雛唄、 | ナノ

39


 五年生の女装の授業にかこつける形で町へと降りてきた。女装姿でも堂々としている五年生の面々の様子を見ながらも、昔の街並みに目を奪われた私はふらふらとあちらこちらを行ったり来たりしていた。初めての町。昔の。気分がひどく高まっていたところに掛けられた声。その声の主であるきり丸のバイトを手伝い、そのバイトの手伝いも終わり、五年生も実習は終わりだということで、学園へと続く道のりをゆったりとした足取りで歩いている今。

 時折、吹くのが自分の仕事だったと言わんばかりに吹いてくる風。それにつられて、緑の葉を付けた周りの木々も揺らめいてみせていた。

 私の右隣には久々知くんが、左隣にはきり丸がいて、私たちの前の方には鉢屋くんと不破くんが、後ろの方に竹谷くんと尾浜くんがいて、五年生の面々はそれぞれ女言葉ながらも楽しそうにお喋りをしていた。どうやら学園に着いて先生に報告するまでが授業らしかった。

「そういやさ、雛さん! 今度、俺たちにあの時の続き話してくださいよ! みんな、すっげえ楽しみにしてるんすから!」
「……あの時の?」
「未来の話ですよ!」

 無邪気に笑いながら、きり丸が放った言葉にどくんっと心臓が大きく跳ねる。忘れるわけがない、私が未来から……いや、異世界から来たということを。けれど、ここ数日があまりにも満ち足りていたから、頭の片隅に追いやっていた。未来。異世界。そう、ここはアニメの……本当なら次元が異なるはずの、交わるはずのない世界で、わたしはそれを観ている側の人間だった。平成の世に生きる、ただの一般人だった。

「でも……」
「戦もなくて食べ物にも困んないなんて、俺たちにとっちゃ夢のような話だけどさ。いつかそうなる日が来たらって思うと俺たち嬉しいんだ」
「っ…………きり丸」
「だからさ! また話してよ」

 現代の日本には戦なんてものはない、でもそれは多くの戦を繰り返してきた痛みを伴う確かな歴史があるから。食べ物に困らないなんて、それは現代の日本でのほほんと暮らしてきた私にとっては当たり前のこと。でも、それは決して当たり前なんかじゃない。きり丸の言うように、夢のように幸せなこと。普通に生きているだけじゃ気付けなかったかもしれない、大事な、大事なこと。

「……いつか戦がなくなる日がくればいいと思ってた。でも、雛さんがないって言うんだからなくなる日がくるんだろうな」

 右隣の彼の言葉に足が止まった。

「俺たちも報われるような気がする」
「この時代の戦が、いつか戦をなくすきっかけのひとつになるって思えたら、どんな戦だって無意味じゃないって思えるよ」
「あんたの話は私たちにとっては希望のようなものなのさ」
「見てみてえよなあ……戦のない世の中っていうやつ」

 わざと女言葉を捨てて、私の方を見ることはせずに言葉を落としていく儚い彼らの背を見つめた。……どうしよう、言葉が、言葉が見つからない。

「ちぇっ! 先輩たち格好つけちゃってさ! 素直に雛さんのこと信じてますーってでも言えばいいのに」

 生まれた複雑な感情に音もなく溢れた涙をどうにかぬぐって、彼らの背に向かって走り出す。

「ッぉわ!? ……雛さん?」
「ッわ、わたし! ……っ戦なんてないのが当たり前で、ご飯だって食べれるのが当たり前で……ッ家も服も友達もなんだってあるのが当たり前で……! 全部、あって当然だって思ってた……」
「雛さん……」
「ッ当然なわけ、ないのに……」
「……それは、そうだけど。なんていうかさ、……雛さんは気付いてくれただろ。俺らにとっての幸せが雛さんのいう未来で当たり前になっていたとしても、雛さんはそれがすごく幸せなことなんだって」
「ッ…………!」

 走った勢いそのままに久々知くんの背中にアタックをかまして、そのままその背にしがみついて懺悔紛いの発言をすれば、返ってきたのは優しすぎる言葉と頭を撫でられるそんな優しい温度だった。顔を上げれば、首を僅かに傾けて私の方を見ている久々知くんと瞳が合った。久々知くんの視線に促されるまま、前を向けばそこにあったのは穏やかな表情をたたえた四人の姿。そんな穏やかな、優しい顔をしないでほしい。

