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× Daily life when you are not.


後悔をしているわけじゃない。

想いは伝えたし、相手もそれを受け止めて同じ気持ちをくれたのだから。幸せだったはず。それが例え死ぬ数秒前の出来事だったとしても、私は確かに幸せだった。

――後悔はしていない。



「……萩」


わたしの名が聞こえる。

うつらうつらとした意識の中、じゅぎょうはおわったのだろうかなんて考える。起立、礼なんて言葉聞こえなかった。先生もよく起こさなかったなと思うけれど。ぼぅっと瞳を細めたまま伏せていた顔をゆっくり上げる。顔を上げると同時にふわぁっと欠伸が出た。


「起きたか」
「…………ねむい」
「昼だ、起きろ」


声。

声だけで誰だか分かるから、無言で目元をこすった。ポケットから取り出した携帯を見れば時刻は12:32を指しているじゃないか。着信履歴四件。メール受信歴三件。ざっと目を通せばどれも同じ人からで、これではこの人が迎えに来るのは仕方ないなあと髪を整えつつ思う。

ぱちりぱちり、瞬きをいくつか零す。教室を見渡せば机をくっつけてお弁当を広げているクラスメイトの集団がちらほら。一人で食べている子もちらほら。皆、好きなように昼時を過ごしているようだった。その中でこちらに向けられる視線も慣れたもの。留先輩はそれほど格好良いのだろうか、よくわからない。


「伊作が待ちくたびれてる」
「うわあ、伊作先輩に謝らなきゃ」
「俺にはねぇのか」
「はは……ごめんって、留先輩」


頭を軽く左右に振って机の横に掛けていたトートバッグを手にした後、ようやく留先輩の方を向けば呆れたように、顔、と一言だけ返ってきた。顔?


「もしかして、制服の跡とかついてたりします?」
「くっきりな」
「ま、時間が経てば消えるでしょうし。気にしない方向で」
「別に俺は気にしねーよ」
「ですよねえ」


まだぼんやりとしていて、完全に眠気が消えたわけではなかったけれどそっと笑って席を立った。廊下に出ると換気のためであろう、窓が少しばかり開いている。風は時折髪を撫でていく程度の柔らかさで凪ぎ、窓の外は秋晴れの気持ちの良い青空が広がっていた。


「今日は何の話をしましょうか」


ずるずると想いを引きずったまま生まれ変わってしまったわたし。いわゆる転生というやつをわたしがしていることに気付いたのはいつの頃だったろう。前世と呼ばれるモノで私がくノ一を目指していたこと、あの人を慕っていたこと、あっけなく死んでしまったこと。物心ついた時には脳裏にちらついていた絵。それが絵ではなく、記憶だと認識したのは初等部の高学年になった頃くらいだったろうか。


「この間は、雑渡さんの話をしたんでしたっけ」
「そうだったか?俺はてっきり、伊作がよく消費期限切れの――……」


今こうしてわたしの隣を歩く留先輩こと食満留三郎先輩はわたしの幼馴染であり、先輩だった。約五百年前も彼は私の先輩だった。二人して今から赴く場所で、にこやかな笑みを浮かべるであろう伊作先輩こと善法寺伊作先輩も同じく。


――忍術学園の。


室町時代の最中に存在していた世間に認知されることのなかった学園。そこで私は生きていて、そして死んだ。あっけなく。けれど、幸せを感じながら。


「お、やっと来た……萩、また寝てたんだろう?」
「こいつは睡眠が好きだからな」
「いや、だってさっきの授業、担当の先生の話し方がおかしいんですってば!あんなの寝てくださいって言ってるようなものですよ!」
「お前にとったら教師の言葉なんぞ全部子守唄に聞こえんだろーが」
「うっわ、留先輩ひどーい」
「ひどくねぇよ、馬鹿」


がらり、留先輩が第一多目的室と記されたプレートの下でドアを横に引いた。ここは今は授業には使われることのない、人が十人入れるかどうかの小さな部屋で、机と椅子がまばらに散らばっている。わたしたち三人が時折訪れるくらいであまり人は来ない場所だ。その窓際の席に座っていた伊作先輩が片手を上げて挨拶をくれた。彼の方へと耳に心地の良い会話を続けながら近寄って行く。カーテンの落とす影がどこか不気味だった。


