先輩のいけどん鍛錬のおかげだろうな、なんて呟いたのを耳にした。

 三木ヱ門くん、タカ丸くんとスイカ割りをどこでやるのか、ルールはどうするかなどと話をしていれば程無くして、五年生二人を引き連れた滝夜叉丸くんが戻ってきた。

「では、竹谷先輩、尾浜先輩。よろしくお願いします!」
「りょーかいッ! スイカ割りとかすげー楽しみにしてたから喜んで手伝うぜ!」
「ハチなんて朝からスイカ割りの練習だーとか言って竹刀振り回してるんだもん。変だよね」
「お前だって楽しみだっつってたじゃねえか……! なんで俺一人で浮かれて変な奴、みたいになるんだよ」
「場所は雛さんに告げてありますので、そちらに移動させておいてください。それから、二年生も呼んでおいていただけますか?」
「容易い御用さ。早く水浴びておいでよ、準備しててあげるから」

 尾浜くんの声に頭を下げて、軽く汗を流しにお風呂で水を浴びてくると去って行った四年生の背中を見送った。

「うっし、じゃあ早速運ぶかー。にしても、あいつらよくこんなたくさん手に入れたな」
「スイカってこの時代、珍しいの?」
「珍しいっていうか、なんだろう。値も張るし、結構貴重なんだよね。町に出回っててもすぐに金持ちが大量に買い取ってっちゃってなくなっちゃうし。ま、今回は俺たちが大量に買い取ったみたいなものだけどねー、学園長先生が奮発してくれたのかな?」
「だな。あいつらが昨日急いでたのは、町にスイカが出回るっつーか商人が予約を取る日だったからっていうか? 間に合ったみてぇで、俺らもスイカ食えるしスイカ割りできっし、良かった良かった」

 うきうきとしながら荷車を引き始めた竹谷くんとそれを後ろから押す尾浜くんを横目に、私は一人しみじみとスイカを見つめていた。

「雛さん、置いてくよー?」

 尾浜くんの声に、今まで携えていた斧を薪の側に立てかけて慌てて追いかける。走ればぶわっと暑さがこの身を包んだ。


 ***


 四年生の先輩方が朝ひそひそと囁いていた、スイカが到着してしばらく。この学園に残っている生徒全員と雛さんとで、現在スイカ割りをしているところだ。スイカを割る順番は先ほどくじで決めた。今は四年い組、平滝夜叉丸先輩の番。目隠しをされた後にくるくると回された滝夜叉丸先輩はスイカのある方向とは全然違う方向へと足を踏み出した。

「もっと右だってば! みーぎーッ!!」
「もっと左だよお! ひーだーりー!」
「…………滝、左行っっちゃえば?」
「ッ雛さん! 一体どっちに行けばいいんですか?! それともこのまま真っ直ぐですか?!」

 白い手ぬぐいで目隠しをされて、手には棒を持った滝夜叉丸先輩は的であるスイカから少しばかり方向がズレている。田村先輩が言った方向に進めばいいのに。迷って大声を上げた滝夜叉丸先輩に僕たち二年生は笑ってしまう。いつもは自信満々なのに、今は狼狽えている滝夜叉丸先輩が何だかおかしく思えたから。

 そんな先輩に声を掛けられた雛さんも楽しそうに、彼女の隣に立っている竹谷先輩に話しかけていた。

「え……え、こういうのって引っかけた方が面白いと思う?」
「まあなあ……ま、アイツがスイカに命中しなかったらしなかったですっげー面白いけど、そこはまあ、雛さん次第っつーか?」
「雛さんの良心が試される時だよー。……左って言っちゃえば?」
「尾浜くん……。今、良心が試される時って言ったじゃん。なのに、反対を教えろと……?!」
「え、良心って……だって、面白い方がいいじゃーん」
「そりゃ面白いかもしれないけど……じゃあ、どうしよう。んーと……」

