雛唄、 | ナノ

25


 矛盾してるんだ。
 ずっと矛盾して生きてる。



 自分のエゴで私に優しくしてくれた人たちにもう迷惑をかけたくなくて、学園から一人、出てきたつもりだった。

 でも。

 その裏で私を追ってきてほしいと、そう願っていた。追ってきてほしくないのに追ってきて優しく笑いかけてほしいと矛盾してやまなかった。助けを求められないくせに助けてほしいと矛盾してやまなかった。
 私の存在が、この時代に、この世界にとって異質ならきっとこれから君たちに何らかの支障をきたすに決まってる。いや、もしかしたらもう。それが嫌で、支障をきたしたらきっとまた私は罪悪感に駆られるから、傷つきたくないから出て行こうとしたのに、どこかでずっと引きとめてほしくて、学園にいていいって言ってほしくて、仕方なかった。

 誰もが私のことを快く思ってないことも、私のことを信じられないことも知っている。知っているし、それが当然だと理解してる。……理解している。

(私はヒロインの器じゃない)
(物語でいうならば)
(ただの、ジャマモノ)

 でも、ずっと願ってる。期待してる。それが消えてくれない。消せない。

 傷つけられた一方で、これで君たちが私のこと信じてくれるならいいっても思った。君たちが罪悪感に駆られてそれで私に優しくしてくれるならいいと思った。慣れない仕事だって生きていくためだって言い聞かせてたけど本当はちゃんと気付いていた。


 ――この下心に。


 ああして、一生懸命働いたら私のこと認めてくれるんじゃないかって。頑張ったらよくやったねって誉めてくれるんじゃないかって。私にも仲間に向けるような笑顔で接してもらえるようになるんじゃないかって。こうやって山賊に追われて捕まって彼らがこなかったらどうなっていたかも分からないのに、暗い心の闇の中で薄く微笑んでる私がいる。だから自分に嫌悪する。こうして怖い目にあって、涙でも流して怖かったって可愛くすがりつけば彼らも少しは私のことを気にかけてくれるんじゃないかって。だけど、私は可愛く人に頼る術を知らないし人に頼ることは苦手だ。


 ――かえりたい。


 そう涙しただけ。

 でも心の内はそうじゃない。色々なものが渦巻いている。助けてもらって嬉しかった。殺されなくて、売り飛ばされなくて本当に、本当に良かった。口から零れたありがとうは紛れもない本心だった。本物だった。けれど、綺麗なだけじゃない何かがある。こんな私にでも優しくしてくれる人達に、それがばれてしまうのが怖い。怖いけれど、やっぱりどこかで、心のどこかで薄く笑っている私がいる。

 ああ、言いようのない矛盾の渦がぐるぐる私の心を徘徊している。

 私を心配してくれる人、私に優しくしてくれる人がいる。それだけでもう十分すぎるほど嬉しいはずなのに。助けてもらって安堵して嬉しいはずなのに、どうしてか苦い苦い気持ちに押し潰されそう。ああ、でも彼らは忍者だから心を読むのには長けているのかもしれない。
 ならば軽蔑されるのだろうか。
 これからも学園にいることができて、先ほど遭ったような目には合わなくて済むのかと思うと心底良かったと思えるのに、あのまま彼らと離れてしまったほうが良かったんじゃないかとも思う。でも、離れたら離れたで後悔してたのは分かっている。

 自分で自分が分からない。


 ――嬉しいはずなのに。


 だけど、どうしてだろう。また新たな罪悪感と自己嫌悪に追われている。

 私が出ていかなきゃ人を殴らせずに済んだでしょう。だから、私は助けられた身で、ありがとうと言うべきなのに、それよりもごめんなさいと言いたくもなって。

 ごめんなさい、ありがとう。
 そればかりがぐるぐる、と。

 今更だとは思うけれど、学園に、戻ってもいいのでしょうか。

(戻っても)
(……いいのかな)


 ***


 学園に辿り着いて、善法寺くんに連れられるまま私は医務室に直行した。悶々とした私の心を見透かしたように、私の名前を呼んで駆けてきて無事でよかったなんて貴方は言うから、

「山賊に会ったんだって!? 怪我は!」

 治まりかけてた瞼の熱も胸の苦しみも再発した。

「…………ッ」

 何に対してかは分からない、分からないけれど無性に謝りたくて言葉にならないまま首を振った。

「……大丈夫だから」

 静かに微笑んで頭を撫でてくれる土井先生の姿は初めて会ったあの日の夜の姿と重なって、彼のあまりの優しさに私は涙を流すという以外の術が思いつかない。でも、泣いてばかりじゃあの時と何ひとつ変わらないから。

