私は一週間前、マフィアの抗争に巻き込まれて死んだ。誤解のないように言っておくが、私は一般人だ。
正しくどこにでもいるような女で、素敵な彼氏と素敵な日々を送り、不満などなかった。
いつも仏頂面な彼はあまり甘い言葉なんて言ってくれないけど、だからといってそれが嫌だと思ったことはなかった。
私を触る手付きや、お仕事が大変なのになるべく一緒にいてくれる。たったそれだけで愛されていると実感するのだ。


彼が暗殺部隊のボスだと知ったときは多少なりとも驚いたが、それよりも不安が勝った。
殺し合いが仕事なんて危ない。そんな危険な仕事はすぐにでも辞めてほしかったが、私の意見だけで辞めてくれると自分を高く評価しているわけではなかったから、本心を隠して頑張ってねといつも偽の笑顔を浮かべる。
書類業務が殆どで、あまり任務に行かないと教えてもらったときは心から安堵した。彼の代わりに部下の皆さんが命を張っているらしいが、会ったこともない人間の安全を心配するほど、私は優しい人間ではない。
私の世界は彼を中心にして回っているようなものだった。そして、きっと彼もそうだったのだろう。そうであると、少しくらい自惚れたい。



私が死んだとき、彼は近くにいなかった。当たり前だ。四六時中一緒にいるわけじゃないのだから。
薄れていく意識の中で思ったのは、この後彼とご飯を食べようと言った約束を守れないことに対する謝罪だった。
約束の時間を三時間ほど過ぎたとき、路上に放置されていた私に近付く影があった。
見紛うことない、私の愛する彼だ。
肩で息をしている彼は、馬鹿みたいに必死になって私を捜してくれたのだろう。そう思うと愛しくて、同時に哀しくなる。私はもう死んでしまったのだから。
暫く立ち尽くしていた彼は不意にしゃがむと、優しい手付きで私を抱えた。その手が微かに震えていて、頬に落ちた滴の正体に気付いたときは胸が痛んだ。


そこからだ。彼と私の運命が狂ったのは。
冷たい私の身体を邸に持ち帰った彼は、彼のベッドに私を寝かせた。
最初はただ近くにいただけだったが、幾日かの日が立つと身体を重ね始めたのだ。
動きもしない死体に口付けをし、喋りもしない死体に愛を囁く。
嗚呼、この人は狂ってしまった。





ネクロフィリアの憂鬱






110405彼方此方様提出
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