 どうしたらいいか、分からなくなってしまう。

「……俺だけ除け者とかすっげえ寂しいんですけどお」

 斜め下から聞こえてきた、きり丸のその言葉に苦笑して皆で笑い合った。ごめんねとありがとうを心の内で繰り返す。何度も、何度も。ごめんね、ありがとう――。

 ただそれだけを。


 ***


 昨日は実習で俺たち六年は裏裏裏山での実践演習だったのに対し、五年は女装の演習だったらしく五年と共に町へ出たというあの女。山道を歩き、町へ行けばそれなりに疲れるだろうにそんな様子もなく、ただいつものように食堂にいた。

「おはよう、雛さん」

 一番先に食堂に入った伊作がそう言って朗らかに笑う。

「はよ」

 伊作の次に留三郎が紡ぐ。

「………おはよう」

 かろうじて聞こえる程度の声量で俺の前に並んだ長次が言う。その一声一声にきちんと挨拶を返していく細い身体をした女。もう一人、俺の後ろで静かに朝食を待っている仙蔵は挨拶こそしないものの、女が食事を差し出してくれたりすれば礼を言うようになった。

 そしてもう一人。

「みんな、おはよう! 今日は裏裏山まで走ってきたぞ!」
「おは……ちょ、ま、待って! 七松くん!」
「えー!? なんでだよ! 私、腹減った!」
「懲りないな、小平太は」

 暴君こと七松小平太が食堂にだだだっと派手な音と共に駆けこんできた。奴の衣には葉やら土やらが付着しており、とにかく奴の格好は食堂には似つかない。俺たちにとっては日常茶飯事ともいえることに対し、女は毎朝毎朝甲斐甲斐しくも小平太の背を押して外でその葉やら土やらを払ってやるのだ。その光景に苦笑する伊作、呆れる留三郎、淡々と言葉を述べる仙蔵、沈黙したままの長次。

(…………変な女)

 外から聞こえる、先輩おはようございまーす! 雛さんおはようございまーす! といった声。しばらくして女と小平太が戻ってきて皆が揃ったところで朝食をとり、席を立つ。

「雛さん、聞いてくださいよ! 昨日、三木ヱ門が――……」

 食べ終わったにもかかわらず、毎食後飽きもせずに女と話をしている四年を一瞥した。四年はあの女を大分慕っているようで、話の内容はともかく後輩もあの女も楽しそうに感じられる。

 そして気付いた違和感。

(……三木ヱ門がいねえ)

 近々始まる夏休みを前にこれまでの各委員会の出費のまとめを今日から始めようと思っていたために、三木ヱ門には朝のうちに言っておこうと思ったのだが、いないのであれば仕方ない。

「文次郎」

 呼ばれた自身の名に返事をして食堂を後にした。後ろから聞こえる微かなあの女の笑い声がやけに頭に残る。いつの日か己に向かって泣き叫んだあの女の残像が少しだけ薄れるような気がした。


 ***


「え……三木ヱ門くん風邪ひいたの?」
「そうなんですよ! 何とかは風邪をひかないなんて言うものだから、まさかアイツが風邪をひくとは思いもしませんでしたよ!」

 朝食の席で、聞き慣れた口喧嘩がないというのは意外と寂しいものだった。三木ヱ門くんのことだから、委員会関係で寝るのが遅くて早朝授業後に少し寝ているのかとか授業の片付けに行っているのかとか思っていた矢先、落とされた言葉。どうやら、三木ヱ門くんが熱を出して寝込んでいるらしく、今、タカ丸くんが様子を見に行っているとのこと。

(昨日会った時、夕食の時は元気だったはず……)

 そうみせかけていただけかもしれないけれど。……もし、そうだとしたら少しだけ切ないものがある。私には心配をしてほしくないんじゃないかって、くだらないようにも思える小さな不安。

