雛唄、 | ナノ

36


 ――西園寺雛さんへ


 怪我をさせてしまったこと、本当に申し訳ありませんでした。言い訳にしかすぎませんが、手紙を置いていきます。

 私たちは貴方に嫉妬していたんだと思います。私たちが失くしてしまったものを持っている貴方が羨ましかったのかもしれません。だからといって、貴方を傷つけていい理由などどこにもありませんでした。
 無理を承知でお願いがあります。私たちに今度、貴方の話を貴方の口から聞かせてください。貴方を受け入れるためにも、貴方に謝罪するためにも。

 貴方に恐怖を与えて、怪我までさせて、私たちが貴方にしたこと忘れはしません。都合のいいことを言っているのは分かっています。ですが、アオイやヤヨイたちの気持ちも分かってほしいと思うのです。

 貴方の生きる時代がどうなのかは分かりませんが、私はともかくアオイやヤヨイたちは、この学園を出たら自由を失います。そんな中で、恋をして、その挙句嫉妬をして貴方を傷つけてしまった彼女たちの気持ちも察していただければと思います。おこがましいことを言っているのは承知ですが、どうか、お願いします。

 三禁破りの罰として私たちはこれから長期のサバイバル遠征に行ってきます。皆、自分のやったことを受け止めていて、帰ってきたらきっと貴方の元へ伺います。

 それともうひとつだけ、私たちが戻ってきたら


 「            」


 サクラ 拝


 ***


 竹谷くんに手渡されたサクラちゃんからだという手紙。青紫色を纏う彼らも気になるということで、竹谷くんに代表して朗読してもらうことになり、竹谷くんの声だけが浸透した部屋。私はとてもじゃないけれど、声に出して読めなかったから。

「――…………だとさ」

 傍らに座りこんでいる彼らが何か話しているようだったけれど話の内容は頭に入ってこない。ただ、胸の内にはなんとも言えない想いが渦巻いて、どうしようもない。

(サクラちゃん……)

 全部私が悪いんだって善人ぶってしまいたい。

 彼女たちはただ、ただ限られた自由の中で恋をしていただけ。きっとその想いは大切で彼女たちにとっては光のようなものだったんじゃないかと思う。それは、平和ボケした現代の日本で平凡に幸せに満ち足りた世界で暮らしてきた私にはきっと測りかねないほどの。そんな光のような、大切な想いを踏みにじるようなことをしたのは紛れもない私。
 長期のサバイバル遠征に行かなきゃいけなくなったのも、結局は私がここにいたから。この学園にいるから。そう思うと何度めかの妙な罪悪感がわいて、私がいなかったらよかったんじゃないかとか思う。思う、けれど。きっと、ごめんだなんて私が謝るのはやっぱりどこか筋違いっていうもので。謝ったところで偽善者にしか私は為れない。かといって、やっぱり彼女たちを責めることもできない。

(私だって好きで)
(こんなところにきたんじゃない)

 何時の日か言った自身の言葉を思い出す。それを彼女たちにぶつけたところで、彼女たちの怒りを煽るか傷つけるだけ。彼女たちを好きになったわけじゃないけれど、年下の女の子を怒らせたり傷つけたりなんてしたらまた結局は私が罪悪感に襲われるだけ。
 それに、ごめんなんて告げたら何もかもが偽りになってしまうような気がして嫌だった。彼らと、久々知くんを始めとする五年生に親しくしてもらっていたのは事実であって、彼女たちには悪いと心のどこかで思っていたのにもかかわらず、彼らの優しさに甘えてすがっていたのは私。彼らの優しさをごめんだなんてちっぽけな言葉を言うことで偽物のように扱いたくない。

(…………恋かぁ)

 私には遠い世界のようで、恋のためにあんなにも一生懸命になれる彼女たちが少しだけ羨ましい。葛藤とも、矛盾とも言い切れない複雑な思考が支配している。

「雛さん……、雛さん?」
「……あ、……うん」

 久々知くんの声にはっとして我に返れば、五人がこちらを見つめていて気恥ずかしくなった。

(一人よがり、なんだろうな……結局)

