you Just for me. | ナノ

× Love letter without address.


好き、だと誰かに伝えるのは怖い。怖いよ。怖かった。伝えたその瞬間、貴方との関係は崩れてしまうかもしれない。拒絶されてしまうかもしれない。関係が変わったら、どうなってしまうのかを私は知っていた。だから。好きで好きで好きだったからこそ、私は貴方に想いを告げることも貴方から私に想いを告げることも拒み続けてきた。それが幸せのひとつの形だと私は思っていた。思っていた、んだよ。


今までと何ひとつ変わらない日常風景のはずなのに、確実にわたしの中の何かは変わってしまった。変わっていない風を装って、自分自身の心に蓋をして、今までと同じように生きようとしているのに。うまくいかない。うまくいかなくて、わたしは嘘に嘘を重ねていくばかり。


――あの日から。


そう、あの日から。彼と視線が交わってしまったあの瞬間から。前世というもので私が心から好いていた人と、その周りに変わらず群がる面々と対峙してからというもの、見ようと意識していないのに彼の、彼らの、姿を探してしまう。前までは関わりたくないという気持ちが勝っていたのか、彼の姿がわたしの視界に映ることなどなかったというのに。

今だってそう。

授業の合間の休み時間。移動教室から戻ってきたわたしの視界に映った光景に一人廊下の隅で立ち尽くしていた。階段が近いこともあって、下から吹いてくる風がさらさらと身体を撫でていく。両手で抱えた教科書の類がやけに重たく感じられた。わたしの横を通り過ぎていく生徒の影が時折彼らの姿を隠す。それは、相手からもわたしの姿が見えなくなるということだから丁度よかったといえばそうなのかもしれない。


「ねえ、今日の帰りさ、どっか寄ってかない?」
「勘ちゃんがどっか寄ってこうって言う時は大抵食い物関連」
「ちょっと、兵助ってばひどい。そんな俺が大食いみたいに言うなよ」
「いや、兵助の言うとおりだろ。今の季節的にさつまいもか栗を食うことになりそうな気がするな」
「あはは、ハチってば鋭いんだからあ」
「やっぱり食い物じゃないか……」


姿が見えなくても、声は聞こえてくる。わたしが無意識の内に聴覚を研ぎ澄ましているからかは分からないけれど、彼らの声は辺りの雑音にかき消されることなくこの耳に届く。


「僕は今日、図書委員の集まりがあるからなあ」
「雷蔵が行かないなら私も行かない」
「三郎ってば雷蔵にべったりだよねえ、いつものことだけど」
「べったりで悪いか」
「悪くないけど……って、ちょっとそんな目で見ないでよ!はっちゃん!三郎があたしのこと睨むー!」
「佐保、お前な……。三郎は好きなモノに対する執着がすごいってことくらい、お前だって知ってんだろうが」
「知ってるけどさあ、三郎が雷蔵雷蔵雷蔵っていっつも雷蔵ばっかりなんだもん。偶にはあたしたち優先にしてくれていいとも思わない?」
「思わん」
「うっわ、即答!ほんともう、三郎ってば雷蔵好きだよねえ」


彼女の言葉に当たり前だとふっと口角を上げた彼の姿をわたしの瞳は射抜いた。わたしだけじゃなく、他にも彼の笑みを目撃した人は多いのだろう。ポーカーフェイスが常の彼の笑みは珍しいからか、あちらこちらで黄色い声が一瞬上がった。彼らは目立つ。六人全員が見目麗しいとなれば、当然なのだろうけれど。注目されていることを気にも留めない集団というのも珍しい。

そういえば、彼が「私」に教えてくれたことがあったっけ。


「雷蔵とお前のどちらを取るかと言われたら、私は間違いなくお前を選ぶ。お前が望んでいなくとも、私はそうしたい」
「不破くんは親友なのにいいの?」
「親友だからこそ、さ。お前を選ばなければ私は雷蔵に怒られてしまう」
「……難しいね」
「そうだな。難しいが、単純なことだ」
「……でも、さ。私は望まないよ、決して」
「……知ってる」



笑いながら、けれどその双眸は至って真剣そのもので教えてくれたことがあった。差し出される手を望まないと言い続ける私の手を握りながら。彼は気付いていたのかもしれない。私の手が微かに震えていたことに。


「――萩」
「ッ!?」


耳元で聞こえた声に、驚きでするっと持っていた教科書たちが廊下に音を立ててバラけてしまった。雑音が交差する廊下にその音が響くことはなく、わたしの横を通り過ぎる人たちだけが訝しげにこちらを見ては過ぎ去っていく。

一抹の恥ずかしさを覚えながらバラけた物たちを拾おうとかがめば、はいっという可愛らしい声と共に差し出される物たち。顔を上げればにこやかな笑顔がこの瞳に映った。


「……い、さくせんぱい」
「やあ、萩。大丈夫?はい、これ」
「あ、ありがとうございます……」
「ったく、ぼやっと廊下で突っ立って何してんだ。お前」
「留先輩……どうしたんですか、その腕」
「あー?……そこのドジを助けた代償だ」
「昨日、僕が階段に蹴躓いて落ちた時に、留三郎を下敷きにしちゃって……あはは」


見知った顔。
聞き慣れた声。
頭に乗せられた温もり。

それらにどうしようもなく安堵した。ここに、「私」と「わたし」が知っているモノがある事実がどうしようもなく嬉しい。伊作先輩が差し出してくれた教科書の類を自身の腕の中に戻して、くるりと一度瞼を閉じてから留先輩の方へと振り向いた。


「珍しいですね、二人がここにいるなんて」


学年が異なれば、よっぽどのことがない限り他学年の教室のある階で足を止めるなんてことはない。ましてや昼休みでも、放課後でもない、授業の合間の短い休みの時には。わたしの言葉にわたしの頭に乗せていた手を戻して、留先輩はこちらをじっと見つめてきた。普段なら、今までなら、わたしも負けじと見つめ返していたのに今日はそれができなかった。交わった視線をさらりと受け流して、ふいっと視線をあらぬ方向へと向ける。

何も後ろめたいことなどないというのに。


「……別に。俺らは今から体育でよ。お前が見えたから驚かしてやろうと思って」
「留三郎はもちろん見学だけどね」
「どうせお前も見学するはめになると思うけどな」
「ちょっと、それどういう意味?!」
「ああ……伊作先輩は不運ですもんね」
「そういうことだ」
「萩まで……まだ僕怪我してないんだけどなあ」


伊作先輩の不貞腐れたような表情に小さく噴き出す。くすくすと漏れる自身の声が妙にくすぐったい。くすぐったくて、あまりにも穏やかで、あちらから変わらず聞こえる会話と重なって、苦しい。彼がいなくても、彼らがいなくても、笑えるの。それは良いことのはずなのに、苦しさを覚えるのは何故だろう。


――なぜだろう。


去り際にもう一度、頭に感じた温もりに首を傾げれば、ぐしゃぐしゃと髪を乱された。留先輩!とわたしが上げた抗議の声に彼は笑ってまたなと告げるものだから、抗議する気も失せるというもの。伊作先輩の振られた手に手を振り返してわたしも教室への道を今度こそ歩み始めた。

煌びやかなあの集団はいつの間にか散っていたようだ。ふと、窓の外を見れば一陣の風が吹いて、木々の葉をさらっていくところだった。


Love letter without address.

行き先知らずの恋心


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