第8話

パラレルワールド…か。

って、すごく痛い妄想だよな。ごく普通に学生生活送っていたはずが剣と魔法の世界の自分と入れ替わるなんてよくできた設定だよ。

でも、マジ、なのか……。

グレイは物憂げにあたりを見回す。妖精の尻尾のギルドを飛び出し、気づけば商店街のような場所まで来ていた。そこはついさっきまで十数年間生きていた世界とはまるで違う景色だ。俄かには信じがたい。

煉瓦で舗装された道は一昔前の西洋を思い出すし、服装だって見慣れないようなのばかり。おまけに科学が発展した今日においてまさに奇術としか言いようのない現象も多々起きている。

正直言えば不安だ。なぜ自分たちは入れ替わってしまったのだろう。どうすれば元の世界に戻れるのだろう。あっちの自分は今頃どうしているだろう。この世界で自分はどうしていけばいいのだろう。

考えても考えても一向に答えなど出てきはしないのだが、なにか考えていないと不安に押しつぶされそうになるのだ。



ナツも、エルザもオレの知っているあいつらと瓜二つだし、性格もだいたいあんなかんじだ。ハッピーは…まああれとして。

問題は、あの人。




ロキ…先輩……。




ナツやエルザがいたんだ。ロキ先輩も当然いるかもしれないという予想はできたはずだ。不意打ちで現れたロキはオレの知っているロキ先輩と同じで、でも同じ記憶を共有しているわけではない。全く別の人物。

だから、あの人相手にこんな反応をするなんてお門違いだ。けれども。




急につっかえたように苦しくなった胸を押さえながらグレイは溜息を吐いた。




「溜息なんかついてると幸せ逃げちゃうらしいよ?」

「な!? あ、ロ…キせんぱ…っ!!?」

突然後ろから聞こえてきた声にグレイの肩は大きく揺れた。溜息の原因でもあるその人に話しかけられてグレイは一歩後ずさる。

しかし、逃がさないとばかりに腕を掴んできたロキによってそれは阻止された。

薄い色のついたサングラスの奥から覗く瞳はよく知っているモノ。あの時この瞳には自分だけが映っていた。



「僕は先輩なんだ?」

「あ、…え、っと……」

突然声をかけられたことでグレイは目の前のロキを見つめ返した。

この人は自分の知っているロキではない。違う。違うのだ。グレイは必死に自分に言い聞かせて、心を落ち着かせる。

「エルザたちから少し話は聞いたよ。キミは違う世界から来たんだってね?」

「は、い……」

「…ねぇ。 あっちの僕はキミに何かしたのかな?」

「……な、んで…」

「キミが僕を避けているように感じるから。ていうか、避けてるでしょ」

「……」


事実を言い当てられてグレイは押し黙ってしまった。

確かにグレイの態度は不自然だった。ロキが不思議に思っても仕方ないだろう。むしろ失礼な態度だったとも思う。

しかし、その理由をおいそれと他人に話していいものか。親友であったナツには勿論言っていない。世話になったエルザにも言っていない。

なのに初めて会った男に言えるわけがない。

たとえ、あの人と同じ顔と声を持っていたとしてもだ。

自分でさえ、あのヒトの本意が理解できないでいるというのに。



「なんでも…な……!?」

「ロキィイイィィッ!! てめぇっ、気安く触ってんじゃねえよ!?」


「は? な、なつ……っ!?」


全力で突進してきたナツによってグレイの腕を掴んでいたロキの手は勢いよく振り払われた。

呆然としているグレイをちらりと盗み見てからナツはロキの方に向き直り眉間にしわを寄せながらロキを睨みつける。


「こっちのグレイがダメだったからあっちのグレイでってか? はっ、なさけーねーなぁ!」

「はぁ? そんなくだらないこと言ってたらいくら君でも許さないよ?」

「ちょ、お前ら落ち着けよ!」

二人のただならぬ雰囲気に呑まれそうになりながらもグレイは二人の距離を話そうと奮闘する。しかし二人は一歩も引くことなく剣呑な雰囲気が増していくばかりだ。


「オレだってなあ、“グレイ”がいなくてイライラしてんだよ……」

「だから何。ていうか、ナツのせいでしょ? グレイが入れ替わっちゃったの。ナツが取り逃がした魔導士の魔法がなにか関与してるかもしれないって聞いたけど?」

「んなのまだわかんねぇだろうが! つか、なんでてめぇがそんなこと知ってんだよ…?」

「僕のご主人様は聡明だからね」


魔導士? 取り逃がした? ご主人様?

何の話をしているのか理解できないでいるグレイは不思議そうにナツとロキを見比べる。

「ルーシィの野郎、余計なこと言いやがって……」

「主の悪口は聞き逃せないなぁ。……それと、大切な人一人護れないくせに僕にあれこれ言わな                                    いでくれる?」

「…〜っ!」


静かにそして冷たく言い放たれたロキの言葉にナツは言い返すこともできず拳を握りしめる。

そしてグレイは聞き慣れないロキの声音に一瞬ひるんでしまった。しかしそれと同時に大切な人、という言葉が引っ掛かった。


どういう意味なのだろうか。

“グレイ”と同じ身体と顔と声を持ち、違う世界で生まれ違う家で育ってきたオレにはこのナツとロキが“グレイ”とどういう関係なのか想像するに難い。

けど分かったことはある。

こっちのナツにとって“グレイ”は大切な人。おそらくロキにとっても。


ナツ、お前にとってオレはなんなんだ?

ロキ、あんたの瞳にオレはどう映ってる?


そう。これはただの好奇心。それ以上でもそれ以下でもない。

こっちのオレはどれだけ必要とされている?



お次はいつみさん宅です!

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