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× Same name, but another parson.


月日だけが、無情にも過ぎていく。


「今月はクリスマス特集かぁ……」


隣で、わたしと同じように本の汚れ落としをしているひとの声。
似ているな、と思う。聞き間違えるほどではないけれど、あの人と隣人の声の質はやはり似ている。似ているから、心地よいのか。聞き慣れていたはずの声だから、心地よいのか。どちらもが混ざり合って、どこかくるしい。


(大分、慣れてきたと思うんだけどな……)


似ている声。同じ声。
似ている容姿。同じ容姿。
似ている仕種。同じ仕種。
あの人と似ている。あの頃と同じ。


「あのね、サンタクロースっているじゃない?」
「……うん」
「僕、高校に上がるまで本当にいるものだと思ってたんだ」
「…………え?」
「あ、やっぱり変に思う?」
「……少し」
「ふふ、冬野さんって意外と正直だね」
「ごめん……」
「ええ?謝ることじゃないよ!気にしないで!」


不破くんはあの人と、鉢屋と似ている。約五百年前は、あの人が不破くんの真似をしていた。まるで双子のように。双子に見えるように。変装の名人との異名を誇った彼。被った仮面を取ったのは一度だけ。あの人の素の顔を見たのも一度だけ。……朧げな記憶。

赤に塗れたその先で。
視界を埋め尽くした青紫。
徐々に薄れていく景色の中で、最期に捉えたのは貴方の笑顔。

それがどんなつくりだったのかまでは、流石に捉えきれなかったな。でも、あの双眸はいつもと変わらない、強い瞳だった。強く、気高く、私が好いた瞳。

不破くんはあの人と、鉢屋と似ている。それは今も昔も変わらない。変わったのは、今、あの人が不破くんの真似をしているわけではないということ。前世の因縁かどうかは分からない。不破くんは、まるであの頃と変わらないまま。

全てが同じではないけれど。


「サンタクロースの正体って親じゃない?普通」
「うん」
「中学三年生まで毎年かかさず、プレゼントが置いてあってね。でも、僕の両親に聞いたら、確かに小学四年生まではプレゼント置いてたけど、それからは置いてないっていうんだ」
「……どういうこと?」
「それがね、面白いんだよ」


くすり、と零した不破くんの笑みがやさしい。

図書室ではお静かに。そんな貼り紙の下、耳に入ってくる声はひっそりと小さい。わたしたち二人から少し離れた場所では、二、三人の生徒が読書に励んでいる。入口に近い本棚では、図書委員の子が本の整理をしていた。時々、読書をするでもなく、わたしたちの横を、正確には不破くんの横を通り過ぎていくのは、不破くんを見たいだけの女の子たち。

放課後。午後五時過ぎ。外は既に暗い。
関わりたくなかったはずのメンバーの一人である不破くんと、二人。こうして、図書委員の仕事を一緒にやることが珍しくなくなってしまった。なぜ、だろうと考えて、分かりきったことだなと思った。

拒めず、振りきれず、割り切れず。
少しでも、あの頃に近づけたらなんて仄暗い願望がこの状況を作り出してしまった。後悔。


(……後悔?それは本当に?)


図書委員になったのは、伊作先輩の不運が乗り移ったとしかいいようがなかった。

平成の世において、秋は、読書の秋とも呼ばれる季節で、つまりは図書委員会の仕事が一年で一番増える季節でもあった。そんな中、わたしが所属するクラス、高等部二年三組の図書委員の女の子が急病で長期入院することになってしまった。委員会なんてものは、大抵がひとつの委員会につき、各クラスから二人ずつ選出される。わたしのクラスから、一人くらい図書委員がいなくなっても、他のクラス、他学年からも同じように二人ずつ選出されているのだから、図書委員会にしたら何ら支障はないはずだった。クラスに一人、委員がいればそれだけで何ら問題はなく。

ここで問題だったのが、二年三組の図書委員のうち、入院していない方の図書委員。彼はバスケ部に所属していた。この学校のバスケ部というのは、何かと厳しいことで有名だった。つまり、端的にいえば、彼は図書委員としての役割を果たしていなかった。何と、図書委員になってからというもの一回たりとも、図書委員会の集まりに行ったことがないらしい。全て、相方の女子任せ。彼女の方は、何の部活にも所属していない比較的大人しい子だったから、文句のひとつも言いようがなかったのかもしれない。

