雛唄、 | ナノ

26


 ありがとうと、ごめんを重ねて。



「緩やかにまるこれから」



 足の怪我を悪化させてしまったせいで、学園に戻ってきてから、また五日程お休みをもらった。土井先生はもっと休めばいいのにと言ってくれたけれど、この時代の薬……善法寺くんが調合しているらしい薬は本当によく効くし、どうしてかこちらに来てからというもの怪我の治りが早いおかげでそんなに休みをもらっても暇になるだけなのだ。


 ――あの日の夕方頃。


 学園を出て行ってその日の内に戻ってくるという何とも傍迷惑な騒動を犯したにもかかわらず、学園長先生は私にここにいていいと、言ってくれた。それどころか、今まで過酷な労働をさせて悪かった、頑張ったのう……なんて言ってくれたものだから胸に込み上げてきた何か。

 ヘムヘムを抱きしめて耐えていたら、抱きしめすぎて唸ったヘムヘム。それを見てごめんと苦笑すれば、学園長先生が雛の笑った顔が見たいのう……と仰られた。疑問符を頭に浮かべて学園長先生を見れば、降ってきたのは笑え笑え、という言葉でそれに何だかおかしくなって微かながらも口角を上げればうんうんと頷いてくれたものだった。
 それは少しすぐったくて、そしてあたたかかった。
 夜にはまた土井先生が部屋を訪れてくれて色々と話を聞いた。土井先生の話によると、これからは薪割りも洗濯も自分が必要とするもの以外は基本しなくてよくて、夕食時のお手伝いもしなくていい代わりに、日中、事務の仕事を手伝ってほしいという。

「事務……の仕事ですか。わたし、事務の仕事なんて全然……」
「ああ、大丈夫。それなら小松田くんが教えてくれるだろうし、雛ちゃんには書類整理をお願いしたい」
「でも、あの……薪割りとか、洗濯とか……」
「……薪割りはね、元々その日の風呂当番がするか、手の空いている我々教師陣の誰かがするものなんだ。洗濯物も基本的には自分たちで洗うものだ。それに、本来なら夕食時の手伝いというのも全学年にやらせてる授業の一環で、本来なら当番制で生徒が行うものなんだよ」
「…………そう、だったんですか」
「……雛ちゃんには過酷なことをさせて本当に悪かったと思ってる」
「だ、大丈夫です。学園長先生にも少しお話を伺ったので……」
「……そうか。本当に、悪かった。……辛かったろう」
「………………っ」
「もう、必要以上に頑張らなくていいんだ」

 土井先生の優しい声に思わず俯いた私の髪を撫でて行く手。俯いたまま、耐えきれずに零れていった滴が柔らかな音を立てて服に染み込んでいった。

 学園長先生も土井先生も優しい人だとそう感じたあの日。その翌翌日には、授業終了の鐘が鳴り響いてからすぐに、滝夜叉丸くんと三木ヱ門くんが勢いよく戸をスパーンと耳にいい音と共に開け放って、大声で私の名前を呼んで入ってきたからその時はひどく驚いたものだ。

「雛さん大丈夫ですか?! すみません、昨日はお伺いできなくて……!」
「雛さん聞いてくださいよっ! 昨日滝夜叉丸がミスったせいで補習だったんですよ! それで雛さんのところに来れなかったんです!」
「な、なにを言うかっこの馬鹿ヱ門! お前があの時、雛さん大丈夫だろうかなんて不安そうにするから悪い!」
「うううるさいっ! お前が普通に受け取ればミスることも無かったんだ!」
「大体私がどうしてお前などと組まねばならなかったのだ! 組も違うというのに! それが解せん!」
「知らないよ! 単位落としたくなきゃ組めって学園長先生が言ったんだから仕方ないだろ!?」

 あはは、とやっぱり苦笑することしか出来なかった私を助けてくれたのはまたしても四年生のまとめ役らしいタカ丸くんだった。彼もスパーンと戸を開け放って「滝夜叉丸くん! 三木ヱ門くん! 片付け手伝ってぇ!」と息を荒くさせながら入ってきたものだから若干引いたのは秘密だ。そのタカ丸くんの言葉に二人は渋々頷いて襟首を掴まれたまま去っていった。連れていかれた、という表現の方が合っていたかもしれない。去り際に引きずられていく二人の表情が面白くて笑えたものだったな。

