雛唄、 | ナノ

07


 蝉の声が五月蠅くてかなわない。

 ただでさえ暑くて仕方ないというのに、蝉の声が聞こえてしまえば嫌でも夏だということを実感させられる。しかし、この場で姿勢を崩したり表情を変えることは許されなかった。

「ふむ……ご苦労じゃった。先日もタソガレドキの忍頭があやつの噂を聞いてやってきたしのう。用心するに越したことはない」
「誰が流したのでしょうか。大方、予想はついておりますが」

 目の前に鎮座する老人に頭を垂れつつも問う。

「一年は組があやつのことを水軍の総大将に話したとは聞いていたが、そやつが水軍の者に言いふらしたとは思えん。となると……小松田くんあたりがうっかり口を滑らせていそうじゃのう」
「うっかりで済む問題ではありません。我々が彼女をこの学園に受け入れた以上、彼女の身を護るのは我々の役目なのですから」
「分かっておる。しかし、もし敵方に雛が捕えられたとしても……勝手に動くでないぞ」
「……承知」
「あくまでお主らが最優先すべきはこの学園の安全、じゃ。最上級生として下級生を守り抜くのが役目であり、あやつ一人のために危険な橋を渡ることは学園長であるこのわしが許さん」

 学園長先生の当然ともいえる言葉に頷く。

 彼女、すなわち西園寺雛という未来からやってきた女人がいるという噂が近くの町で囁かれ始めている。大半の者はそんな噂をただのほら話として笑っているが、その話を耳にしたどこかの城や悪党が動かないとも限らない。未来の知識というものに惹かれるあくどい連中が少なくとも一人や二人はいるだろう。現にタソガレドキの忍頭が先日ここにやってきたと聞く。

(うっかり、で済まされる問題ではない。あのへっぽこ事務員め……!)

 夏休みで実家へと帰省しているへっぽこ事務員こと小松田秀作が町でうっかり口を滑らせたようだった。十中八九間違いない。町中を歩いていれば、未来からやってきた女人という言葉が耳を掠めたのだからそれは驚いたものだ。すぐさま学園へと戻り、学園長先生に報告に上がれば、私に命じられた忍務。それは、例の噂が一体どこまで広まったのかを調査し、また、忍術学園を狙っている主な城へと赴き、噂の有無を確認してくるというものであった。

 夏休みは修行の旅として、課題をこなした上で様々な修行を積もうと思っていたのだが、休み開始早々そんな忍務を命じられてしまえば遂行しないわけにもいかず、これも修行の一環だと自身に言い聞かせ、遠方まで走った。

(自身の力量を試すいい機会だったが)

 変装をして敵方の城に侵入するのは初めてではなかったが、単独かつ極秘の忍務ということもあって普段より幾分緊張したものだ。

「確か、ドクタケの耳にも入ったんじゃったな」
「はい。私が調査したところ、ドクタケとドクササコにしか噂は確認できませんでした。私の力量不足もあり、タソガレドキには侵入ができませんでしたが、城主の耳には未だ入っていない様子。忍頭の耳にのみ入った模様です」
「ふむ……ドクタケは厄介じゃのう」
「おそらく近い内に彼女に接触してくるでしょう」

 あの城は戦好きで有名だ。そして、ことあるごとにここ――忍術学園を狙ってくる。彼女を人質として捕え、こちらにけしかけてくるに違いない。ドクタケごときにそう簡単にあやつを渡す我々ではないが。

「……お主も柔らかくなったのう」
「は?」
「年寄りの戯れ事じゃ。聞き流せ」
「…………、……」
「六年い組、立花仙蔵。ご苦労じゃった。下がってよいぞ」
「は、失礼します」
「お主ら六年生にとっては最後の夏休みじゃ。有意義に過ごすがよい」
「……ありがとうございます」

(最後か……)

 確かに最後なのだ。それはもう変えようのない事実。寂しくないといえば嘘になるが、この学園を離れるということはここの生徒である限り、誰もが通る道なのだから腹をくくるしかない。時は過ぎるからこそ、価値がある。

