気付き



 数日を経て寝たきりの状態からは解放されても外出許可は下りず、宿儺は家の中で暇を持て余していた。身体のだるさはほとんど取れて軽く動くぶんには問題はない。まだ痛みが取れないのは両の主腕だ。右の傷は治るまでに相当の時間が掛かりそうで、左の火傷に至っては治った後も後遺症が残るかもしれないというのが紬の見立てだった。

 宿儺は縁側でぼんやりと雲を眺めていたが、畑に出ていた紬が戻ってきて調薬のための作業場に向かうのを見てその背中を追いかけた。雲よりも、細々と動き回る彼女を見ていたほうがよほど暇つぶしになる。

「なにを収穫してきた?」
「トリカブトだよ。……食べないでね?」

 薬師の手には烏帽子のような形の青い花をつけた植物がある。その特徴的な花の形には見覚えがあった。宿儺が初めてこの家に辿り着いた時、危うく口にしそうになった毒の花だ。

「それは毒だろう? どうしてそんなものを?」

 今の今までさして疑問に思うこともなかったが、そういえば、なぜ薬師である彼女の畑に毒の花が植えられているのかと首を捻る。
 紬は毒草の根の部分だけを切り取った。それに紐を掛け、窓辺の風通しのいい位置に吊るす。

「トリカブトはこのままだと毒だけど、根を乾燥させたものは少しだけなら薬として使えるの」

 収穫してきた根を吊るし、その横に吊るされていたものを回収する紬。彼女の手の中にあるものは干からびているが、なるほど同じ植物の根に見えなくもない。

「毒草が薬になるのか?」
「というよりね、すべてのものは、毒にも薬にも両方になるの」

 小振りな包丁を握った紬は得意げに笑って宿儺を見上げる。どうやら今の問いは、彼女の薬師としての自尊心をくすぐるものであったようだ。

「例えば、宿儺の好きなお肉。生きていくのに大切な食料ではあるけれど、そればっかり大量に食べすぎるのは身体に毒で、内臓の機能が悪くなっちゃう」

 紬は一定の調子で包丁を振るい、乾燥した根を細かく刻む。今度はそれをすり鉢に入れてごりごりと潰し始めた。宿儺は代わろうかと申し出たが、怪我人に仕事をさせるわけにはいかないと却下されてしまう。

「トリカブトはそれとは逆に、何も知らずに食べれば死んでしまうような毒だけど、正しい使い方を知っていれば強い薬にできるの。いま作ってるのは、宿儺が朝晩飲んでる薬だよ」
「待て……毒草を含んだものを飲まされていたのか、俺は」
「毒じゃなくて薬だってば。宿儺の怪我はだいぶひどい状態だから、こういう薬が必要なの」

 紬の言い分が信用できないわけではなかったが、あまり心地の良いものでもない。今度から飲み薬の苦味を一層強く感じてしまいそうだ。

 そのまま調薬作業を見物する気分にはなれなかったので、宿儺は縁側に戻ってきた。流れる雲を見上げる。ふと、紬の言葉が胸の内へ蘇ってきた。

 ──すべてのものは毒にも薬にもなる。

 じ、と己の手のひらに視線を落とす。異形の化け物の手。数多の命を奪ってきた手。それなのに彼女は恐れずに触れ、大切なもののように扱う。ある存在の一面だけを切り取るのではなく裏も表も理解しようという姿勢が紬の中に根付いているからこそ、彼女は宿儺を温かく包むことができるのかもしれない。
 それに倣えば──恐ろしい呪いの力を秘めた宿儺も、他者を害するだけの毒ではなく、薬にもなり得るのだろうか。

 瞑目し、己の裡に意識を集中する。宿儺の中に渦巻く呪い。負の感情を根源とする、破壊と殺戮の力。それがとある一面でしかないとすれば──裏と表があるのなら──

「……!」

 そのとき──呪力が反転する。
 解釈の変化に呼応して呪力の巡りを転じる。繊細な呪力操作の才覚は、宿儺が生まれ持って備えているものだ。
 それまでは冷酷かつ無慈悲な形でしか発露してこなかった呪力が、日だまりのような──あるいは紬の纏う空気のような温もりを有して発現。宿儺の全身を柔らかく包み──

「治癒、した……のか」

 やがて瞼を開けた時、不思議と腕の痛みが無くなっていた。念のために怪我を保護していた布を解いて確かめると、凄惨な傷は跡も残らずに消え失せている。

 腕を回したり、手指を握って開いてと動かしたりして身体の具合を確かめる。万全、と云う他ない状態だ。薬師が言っていた後遺症とやらも全く見当たらない。
 治療という新しい呪力の使い方を身に付けたことも、身体が完治したことも喜ばしい。だというのに宿儺の胸中は晴れやかとは言い難い。

 怪我が治ったらもうここにいる理由がない。彼女のもとから出ていくのだ──それを思うと宿儺の胸に突き刺すような痛みが走った。


20211201
毒にも薬にも〜のくだりとか、それをヒントに若様が反転術式を会得するのとか、夢主を薬師にしてシリーズ始めた時から書きたかった話でした。書けて満足。


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