「あ、りがとう……ござ、います……ッ」

 それしか言葉を知らないかのように、ただそれだけを何度も繰り返していた。


 ***


 あの女を医務室に運んでいった伊作がやってきたことで全員が揃い、ここ――学園長先生の庵――で話は始まった。学園長先生が俺たち六年に話があるというのだ。

(あの女絡みなのはわかっちゃいるが)

「さて、分かっているとは思うがわしの話というのは雛のことじゃ。……お主ら、最上級生から見てあの子はどうじゃった」

 嘘を吐いているような子にみえたか。
 演技をするような子にみえたか。
 くノ一だと、間者だと、思うか。

 学園長の問いに誰一人答えない。

「あの子をここへ連れてきたのはお主らじゃったろう。だから今一度問うぞ。どう思う」

 飄々と言ってのけ笑ってはいるが、彼の人の醸し出す雰囲気に一瞬、鳥肌が立った。言いようのない寒気に襲われる。静かな声音に込められる力に、この人が若かりし頃、天才忍者と言われていたことを再認識させられた。老いても、長。他の面々を同じことを感じたのであろう、俺たちはほぼ同時に姿勢を正していた。

「……彼女は」

 誰が口を開くか、と考えを巡らせていたところ、初めに口を開いたのは伊作だった。……仙蔵が先に口を開くかと思っていたが。

「彼女は、くノ一や間者には見えません。武器も何ひとつ持っていなければ、身体の方も全くといっていいほど鍛えられたものではありませんので。また、演技をして怪我をするような人にも見えません」
「……お主らはどうじゃ」
「……まだ完璧に疑いが晴れたわけではなく警戒するに越したことはありません。が、今のところ我らに害をなすことはないかと思われます」

 伊作に続いたのは仙蔵だった。

「私が見ていた限りでは、怪しい行動を起こすことはなく、ただのか弱い女人に思えます。しかし、私は彼女と話をしたわけではないためどのような人物なのかはまだ分かりません」

 小平太。

「…………同じく」

 長次。

「………………私は」

 言葉を詰まらせた文次郎。

(馬鹿正直に考えてんな)

 いつもなら馬鹿正直に考える文次郎を馬鹿にしてやるところだが、俺もどう言えばいいか分からない。他の四人のようにあの女のありのままを見ようとしていなかった今の俺に文次郎を鼻で笑う余裕など微塵もなかった。

「……そういう学園長先生、あなたはどうなんですか」

 そう文次郎が問えば学園長先生は朗らかに笑った。外で、風に揺られたであろう草木がざわざわと音を立てているのが分かる。その音が止みきった頃、学園長先生は俺たち六人、一人一人の目を見て、それから穏やかに言葉を発した。

「そうじゃのう。……のうヘムヘム」

 少しばかり思案するように、犬のヘムヘムと顔を見合わせ、しきりに頷いた学園長先生の表情は楽しげなのに、眼光は鋭い。また一段と強い風が吹いて、今度はこの庵の障子戸までもががたがたと音を立てる。それが止んで、俺たちの耳に入ってきた言葉は、

「半助、土井先生に彼女に学園内を案内するよう言うたのじゃよ」

 それだけで十分だった。

「つまり、初めから警戒など、しておられなかったということですか……?」
「雛が着ておった服や小物の類も調べたのじゃ。しんべヱの父上にも問うた」
「貿易商、福富屋に……ですか」
「うむ。衣装は似たものがあるとのことじゃったが、あのような小物は南蛮にも無いそうじゃ。それに、雛が持っていた硬貨には昭和、平成と刻んであった。悪戯で造れる硬貨、刻める文字ではあるまいよ」
「………………っ」
「何より、あやつには邪気がない」


 ――ヘムヘムが気に入るくらいに。


 その言葉に俺たちは黙る他なかった。

「なに、お主らが間違ったわけではない。忍たまとしては優秀じゃった。少々頭は固いがのう。そんなお主らがすぐにあやつを受け入れるのは無理じゃと思ったから、あやつには過酷な労働をさせたのじゃ。雛がもし間者だった場合、くノ一だった場合、この時代に生きる者であった場合――、何ひとつ困ることなくやってのけたじゃろう」

