少し変わった同居人の生態観察



 村には生活の余裕がなくても飼っている犬を手放さない人がいて、私にはそれが不思議で仕方なかった。
 その人には申し訳ないけれど獣は不衛生だし、世話する手間もかかるし、食べるものも余分に必要になる。犬を飼う心理が理解できなかった──以前の私には。

 往診の時に聞いたところでは、初めは警戒していたのが徐々に心を開いてくる様子になんともいえない可愛らしさを感じるとか、構うと必ず反応が返ってくるのが微笑ましいとか、与えた食糧を一生懸命食べる姿に庇護欲をくすぐられてしまうとか。
 当時の私にはわからなかった気持ちも今では納得できてしまうなあと、宿儺を見ていると思ってしまう。

 一度診た患者だからきちんと怪我が治るまで面倒をみたいと考えて引き留めたのが始まりだった。薬師と患者としての関わり以上に彼が私の暮らしに馴染むまで、さほど時間はかからなかったように思う。
 放っておけないし、つい構いたくなるのだ。宿儺にとっては見るものすべてが新鮮らしく、打てば響くような反応が、妙にクセになってしまっている。

 とはいえ、薬師としての立場もないがしろにはできないものだ。

「怪我の具合を診るね。布、取ってくれる?」

 薬や新しい布を準備した私の正面に宿儺が座っている。上側の左右両方の腕にある傷を保護するために巻いている布を取ってもらうと、それぞれ治りかけの裂傷が顔を出した。
 傷口から悪いものが入ると腫れたり膿が出たりしてしまうけれど、そんな事態にはならずに傷は塞がりかけていて、経過は大変良好だといえる。

「このまま治療を続けていけば大丈夫そうだね。お薬塗るよ」
「……相変わらず青臭いな、それは」
「そんなに気になる匂いかな。毎日使ってても慣れないのね」
「草から作っているのだったか?」
「そうだよ。あ、一緒にやってみる?」
「できるのか?」
「うん、作業自体は簡単だもの」

 薬を塗って、布を巻いて。慣れた処置を手早く行いながら発した声は、自分でも驚くくらいに弾んだものだった。薬という私の本領の分野に興味を持ってもらえたことは正直、かなり嬉しい。

 傷薬は村の人も頻繁に使うし、京で仕事をする時にもよく売れる。たくさんあって困るものではないので、宿儺に手伝ってもらいながら多めに作っておくことにした。

「これは乾燥させた薬草ね。粉になるまですり鉢で念入りに潰すの」

 私がすり鉢の中に何種類かの薬草をちぎりながら放り込んでいくのを、宿儺はしげしげと眺めていた。すりこぎ棒を手に取り、ごりごりかき回してみせる。

「こんなふうにね。そんなに力は掛けなくて大丈夫。やってみる?」
「こうか?」
「うん、上手」

 宿儺は下側一対の手を使い、私がやってみせたのを器用に真似て薬草を潰していく。その手付きは危なげないもので、任せて良さそうだと思えた。

「私はこっちの薬草を煮詰めてくるね」
「煮るものもあるのか」
「そう、どろどろになるまで鍋にかけるの。それに宿儺が潰してくれてる薬草を加えて薬にするんだよ」
「通りで草の匂いが強くなるわけだな」

 数種類の薬草を掛け合わせて効果を高めているのだ。その基剤になる薬草を煮るために、私は作業場から炊事場に移動した。姿は見えなくなってもごりごりとすり鉢の音が聞こえてきている。

 草が煮える鍋を眺めながら、宿儺のことを考える。
 怪我の具合はかなり良くなった。それに栄養状態もだいぶ改善した。
 出会った当初は骨が浮いて見えるほどだったけれど今ではそれはなくなり、細身ながら質の良い筋肉がつき始めている。もともと体格に恵まれていたところに身体の厚みが増して、一回りも二回りも大きくなったように見える。

 宿儺が患者ではなくなったら、今の暮らしはどうなるのだろう。彼はまた野山を放浪する生活に戻るのだろうか。それを寂しいと思うくらいには、宿儺はもう私の生活の一部に溶け込んでしまっている。

 鍋をかき混ぜながら、ふと気がつくと背中で聞いていたはずのすり鉢の音がなくなっていた。どうしたのだろうと作業場を覗くと、大きな背中が机に突っ伏しているのが見える。

 ひたすら棒を回す作業は彼には単調すぎて、眠気を誘ってしまったらしい。

「……ふふ。まったく、もう」

 少しだけなら構わないだろうと鍋のもとを離れて、私は宿儺の身体に布を掛けてやった。初めの印象は山猫のようだったのに、こんな無防備な獣がいて良いものだろうか。

 そういえば飼い犬の魅力にもう一つ、安心しきって眠る姿が堪らない、というものもあった。それにも同意しか感じない。今まで理解できないと思ってしまっていたお詫びに、宿儺がまた獣を狩ってきたら肉と骨をおすそわけしようと思う。


20211123


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