「…………えっと、」
困った。可愛い子たちにね、囲まれるのはいいんだけどね、無言の視線は痛い。耐えるの限界に近い。この状況を誰か打破してくれやしないだろうか。
久々知くんを始めとした五年生に素敵な物を貰って一日が経った今日。何でもあの贈り物たちは五年生五人が少しずつお金を出し合って――久々知くんが一番多く出してくれたみたいだった――、そして足りない部分は学園長先生が出してくれたものらしかった。学園長先生には今朝、お会いした時にお礼を言ったら、今までの褒美だと言ってくれて胸も瞼も熱くなったものだった。
天気も良くて、洗濯物日和だなあ……なんて、以前は考えもしなかったことを考えつつ自分の分の洗濯をしていたら現れた桃色の忍装束を着た女の子が三人。彼女たちは私をじっと見つめるだけで何も言葉を発しない。
(髪の色がこれまた刺激的なことで……)
忍たまの世界ってもしかしたらかなりカオスなのかもしれないと場違いなことを思いつつ、私も彼女たちから視線を逸らせずに彼女たち三人を見つめていれば声が重なった。
「乱太郎が」
「きり丸が」
「しんべヱしゃまが」
(…………何だって?)
えーと、と苦笑していれば包まれた手。握手ではなさそうだ。私の手より幾分か小さな手に視線を落とした次の瞬間、聞こえた言葉に私は耳を疑った。
「忍たまの奴ら、今すぐ串刺しにしてあげるわ!!!」
「そうしましょう……!」
「許せないでしゅ!」
く、串刺し……?!
今にも走り出しそうな三人に何だかよく分からないも、物騒な単語に嫌な予感しかよぎらなかったために思わず自身の名を名乗っていた。
「ッわ、わたし、西園寺雛っていいます……! な、名前を教えてくれると嬉しいなあ……なんて思ったり、して」
作戦はどうやら成功したようで、三人で顔を見合わせた後に笑って自己紹介をしてくれた。
「ユキちゃんにトモミちゃん、おシゲちゃんね……」
ふわふわとした茶髪に目がぱっちりしていて可愛いらしい女の子がユキちゃんで、少し青みがかって見える髪に凛としていて大人っぽい女の子がトモミちゃん。それから三人の中で一番背が低くてちょっとぽっちゃりしてて優しそうな雰囲気の女の子がおシゲちゃん。
三人ともくの一教室の生徒で、実習帰りで今日の午前中に学園に着いたばかりなのだという。ああそういえば、前に土井先生が「今は」くの一教室の子たちがいないと言っていた気がする。こんなに幼いのに、学園の外で何をするというのだろう。私には見当がつかなかった。
「私たち、乱太郎たちに雛さんのこと聞いたんです」
「未来から来たとかなんとかって聞いて気になったのでどうなのかなって」
「そしたら、雛しゃん傷だらけじゃないでしゅか!」
「もう、こんな怪我してまで頑張ってる人を信じないなんてあいつら馬鹿みたい!」
「仕方ないわよ、忍たまだもの。人を見る目がなってないんだわ!」
「でも、さすがはしんべヱしゃまでしゅ。雛しゃんのこと信じてるなんてさすがでしゅわ!」
「乱太郎だって信じてたわよ!」
「きり丸だって信じてるって言ってたわ!」
「いーえ、しんべヱしゃまが一番最初に決まってましゅ!」
徐々にヒートアップしていく話題がおかしな方向に行っていると思うのは私だけなのだろうか。何と言っていいかも分からずにぼけっとそこに突っ立ってれば、彼女たちが一斉にこちらを向くから驚いた。首を傾げてみせる。
「…………?」
「雛さんにこんな怪我負わせたのって誰ですか! 乱太郎たちじゃないですよね?!」
「ッ!」
ユキちゃんが真っ直ぐと私の目を見て、勢いよく放った言葉に息を呑みこんだ。
怪我を負ったのは自分の責任とはいえ、何と言えばいいんだろう……。ストレートな質問をぶつけられて困ってしまった。少し言葉を探して、それから、
「……その、乱太郎くんたちは関係ないよ。それに、怪我っていっても大したことないし」
そう言って手をぱたぱたと振って違う違う、彼らは関係ないと示せば目の前の三人がどことなく安堵したように見えた。