 尾浜先輩の言葉に惑わされつつも、雛さんはあえてそのまま真っ直ぐ三歩! という言葉を発した。確かにまだスイカまで距離はあるし、三歩真っ直ぐに進んだところであまり意味はないのだし、無難かもしれない。

「ここで合ってるのかッ!?」
「左に行った方がいいと思いまーす」
「三郎次……そんなこと言って後で怒られるぞ」
「大丈夫だって、滝夜叉丸先輩、今誰が喋ったかなんて分かってないし!」
「まあ、確かに……」

 僕の隣で竹刀を振っていた左近に言った通り、スイカ割りに夢中な滝夜叉丸先輩は今、左だと言ったのが僕こと池田三郎次だとは気付いていない。良かった。もし気付かれてたら後が怖い。ぐだぐだと説教と言う名の自分語りをされてしまう、それは勘弁だ。

「ここか?! 雛さん、私雛さんのこと信じていいんですよね?! これで当たらなかったら……!」
「え?! じゃ、じゃあ……もっと右!」
「だから言っただろ! 僕の言う通りに最初から動けよ、馬鹿滝夜叉丸!」
「滝夜叉丸くん、スイカ叩いていいのは一回だけだからね! 二回当てちゃダメだよお!」
「分かってますよッ! っと、ここらへんですか?!」
「もっと右……! あ、行き過ぎ! 今度はもうちょっと左!」
「お前せっかくだから、割る前にもう一度回ってワンってでも鳴けば?!」
「バカヱ門はうるさいッ! 誰が鳴くんだ、誰が!」

 ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあと騒がしいったらありゃしない。でも、僕はこういう雰囲気は嫌いじゃない。楽しくて好きだ。

「次、左近の番だろ? どうする? 誰、信じてみるよ?」
「えー……どうしよ。なんだかんだ言って雛さんの言ってる方向正しいし、雛さんのこと信じようかなあ……お前ら、絶対違う方向教えそうだし」
「信用ないなあ。な、久作、四郎兵衛」
「ま、私も雛さんが一番信用できると思うけど?」
「ん、ぼ、ぼくも……!」
「まあな。雛さん、僕たちには意地悪しそうにないもんな」

 僕の言葉に三人は頷いた。それもそうだろう、雛さんが気を許しているのは、四年生と五年生のあの二人だけだ。僕たち二年生は残念ながら雛さんとはどうしたって対等にはなれないし、彼女を支えてあげることなんてできないから、彼女が年下の僕たちに気を遣うのは目に見えている。

(それはそれでいいんだけどさ)

 夏休みは結局僕たち二年生は誰一人として実家に帰らずにここにいたわけだけれど、彼女には破れた衣服を直してもらったり、自分たちでは落とせなかった衣の汚れを落としてもらったり、食事の時に氷を多くもらったりと散々甘やかしてもらった。それはきっと、四年生や五年生の先輩方に与えるのとはまた違った彼女の優しさなんだと思う。

 夏休みに入るまであまり関わることのなかった人だったけれど、今では彼女に話しかけるのに何の抵抗も感じられない。それどころか、彼女を見かければ自然と駆けよっていくくらいにまで僕たちは彼女に懐いた。

「左近くん、左近くんの番だよー!」

 滝夜叉丸先輩はどうやら上手くスイカを割ることができなかったらしい。皮の欠片がちょっと散らばった程度だ。それに憤った先輩はまたいつものように田村先輩と口論を始めている。

 先輩方を止めるのではなく、僕たちのところへと棒と手拭いを持って歩いてくる雛さんに頬が緩んでしまう。滝夜叉丸先輩も田村先輩もいい気味だ。ずっと口論していればいい。そうしたら、雛さんは先輩方じゃなくて僕たちに構ってくれるはずだから。

「雛さんの言った方向に僕、歩きますから!」
「嘘言っちゃうかもよー?」
「それこそ嘘でしょう。雛さんは僕たちに嘘を教えるとは思えませんもん」

 僕が口を挟めば、彼女はぽかんと口を開けたかと思えば次の瞬間、小さく笑ってお礼を言うから気恥かしくなってしまった。そんな僕にまたまた彼女は笑って、そして頭に感じる温もり。上を見れば、可愛いなんて言われてしまった。

