you Just for me. | ナノ

× It may have be released if able to cry.


――大丈夫、揺るがないよ。
――何があっても、この気持ちは揺るがないから。
――だから、しんじててね。



十月の終わり。

この世に生まれ落ちて初めて恋人ができた。ただし、恋人のあとには「かっこかり」という何とも不名誉な補足がつく。

相手は立花仙蔵先輩だった。今世で初めて立花先輩と接触した日に、付き合ってくれないかと淡々と言われたのは記憶に新しい。それに一つ返事で了承したのも。それからわたしたちは自然で不自然な恋人同士を演じている。


「ねえ、萩ちゃん。立花先輩と付き合ってるって本当?」


クラスメイト、部活仲間、同じ学年の友人たち、名前も知らない生徒たちから発せられる、ここ数日で聞き飽きた問い。それら全てに曖昧に是と答えて。逃げ出すように昼休みになった途端に教室を抜け出した。雑踏がわたしの歩みを邪魔して歩きにくいったらない。じゃま。眉間に皺が寄ってしまう。

問われる立花先輩との関係に是、と答える度に生まれる罪悪感は重くわたしにのしかかって。真の恋人とは言えないわたしたちを周りは好き勝手に囃し立てる。それはとても虚しいけれど、それでも。


(ずっとずっと想い続けるのは苦しくて)


ずるずると未練がましく彼を想っているくらいなら、叶いもしない想いを抱いているくらいなら、誰か他の新しい人を想う努力をした方がいいんだって、言い聞かせて。否、そう思ったからわたしは立花先輩を利用した。それだけのかんけいで、皆が想像するような甘酸っぱいことはなにひとつないの。

利害の一致。

わたしと立花先輩の間にはこの言葉しかない。立花先輩はわたしを、わたしは立花先輩を利用することでしか成り立たないこの恋人という関係。立花先輩がわたしを女として、慕う者として見ていないことくらい容易に分かった。そこから瞬時に導き出した、はいかいいえの選択をした際のわたしのメリット。わたしはただ、自分のためになるだろうと思ったことを選んだだけ。

傷つくために選んだ選択肢じゃない。わたしはわたしをまもるためにえらんだんだよ。逃げ道を作るために選んだんだよ。あの人を忘れられたらいいとそう願って選んだのであって、逆に彼を強く焦がれることになるなんて知らなくて、より一層彼を求めてしまうことになるなんて知らなかった。


(知らなかったの)


辿り着いたいつもの場所で、扉を閉めてそのまま膝をぎゅうっと抱え込むようにして座り込んだ。わたし以外ひとのいない、第一多目的室は相変わらずひんやりとつめたい。さびしいばしょ。額を膝小僧に押し付けて、強く強く目を瞑る。今日見かけたあの人の後ろ姿が脳裏から消えるように。


「…………ばかだ」


そんなことをしても消せるはずがないと知っていて。立花先輩とのことだって。そんなことをしても、何も変わるはずがないと本当は知りながら知らないふりをして変化することを、心にもないことを望んでる。望んでいるふりをしている。嘘だらけ。偽りだらけ。本当を知りながら知らないふりをして、わたしは何て愚かなことか。


「ぁ…………」


鉢屋、とあの人の名前を呼びたかったけれど、わたしの口は微かな母音の名残しか紡ごうとしない。自嘲する。最近、自嘲することが増えたなあと他人事のように思った。

どうしてわたし記憶があるんだろう。
どうしてわたし貴方とまた出逢ってしまったんだろう。
どうしてわたしまだ貴方を想っているんだろう。

こんなことつい一月前までは考えなくても済んでいて、留先輩と伊作先輩と前世の話をする以外は比較的普通に、普通の女子高生として生活できていたのに。あの人とぶつかってから、ぐるぐるぐるぐる今まで見ないようにしたモノが次から次へと溢れ出てきては徘徊して、自身の感情を制御するのがむずかしくなってしまった。

今朝から降り続く雨音が窓にあたって小さく音を立てる。ぽつり。ぽつり。雨を見ると嫌な記憶が甦る。ユメで幾度となく視てきた「私」の最期を連想させる景色。雨の日は必ずといっていいほどのあの時の映像がよみがえって、幼い時はユメといえども、身を裂くほどの痛みに叫んだものだった。吐けるものが無くなるまで吐いたこともあった。それほどに強烈で、見たくないと幾度も願って。時が経つにつれて、年を重ねていくにつれて、理解して痛みに耐えて慣れて、今じゃわたしはちゃんと私をわたしと重ねないで視ることができてる。

幼い頃、雨は嫌いだった。
だけど、今は別に嫌いじゃない。

死と痛みと引き換えに、思い出すから。あの人の柔らかな言葉と眼差しを、温かなぬくもりを思い出すからわたし今は別に雨の日も嫌いじゃないよ。

膝に押し付けていた顔を上げて、すぐ後ろの扉にもたれかかる。ぼんやりと外をながめた。


「ッッ逝くなッ……!」


勝手に逝ってごめんね。

片腕も指先を覆うための爪もなくて、赤が私を支配していく。昏い赤色が。そんな私を抱きとめてくれるひとがいる。それだけで全てが清算されたような気がしていた。

あまりにも痛みが強烈で、その時の映像は忘れたくても忘れられなかった。貴方の全てが痛みを面白いほどに緩和させてくれたから、幼かったわたしは防衛本能のひとつとして辛いことがあったら貴方を思い出していたように思う。ぼんやりとした貴方の輪郭が徐々に鮮明になっていって。声が耳から離れなくなって。まるで刷り込みのように、わたしはユメの中のひとに恋焦がれていった。

だから、本当にうれしかった。もう一度逢えて。淡く抱いていた希望はすぐに幻となって消えてしまったけれど。


「転校したいなぁ……」


これも嘘。そして本当。だって、このままじゃ、わたしいつか何かしでかしてしまうかもしれない。あの人の「今」の幸せを壊してしまうかもしれない。何で私を覚えていないのと糾弾してしまいたくなる。そんなことしたくない。

私は過去の女だ。


「はは、この言い方はちょっと変か」


わたしはあの人の幸せを壊したくない。だから、わたしはあの人のためにあの人を諦めた方が良いんだと強く言い聞かせて立ち上がる。そのために、わたしは立花先輩を利用しているんだから。ぱんっと制服をはたけば、微かな埃が舞った。がらり。開け放った扉。遠くから聞こえてくる生徒たちの声。ぴしゃり。後ろ手に閉じた扉。静かにそっと歩き出した。

誰かのためだなんてそんなのは所詮、綺麗事だと嘲笑う声を聞きながら。


「冬野さん、これからよろしくね」
「――こちらこそ。……不破くん」


待ち受ける冷たい現実の優しさに微笑みながら。


It may have be released if able to cry.

泣けたら楽だったのかも


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