 学園長先生の庵を離れて自室への道を辿る。ああ、暑苦しい。口元を覆っていた布を外せば少しばかり涼しくなった。いくら自身がそこまで汗をかかない体質とはいえ、脱がずにはいられない。

「葉月か……早いものだな」

 衣擦れの音と蝉の声が入り混じる。
 一度、水浴びでもした方がいいか。せっかく学園に戻ってきたのだから今日くらいゆっくりしてもいいだろう。忍務もこなしたことだし、そこまで急いで何かをせねばならないということもない。そう考え、自室を出て風呂場へと向かう道中で視界に入った光景に思わず足が止まった。


 ――苦無を持つとは。


 女が一人で何かをしていたのならばそこまで気にせずさっさと風呂場へと向かっただろうが、私の瞳に映ったのは五年二人と西園寺雛の三人だった。そして少しばかり驚くことにも女の手には武器である苦無が握られている。

 護身術か何かの一端か。

 タソガレドキの忍頭に襲われたことを受けて始めたのだろうと推測できる。まだまだ隙だらけだが、あの女が何もしないでこの学園の生徒、先生方に護られ続けているよりはよっぽど良い。自分の身は自分で護らなくては。それに、ああして自分の身を護ろうと努力をしているのだと分かれば、おのずと助けてやってもいいという情が湧いてくるというものだ。

「ぅわあッ……!」
「あーだめだめ、雛さん! もっと腰落として! そんなんじゃすぐに押し負けるよ!」
「尾浜くん、見た目に反してスパルタ……!」
「なんだって?」
「ごめん……。お、ぎゃ……っちょ、竹谷くん! 二人がかりとかまだ無理だから! 勘弁して!」
「いやいや、戦場では何が起こるか分からねぇだろ?」
「いや、その前に戦場とか行かないから!」
「えー……いいじゃん。ここじゃ、いつ何に巻き込まれるか分からないんだよ?」
「そういう問題じゃッちょ、お、え、ぎゃ! ……ッない! ……ってば!」
「お、今のよく避けれたな! 今の結構本気だったのに。っよし、じゃあコレ、は?!」
「ストップ! 無理! きゅ、休憩っ! 休憩させて……!」
「「え、やだ」」
「え、ちょ……おわッいだ、いたッ! 今ぶつかったよ?! 竹谷くん!」
「んなのかすり傷だから大丈夫だって! 気にするな!」
「そうそう! その首の痕なんかより全然痛くない、で、しょ!」
「そりゃ、そう! かも……しれない、けど!」

 奴らのやり取りを見ているとなかなかに面白い。まだ苦無の扱いに不慣れな女に対して五年の竹谷と尾浜が容赦なくかかっていく。傍から見ればなんて酷かと思われるかもしれないが、変に力を抜くよりだったらああして時折本気でかかっていった方が女のためだろう。

 カキンカキンと金属のぶつかり合う音が耳に心地いい。

(……それにしても)

 夏休み前と今とでは、随分と女の様子が違う。明るくなった、いや、本来の自分を取り戻しつつあるというのだろうか。嫌だと無理だと言いつつも、女のその表情は楽しげだ。声音も私は聞いたことがないくらい弾んでいる。

「っは……も、ほんと……むり……」
「ねえ、ハチ。俺、思ったんだけどさあ、雛さんって苦無を上手く扱う以前に体力つけるためにランニングとかした方がいいんじゃない?」
「確かにな。明日から毎日、山でも行くか?」
「いや、え……え、山?!」
「山だと上り下りするだけで結構疲れるし、いい運動になるんじゃない? ……そう思いません? ――立花先輩」

 ちらり、と尾浜はこちらを先ほど見たから私に気付いているとは思っていたが、まさかここで私に話を振ってくるとは。いい性格をしている。

「ふ、山に行くならばせっかくだ、裏々山辺りまで行ってくればよかろう」
「え……」
「……冗談だ。お前のその足では山に登るだけで力尽きるのが目に見えている。だから、そんな情けない面をするな」