(だって……ねえ?)
(あまりにも可愛かったものだから)

 それから二日程が空いた今日の夕方、つまり今、私はよろよろと頼りない足取りながらも食堂への道を進んでいた。足の怪我はというと、松葉杖なしでも歩ける程度になっていた。本当に、こちらに来てからというもの怪我の治りが驚くほど早い。それもわたしをこれが夢か現か分からなくする要因のひとつだったりもする。

「…………ッあ、の」
「あらぁ、雛ちゃんじゃないの! 怪我は? 大丈夫? 歩いて平気なの?」

 食堂に入って、遠慮がちに声をかければおばちゃんの陽気な声が返ってきて安心した。

(だって、なんか、ね)

「あ、走ったりしなきゃ大丈夫です。えと、手も別に……。あの、お手伝い、してもいいですか……?」
「それは嬉しいけど……休んでていいのよ?」
「寝てばかりでも暇、というか……怪我もほとんど治ってますし、だから、なんというか、その」

(おばちゃんと、いたくて)

 陽気で朗らかな笑顔を浮かべて私の名を呼んでくれるおばちゃんに会いたかった。傍にいたかった。この世界に来て、私を必要としてくれることが嬉しかったから、また必要としてほしかったのだ。土井先生は私にもう必要以上に頑張らなくていいと言ってくれたけれど、自分が必要とされるなら、それはとても嬉しいことだと思うから。だから、手伝えたらいいなと思った。

「そうねえ、寝てばかりじゃ身体に悪いもの! じゃあ、雛ちゃん、無理じゃなきゃ大根と人参と、それから里芋を食料庫から適当に取ってきてくれるかしら? 手洗いも忘れずにね」

 悶々としていた私の背をそっと押して、おばちゃんがそう言って笑ってくれたものだから、涙腺が緩んだのは仕方のないことだと思いたい。おばちゃんは、なんか……ちょっとした小さな気配りが母親のようだと思う。温かな気持ちに前のように袖を少し巻いて、まずは食料庫に行って、それから手を洗おうと一人気合いを入れた。


 ***


「……孫兵、あの人いる」
「え? あ、ほんとだ。怪我して自室にいるんじゃなかったっけ?」
「俺知らない、どうする?」
「どうするって……今日僕たちが当番なんだから行かなきゃ怖いだろ。おばちゃんが」
「そうだよな……なあ、お前はあの人が未来からきたって話信じてんの?」
「僕? んー、わかんないよ、そんなの。なあ、ジュンコ」

 そう言ってジュンコー! と辺りに花でも散らす雰囲気で、ジュンコもとい毒蛇に話しかける孫兵にげっそりしつつ食堂へ歩を進める。い組とろ組で余ってる者同士が組まされているとはいえ、作兵衛、俺と代わってくんねーかなぁ。

「お前さ、毒蛇持ち込むとまた怒られるんじゃねえ?」

 いつしか孫兵が毒蛇を食堂に持ち込んだ時、おばちゃんが今にもジュンコを煮てしまいそうな勢いでジュンコを掴んで外に放り投げたのを覚えている。孫兵にも思い当たる節があったのだろう、泣く泣くジュンコに後でねって話しかけた後に放していた。……そんなことをしたらまた生物委員会出動することになるだろ、絶対。
 数時間後にジュンコの名を呼んで探し回っているだろう生物委員会の姿がありありと浮かんでくる。が、注意を促すのも面倒というか既にジュンコはどこかに行ってしまったため後の祭りだから言わないでおく。

「……三之助、君どこ行くの。食堂こっち!」
「え? あ、ああ……あれ、そうだっけ」
「君ね、どう考えてもあの人が戸口に立ってんの見えてるのにあっちに食堂があるわけないでしょ」