 ――が、実際はどうだった。

 たら洗いの仕方も、着物に付いた血の落とし方も分からなければ、火おこしの使い方、落とし穴の目印も分からず、それどころか全身怪我だらけ。それらがもし演技だとしても、間者だった場合身体に染みついているじゃろう。生涯消えることのない殺戮に塗れた血や火薬、鉄の匂いが。戦場慣れせずとも護身用に短刀もしくは暗器は身につけているはずじゃ。

 だからヘムヘムを近づけた。ヘムヘムの鼻がどれほど有能か分からぬお主らじゃなかろう。まあ、お主らはあやつが未来から来たとただそれだけの偏見に捕われ、ヘムヘムがあやつと仲良さげにしていたのを見落として……正確には、見て見ぬフリをしておったのじゃからそれはお主らの落ち度じゃな。

 それに先ほどの山賊。間者ならばあのようなことはせぬはずじゃ、お主らが助けにいくかも分からぬ状態で出て行き山賊に捕えられるなど。

「これだけの材料が揃ってもまだお主らはあやつをくノ一だと、間者だと、疑うか。文句ひとつ言うことなく、黙々とあれほどの労働をやってのけた女じゃぞ。まだ未来から来たという話を信じることは出来ずとも、この機にあやつの存在を認め、この学園に身を置くことくらい許してやってもよいのではないかのう」

 腹ん中で何を考えて、見えない裏側で何をしているか分かんねえのがこの方だと思った。これだけの証拠を出されて、これだけの言葉を言われて、まだ間者だなんだとぬかすことは自分の愚かさを曝すようなものだ。それに、心の底から俺たちだってあいつを疑っていたわけじゃない。薄々分かっていた、感じていた。

 だから。だけど。でも。

 忍として生きようと決意した俺たちにとって容易く他人を受け入れることはあってはならないと思っていた。頭で理解していても感情が追いつかないのだから仕方なかった。自らの失態に悶々とし黙ったままの俺たちに降ってきた声。

「久々に、あのような女子にあったからのう……」

 続いたその言葉にそっと目を伏せた。


 ***


 学園長先生に呼び出され、呆然と話を聞いていた。

「つまり、彼女を生徒たちに認めさせるためにあんな労働をさせて怪我をさせたってことですか!?」
「は、はんすけ……お、落ち着けぃ! 怪我は、仕方のないことじゃろう!」
「なんで彼女が間者じゃないと思っていたにも関わらず今までずっと黙って見ていたんです!」
「や……その……」
「もっと早く学園長先生が動けば彼女の傷も少なくて済んだのに! 馬鹿じゃないですか! 何を考えているんですか!」
「ば、馬鹿とはなんじゃ! お前こそ、わしの考えが読めないとはまだまだ未熟じゃのう! のお、伝蔵!」
「や、山田先生っ!」

 ばっと後ろを振り返れば、はあっと溜息を吐きつつ苦笑している山田先生の姿があった。

「土井先生」
「……もしかして分かってらしたんですか!?」
「いや、な? 学園長先生が証拠集めをしつつ、傍観していらしたのは分かっていたんだが……」
「なんで言ってくれないんですか!」
「学園長先生がこれも半助の試練じゃから言うな! とかおっしゃったんですよ!」

 思わず山田先生に詰め寄ればそう返ってきて、ほっほっほっと笑う学園長先生の姿に唖然とする。

(ッ分かっていなかったのは私だけか!)

 確かに思い返せば他の先生方は彼女にあまり突っかからなかったような気がする。いや、面倒なことが嫌いなだけだったかもしれないが。……考えると頭が痛くなってきた。

「……てことはなんです。一番彼女を警戒していた六年生にもこのことを話したんでしょう?」
「うむ、もういいかと思ったのじゃ」

 彼女に対する警戒も無駄だとようやっと認めたようじゃったからのお。

「……ということは」
「うむ! 以前と同じように薪割りは風呂当番と先生方に任せ、夕食当番も復活させる! 洗濯物もなるべく自分たちでするように!」

 ほっほっほっと陽気に笑った学園長先生に肩の荷が軽くなる。自分の未熟さには悔いが残るが、これで彼女の負担が軽くなるのだと思うと久しぶりに心が和んだ。早く、彼女に知らせてあげたい。もう、もう必要以上に頑張らなくていいのだと。

(よかった、雛ちゃん……)



「雲間にす一筋の光」



(あの年の女子で)
(あんなにも綺麗な目をしていた)


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