洗濯をするにあたって、袖を捲っていたのが悪かった。手を動かすのに支障はないといえ、ある程度の力を込めればまだ若干痛むために包帯がぐるぐると巻いてある手首だ。怪我をしていないとは言えない。それに、善法寺くんにこれからは包丁で切ったり火傷したりしたときは医務室行くことを義務付けられて、昨日包丁でまた切ってしまったりなんだりと指にもいくつか包帯が巻かれているのだ。絆創膏だったらまだそこまで目立たないような傷も包帯となると途端に白が目立って仕方ない。
「じゃあその怪我、他の忍たまには関係してるんですか?」
これまた真っ直ぐとトモミちゃんに見据えられて答えないわけにもいかず、ただ曖昧に笑うしかない。
「別に、気にしてないから。いいの、気にしないで」
気にしていないわけじゃない、けれど。それでも。目に見える怪我はそんなに痛くなかったから、いい。言葉の方が痛かった。
「……それならまあ、ねえ?」
「うん……。それにしても、忍たまの奴ら、雛さんの目を見たことないのかしらねえ?」
「本当でしゅ」
「…………め?」
聞き返せばユキちゃんが「雛さんの目は綺麗だもの。私たちとは大違い」なんて言うものだから返答に困る。私からすれば、私の目が綺麗だなんてあり得ないと思うし、瞳に濁りがないから心が綺麗な人ね、みたいな解釈は滅法あてはまらない。それに、彼女たちの目こそ純粋無垢といった感じで綺麗に見えるのに。
うーん、と悩みかねていればトモミちゃんがにっこりと笑って、雛さんの目は綺麗ね、ほんと……と零した。
「……普通だと思うよ」
「いいえ、雛しゃんの目は綺麗でしゅよ! だって、陰りがありましぇんもの!」
「陰り?」
「はい!」
にこにこと返事をされてはここで否定し続けるのもなんだか大人げない。よく分かりはしないもののとりあえず、受け取っておくことにした。
(うれしい、からいいかな……)
自分でもほとほと呆れたものだけれど、内容が何であれダレカが屈託なく私に笑いかけてくれるなんてただそれだけで嬉しいんだからいいよね。ユキちゃんもトモミちゃんも、おシゲちゃんも可愛いなあなんて思いながらそんなことを想った。
***
実習から戻ってきてくのたま長屋に帰ったら、一月近く留守にしていたにもかかわらず綺麗で驚いた。トモミちゃんとおシゲちゃんと顔を見合わせた後に「やったー!!!」と三人で叫んだのは記憶に新しい。だって嬉しいわ。いつもいつも、掃除には厳しい山本シナ先生のおかげで掃除するのは一苦労なのに、普通に綺麗だったら掃除しなくて済むもの!
「でも、誰が掃除してくれたのかしら」
「食堂のおばちゃんじゃないの?」
「じゃあ、お礼を言いに行かなくちゃいけましぇんね!」
おシゲちゃんの言葉に頷いてうきうき気分で食堂のおばちゃんに会いに行ったら私じゃないわよ、ときょとんとした顔で言われた。
「じゃあ、一体誰が……?」
「忍たまの奴らがそんなことするわけないし……」
そう言えばおばちゃんがあの子かねえ……なんて言うものだから“あの子”について聞けば、私たちが実習でいなかった間に学園に住むことになった女の人だという。きっと洗濯でもしてると思うから会いに行ってみなさいな、そう言ったおばちゃんの言葉に従い三人で食堂を出ればちょうど一年は組の乱太郎、きり丸、しんべヱと遭遇した。
「ああ、雛さんのこと?」
彼女について聞けばどうやら知っているようで彼女について少し聞いた。
(未来からきた、人……)
未来なんていう突拍子もない話をされて気にならないわけがない。それから、くのたま長屋が綺麗だったことを話せばそこまではやっぱり知らなかったようで「へえ……」なんて感心した奴ら。
「雛さんならやりそうだよなあ」
「うん、そういえばさっき雛さん見かけたよ。行って聞いてくればいいんじゃない?」
乱太郎の言葉に三人で駆け出した。
***
あ、と言葉を零したユキちゃんの視線の先を辿れば見慣れない女の人がいて、その人は洗濯物を干していた。
