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× Actually it was not such a thing that I wanted to say.


いつかこの嘘も本当に変わればいい。例え、この嘘が「私」を押し潰そうとも。「私」の感情が無くなれば、「わたし」は嘘を本当に変えることができるんだって。そうしたら、もう苦しまなくてすむでしょう。

だけど、だけどわたし、本当は――。



「え?立花先輩も来るの?」
「ああ」
「立花先輩かあ……」


懐かしい、とかちゃかちゃと手を動かしながら言葉を零した。調理室。教室と比べて広々とした室内での会話はわたしたち二人しかいないことも相まって、綺麗に反響していく。ひとつの微かな音でさえも、耳に届く。吐息すら届く。


「伊作先輩と一緒に?」
「まあ、そうなるだろうな。お前のソレが完成した頃を見計らってくると言っていたから、あと一時間くらい後か」


一時間くらい後なら余裕で完成しているところだから大丈夫かなあ、と変わらずに手を動かしながら零した。仄かにバターの香りが鼻を擽る。立花先輩が来るならいつもよりずっとずっと気持ちを込めて作らなきゃ。あんな麗しい人にまずいものなんて似合わないだろう。

がたがたと窓が揺れる音がする。外は強い風が吹いているらしい。窓の外を見たわけじゃないから分からないけれど、きっと校舎脇に植えられている木々もその葉を風に揺らしているに違いない。こういう日に高い木に登っては、よく気持ちが良いと強風に煽られていた。何度か風の勢いに耐えられなくなって木の上から落ちそうになって。その度にスリルだなんて言いながら笑って。笑い合って。怒られて。誰に?誰に――。


「萩?」
「ッ!わ、わわわわぁぁあ!」
「おいおい、大丈夫か?」
「だ、だいじょうぶです。はー……落とすかと思った」
「……悪い」
「なんで留先輩が謝るんですか、ぼーっとしてたのはわたしでしょう?」


眉尻を下げた留先輩に苦笑する。

留先輩の声にはっとなって、持っていたボールが一度手から離れてしまったのには焦ったけれどそれは留先輩のせいじゃない。わたしが悪かったのだから。どうにか空中でキャッチできたから床にぶちまけずに済んだことに今一度ほっと安堵する。この生地を落としてしまえば他に余っている材料はないから全部おじゃんになってしまうところだった。


――ああ、ほんと自分に嫌気がさす。


過去と重なる事に直面する度に、思い返すのはいい加減やめたらいいのに。あの人のことももう、いい加減忘れたらいいのに。今と過去は違う。完璧な別物。あの人だってわたしの記憶と寸分違わない容姿に雰囲気を持っていても、何もかもが同じとは限らないのだから。


(……ちがうよ、おなじだよ)


心の片隅で生まれた言葉を否定する。そして、同じように湧いて出た正反対の言葉を否定する。同じじゃないよ。同じなら、どうして彼は、鉢屋はわたしを――。


「なあ、萩。まだ時間かかるよな?」
「ん」
「じゃあ、ちょっと職員室と部室寄ってくるわ」


留先輩の言葉に頷きを返す。わたしの返事にがらっと調理室の扉を開けて留先輩は廊下へと出て行った。ぽつん、と一人きり。かちゃかちゃと響く音が虚しい。唐突に訪れた静寂と重なりそうないつかの残像を振り払うかのように作業に没頭することにした。


「うわあ、美味しそう!」
「あ、伊作先輩、つまみ食いはだめですよ?」
「もう!そんなことしないよ!」


頬を微かに膨らませた伊作先輩の表情が可愛らしくて、くすりと笑みが漏れる。調理を始めること一時間と少し。ほんのりと甘い匂いを漂わせたパンプキンシュークリームが完成した。ハロウィンが近い今にはもってこいのかぼちゃ。完成した頃を見計らって来ると言っていた伊作先輩は、言葉通りの時刻に立花先輩を連れてやってきた。留先輩も二人とほぼ同時くらいに戻ってきて、ここには今、わたしと留先輩、伊作先輩、立花先輩の四人がいる。立花先輩には留先輩と伊作先輩が軽くわたしのことを伝えていたようで、わたしも立花先輩のことは存じていたからこれといった自己紹介はしなかった。