 廊下を降りて三人へと歩み寄りつつ言葉を零せば、地に膝をついた女が随分と情けない顔で見上げてくるものだから笑ってしまう。

「雛さん、良かったね。立花先輩もこう言ってるし、今日はもうやめとく?」
「あんまりやり過ぎて雛さん倒れたりしたら俺も勘右衛門も兵助に怒られるしな。ん、じゃあな、雛さん! 思ったよりいい動きしてたぜ! 行くぞ、勘右衛門」
「はいはーい。てことで、立花先輩、あとよろしくお願いしますねー!」
「お前たち……」

 言うだけ言ってさっさと走り去っていった二人に溜め息が出る。目の前の女なんぞ、私とあやつら二人の走り去って行った方向を交互にみた後、最終的にへらりと苦笑するのだからどうしようもない。あやつらは私に何を期待しているんだか。
 しかしながら、ここで何も言わずに踵を返すというのも妙な感じがする。ああ、しかし私は水浴びをしたい。せずにいるというのは我慢がならない。汗で僅かに首筋に張り付いた髪を払って、女を見る。

「…………暇か」
「え……ひ、暇というか別に忙しくは、ないです……」
「それもそうか。ならば、暇ということでいいな」

 戸惑いながらも頷いた女に言葉を残して、まずは風呂場へと向かうことにした。

「あとで……、そうだな、四半刻後に迎えに行く。自室で待っていろ。……茶、だ。茶。暇なのだろう? ……付き合え。茶菓子が手に入ったからな」

 そう言って踵を返す。
 後ろから小さな声が聞こえた気がしたがあえて何も言うまい。ただ、女と話をしてみたかった。


 ***


「………………」
「………………」

 人間、思いがけないことに遭遇するとどうしていいか分からなくなるというものだ。目の前で胡坐をかいた麗しい人に無言で見つめられているこの状況を誰が予想しただろう。

 居心地が悪すぎる。

 私の返事も待たずに去っていった彼の人は予告通り、三十分後にいつもは結わえているその鴉の濡羽色の髪を下ろしたまま私の自室に現れた。その姿をみるにお風呂に入ってきたんだろうなと推測はできたものの、何せ彼は美人さんだ。彼の醸し出す色気というものに当てられてしまったのも無理はなかった。

(…………帰りたい)

 切実に願う。

 誰でもいいからこの彼の自室と思われる部屋の戸を開け放って突入してきてくれないだろうか。先日、利吉さんにいきなり首にクナイを宛がわれたあの時より頭が半ばパニックに陥っている。

 一人勝手にあたふたとし、上がってきた体温を誤魔化そうとガチゴチになりながらも彼に連れられ促されるまま入った部屋で唐突に落とされた言葉は私の年齢を尋ねるものだった。真意は分からずとも正直に、十七ですと答えた途端、コレだ。

 何分経ったのかは定かではないが、ある意味拷問に近かった。

「……もう一度、聞くぞ。年は?」
「じゅ、十七です……」

 再び落とされた問いに答えれば、目の前の彼は眉を顰めるのだからわけがわからない。

「まさか年上だったとは……。てっきり同い年かと思っていたのだがな」
「…………、……」
「…………十七か」
「や、あの……」
「これまでの数々の非礼をお詫び申し上げます。年上の方を呼び捨てにしてしまったことも申し訳ありませんでした」
「え? や、……え!?」
「私なりの敬意のつもりですが」

 まさか、いきなりこんなことで謝られるとは思ってもみなかった。私は全く気にしていなかったというのに。年上だから、なんてそんな。私よりも断然大人びた目の前の彼に敬語を使われるのは違和感が拭えない。それに、そんなの余計に距離が出来てしまうだけで、嬉しいとは思えなかった。

「け、いいとか……要らないというか、なんというか……」
「確かにな」
「………………」
「そう睨むな。本心を言ったまでだ」

 それでも、あっさりと肯定されてしまうと少しばかりムっとしてしまう。敬意は払ってほしくはないけれど、払わないと言われたら言われたでムっとしてしまうなんて矛盾しているとは思うけれども。