「お昼食べよう?お腹減った」
「だな。萩、俺らは次の授業サボるけどお前は?」
「サボるに決まってるじゃないですか。私の一ヶ月ぶりの楽しみ奪う気ですかー?先輩は」
「その楽しみな日だっつーのに寝てて遅刻してんの誰だよ」


留先輩の呆れたような口ぶりに嬉しくなって笑みを零す。怪訝な顔をされてしまった。しかしながら、嬉しいのだから多少のことは大目に見てほしい。一ヶ月ぶりの、二人とのお昼。懐かしい匂いのする二人との。

前世という記憶は厄介なもので、私があの時関わっていた人の全てが記憶を持っているわけではなかった。留先輩には記憶があるけれど、伊作先輩にはないのだという。でも、記憶がなくてもこうして二人は忍術学園にいた頃と同じように笑い合っているから記憶の有無はさほど重要ではないようにも思える。


――同じように、いられるのならば。


「仙蔵がね、今度萩に会いたいって言ってたよ」
「へえ?立花先輩が」
「お前のあほ面見ると安心すんじゃねーの」
「あほ面ってなんですか、あほ面って」


お弁当のおかずを適当につつきながら言葉を返した。今日の卵焼きは上手くいったと微かに笑みを浮かべつつ。

転生というのは不思議なもので、私が学園にいた頃、同じく在籍していた人のほぼ全てがこの学校に集まっていた。それほど彼らには友情という名の強固な結びつきがあったとでもいうのだろうか。わからない。少なくとも私だけは彼らとの強固な結びつきはなかったように思える。でなければ、わたしはどうして今、あの人たちと共にいないというの。

初等部から在籍していたのにもかかわらず、わたしがそのことを知ったのは十四の春だった。あの時の衝撃をこれから先も抱えていくのだと思うと笑えてしまう。忍たまの六年生の存在は幼馴染の留先輩から聞いていたけれど、彼らが、忍たまの五年生が、同じ学校に在籍しているとは思っていなかったから知らなかった。いや、思いたくなかったから探すこともしなかったのかもしれない。関わりたくないと思っていたから彼らの姿も彼らの声も彼らの名前すら、全てをなかったことにして笑っていたのかもしれない。


「今日は予算会議のこと聴きたいんだけど、どうかな?ちょこっとは聞いてるけど詳しく知らないし」
「予算会議かあ……懐かしいというか、まあ、わたしは見てただけですけどねえ」
「あれは会議って呼べるような代物じゃねーぞ。一種のデモっつーんだ」
「へえ……面白そうだね」
「お前な……その予算会議で一番被害くってたのお前とお前んとこの後輩だぞ」
「ええッ!?」


一ヶ月に一度だけ。

わたしは約五百年前の記憶の蓋を開けてみる。わたしと同じように記憶を持った留先輩と共に記憶のない伊作先輩に語って聴かせるような形で。これは高等部に進学してから始めたことだった。伊作先輩は優しい。本当かどうかも証明できない前世の語りを聴いてくれる。もしかしたら心の奥底では鬱陶しいと思われているかもしれないけれど、彼はそういった負の感情を表に出すことは少ない。だから、甘えてしまう。

一ヶ月に一度だけ。

本当は、語ることがなくなるくらいまで前世の話をしてみたい。けれど、それはいけないことだと分かっていた。今の生活が嫌いなわけではないから、わたしは記憶を閉じ込める。知っている。一ヶ月に一度だなんて、それでも多すぎるくらいだって。今を大事にしたいなら、昔のことは忘れてしまった方がいいことも。たった二、三年前の出来事ならば引きずっていても仕方ないかもしれないけれど、私の記憶は約五百年前のモノ。歴史の教科書につらつらと載せられてしまうほどに、時間が経った。

一ヶ月に、一度だけ。

前世の想いをずるずると引きずったままのわたしの我儘。私は確かにあの人に想われていたのだと、信じていたいだけの、弱さ。


Daily life when you are not.

君のいない日常


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