「すまない。急に邪魔したりして」
「いいえー。気にしないでください」
「手土産のひとつくらい持参するべきだったな」
「それも気にしないでくださいってば」


わたしの言葉に少しだけ困ったように笑うひと。立花仙蔵先輩。今も昔も綺麗に笑うひと。綺麗なひとの困った顔なんて見ていたくなくて、じゃあ、今度はお茶の葉でも持ってきてもらえたら嬉しいですと紡げばすぐに了解したと返ってきた。その即答に笑みを浮かべずにはいられない。

紅茶を注いだカップをそれぞれの前に置いて、自身も着席する。どうぞ、と声をかければ三人共礼儀正しく「いただきます」と告げてからわたしが作り上げたお茶菓子を口へと運んでいった。それを見届けて、美味しいと食べた感想を聞いて、わたしも自身用にとっていたひとつを口にした。


(…………あまい)


味は上々。見た目もシンプルそのもの。三人の反応も良い。文句はなかった。なかったけれど、どこか物足りない。いつものことだけれど、わたしの作るモノたちには何かが足りない気がする。そんなことを考えつつ、わたしも会話の輪に加わっていく。先輩たちのこれからの進路。私が知ってる先輩たちの友人や後輩たちの話。時折掠っていく前世のこと。

談笑する声が響く。
わたしの声が響く。
温かな雰囲気に優しげな空間。
穏やかに時間が過ぎていく。

貸し切り状態の調理室。教室棟と少しばかり遠い場所にあるここに授業以外で来る生徒なんてのはわたしが所属している家庭科部の面々くらい。今日は活動日でもないし、前もって今日はわたしが使うと公言してあるし、誰かがここを訪れる気配もない。


「じゃあ、仙蔵はその子と付き合う気ないんだ?」
「断じてない」
「はは、相手の子もよくめげないね」
「ほんとにな」
「お前のどこがいいのか、俺には分からねえ」
「なんだ留三郎。僻みか?」
「ちげーよ」


先輩たちの会話を聞きながら、片付けに入る。手伝うと言ってくれた先輩たちを制して食器を洗っていく。調理器具は先輩たちが来る前に洗ってしまったから、あとは使用した食器だけ。それならわたし一人で十分。

それに。

わたしが抜けたあとの三人の空間は三人の世界って感じがして。わたしは眩しい世界から弾き出されてしまったよう。自主的に出てきたのはわたしだけれど。……それでも。前世で関わりのある、しかも親しかったひとたちとまたこうして触れ合って、笑い合えて嬉しいはずなのに、拭いきれなかった違和感と虚無感。それどころか、なんだか痛みが増してしまった気がする。


(留先輩と伊作先輩二人だけならあんまり気にならなかったんだけどなあ……)


そこに立花先輩が加わった、それだけで随分と印象が違ってみえる。留先輩も伊作先輩も立花先輩も、おそらくは残りの三人のあの時六年生だった先輩方も、今も仲が良くて、一緒で、一人じゃないんだなあと漠然と感じた。わたしも一人じゃないけれど、どうしてかな。一人だって思うよ。

わたしは私じゃないから、あの人たちが傍にいないのは仕方のないことで。それはもう痛いほどわかってるはずなのに、目の前で談笑している先輩たちの姿を見ると君たちが恋しくて仕方なくなって。

少しだけ、くるしい。


「冬野、今日は私が送っていこう」


留先輩と伊作先輩が二人して今日は寄るところがあるから、送っていけないとのことで何故か立花先輩がわたしを送ってくれるという。それに素直に感謝を述べて、立花先輩と二人、肩を並べて歩く帰り道。先程のお茶会は楽しかったとそう聞いて、静かにわらった。


「なあ、冬野」
「?なんですか?」
「お前、今付き合っている奴はいるか?」
「いませんよ?」
「なら、―――」


続いた立花先輩の言葉にどくん、と心臓がひとつ大きく跳ねた。それを悟られないようにそっと言葉を紡ぐ。嘘を。偽りを。「私」にとっての。「わたし」にとっての。つまりは、「ワタシ」にとっての。なるべく冷静に、自然に。それから、立花先輩がそんなことを訊くなんてらしくないですねとわらった。


――なら、慕ってる奴はいないのか。
――……いませんよ。てか、らしくないですね!先輩がそういう色恋沙汰を口にするなんて。



Actually it was not such a thing that I wanted to say.

本当は、そんなことを言いたかったんじゃない


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