 彼らに話しかけられて彼らと話をしながらも意識はどこかおぼろげで。近くなったようなこの世界との距離が今だけは少し遠く感じた。
 ……切ない、と思った。


 ***


 あの出来事から早五日。
 クナイが腕に刺さったもののそこまで重傷ではなかった私の怪我は新野先生や善法寺くんが調合してくれた薬のおかげで怪我をしてから五日しか経っていないにもかかわらず、大分よくなっていた。おそらくは、怪我が治りやすくなっているという特典みたいなもののおかげでもあるんだろう。有り難いような恐ろしいような、得体の知れない事象。私が“ここの”人間ではないと突き付けられるような気味の悪さがある。

 そして、今。
 自室に戻ってからは新野先生ではなく、保健委員会委員長だという善法寺くんが私の怪我を診てくれている。

 天気のいい昼下がり。ピーチチチと雀か何か鳥の鳴く声が聞こえる。

 黙々と包帯を巻いてくれる善法寺くんの傍らには善法寺くんと共に、この部屋に入ってから微動だにしない濃い緑色の忍装束を纏った人。善法寺くんも彼について何も言わないものだから、私が彼に向かってあなた誰ですかと尋ねられるわけがなかった。

「……ん、これでいいかな。きつくない?」

 キュ、と音を立てて結ばれた白い包帯の先。

「ありがとう……」
「痕が残っちゃうかもしれない、ごめんね」
「それは仕方ないっていうか、善法寺くんが謝ることじゃ……。それに、こうやって薬塗ってもらえるだけでも全然……」

 そう言って苦笑する。それに応じるかのように目の前の男の子は優しげな笑みをひとつくれた。

「で、留三郎。君は一体いつまでそうして固まってるつもり?」

 善法寺くんがふと息を吐き出すような要領でそう言葉を発せば「いや、その……」なんてか細い声が聞こえた。

「……まったく、君はここに何しにきたんだい?」

 今度はまるで子供をたしなめるかのごとく、善法寺くんは柔らかな苦笑をひとつ零した。

「や……だから、その……まあ、あれだ、あれ」
「あれって何さ。もう、僕じゃなくて雛さんに話しかけなよね……世話が焼けるんだから」
「世話が焼けるって、お前なあ……!」
「はいはい、僕のことは後でいいからほら、留三郎」

 善法寺くんの言葉に眉を寄せつつも、善法寺くんに言われるがまま、背中を押されるがまま、私の隣へと移動していきた留三郎さんとやら。私はと言えば、何をする術もなく彼らのやりとりを見ていただけだった。

「はい、留三郎! しっかり!」
「お前にだけは言われたくない! ……まあ、その、なんだ」
「…………?」
「あー……その、……」
「…………、……」
「留三郎」
「ッその、だな……ッ分かったから、んな笑顔浮かべるんじゃねえ伊作!」

 善法寺くんが浮かべた若干黒くもみえる笑みにたじろいだ彼を見て、視線を下に落とす。なんとなく、予想はつく。彼がしたいことが、言いたいことが、分からないほど私は天然なんかじゃない。少しだけこれから言われるだろう言葉に自分でも分からない切なさを覚えて瞳を閉じた。


 ***


 伊作があの女の部屋に行くというので、これ以上の機会はないと思い、伊作についてきた俺。伊作に続いて部屋に入ればどことなくいい香りがした。

(……って、俺は変態か!)

 案の定、俺の姿を見とめた女は不思議そうにしていたが、伊作が包帯を解いて手当てをし始めるとそちらに気を向けていた。その間、俺はと言えばこれからこの女にかける言葉を探し、文章を頭の中で組み立てては消しての作業を繰り返していた。あの文次郎でさえ謝罪の言葉を述べたというのにこの俺が述べずに何とする。

(ほっせえな……)

 文次郎が女を殴り倒して、罵声を浴びせたあの日、叫んだ女。帰りたいと連呼していた姿が今でも鮮明に浮かび上がる。そして今目の前に座る女。こうして間近で見れば思っていた以上に弱弱しい姿で単純に驚く。