「可愛いって言われても……」
「おーいッ! こっちは準備できたぜ。そっちはー?」
「え、待って待って! 左近くん、目隠ししなきゃ……」」

 竹谷先輩の声がすごく邪魔なものに聞こえてしまった。左近が羨ましい。僕にも順番は回ってくるけども。そんなことを考えていれば後ろから伸びてきた手に視界を覆われた。

「三郎次くんも雛ちゃんに、目隠ししなきゃ! ……って言われたかったりしてー?」
「た、タカ丸さん……冗談はやめてくださいよ!」
「えへへ〜ごめんねえ」

 手の主は同じ委員会の先輩である十五歳でありながら四年生である斎藤タカ丸さんだった。ふにゃふにゃとした笑顔を向けられればあっという間に気が抜けてしまう。

「楽しいねえ。夏って感じで」
「ですね、先ほどのタカ丸さんの見事な空振りも見てて面白かったですし」
「ふーんだ! そういうこと言うと三郎次くんも失敗しちゃうんだからねっ!」
「しませんよ、雛さんは僕たちには嘘を言いませんもん」
「そうかもねえ……雛ちゃんってば僕にはちょっと意地悪したのに二年生には嘘言わないもんねえ。ずるーい」
「先輩方は雛さんと仲良いじゃないですか。そっちの方が僕たちからしたら、ズルイです」

 左近がくるくる回されているのを見ながら、隣に座ったタカ丸さんに言葉を返す。自分で言っておいて何だが、随分と子供っぽい言い方をしてしまったような気がする。左近から視線を外して隣を見れば、彼はへにゃりと笑った。

「雛ちゃんのこと好きなんだねえ」

 肯定の意味を込めて、タカ丸さんから視線を雛さんへと移した。五年生の先輩方と一緒になって声をあげているその姿はどこか儚い。元気なはずなのにどこか儚いから、惹かれる部分があるのかもしれない。

 それは恋慕の情ではないけれど。


 ***


「よーっし、着いたな」
「土井先生が十五日しか休みがないなんて……! 俺はもっとバイトしたかったのにぃ!」
「学園にいても出来るだろう?」
「それはそうですけどー」

 忍術学園、とそう書かれた表札の前で一息をつく。教職員の夏休みは十五日間であるから、正確には夏休み十六日目の明日に戻ってきても問題はなかったのだが、学園に残してきてしまったとある女人のことが気にかかって早目に家を出てきた。

(雛ちゃん……)

 自身がこの学園を出ていく時、彼女も家に来たらどうかと誘ったがそれは苦笑と共に断られてしまった。私もそこまで無理強いすることはできなかったから、後ろ髪の引かれる思いで彼女をこの学園に置いていったのだが、彼女を見ていないここ十五日の間、心配でならなかった。

「せんせーい、はやくー! 俺、先行っちゃいますよーお」

 きり丸の声に返事をして、自らも門をくぐる。正門とは少し離れていると思われるあたりから数多の声が聞こえてきた。その声はどれも弾んでいて、ひどく楽しそうだ。それにはきり丸も気付いたらしい。

「何だろ……? 俺、様子見てきます!」
「あ、こら、きり丸! おま、自分の荷物くらい片付けて……はあ」

 私の言葉など耳に入らなかったであろうきり丸は颯爽と声のする方へ駆けて行ってしまった。私の背と両手にあるこの風呂敷ときり丸の駆けて行った方向を交互に見て溜め息を吐き出す。

 確かに声のする場所で何をしているのかは気になるところではあるが、まずはこの荷物を片づけないことには身動きが取れなさそうだ。先にきり丸の荷物を奴の部屋へと置くため、忍たまの一年長屋へと足を向けることにした。

(……生徒がいないな)

 学園の敷地内を見渡しながら歩くも一向に生徒の姿が見あたらないことから、先ほどから声のしている場所に皆が集まっていると考えて間違いないだろう。何をしているのかまでは聞き取ることができないが、その声音から判断するに何も心配することはないと思われる。