大人しく、図書委員としての役割を一人で果たしていた彼女がおらず、相方の男子生徒には彼女の分もカバーしようなんていうも甲斐性もなく。そうなると、二年三組からは図書委員が誰もいなくなってしまう。一クラス、図書委員会から抜けたところで何ら支障はないんじゃない?なんて思うも、他クラスの目だとかは無視できるものではなく。曰く、お前らのクラスだけ仕事しないなんてずるくね?らしい。世の中、そういうもの。

そこで、白羽の矢が立ったのがわたしだった。
これを不運と呼ばずして、何と呼べばいいのか。

図書委員の子の休んでいる原因が原因なんだから、教師が適当に立ち振る舞ってくれればよかったのに、わたしのクラスの担任はそうはしなかった。代任だなんて、誰もやりたがるわけもないのに。

そして、偶々。本当に、偶々。図書委員の代任を選ぶ、なんていう日のホームルームをサボってしまったものだから、その役目を押し付けられたのがわたしだった。図書委員、にだけはなりたくなかったのに。自業自得?……そんなのは分かってるよ、でも、だけど。

図書委員にだけは、なりたくなかったんだよ。


「小学生の頃の僕はね、サンタクロースが本当にいるものだって疑いもしなくて」
「……純粋だったんだ」
「うん、そうだね。だから、壊したくなかったんだって」


だって、図書委員にはきみが。


「僕の夢をね、壊したくなかったんだって」


あの人に、今、いちばん近いひとがいたから。


「――三郎が」


三郎が。その名前が、誰を示すのかなんて、それこそ分かりきったことで。一瞬、息が詰まった。暖房のせいか、微かにはためくカーテン。揺らぐ、揺らぐ、揺らいで――。


――どうしようもない。


後悔を、している。あの日、わたしがあの人にぶつからなければ。あの日、わたしがホームルームをサボったりしなければ。あの日、わたしが留先輩を手伝わなければ。あの日、わたしが教科書を忘れなければ。揺らぐことも、関わることも、視線が絡むことも、声をかけられることも、何もなかった。……なにも。だから。だから、それを思うと、後悔は、していないんじゃないかと思う時がある。

苦しさと、痛みと引き換えに。
前世と同じ。痛みと引き換えに。

手に入れたのは、なんだった――?


「僕がプレゼント何頼もうかなぁって悩んでるとね、決まって三郎がこれにしとけって言ってたんだ。当然、次の日置いてあるのは三郎がこれにしとけって言ってた方でね。思い返すと当然なんだけど……プレゼント買うためにバイトしてたんだって。小学生だよ?まあ、バイトといっても、三郎の場合はご両親のお手伝いしてたみたいだけどね。……あれ?でも、三郎のお母さんは弁護士だし、お父さんは官僚だし……何してたんだろ?」


穏やかに、ゆったりとした口調で不破くんは続けた。

笑んで。
穏やかに笑んで。
優しい瞳のまま。


「優しいんだよ、三郎」


どうしてそういうことを言うの、だとか、だからなに、だとか、返す言葉はたくさんあって。だけど、わたしの口から零れたのは。遅かった。抑えるには遅かったの、気付くのが遅かった。


「――知ってる」


知ってるよ、あの人が優しいなんてこと。誰よりも、何よりも。注いでもらった、あの人の優しさを死ぬ間際まで。事切れるその直前まで。誰よりも、何よりも。そう胸中で続けてからハッと我に返る。

不破くんを見れば、何度か瞬きを繰り返したあと、きょとんと首を傾げた。きぃぃぃ……なんて誰かがドアを開ける音がする。


「前にもこんなことがあったような……?」
「え?」
「んー……なんだろう?デジャヴっていうんだっけ、こういうの」


――冬野さんとはこの間初めて話したのにね。


不破くんのその言葉に泣きたくなったのは、ワタシが今でも貴方たちと共にいたいと願っているからなのか。憶えてないよね、そう小さく呟いた声は一瞬上がった女の子たちの声にかき消されてしまった。……ああ、よかった。


――三郎って優しいよね。
――……知ってる。
――ふふ。三郎、萩ちゃんにはもっと優しいよね。
――…………知ってる。
――萩ちゃんも、三郎には優しいよね。
――……特別、だから。



近づいてきた狐色は見ないふり。
微かに震えた指先に、赤が一筋。
乾燥しやすいこの季節、紙にはどうかご注意を――。


Same name, but another parson.

同じ名前、だけど違う人


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