「で、留三郎。君は一体いつまでそうして固まってるつもり?」

 伊作の声にはっと我に返った。

 もごもごととりあえず適当に返事を返せば呆れたように苦笑されてしまった。情けねえ……。伊作が立ち上がって俺の傍までくると小さな声で頑張ってだなんて言うものだから、伊作に言われるがまま、背を押されるがまま女の隣に腰を下ろした。先ほど組み立てた文章が頭の中を徘徊しているような気もするが、いざ言葉を発するときとなると全くもって何を言ったらいいのか分からない。…………困った。
 だんまりを決め込んでいると横から、自身の名を呼ぶ伊作の若干黒さを含んだ声が聞こえてきて内心焦る。ちらりと横目でやつを見ればイイ笑顔で一瞬悪寒が走ったくらいだ。女と言えば俺らのやりとりを見ているだけで、何も言おうとはしない。

「あー……その、なんつーか……さ」

 唇を一度軽く結んで意を決して言葉を発する。

「……すまなかった」

 自分でも驚くほどに小さい謝罪の言葉。交わらない視線にどことなくもどかしさを覚えつつも、俯き気味になった女のこれまた小さな頷きに思わずほっと肩の荷が降りた気がした。これで全てが清算されるわけじゃないことは重々承知している。それでも、謝罪が出来たこと、その謝罪が受け入れられたことに安堵せずにはいられなかった。

「自己紹介したらどう?」
「え? あ、ああ………俺は、六年は組食満留三郎だ」
「西園寺、雛です……」
「ああ、よろしくたの……む!? ああッ?!」

 一瞬のうちに事態が急変した。
 凄まじい音を立てて部屋の障子戸を突き破って入ってきたバレーボール。

(こんなことすんのはあいつしかいねえ……!)

 目の前の女……もとい西園寺も固まってしまっている。伊作と言えば、俺がこいつを見たときにはすでに底の知れない笑みを浮かべていた。そうして聞こえてきた大声。足音が聞こえてこないのがあいつの恐ろしいとこだと思う、あんの暴君め……!

「私も混ぜろ!」

 スパーンと耳にいい音を立てて開け放たれた障子戸の外にはもちろんのこと輝くばかりの笑顔を浮かべた小平太がいた。


 ***


 放課後の委員会活動において、裏裏裏山までランニングをしたかと思えば学園に帰ってきて早々にバレーをしようだなんて言い出した我らが体育委員会委員長、七松小平太先輩。学園に帰る途中で三之助が消え、金吾と二人で探し出し連れ戻したのはいいがへとへとだった。

「もう疲れたのか? しかたないなあ……よしっ! じゃあ、今日はスパイクの練習だけにしとくか!」

 一応先輩なりに我々後輩に気を遣っているのだろうが、スパイク練習は試合と同様きついのだ、あまり意味がない。いや、それ以前にまだやるおつもりだったのか……! いつものことといえばそうだが、恐ろしい人だ。魂が抜けかけそうになるも気合で耐え荒い息を吐き出した。

「ちょ、せ、先輩……もう少し休憩してからにしませんか?! 水分を取らないと皆倒れますってば……さすがの私でもこればかりは……!」
「ななまつせんぱぁい……お願いですぅぅ……!」

 金吾がもう半泣きだ。三之助はこれまたふらふらとどこかに行きそうだったために縄で縛ってとりあえず犬の散歩状態にしておく。四郎兵衛はほわんとしたまんまに見えるが、顔の色が優れない。そんな私たちの訴えに皆の顔を見回した後、にかっと笑って先輩は言い放った。

「じゃあ、ドッチボールにしよう!」

(七松先輩のばかぁぁあ!!!)

 この暴君にこれ以上何を言っても何かやることに変わりはないのだと理解した時、三之助以外がふらりとよろめいた。誰かこの人の体力を削ってくれ……。

 ドッチボール開始後しばらく、グラウンドには体育委員会に巻き込まれた体育委員以外の輩の無残な姿があった。私を始め、体育委員はやはり腐っても体育委員らしく、なけなしの体力と気力をもってして地面に突っ伏した者はいない。

「なんだなんだ! お前たち、体力がなさすぎるぞ!」
「七松先輩が異常なんです……!」
「た、滝夜叉丸せんぱ……ぼく、もう無理ですうぅぅ……!」
「あああ、金吾……! 先輩、結構やりましたしやめましょうよ……!」