「どうする……?」
「少し様子をうかがってみましょう」
「そうでしゅね」
こそこそと物陰に隠れてしばらく彼女を観察してみるも、大して様子が変わることはなかった。
「……あの包帯」
「え?」
「包帯してるじゃない、あの人」
ユキちゃんに言われて彼女へ視線を投げれば捲られた袖から見えた白い包帯。隣でおシゲちゃんが足にもありましゅよ……というものだから、目を凝らせば着物の裾からも白い包帯が見えた。
「痛そうね……」
「あの怪我、どうしたのかしら?」
「さっき乱太郎たち言ってたじゃない。彼女を信じるかどうかは自分次第だって先輩には言われたって」
「それがどうかしたんでしゅか?」
「だからね、信じていない忍たまもいるってことでしょう?」
「そりゃそうよね、未来から来ただなんていきなり言われたって信じられないもの」
「じゃあ、あの怪我は……」
「もしかしたら、忍たまの仕業かもしれないわ!」
「女の子の身体に傷を作らせるなんて酷いでしゅ!」
「でも、あの人が本当はくノ一か間者だったりしたら正しいのよね、忍たまは」
彼女が本当に未来から来たのかどうかなんてこと、話して自分の目で耳で確かめなきゃ分からない。三人で出ていけば何があってもきっと大丈夫、そう頷いて彼女へと歩みよった。
***
トモミちゃんとユキちゃんと一緒にその人のところへ行けば、彼女はくるりとこちらを向いた。戸惑ったように揺れた瞳には寂しさが見え隠れしていた。
(頬にも傷跡が……)
少し視線を下げてみれば指先にも包帯が巻かれてあったり切り傷の痕があった。
(……痛そうでしゅ)
トモミちゃんとユキちゃんも思ったことは同じだったらしく、重なった声。そしてユキちゃんが眉間に皺を寄せて呟いた言葉に同意する。だって、雛しゃんの目は綺麗だった。
陰りがない彼女の瞳は綺麗で、それでいて困ったようにこちらを見るその仕草に彼女がくノ一やら間者であるという可能性は女の勘から言わせてみればほぼ無いに等しいと思った。ユキちゃんが雛しゃんの怪我について聞けば、雛しゃんは少し悩んだ後曖昧に笑って、気にしないで、とそう言った。
彼女に、目が綺麗だと告げればえ、だなんて驚いたような声が上がったけれど、彼女の瞳に陰りがないのは本当のこと。あたしたちもそうだけど、この時代の人たちは皆どこか陰をもってる。戦も多いし、政略結婚、お家のために身体を売ることだって普通の時代。あたしたちだってくのたまというからには、十一歳といえども色を学んだり人を殺すための術を教わってる。今回の実習だってそう。
(それはどこか)
(どんよりとした胸の内に巣食う黒)
楽しい毎日だけど、それはきっとこの学園のほとんどがもってる消えない黒。だけど、彼女はそれを持ってない。どこか寂しそうには見えるけれど、言い知れない黒をもってない。
(だから)
(すごく綺麗に見えるんでしゅ)
綺麗、と皆で告げれば苦笑しつつもありがとう、と彼女は微笑んだ。
(ありがとう……)
目元を緩ませて言う彼女は優しげだった。
***
「あ、ごめ……迷惑だった……?」
ユキちゃんに、くのたま長屋を掃除したか否かを問われ少し焦った。おばちゃんに掃除をしてくれ、と言われたものの毎日食堂やら客室近辺を掃除してもあまり意味がなく、土井先生に了解をとっては時々くのたま長屋を掃除していたのだ。掃除をすることは好きだし、洗濯物も少ない日だと何をしていいか分からなかったあの頃の私にはちょうどよかったから。
それに、今日の午前中も。
事務の仕事は明日からやってくれと言われていたため、洗濯物も自分の物以外はしなくてもいい私は午前中暇だったのだ。洗濯物は午後の方が気温が上がるため午後にやろうと決めていたし。
「全然! すごく助かりましたっ! ありがとうございます!」
「私たち三人、ちょっと実習でミスをしてしまったもので早めに帰って三人で掃除をするよう言われてたんです!」