 きり丸の部屋へ荷物を置き、私の荷物も部屋へと置くために次に足を向けたのは教職員用の長屋だった。そこに行けば予想通り、何人か先生方とは遭遇した。軽く挨拶をしつつ足を進めれば前方に見えた、見慣れた顔。

「土井先生、帰ってらしたんですか」
「山田先生、どうも。いやあ、ちょっと彼女のことが気になってしまいまして」
「土井先生らしいじゃないですか。まあ、彼女のことは何も心配することはないと思いますよ。先生のいらっしゃらなかったここ二週間ちょっとの間で、ここに残った生徒たちとは随分親睦を深めたようですからな」
「そうですか……良かった」

 一気に肩の荷が軽くなったような気がして、安堵の吐息をついた私に対して、目の前の山田先生はしかし、と言葉を続けるのだから目を見張る他ない。

「しかしですね、土井先生が耳にしたかは分かりませんが、町で彼女のことが噂になっているようでして」
「……どこからそんな噂が」
「いや、それがどうやら小松田くんがうっかり漏らしてしまったようなんですよ。ほんと困ったというかなんというか」

 眉を顰めてしまうのは仕方のないことだろう。まさか、いくら仕事ができないからといってもこの学園に勤めている小松田くんが噂の根源だとは。そんな馬鹿な。その後に続いた山田先生の言葉に今度は絶句する他ない。

「ドクタケとドクササコの城主の耳にもその噂は入り、ドクタケは近々彼女に接触を試みると思われる。それは我々も協力し彼女が奴らに捕えられるのを防げばいい話なんだが……。先日、タソガレドキの忍頭が学園にやってきて彼女の首を絞め去っていった」
「ッタソガレドキまで……!」
「いや、タソガレドキ城自体にはまだ噂は広まっていないらしいんだが、なぜかその忍頭の耳には入ったようでしてな。興味本位かどうかは分からぬが彼女に接触してきたんですよ」
「大丈夫だったんですか?!」

 首を絞められるだなんて、そんな何もできない女の子に対して酷い仕打ちをするものだ。彼女は無事なのだろうか。恐怖で今も泣いていやしないだろうか。消えかけた不安が荒波のごとく舞い戻ってくる。

「まあ、落ち着いてください。首の痕は何日か残ってはいたが、命に別状はなかった。今では生徒たちと共にくだらないことで笑い合っておるよ」

 そう告げた山田先生の声音が優しく思えて、何も言わずに彼を見れば苦笑した後に言葉が降ってきた。

「今はですね、彼女に護身術というものを私や生徒たちが交代交代で教えているんです。そんなわけで、自ずと彼女と触れ合う機会は多くなりましてね、今ではすっかり茶飲み仲間の一員ですよ」
「茶飲み仲間、ですか」
「今度、土井先生も一緒にどうです。西園寺はきっと喜ぶと思いますがね。……っと、西園寺は今、生徒たちと共にスイカ割りをしているようだから後で様子を見てきたらどうです? 彼女の笑顔、見れますよ」

 そんな言葉を残して山田先生は去っていった。彼女の今の状況を頭の中で整理してみれば、私がここを空けていた十五日の間で実に様々なことがあったということが分かった。タソガレドキの忍頭には襲われ、生徒とは仲良くなり、山田先生には護身術を習い始め……などなどおそらくもっとたくさんのことを彼女は体験にしたに違いない。

 彼女にとって大事な時期でもあった二週間と一日に自分がいなかったことが少しだけ寂しく思えるも、彼女が笑っていると分かっただけでそれは非常に喜ばしいこと限りない。

(スイカ割りか、なるほど……)

 聞こえてくる弾んだ声音の原因にも納得した。自身の部屋で荷物を簡単に整理し、衣服を替えて私もその現場へと向かうことにしよう。彼女がどんな風に笑って、どんな風に変わったのか、それはひどく楽しみなことに違いなかった。