「……夕食の時は、元気だったようだけどね」
「綾部くん……」
「なぁに?」
「ううん、何でもない……」

 低血圧なのかなんなのか、昼間にたまたま会ったときや夕食時には言葉を交わしてくれるようになった彼だけど、朝は会話という会話はしたことがなかった。朝はいつも何かしら滝夜叉丸くんと三木ヱ門くんが言い争っていてそれをタカ丸くんが慰めて、綾部くんが傍観していて、そして私は話を振られた時にカウンター越しから、もしくは彼らの傍から言葉を返す――そういう日常になりつつあった。

「喜八郎の言う通りですよ、雛さん! あの馬鹿、夕食後に自主練すると言って池に落ちたんですよ! それで熱を出したんです! どうですか、雛さん! 間抜けにもほどがあるでしょう?! まったく、池に落ちるとは成績優秀、眉目秀麗な私とはまさしく月とすっぽんだな! ふはははは!!!」

 高笑いし始めたいつも通りの滝夜叉丸くんに苦笑しつつ、私は先ほどの綾部くんの言葉に気を取られていた。

(……まさか、ねえ)

 ここ数日はいいことがありすぎていて、あまりに幸せだから私の頭もほどほどに甘い考えをするようになってしまったらしい。

(綾部くんが)
(私の不安を見抜いてたかもしれない)

 そんなことを思う私は心の奥底で今の環境だけでは満足していないというのか。ここに来た当初、痛いほど感じていた視線がなくなって、名前を呼んでもらえて、笑ってもらえるようになって、数えたら両手じゃ足りないくらいの大事なものを既にもらったというのに。

(もう、十分なはずなのに)

 なのに、これ以上求めるなんて……。私はなんて欲張りな人間なのか。人間は欲の塊だというのだから仕方のないことかもしれないけれど。

 ひとつ、頭を振った。

「雛さん、どうかしましたか? ああ、もしかしてあの馬鹿ヱ門の風邪がうつったりしましたか?!」
「違う違う、大丈夫だよ」

 目を細めて、今はカウンター越しではなく私のすぐ近くにある滝夜叉丸くんの髪にそっと手を伸ばして撫でる。

「……雛さん?」
「ッ?! あ、ごめッ――」
「謝らなくていいです」

 自分のしでかした突発的な行動を理解すると同時に離した手。同時に吐き出した言葉。遮ったのは咎めるかのような滝夜叉丸くんの声。

「雛さんは謝りすぎです。そもそも謝罪というものは自分が相手にとって不愉快な真似をしたと思ったときにするものでしょう?」

 目を逸らせないのは、彼があまりにもまっすぐに私を見るから。

「私、別に雛さんに頭を撫でられることが不愉快だなんて思っていません」

 だから、謝らないでくださいときっぱりそう言い切ったあとに静かに笑うものだから、込み上げる気持ちを留める術を私は知らない。

「自慢話しない滝夜叉丸とかきもちわるぅ……うぇ」
「うん、滝夜叉丸先輩の偽物みたい」
「ねー」

 声を発する前に耳に届いた言葉にもちろん、例のごとく滝夜叉丸くんが激昂した。

「ッ……きり丸! 先輩をつけろ! 先輩を! 分かったな?!」
「へいへーい」
「返事は一回!」

 呆然と突っ立っていれば、隣に感じた気配。

(あ……)

「お前たち、静かにしなさい!」
「「「土井先生おはようございまあす」」」
「ったく……おはよう」

 大人だなあ……なんて唐突に思った。その直後、遅れましたぁと駆けこんできたタカ丸くんの独特な喋り方に人知れず癒されたものだった。……三木ヱ門くん、大丈夫かな。


 ***


「さっいあく……」

 布団に横たわりつつも呟いた。
 自身の今の状況といえば、とっくに午前授業開始の時刻だというのに寝巻のまま自室に敷かれた布団の上で横たわっている。

 今朝、いつものように顔を洗いにいこうとすればどことなく怠く感じた身体。おはよう、と挨拶してきたタカ丸さんに挨拶を返そうとすれば出てきたのは咳で様子を見に来てくれた校医の新野先生によると熱があり、どうやら自身は風邪を召したとのこと。

(別に、これくらい……)