 うだうだと孫兵が何か言っていたが、無視していく。

「ねえ、聞いてる? ってちょ、三之助待ってよ……!」

 戸口のところまで行けばあの人も俺らに気付いたようで視線が交わった。

「……今日の夕食当番の、三年ろ組、次屋三之助です」
「あ、僕は三年い組、伊賀崎孫兵です。よろしくお願いします」

 あの人に礼儀上挨拶をすれば、あの人が若干戸惑ったような表情をみせた後に少しだけ苦笑して、西園寺雛ですと返してきたものだからちょっと驚いた。今までは六年生の先輩たちがこの人のことを警戒していたから極力近づかないようにしていた為、この人のことは内心あまりいい印象はなかった、というよりもどうでもよかったというのが本音。自分に害がなければいてもいなくても別にいいやって感じだったし。この人が潮江先輩に殴られたのも、まあ、怪しいのは事実だったから仕方ないんじゃねーのって感じだった。

(…………ふーん)

「えと、じゃあ、これ、少し持ってくれると助かるんだけど……」

 だけど、彼女の遠慮がちな言葉と、間近で見た彼女の細い手首に白い包帯、頬に残る傷跡を見て少し印象が変わった。隣にいた孫兵は彼女の声にはい、と返事をして作業にとりかかっている。

「…………、……」

(なんだかそんな警戒する必要もなさそうな人だな)

 現に、ほら、多すぎじゃないか? と思うくらい両腕に大根に人参、里芋を抱えていて、こぼれた里芋がひとつ、こっちに転がってきた。

「……半分持ちます」

 足元に転がってきた里芋を拾ってそう言えば、ありがとう、と。


 ――ありがとう。


 久々に聞いたありがとう、なんて言葉に胸が弾む思いがした。

「雛さん、って呼んでもいい、っすか」

 俺より先に人参数本と里芋をいくつか腕に抱えた孫兵が意外そうにこちらを見ていたけれど、目の前の彼女は一瞬目を瞠った後、それこそ泣きそうな、それでいて嬉しそうな表情を浮かべて、少しだけ微笑んだ。

「……もちろん。私も三之助くんって呼んでいいかな」

 彼女の言葉に小さく頷いた後で妙に照れくさくなった。そんな自分に気付かれたくなくてそっぽを向く。なんていうか、この人は自分にとって害がないどころか、もしかしたら関わると関わるとでよさそうなひとなのかもしれない。ありがとう、なんてそんな柔らかい声で言う人、あんまいねーし。


 ***


「雛ちゃん、これ切って! あと、これを混ぜておいて!」
「は、はいっ……!」

 あわわ、と手を動かす彼女を見つつ自身も手を動かす。

 先ほどの三之助の行動も意外といったら意外だったが、間近でみる彼女の働きぶりも意外だった。おばちゃんに指示される内容のほとんどを彼女が一人でこなし、僕たちに任された仕事はご飯を炊くことと皿洗い、それから漬物を切ってよそうことだけ。
 初めは僕たちも野菜を切ることを頼まれ適当に切っていたのだが、おばちゃんに遅いと怒鳴られてしまった僕たちを見かねてか私がやろうかと、遠慮がちにも提案してくれた為に申し訳ないとは思いつつ好意に甘えてお願いすることにしたのだ。そのせいで、彼女は余計に忙しそうだ。

 利き手ではないだろうが、その手に包帯がまだ巻かれていることからあまり負担をかけない方がいいのではないかとも思ったけれど、彼女の表情を見ればなんだかとても楽しそうで内心、首を傾げる。

(……楽しいんだろうか、これ)

 僕が漬物担当で漬物を切っているのだが、やはりなかなかに力のいる作業で腕がだんだんと重たくなってくる。火を起こしてご飯を炊いている三之助を見れば、僕の視線にも気付かないほどにじっと彼女を見ていた。

(…………へえ?)