「一カ月近くも放置してたらさぞかし汚いだろうと思ってたらすごく綺麗でびっくりしたんでしゅよ!」
「「「ありがとうございます、すっごく助かりましたあ!」」」
くの一教室の山本シナ先生は掃除に厳しいようで、掃除をそこまで頑張ってしなくて済むことがよほど嬉しかったらしい。
(ありがとう……)
そう言われると、頑張った甲斐があったななんて思って少し頬が緩んだ。
彼女たちはこれから茶屋に行く為に一緒にどうかと誘われたのだが今更ながらこの時代のお金を持ってないことに気付き丁重にお断りさせていただいた。奢ります、とか言われてもとてもじゃないけれど、こんな小さな子たちに奢ってもらうなんて考えられなかった。
では、失礼しまーす! と最後まで可愛かった三人を見送りつつ思う。
お金。そういえば、この時代の通貨ってどうなんだろう。おそらく、銭ではあるとは思うけどよく分からない。単位も、物の価値も、全然。そうしてふと感じたこと。
(……この世界のこと)
(まだ全然知らないんだ……)
***
蛸壺を掘るため、学園内をうろついていれば人の気配を感じた。どうやら、あの女の人と帰って来たばかりのくの一教室の生徒らしい。彼女たちからは死角のようでこちらの姿は見えないし、もちろんのことこっちからもあっちが見えない。
(……ふむ、どうしようか)
ここらへんの土の具合が蛸壺を掘るにはもってこいの柔らかさ。掘らないわけにはいかない、だって土が呼んでる。
だけど。
ここで蛸壺を掘ってたらある程度の会話は聞こえてくる。別にあの人にバレても何ら支障はないと思うけど、くのたまに盗み聞きだと思われると後々面倒だ。今彼女といるくのたまは下級生らしいが、ぼくらと同い年あたりのくのたまの耳にでも入ると嫌だ。前にネチネチと嫌味ったらしく色々言われたのを覚えてる。もちろん、無視したがうるさくてしかたなかった。と、聞こえてきた物騒な言葉に少し手が止まった。
(忍たまの奴ら、串刺し……)
冗談だと思いたいが、くのたまの場合実行しかねないから嫌なのだ。ま、やられたらやり返せばいいだろうと思い、土を掘り進める。
(んー……このくらいの深さでいいか)
一息吐いて上を見上げれば青い空、聞こえてきたのはあの人の怪我についての話。
「……………、……」
気にしないで、だなんて綺麗事だ。
――ぼくたちが怪我させたようなものなのに。
まあ、別にどうでもいいけど。
(だって)
(ぼくには関係ない)
関係ないけど、くのたまが言ったように彼女の目は綺麗だと想う。
(……淀んだ黒がないから)
彼女はきっと知らないだろう。ぼくたちが貴方の瞳をどうして綺麗だと思うのか。昔はきっと皆綺麗だった。でも、気付かないうちに黒の浸食は進んでいっていつの間にか透明さを失って淀んだ黒をもっていた。貴方は自分の瞳を普通だなんて言うけれど、ぼくらにとってその普通はすごく、すごく――、
「……綺麗なんです」
ぽつりと吐きだした言葉は土の中に消えていく。その後、初めて会話をしたあの人はぼくのいい獲物になった。
(だって、面白い……)
「……っわ、あ!?」
「………………」
「…………えと、綾部くん、で合ってる……よね……?」
「………………」
「……その、西園寺雛です……」
「……知ってます」
「………………、……」
「……西園寺さん」
「え、なに……うぎゃっ、ぉうあ!?」
「……重い。まあ、でも合格です」
「ッごめ……って、いや引っ張ったのは綾部くんじゃ……! てか、合格……?」
「そうでーす。てか早く出てくださーい。邪魔です」
「あ、うん…………あ、あれ?」
彼女にあまりにも力がなく、自力で蛸壺から出られなかったためにぼくが蛸壺から出られたのはそれから一時間近くも後の話。彼女には今度新しく掘るつもりの蛸壺に落ちてもらおうと固く決意した。
(そのままでいられるのは)
(ひどく難しいと、知ってはいるけれど)
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