 平気なんだ、僕は成績優秀でその上この学園のアイドルなんだから。大人しくしていること! と珍しく年上の姿を覗かせたタカ丸さんの言葉を無視して、身体を起こそうとした時に聞かされた言葉を思い出す度にどうしようもなくなる。

「無理して体調をもっと悪化させるより、一日くらい大人しくしてた方が治りも早いと思うよぉ。それに、雛ちゃん悲しむんじゃないかなあ……三木ヱ門くんが無理したら」

 にっこりと笑みを浮かべてそんな言葉を放ったタカ丸さんを恨みがましく思うも、なによりその言葉に弱い僕自身がどうしようもなかった。自分が辛そうな様子を見せたらきっと彼女は心配してしまう。仕方のないことだったとはいえ、僕たちは今まで彼女を散々傷付けてきた。先日のあの馬鹿なくのたまとの一件だってそう。あの馬鹿な奴らのせいでまた振り出しに戻るんじゃないかと思ったけど、でも、やっと、最近になってやっと雛さんが普通に笑ってくれるようになったんだ。それが何故かとても嬉しいと思う。だから、あんまり彼女の顔を曇らせるようなことはしたくない。彼女には笑っていてほしいから。

「………………っけほ」

 僕らしくない。仮にも、忍術学園の生徒だっていうのに。雛さんに心配かけたくないなんて、この想いが忍のたまごとして重荷になることは分かりきっているのに、ああ風邪はなんて厄介なんだ。普段じゃ頭の隅に追いやってるものが次々と浮かんでくる。

「まだまだってことかなあ……」

 寝不足が続いていたのもあるけれど、池に落ちたくらいで風邪をひくなんて潮江先輩に知られたら鍛錬が足りん! なんて怒鳴られそうだ。算盤持ってマラソンさせられるかも……はあ、考えると憂鬱だ。

(……ほんと、どうしたんだろう)

 瞼を覆うように乗せた腕の下で、未来だなんて果てもないモノを想像した。


 ***


 カチャカチャと少しばかり音が鳴る。もしかしたら、部屋の主は寝ているかもしれないから出来るだけ足音を立てないようにして歩く。

「……三木ヱ門くん、起きてる?」

 なんだかんだで生徒たちが住まう長屋へと足を運んだのはこれが初めてで、慣れない場所へ踏み入れる緊張と迷惑じゃないかななんて少しの不安が混ざり合って、三木ヱ門くんがいるはずの部屋の前、部屋へと上がる了解を得ようとすれば上擦った声が出た。

(……寝てるのかな)

 朝食後、おばちゃんの手が空いたのを見計らって三木ヱ門くんが風邪をひいたようだと伝えれば、おばちゃんはすぐにお粥を作ってくれた。おばちゃんがお粥を作ってくれている間に赴いたのは医務室で、新野先生から預かってきたのはこの時代の薬。風邪に効くという。新野先生は既にもう三木ヱ門くんの診察に行ったらしく、今日一日安静にしていればすぐ治るでしょうとのことだった。

 洗濯も掃除もそっちのけでお見舞いをとったはいいが三木ヱ門くんの部屋がどこかなんて知るはずもなく忍たま長屋を彷徨うことしばらく。よし! と意気込んで食堂を出てきたのに、詳しい場所を把握してなかったなんて馬鹿じゃないの……と項垂れていれば、後ろから掛けられた声。振り返った先には巡回中の日向先生がいた。事情を話せば、僅かに苦笑されたあと教えてもらった三木ヱ門くんの、四年ろ組の生徒の部屋。当然のことながら、お粥は少しばかり冷めてしまった。

 無言の部屋の戸を遠慮がちに引く。この部屋で、合ってる……よね?