 なんだか面白くなってくすっと笑ったらさすがに気付かれたかして、キッと睨まれた。

「ははっ……ごめんごめん、面白くて」
「…………どこが」
「だって三之助、この間っていうかついさっきまで雛さんのこと珍しく警戒してたじゃないか。それなのに」
「……なんだよ。……別に、そんな危ないとは思ってなかったっつの」
「ふーん……?」
「うるさい、孫兵。手を動かせ」

 三之助には珍しいことに、耳を赤くしていた。

(ありがとう……そう言われたのが嬉しかったんだろうな)

 無自覚方向音痴の三之助のことだ、怒られることはあっても感謝されることなんて少ないに違いない。僕も、三之助のことを言えないけれど。おばちゃんに切った野菜を持っていってはおばちゃんが料理を作る過程を見つめている彼女がひどく幼くみえた。くノ一だとか間者にはみえそうにもない。それに何より、先日の一件。潮江先輩が彼女を殴りつけた際に彼女が放った言葉。僕たち三年も何事かと耳を澄ませていたけれど、彼女が放ったあの言葉に嘘はないように思えた。

 帰りたい、の響きに込められていたのは、警戒するのが馬鹿馬鹿しくなるほどの、切なる想いだったから。

(警戒しなくていいじゃんね、面倒だし。なあ……ジュンコ)

 今は外に一人にしてきてしまった相方にそっと思いを馳せた。


 ***


「――雛さん」

 食堂のお手伝いをしたのはいいが、さすがにまだカウンター越しで以前のように生徒と対峙する、ということはどうにも後ろめたく感じてしまい注文をきくことから先の作業はおばちゃんと今日の当番であるという三年生二人に任せ、私は食堂の裏口の方でひっそりと休憩をとっていた。
 お茶を口に運んで一息吐いたところで突如として降って来た声。ああ、びっくりした。驚きで変な悲鳴が出た。

「っんぎゃ! ……く、くくちくん」
「んぎゃって何、驚きすぎ」
「や、あの、だって誰もこないと思ってたから…」

 食堂の裏口で壁に背を凭れて立っていた私の前に、くすくすと笑いながら、久々知くんがこちらを見上げる形で地に片膝をついた。瞬きが零れていく。


「――……これ、あげる」


 何て言葉を発せばいいか考えていたところに差し出された包み。わけがわからず首を傾げれば照れたように「受け取って、はやく」と目の前の彼が急かすものだから、とりあえず、お礼を言って受け取った。
 受け取った、というのに久々知くんは地面に片膝をついたままで、戸惑いながら口を開く。久々知くんの一つに結われた長い柔らかそうな黒髪が風で揺れている。

「久々知くん、これ……?」
「……詫び」
「…………わ、び」
「俺たちからの、詫び。そんないい物じゃないけど……」

 少し視線を泳がせるようにして、久々知くんはそう言った。

「詫び……って、どうして……」
「それは、…………」
「はっきり言え、兵助」
「ッ……お前らついて来ないって言ってただろ!」

 わらわらと物陰から出てきた五年生の面々にますます頭が混乱していく。

「雛さんにってここ二、三日、町に行って必死で呉服屋巡りしてたの誰だったっけ?」
「ちょっ、おま、三郎! そういうこと言うなよ!」
「こういうのは言わないと面白くないだろう?」
「面白いとかどうでもいい! お前だってついてきてあーだこーだ言ってきたじゃないか!」
「それは、お前に任せると不安が残るからだろう」
「どういう意味だ!」

 立ちあがって声を上げた久々知くんの肩にがっと腕を回した鉢屋くんに、あははとそれを眺めてる不破くんと尾浜くんと竹谷くんの三人。目の前の光景に何度か瞬きを繰り返した。夕日が地面に溶けて彼らの影をくっきりと残していく。

「……まあ、とにかく開けてみてくださいよ」

 久々知くんとの会話を打ち切って、ふと真剣味を帯びた声で鉢屋くんが言うものだから思わずびくっと肩を揺らしてしまった。

(怖い、わけじゃないんだけどな……)

 心の中で、鉢屋くんに言われたあの時の事実を思い出すと、自身の意識に反して身体が勝手に身構えてしまう。とりあえず言われた通りに包みを解けば、中には、綺麗な深い青色の着物に、その上にここの生徒たちが使っているのと同じような髪紐と上品さが漂う扇子があった。

「……………、……」
「……雛さん?」
「……、……………」
「え……気に入らなかった!?」
「ほらみろ、兵助! だからやっぱりあっちの薄紫色の方がよかったんじゃないか!」
「いやいや、絶対雛さんには青の方が似合うって言ったのお前だろ!?」
「どっちもどっちじゃなーい?」
「兵助も三郎も真剣に選んでたからなァ」
「ふふ、そうだね」

