「六年は組の善法寺伊作先輩に天女のあげはさんじゃないですかー」
『おー綾部。てかこの穴アンタが掘ったやつだろ』
「落とし穴のトシちゃん54号でーす」
上からあたしたちを無表情で見下ろすのは四年生の綾部喜八郎。あたしのことを名前で呼ぶうちの一人だ。
『わかったわかった。綾部、あたしたちがトシちゃん54号から出るのを手伝って』
「はーい」
あたしは早くこの穴から脱出して書類をまとめ直さなきゃいけないんだ。
『ほら、善法寺も早く』
綾部の手を借りて穴から出たあたしはもう一度善法寺に手を伸ばす。
「でも…また貴女を、」
巻き込んでしまうかも。 そう言った善法寺に痺れを切らしたあたしは仕方がないと思うんだ。だって早くしないと書類がね?
『ごちゃごちゃと面倒なやつだなお前は!アンタの不運ごとあたしが引き上げてやるからさっさと手を掴めってんだ!!』
「っ…」
善法寺はもともと大きめの目をさらに大きくさせた後、もう一度あたしの手を握った。今度は地面が崩れることはなかった。
『はー…これでやっと書類の方に集中できる…』
「あげはさん」
『え、なに綾部。手伝ってくれんの?』
「それは嫌ですけど」
『即答かよ。…で?』
「さっきのあれ、告白ですか?」
『さっき?あたし何か言ったっけ?』
「善法寺先輩に手を取るよう言った言葉ですよ。ねえ、先輩?」
「えっ…ええっと…」
綾部に急に話を振られ、顔を赤く染める善法寺。あざとい、じゃねぇや。
『さっき善法寺に向かって言った言葉ねェ…。あたしなんて言ったっけ?とにかく小松田がやらかした書類の整理を早くしたかっただけで…ってあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?』
大声を上げたあたしに、綾部と善法寺がビクリと肩を揺らしたがそれどころじゃない。 書類が。あたしが善法寺を助けるために縁側に置いておいた書類がないのだ。
『なななな何故!?Why!?』
「…そこに置いてあった紙ならさっき一年は組が廊下を走って行った時の風で全部舞って行きました」
『……え、嘘でしょ?マジで?』
「大マジでーす」
相変わらず綾部は表情を変えずに言ってのけた。
『………綾部、』
「何です?」
『あたしは今から学園中に散らばった書類を集める旅に出てくるから』
「ついに頭イカれました?あ、元からか」
『殴るぞ』
「それは遠慮します」
『チッ…。ああああこれ夕飯の準備までに終わるかなー…ってことであたしは急ぐ。じゃあね綾部に善法寺!』
「今日一緒にご飯食べましょうね、あげはさん」
『仕事が無事終わればね!!』
服の裾を掴んで上目遣いで言う綾部。あざとい、じゃねぇや。 あたしは綾部の頭を撫でて、書類を捜すべく走り出すのだった。
***
思っていたよりもずっと、騒がしくて変な人だった。
「あの人が今回の天女様…」
「天女じゃないですよ、あげはさんは」
僕の方を見ることなく、隣の喜八郎が言った。 先程から見ていても喜八郎はあの人に随分心を開いているようだった。あの綾部喜八郎が、だ。
「天女じゃないです」
喜八郎がもう一度呟くように言った。
「むしろ女でもない気がします」
「え」
「ただの変人ですよ、あの人」
今度こそ喜八郎は僕の目を見ていた。 あの人に掴まれた手はまだ温かい。そんな気がした。ああ、でも確かに。
「変な人だったなあ」
フッと自然に笑みが零れた。こんな風に笑ったのはいつぶりだっただろう。
「紅藤あげはさん、か…」
次に会った時、天女様とではなく名前で呼んでみようか。 まだ少し怖いけれど、それでもこの現状から一歩でも踏み出せたら、なんて。
世界の唄が途切れる前に (今までの天女とは違う気がするんだ) (根拠、なんてないけれど)
−−−−−−−−−−−−− よくある天女設定でした。とあるサイト様の天女夢小説がすばらしくて自分でも書きたくなりました。 忍たまはキャラを知っているくらいだったのですが、最近またアニメを見始めています。
小さい頃は土井先生が大好きでしたが、今は上級生中心に忍たまたちも好きです。特に綾部と久々知と伊作贔屓になりそうです。(友人にはそうだと思ったと言われました) もう少しいろんなキャラと絡ませたかったんですが、長くなりそうだったのでこの辺で断念。他の上級生や乱きりしんや土井先生、あとは利吉さんとか出したかったんです。 また機会があったら書きたいなーなんて。
title:たとえば僕が
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