 やめようと口ぐちに言い始めた私たちに、七松先輩はきょとんとした顔を浮かべた。きょとんじゃないですよ、理解してくださいお願いですから……! とそこへ私たちにとっては救世主ともいえるような声がした。

「随分と楽しそうじゃないか、小平太」
「おう、楽しいぞ! 何ならお前も混ざるか、仙蔵!」
「いや、遠慮しておこう。それにしても、ドッチボールにバレーボールを使った挙句、何個か破裂させたようだな。……怒られるぞ」
「まあな! 仕方ないだろう、空気が抜けてないやつがバレーボールしかなかったんだ!」
「……留三郎に言ってくればよかったろう」
「一応探したんだけどなー。いなかったんだ、そこらには」
「そういえば、あいつ、伊作と共にあの女の部屋へ行ったらしいからな」
「なんで?」
「私が知るわけなかろう。大方予想はつくがな。いい機会だ、お前も行ってくればいいんじゃないか?」

 屋根の上から聞こえる立花先輩の言葉にそれもそうだな! と顔を輝かせた七松先輩は、立花先輩に場所を聞くとあっという間に消え去ってしまった。残された私たちは途端、その場に膝から崩れ落ちた。

「あの人のあの体力は一体どこからきてるのだ……!」
「あれは体力馬鹿だからな。仕方あるまい」

 立花先輩の言葉に激しく同意して、感謝の意を述べる。それから息を大きく吐き出して彼女のことを想った。

(大丈夫、だろうか)

 あの暴君な七松先輩のことだ、もしかしたら彼女と会った途端に外に連れ出してランニング行くぞー! とか言い出しそうだ。我々も巻き込まれるんじゃなかろうか……。

(…………ありえそうで恐ろしい)


 ***


「私も混ぜろ!」

 仙蔵に教えられた部屋に辿り着けば伊作と留三郎がいて、その奥にひどく驚いているような目当ての人物がいた。その身体は細く、やはり私がぎゅうっと一度思い切り抱きしめでもすれば骨のいくつかはぽきっと折れてしまいそうだ。ざっと観察していれば、当然のごとく飛んできた非難の声。ちょっとやり過ぎたか?

「てめ、小平太……! なんで、バレーボール投げんだよ……!」
「すまん、手が滑ったんだ!」
「しかも、このバレーボールぼっろぼろじゃねえか!!!」
「ドッチしてたんだ! 楽しかったぞ!」
「そんなことどうでもいいんだよ、小平太。何怪我人の部屋に危ないもの投げ込んでるのさ。ねえ、しかも雛さん女の子なんだけど」
「七松小平太だ! よろしくな!」
「ちょっと聞いてくれる? 小平太ってば!」

 どかどかと部屋にあがりこめば、かち合った視線にニヤリと口角を上げる。

「え、と、西園寺雛ですぅッわぁ!?」
「小平太ッ!!!」
「おま、何してんだよ……!」

 たじろぐ目の前の人の腕を引いて、軽く立たせてひょいと肩にかついだ。

「何って……だって、こんな弱そうな体してるんだ! 体力つけねば! な、外に行きたくないか?」
「そ、そと……?」

 小さく曖昧に頷いたように見えたから後ろから聞こえる声はすべて無視して先ほどまでドッチをしていた場所へと駆ける。きっと外に出ればいい気分転換になるに違いない! 学園ばかりにいたんじゃ気が滅入るだろう?

「ちょ、はや……!」
「はは、楽しいか?! よっし、じゃあ、仲良くなったついでに裏山まで行ってみるか! な、雛!」

 滝夜叉丸を見つけたから、その腕を取って再び走り出す。滝夜叉丸も男にしてはまだまだ細いからなあ。鍛練させねば! 肩と手から伝わる他人の体温と駆けることで生まれる風が心地いい。

「いけいけどんどーんっ!」

 雛の話はまだ聞いちゃいないがこいつは嘘なんか言ってない! 今まで見てきた過程と本能がそう告げていた。



「開きかけたに手を伸ばす」



(「一緒にお茶してください」)
(そう締めくくられた手紙が)
(まるで、鍵のよう)


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