「なら、お前も我々に敬語など使うな」
「……や、でも」
「我々が年上であるお前に対して敬語を使わないというのに、お前が我々に敬語を使っていたらおかしいだろう。先ほどの竹谷と尾浜にしていたように砕けた言葉で話すがよい」
「………………」
「なんだ、そのふざけた顔は」
「ッふざけてるわけじゃ……! えっと……」
「気味の悪い表情をするな。笑うなら笑え、困るならそれに相応する表情をしろ」

 頬杖をついた彼はそう言うけれど、どうにもならないのだから仕方ない。嬉しいような戸惑うような、そんな複雑な感情が顔に出たのは意識してのことじゃない。感情を汲み取った顔が勝手にそうなったのだから。

「……ありがとう」
「礼など要らん」
「うん……」
「……笑えるようになったのだな」

 立花くんの言葉に目を見張る。
 立花くんの表情に釘付けになる。

「私が言うのは変かもしれないが、鬱々とした表情を浮かべているくらいなら、笑っておけ」
「ッ!」
「お前をここに連れ込んだのは私だからな。その方が私としても気が楽だ」

(……え?)

 お前をここに連れ込んだのは私――、その言葉をそのままの意味で受け取るならば、それはすなわち彼が私を学園へと連れ込んだと、そういうことなのだろうか。その図を想像してみるも、いまいちピンとこず首を傾げてしまう。首を傾げた私に、立花くんも同じように首を傾げた。さらさらと彼の綺麗な髪が躍るように流れ落ちていく。

「……なんだ」
「や、えと、うん……その連れ込んだって……」
「? ああ」
「立花くんが、私を、ここに、という意味でいいんでしょうか……」
「何を今更。それ以外あるまい」

 さらっと私にとっては結構というかかなり重要なことを言ってのけた目の前の人。初めて耳にした私がここに来た経緯の一端に数回瞬きをした。そうだったんだ……。まだここに来て三ヶ月も経たないというのに、色々あったせいかあの日が随分と遠い昔のことのように思えた。

「知らなかったのか? てっきり学園長先生あたりに聞いているものだと思っていたが」
「え、なにを……」
「お前がこの学園に来た日のことに決まっておろう。それくらい察せ」
「や、全然知らない……です」
「敬語」
「……全然知らなかった」

 言い直した私に満足したのか、一度立って棚を漁り始めた彼。それを何ともなしに眺めていれば、数分後、私の目の前にはお菓子と麦茶が置かれていた。ああ、そういえば、茶に付き合えと言われていたんだったなあと思い出す。立花くんとお茶……。これって何気にすごい進歩じゃないかなあと思いつつ、そろそろ正座をしているのが限界になってきた。足先の感覚が危ない。

「お前な……足くらい崩せばよかろう。誰も咎めん」

 そろりそろりと足を斜めに動かすなどしていれば呆れ混じりの声が飛んできて、視線を立花くんへと向ける。どうして、こう、私の思っていることを皆して見破ってしまうのだろう。三木ヱ門くんは分かりやすいと言っていたけれど、そんなことは決してないと思う。彼らの洞察力が鋭すぎるのだ。

 案の定、足を斜めに崩せば痺れ特有の痛みが走った。

「砂糖饅頭だ。学園長先生が食べたいとおっしゃったから買ってきたわけであって、これは何かあったときのためと予備だったのだ。別に食べたくないなら食べなくてもよい。私は食べるが」
「わ、私も食べたい……です」
「次に敬語を使ったら取り上げるぞ」
「え……」
「……ふん。この季節だ。いくら味が変わらないようにと工夫したところで、早目に食べねば勿体なかろう。……さっさと食え。話はそれからだ」