 ***


「雛さんっ回しますよーっ!」
「せえのッ!」
「お……全然方向が分かんないね、コレ」
「雛さんで最後なんだからしっかり割ってくださいよー?」
「尾浜くん、変にプレッシャーかけるの止めてくれる?!」
「そのまま真っ直ぐ行きなよー」

 くるりらくるりら、目隠しをされてこの手に棒が握られたことが確認できると回された身体。先ほどまではスイカの近くで誰かが成功すれば歓喜の声を上げたり、逆に失敗したりすれば笑っていたけれど、いざ自分の番となると笑えないものだ。

 四郎兵衛くんと久作くんに楽しげに身体をくるくると回されてしまえば、全くもって自分がどこに向かって進んでいるのかが分からない。早速飛んできた指示にそのまま真直ぐ歩いていけば腰あたりに嫌な感触がした。

「ッははは!!! 雛さんっそこ突っ切ったらコース外だぜ?!」
「くくくっ……まさか信じるとは思わなかったあ!」

(ッ……くそう……!)

 どうやら私の腰に当たっているのは、コースを外れないようにと私たちがあらかじめ準備していた縄らしい。自分で設置しておいてなんで場所が分からないの。ものすごく恥ずかしい。竹谷くんと尾浜くんにはぐちゃぐちゃになったスイカをプレゼントしよう。そうしよう、うん。

 羞恥は感じるものの、ずっとこの体勢のままではいただけない。
 意を決して大声で叫んだ。

「ッ反対向けばいいの!?」
「そうですッ! そこから反対向いて左斜めに歩いていってくださあい!」
「こ、こっち……で合ってる?!」
「あ、あってます……!」

 今度、私に指示をくれたのは声からして三郎次くんと四郎兵衛くんと思われる。彼らのことは信じてもいいと思うものの、やはり距離感が全く分からずに慎重に進まざるを得ない。

「雛さん、ガツンっと! 一発! お願いします!」
「私が叩けなかった分までお願いします!」
「や……私そんな力な……え、ここらへん!?」
「もっと右だよお、みぎーっ!」
「……あと二歩進むべきだと思うけど」
「あ、行き過ぎです! もうちょっと左斜めです!」
「雛さんスイカにぶつかったら失格だからねー!」
「失格になったらなったで面白いけどなー!」
「雛さんッ! もうちょっと後ろに下がってください!」

 様々な指示が飛んでくる中で、信用しても良さそうな声を頼りに進む。とは言っても、声が何重にも重なってしまって誰が何を言ったのかなんて聞き分けられるはずもなく、左だの右だの聞こえた方向に沿うことにした。

「ここで、おっけー?!」
「いいですよーッ!」
「雛さんっ真っ二つに割ってくださいね! ぐちゃぐちゃは勘弁です!」
「もっと高く棒を振り上げて! この間、苦無を振り上げたみたいにこうぐさっと!」
「え、このまま真っ直ぐ!?」

 振り上げられる高さまで棒を持ち上げて最終確認。このスイカがぐちゃぐちゃになったら食べられるスイカが二個しかなくなってしまう。これまで彼らが割ったスイカは全部食べられないことはないが、ぐちゃぐちゃで悲惨な有様のモノが大半なのだ。彼らの場合、本気で棒を振り下ろしすぎなんだと思う。竹谷くんと尾浜くん二人が笑いながら割ったスイカなんて木端微塵に砕け散ったのだ。

「じゃ、い……いきます……!」

 木端微塵にさえしなければ食べられるのだからそこまで力まなくてもいいのだろうけれど、スイカ割りということでなんだか変に力が入った。

「…………あれ、当たった?」

 棒を振り下ろせば確かに当たったように感じたがどうなのだろう。目隠しをとって確認したいものの不正をしないようにとかなりきつく縛られているせいで自力でとることは罷りならない。