「…………寝てる」

 す、と戸を閉めてお盆を置いて、綺麗なその顔を見つめた。

(羨ましい……)
(白くて綺麗で、可愛い)

 お盆に乗っているお粥、水、薬……布団に横たわる三木ヱ門くんを交互に見るも、行動に移せない。ほどよく冷めたであろうお粥を食べて薬を飲んで寝てくれればベストなのは分かりきっているも、せっかく寝ている彼を起こすのはどうにも気が引けた。しかも、ここのところ寝不足が続いていたというのだから余計に。

「……っ……ぁ」

 はっと顔を上げれば、苦しそうに眉間に皺を寄せた三木ヱ門くんがいて、やはり起こすことに多少の躊躇いは感じるもののその身体を軽く揺すった。魘されているのなら、一度起きた方が、起こした方がきっと良い。

「三木ヱ門くん」
「ッ……ぅあ……雛、さ……?」
「……大丈夫?」

 大丈夫? なんて大丈夫じゃないことが分かっているのに、口から出る言葉はこれしかなかった。潤んだ瞳の三木ヱ門くんと視線が合う。

「食堂のおばちゃんがね、お粥作ってくれたから。食べられるだけ食べて薬飲んで寝よう?」

 持ち得る限りの優しさを込めて告げれば、上体を起こして、少しの沈黙のあと頷いた彼。その沈黙が何を意味していたのか、私にはわからない。

「…………平気です」

 お粥を食べ終わり、手の平に乗る薬を見つめたままの三木ヱ門くん。何か言葉を掛けようかと迷っていれば、ぽつりと落とされた言の葉。静かに耳を傾ける。

「忍になるからには、っけほッ……風邪なんかで寝込んでられないし、べつに看病なんか……いら、ないし」
「……うん」
「アイドルだし、僕の方が、あんな馬鹿で阿呆な滝夜叉丸より優秀だし……だから」
「…………うん」
「だからッ……だから別に……っ」

 考えるより先に、行動していた。

「――……大丈夫だから」

 三木ヱ門くんが何を恐れているのかなんて彼じゃないから分からない。大丈夫、なんて根拠のない一時の慰めの言葉にしか過ぎないけれど、私はこの言葉に救われた。誰かに大丈夫だと言ってほしかった。彼は私のように単純な頭をしていないかもしれないけれど、私は彼に大丈夫だと言いたかった。だから。

(……だから、)

「ッ弱くなんかない………!」

 耳元で聞こえた言葉に、背中に回した手で彼の背中を軽く叩いた。


 ――だいじょうぶ。


 いつの日かわたしのことを信じると言ってくれた三木ヱ門くんをそっと抱き締める。おこがましい行為だと分かっていても、抱き締めずにはいられなかった。少しだけ腕の傷が痛むも、そんなのは今はどうでもよかった。私よりも小さい子。けれど、その身に背負っているのは決して小さくなんかないんだろう。

 弱さに逃げることは許されないような。


 ***


 弱音なんか吐かない、吐けない。

 ――吐くくらいなら諦めろ。
 ――死にたくなければ強くなれ。
 ――守れないくらいなら初めから大切なものなんて作るんじゃない。

 何度も何度も、この学園にいれば先生からも先輩からも聞かされた言葉。

 だから、僕は何も言わない。

「大丈夫」

 大丈夫だと何度も何度も呟く雛さんの肩に顔をうずめて、でも僕は何も言わない。雛さんも何も聞かない。

 風邪のせいなのか、どうしようもない思考が頭の中を支配している。言いたくて言えない言葉の数々を今まで通り呑み込んで、さっさと寝てしまおうと思っていたのに。雛さんを見ていたら、どうしようもなくなって。

(弱くなんか、ない……!)

 だから、僕は何も言わない。
 言えない。
 それはきっとこの学園にいる誰もがそうなんだろう。
 僕だけじゃない。

 だけど、こうして抱きしめてくれる手があるなら、抱きしめてくれる人がいるなら誰もがきっとすがりたくなるんじゃないかと思った。学園を出たらどうなるか分からない世界で生きようとする僕たちに優しさは要らないはずなのにずっと求めてる。

「……大丈夫だから、ね」

 優しく耳元で囁かれる言葉に僕の意識は徐々に薄れていった。目が覚めたら、いつもの僕に戻っていることだろう。成績優秀でアイドルで四年ろ組の田村三木ヱ門に。そうでなくちゃ、そうで……なく、ちゃ――……。



「拾い繋げたみの欠片」



(強くあれどもどこか寂しい)
(子供ではいられない世界)


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