 砂糖饅頭と呼ばれた目の前の菓子を見つめる。砂糖饅頭だなんて、そんな呼び方をするということは砂糖はこの時代貴重だったのだろうか。……よくよく考えれば貴重だなあと思いながら彼が手をつけたのを見て、おそるおそる手を伸ばす。それはとても美味しかった。ご馳走になっている間、私を見ていた彼の視線には気付かなかった。

「……毒が盛られているとは考えないのだな」

 小さな声がして、何と言ったのか聞き取れなかったから口の中にある饅頭を咀嚼しながら立花くんを見れば、こちらを見るなと言われてしまった。けれど、その声もその表情も穏やかなものだったから、深く考えずに彼の言葉通り、視線を外した。

(いいなあ。こういうの、どこで買うんだろう)

 お金もなく、町への道のりも把握していない私が買いになど行けるはずもないけれど、ささやかな夢をみる。いつか、こういう和菓子を自分で選んで買いにいけたらと、くだらないようでいて小さな夢を。


「――お前は、いきなり現れた」


 饅頭をご馳走になって、お茶を飲み干した頃。
 その頃合いを計ったかのように、立花くんは話し出した。

 そっと姿勢を正した私を射る視線が、痛いほどに真っ直ぐだった。逸らせない。離せなくなる。いつの間にか囚えられてそして気付いた時には逃げられなくなる。この人はそういうことができる人だと漠然と思った。

「あの日、我々六年は野外実践演習中だった。その最中、突風と共に出現した気配。それが西園寺雛、お前だ。妙な女だと思った。怪しげな衣服を纏っていたからな。……我々に気付かれることなく、あの場に突如として現れたお前に浮かんだ可能性はふたつ。ひとつはどこかの良家の娘であり、何らかの理由があった。もうひとつは言わずもがな、この学園を狙う輩の手先であるかもしれないということ。そのどちらかしか浮かばなかった。まさか未来から来ただのとふざけたことを言うとは思ってもみなかった」

 静かに言葉を紡ぐ人。

「文次郎の言う通り、あの場で殺してもよかったとも思ったものさ。お前の存在価値はその程度だったのだから。身よりもなく、ただ怪しいだけの女だった。そんな怪しい種は早々に摘むべきだと。学園長先生が、お前を預かると、お前を殺すなと言っていなければおそらくあの晩、お前の命は絶たれていただろう」

 逸らしてはいけない。
 受け止めなければいけない。

「お前は生かされたということを忘れるな。学園長先生に、我々に、生かされたのだという事実を。お前は、生かされたのだ」

 目を伏せる。

 彼の言葉を呑みこんで、刻み込まなくてはならないと思った。私が、この世界に来てからは「生きた」のではなく、「生かされている」という現実を認めなければ私はこれからもここで「生きる」ことができないと思った。そう、思う。でも、痛みを覚えたのも事実だった。小さな欠片が胸を刺す。

 何か言わなくてはと言葉を探す私に、声が届く。
 雛と私の名前を柔く紡いだ目の前の人。
 その瞳が微かに細められて、心が微かに騒ぐ。

「雛、私の言葉の裏を読め。いいか? 私は、生かされた、と言ったのだ」
「ッ…………!」
「お前はもう、生かされているのではない」
「生かされて、ない……?」

 言葉を反復した私に立花くんは静かに笑った。
 その笑みのなんて綺麗なこと。



「――生きて、いるのだろう」



 それは魔法の言葉のようで。じわじわと全身を駆け廻っていった何か。その何かに耐えきれず、視線を下げれば澄んだ声が降ってきた。

「私が話したんだ。今度は雛、お前が話をする番だろう」


 未来、とやらの話を――。



「未だ遠きなれど」



「前にも一度お前の話は聞いたが、その携帯とは恐ろしい道具だな」
「そうかな……」
「顔の見えない相手と声だけで会話をするなど、恐ろしいだろう」
「え、忍も変わらないんじゃ……」
「馬鹿者。そんな道具と我らを一緒にするな」
「……立花くんって変だね」
「お前がな」
「……何も即答しなくても」
「ハッ」
「……泣いていい?」
「煩い。さっさと続きを話せ」
「………………」


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