「もーちっと強く叩けば綺麗に真っ二つだったのになー」
「ですねえ……でも、雛さん上出来ですよ!」
「竹谷先輩なんて木端微塵にしましたもんね」
「それは言うなって! ちょっと力が入りすぎたんだよ!」
「いいじゃん。少しくらい木端微塵になったのがないと面白くないでしょ?」
「尾浜先輩はわざと木端微塵にしましたよね」
「うん。大分スカっとしたよ」
「そういう遊びじゃないんですけど……」

 近くから聞こえる声にほっとしていれば背後に感じた気配。しゅるりと解かれた手拭いに色を取り戻す視界。その先には散らばったスイカを拾い集めている忍たまの子たちがいて、彼らの表情がとても楽しそうで肩の力が抜けた。そのまま背伸びをしようとして突如として首に纏わりついてきた腕。

「……タカ丸くん?」
「んー楽しかったねえ」
「……さっきは嘘吐いてごめんね」
「んーん。気にしてないからいいよお。だって楽しかったもん!」

 おそらく私の後ろでへにゃりと笑顔を浮かべたであろう彼に嬉しくなる。首に纏わりつかれて暑いといえば暑いのだけれど、これはきっと彼なりの甘えた仕種のひとつなんだと思うと腕を剥がすなんて考えは浮かびもしなかった。お喋りをしながらスイカの残片を集めている彼らを見つめる。

 年相応だと、漠然と思った。

「ちょっとタカ丸さん! 何雛さんに引っ付いてるんですか! タカ丸さんもスイカ割りしたんですから、掃除手伝ってくださいよ! じゃないとスイカあげませんよ!?」
「ええ?! 僕だってスイカ食べたい!」

 三木ヱ門くんの声にあっさりと離れて行ったタカ丸くんに苦笑してしまう。私は私で、台所から持ってきておいた包丁とまな板を置いた台へと向かうことした。どこからか聞こえる風鈴の音が風情だなと思う。ちりん、そんな音ひとつが愛しく思えるのはきっと彼らがいるから。この世界で、「生きて」いると思えることができるから。

(木端微塵のスイカは、)
(……さすがに食べないよね)

 もう少しで目的の場所に着くというところで身体に衝撃が走った。

「ッ!? き、きり丸……」

 にぱっと歯を出して笑う子に驚いてしまう。一年生は三十五日の夏休みがあるはずでまだまだ帰ってこないと思っていたのに。そんな私の考えを汲み取ったのか、きり丸は少しだけ残念そうに、土井先生の都合で帰ってきましたと言った。

「スイカ割り終わっちゃったんですかあ? ……もっと早く来ればよかった」
「今からスイカ食べるところなんだけどね、きり丸も食べる?」
「いただきますッ!!!」

 きらきらと瞳を輝かせたきり丸に微笑みを返して、あらかじめ用意していた水に自身の手を浸して洗ってから台の上に置いてある様々な形に割れたスイカを手に取る。ざくりと音を生みながらスイカを切りだしていけばぞくぞくと周りに集まってくる忍たまの彼ら。

「俺、一番デカいのがいいです!」
「きり丸、お前なあ……! 参加してないくせにしゃしゃり出るんじゃない!」
「ちぇ、滝夜叉丸のケチ!」
「先輩をつけろ、先輩を!」
「雛さん、はやくはやくっ!」
「あ、ぼくたちも手を洗わなきゃ!」
「そうだった……! 行くぞ!」

 手洗いから戻ってきた彼らと食べたスイカは今まで食べたスイカの中でいちばん美味しかったと私は言いきろうと思う。そして、私は笑う。あまりの嬉しさに泣きたくなるけれど、ただ笑う。それが私にできる精一杯の喜びを表す術だと思った。



「紡ぎだす盾の果て」



 種の飛ばし合いを始めた彼らと笑っていれば、土井先生がやってきて、彼の表情は優しく穏やかなものだった。楽しいかとそっと訊かれたから私はひとつ頷きを返した。
 私の髪を撫でるその手に瞳を伏せる。

(皆に逢えてよかった……)

 そんな自分の言葉に苦しさを覚えたのはなぜだろう。


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