 贈られた華やかで雅やかな品をしばし呆然と眺めていれば、目の前の彼らは口論を始めてしまった。その中にぽつりと言葉を吐き出す。

「…………きれい」
「え?」
「……すごく、綺麗」

 私の言葉に安堵したかのように、彼らの纏う雰囲気が柔らかくなったような気がした。綺麗だと思ったあとに頭を占めたのは、髪紐はどうか分からないけれど、この着物と扇子がとても高級そうだということ。久々知くんはそんないい物じゃないなんて口にしていたものの、とてもそうは見えない。

「こんな高そうなの、わたし――……」

 貰えない、貰う資格なんてないと続けようとした私の声を遮った声があった。

「ごめん、雛さん」

 聞こえた久々知くんの声に着物を見つめていた顔を上げる。

「ごめんね、西園寺さん……ほんと、ごめん」

 続いた不破くんの言葉に一様に頷く目の前の男の子五人に目を見張る。

「………………ッ」

 微かに見開いたままの瞳から温い雫が音もなく流れ落ちる。
 ただ、流れては落ちた。

「ちょ、雛さん!? ええッ??!」
「馬鹿兵助! お前が悪い!」
「だから三郎! お前は一体何の根拠があってそう……!」
「わわわ……雛さん、な、泣かないで」

 わたわたと慌てだす人たちを見て言葉が出てこない、見つからない。

(だって)
(…………ッだって)

「っ……ッあ、りが……とう……」

 今度はどうしてか彼らが目を見張る番だった。ぼやけた視界の中で、夕日がきらきらと反射して眩しい。
 言うべき言葉を誤ったのだろうか。だけど、それ以外に何を言えばこの気持ちが伝わるのかも分からない。そんな私を見て久々知くんが手ぬぐいを差し出してくれるものだから、ますます何を言えばこの感情を伝えることができるのか、分からなくなった。

(なんて優しい、人たちなんだろう)

 詫びだなんて、そんなの私に普通に接してくれる、それだけで十分なのに。私の名前を呼んでくれる、それだけで嬉しかったのに。まだ全然話してもない、怪しさだって払拭出来ていない私に対して、ごめんねだなんて言葉ひとつすら過ぎたものだと思うのに。こんな贈り物まで貰って、わたしどうしたらいいの。ぎゅうっと形が崩れない程度の力でその贈り物たちを抱きしめた。大事に、大事にしなきゃ。

 大事にしたい、な――。


 ***


「お前ら何してるんだ?」
「ッ……七松先輩!」
「いや、ちょっと……そのですね……」
「五年と……ああ、あの人か。何してんだ?」
「なんか、着物を……」
「ああ、なるほど。だからあいつら授業終わった途端ここ数日町に出てたのか!」

 五年生と雛さんの何やら逢引きのような現場を孫兵と物陰から観察していれば、どしっと頭の上に降ってきた重み。俺の頭の上に腕を乗っけてきた我らが体育委員会委員長、七松小平太先輩の声音は何やら楽しげである。ちょっと重いんですけど……と文句を言い掛けて上を見上げれば目に入ったのは先輩の楽しそうな顔で瞬きをした。

「先輩、なんでそんなに楽しそうなんですか?」
「なんかあいつら微笑ましいじゃねーか」

 そう言われてみればそうかもしれない。五年生の先輩たちがいつも纏っている雰囲気とはまた違って柔らかい雰囲気を醸し出しているような気がする。ま、五年生の先輩方とはそんな関わりねーけど。

「……先輩は、信じたんですか?」
「さあなあ。私はまだあの人とはきちんと話したことがないからな。今はあいつらが微笑ましい、それだけでいいじゃねーか! な?」

 ふと呟いた孫兵の言葉にかかかっと笑ったかと思えば七松先輩はじゃあなと言って去ってしまった。

(微笑ましい……)

 確かに、今は信じるとかなしにして、ただそれだけでいいのかもしれなかった。


(深い青色の着物)
(純白の髪紐)
(薄紫色をした扇子)


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