視線



 さっきから宿儺さんにじっと見られていて視線が気になる。ものすごく気になる。手元のファッション誌に意識を向けようと目線を下げても、頭のてっぺんに無遠慮に突き刺さってくる視線がどうしても気になって、雑誌の内容がまったく頭に入ってこない。
 私は諦めて雑誌を閉じ、正面から無言でこちらを睨み付けてくる宿儺さんに向き直る。頬杖をついて僅かに眉間を隆起させている彼の視線は剣呑で、私はなにか気に障ることをしてしまっただろうかと不安になりそうになる。しかし本当に気に入らないことがあったならばすぐさま罵倒……もとい、二人の関係を円満に保つための指摘が飛んでくるはずなので、宿儺さんが黙っているということは私に非はないのだろう。
「あの……どうしましたか?」
 私は意を決して口火を切ってみることにした。
「なにがだ」
 不機嫌そうな声が返ってくる。しかし返答があるということは、声の調子ほど不機嫌というわけではないはずだ。たぶん。
「さっきから見られてる……気がするんですけど」
「ふむ」
 肯定しているのかただの相槌なのかよくわからない頷き。
「なにやらオマエを見ていると臓腑の据わりが悪いような妙な心地がするものでな」
「なんですかそれ……お腹が気持ち悪いってことですか……?」
 そんなことを言われても私は宿儺さんのお腹に触ってすらいないのだし、睨まれても困ってしまう。
「なにか変なものを食べたのでは……」
「たわけが」
 宿儺さんの眉間の皺が深くなりかけて、しかしその眉がピンと跳ね上がる。
「いや、そうか胃の腑か」
 一人でなにか納得したような様子の宿儺さん。よくわからないけれど解決したならよかった、と思っていたら、宿儺さんがちょいちょいと手招きして私を呼んだ。
「なんですか?」
 私は膝立ちになって少しずつ宿儺さんとの距離を詰めた。どこまで近寄ればいいのだろうと迷っていると宿儺さんがぽんぽんと自分の横を叩いたので、その通りに彼の横に腰を下ろした。
「どうしました?」
「つまるところ、オマエの顔を見ると腹が減るということかもしれん」
「はい!?」
 嫌な予感がしたときにはもう遅かった。ニヤリと笑った宿儺さんは私の肩をがっしりと抱いている。色っぽく抱き寄せているという手つきではなく、獲物を逃がさないよう押さえつけるかのような問答無用さだった。
 逃げ道を失った私の顔に、あ、と大きく口を開けた宿儺さんが近付いてきて……ぱくりと頬に噛みつかれた。
「ひゃあっ!」
 た、食べられるっ!? 私がすっとんきょうな悲鳴を上げたのもお構い無しに宿儺さんはあぐあぐと私の頬を弄び続ける。今はほとんど顎に力を入れられていない甘噛みだからいいけれど、宿儺さんがその気になれば私の頬なんて一思いにかじり取られてしまうに違いない。一秒あとに私の顔が原型を留めているかどうかがすべて彼の気まぐれ次第なのだと考えると背中にじっとりとした嫌な汗が浮かんでくる。
「す、宿儺さん、あの、食べてもおいしくないですよ」
「そうか? では美味い肉の在処を突き止めねばなぁ」
「っ、ひぅっ!」
 頬を解放してほっとしたのも束の間、今度は耳に標的が移される。かぷっと耳の上側に噛みつかれて、くぼみにそってぬるりと熱い舌が這わされるとゾワゾワした感覚に震えが走る。
「はっ……ううっ、宿儺さ、やめ……っ、ひゃぁっ」
 身震いしつつなんとか止めてもらおうと懇願するけれど、宿儺さんはますますエスカレートしていく。コリコリと耳の柔らかい骨を歯で挟んでその感触で遊んでいるのかと思えば、いきなり耳の穴に舌が差し込まれた。熱くぬめる感触に加えてじゅぷ、じゅぽ、と卑猥な水音を耳元で立てられては溜まったものではない。
「ひっ……んぅ…………ひゃ、ん……」
 宿儺さんの腕に捕まえられている私の身体は彼の悪戯に翻弄されて小刻みに震えてしまう。全身がどろどろに溶けたみたいに身体に力が入らなくなってしまった。鼓動の音は次第に速く大きくなって、はっはっと息が上がっていく。熱さと甘い痺れのせいで頭がどうにかなりそう。
「クックッ……オマエは声まで美味だな」
「も……宿儺さ……」
「どれ、この桜色の肉はいっとう甘そうだが」
「……最初からこのつもりだったんですね?」
「さてな」
 宿儺さんがゆっくり私を押し倒す。私は彼の首に腕を回して身を任せた。今度は唇に噛みつかれて──深く深く身体の芯まで、私は食べられてしまうのだった。


20240112

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