Melty X'mas



 私が縁側で洗濯物を畳みながら、庭の落ち葉がカサカサと乾いた音を立てて風に吹かれて飛んでいくのを眺めて、そういえばもう十二月かぁとしみじみ感じ入っていた時だった。
「おもしろいものを見せてやろう」
 涼やかな声が背中側から聞こえて、私はパッと振り向く。裏梅さんが静かに屋敷の奥から歩み出てきたところだった。
 着物の袖をたすき掛けでまとめた彼は、透明な液体の入ったニリットル入りペットボトルを一本携えている。中身は水だろうか。
 それにしても古式ゆかしい雰囲気の漂う裏梅さんが現代のペットボトルを持っている姿というのはチグハグな印象で、既におもしろいものを見せてもらったような気になりついつい頬が緩んでしまう。
「なんだ? 愉快な顔をしているが」
「えっ、いえっ、なんでもないです」
 まさか本人にあなたの姿がおもしろくてなんて言えるわけがない。私は慌てて両手を振ってごまかして、洗濯物の山を自分の背中側に追いやり裏梅さんのために場所を作った。肩で切り揃えられた、新雪のように清澄な白髪を揺らし、微笑を浮かべた裏梅さんが私の隣に正座する。
 ペットボトルを手に取った裏梅さんは、その側面をゆっくりと手のひらで撫でた。見た目には変化が無いように見えるけれど、今、手から呪力を放ったような気配があった。冷気を浴びれば水は凍るはずなのに、一体どういうことなのだろう。
「見ていなさい」
 縁側から身を乗り出すような姿勢になった裏梅さんはペットボトルをゆっくりと傾け、地面に向かって水を注いでいく。水が地面に染みを作って吸い込まれていく──かと思いきや。
「えっ」
 水は地面にぶつかった瞬間、即座に凍りついた。注いだ瞬間に水が凍るなんて一体どんな魔法だろうか。今は術式を使った気配はなかったのに。
 そこへさらに注がれた水も同様に一瞬で凍って、氷でできた小さな山が形成される。裏梅さんはペットボトルをゆっくりと回して山の裾を広げながら、氷を高く積みあげていく。ペットボトルの中身がからっぽになる頃には手のひらサイズほどの高さの三角の氷の山ができあがっていた。
 次に裏梅さんは着物の合わせから小さな瓶を取り出した。中身は緑色の液体だ。こんどはなにが起きるの──? と、目を皿のようにして裏梅さんの動向を注視する私の視線に気付いたのか、彼は流麗に視線を流してクスリと微笑む。
「これはただの絵具だ」
「絵具……緑の?」
「この氷に色をつける」
 裏梅さんは氷の山のてっぺんから緑色の液体を回しかける。氷が緑に染まり、色水を浴びた表面が若干溶けて日の光を反射しキラキラ輝いている。
 三角形の緑色の山は、十二月という暦のこともあって、季節の風物詩を連想させた。
「氷のクリスマスツリー……みたい、ですね」
「ふふっ」
「……?」
 裏梅さんにしては珍しく声を上げて笑うのが不思議で、私は彼の顔を覗き込む。口元に手を添えて笑っていた裏梅さんは、満足そうに弧を描いている目でまっすぐ私を見つめ返してきた。
「そう見えたなら重畳。そのつもりだった」
「ツリーを? 裏梅さんが?」
「なにかおかしいか?」
「平安時代には……ないですよね? クリスマス」
「キリストなどという神の名も知らんな。だが現代ではこれを飾るのが慣習なのだろう?」
「そうですね……ふふふっ」
 昔の人だと思っているのは私だけで、裏梅さんは案外、現代に馴染んでいるのかもしれない。呪術の名門たる御三家に生まれた私よりも余程、古風な日本家屋が似合う佇まいをしているのに、最新の家電や調理道具を使いこなして宿儺様の身の回りのお世話をしている裏梅さん。なんだか不思議と馴染んでしまった私はもうずっと一緒にいるような気になることもあるけれど、考えてみれば裏梅さんたちとは出会ってからまだ一か月ほどしか経っていなくて、彼らのことについてはわかっていないことばかりなのだった。
「びっくりしました、水が急に凍るから。これも術式ですか?」
「いや。過冷却という現象だ。0℃よりも冷たい水を手っ取り早く作るためには術式を使ったが」
 裏梅さんが簡単に説明してくれたところによると、ゆっくり冷やすなど特別な条件のもとでは、水は本来凍るはずの0℃を下回っても氷にならず液体の状態を保つ。それが過冷却という状態で、刺激を与えると一気に凍りつくのだという。その現象を利用して、過冷却水をペットボトルから注ぐことにより氷の山を作り上げた。科学の手品のようだ。
「あっじゃあ、クリスマスツリーなら飾りつけをしましょうよ」
 ポンと手を打った私は右手の人差し指を口元に運び、犬歯のところでかぷりと咥えた。思い切って顎に力を入れて歯を指に突き立てる。表皮がぷつりと破れて、私の口の中には血の味が広がった。
 口から離した指を氷のツリーの上へ。歯で作った傷口から流れる血がポタポタと珠になって滴り落ちる。ツリーの全体にまんべんなく赤い珠が落ちたところで、私は自分の血液に呪力を通した。
「赤血操術──血星磊」
 滴った血液を丸い形に凝固させる。緑色のツリーにくっついた赤い珠は、血と呪力でできたツリーの飾りのオーナメントだ。少々物騒ではあるけれど、呪いの王の根城であるこの家にはこのくらいのほうが似合うともいえる。凝固反応のついでに、私の指の傷からの出血も止まった。
「ほう……愉快なことを思い付くものだ」
 裏梅さんが感心したような声を上げる。
「てっぺんの星はどうします? 百斂でそれっぽいの作れるかやってみます? 赤い星になっちゃいますけど」
「そこまでせずとも。どのみち数時間で溶けてなくなるのだから」
「……そうですか。でも、もったいないですね。せっかくキラキラして綺麗なのに」
「ふむ……」
 短く息をついて、なにか考え込む様子の裏梅さん。すると彼はおもむろに縁側に身を乗り出した。薄く、形の整った唇をすぼめて、ふぅっと呪力を乗せた吐息を吹きかける。
 冷たい吐息は空気中の水分を凝固させキラキラと氷の輝きを纏いながらツリーに降りかかる。溶け始めていた緑の氷の表面がキンと硬く凍りつき、私が術式で固めた血の珠も凍りつかせた。術式を解いても赤いオーナメントはそのままの形で残っている。
 こちらに向き直った裏梅さんは肩の上で髪を揺らし、微笑む。
「強く氷結させた。これでも時間が経てば溶けることに変わりはないが、一日二度ほど冷気を纏わせ続ければ維持できる」
「わあ……! じゃあ、クリスマスの日までもちます!?」
「そうだな。手入れを怠らなければ」
「すごい! ステキですね!」
 私がパチパチと手を打ち鳴らすと、裏梅さんが満更でもなさそうに目を細めた。長いまつげに縁どられた瞳は一見すると冷たく鋭利に見えるし、実際に身内以外には非常に手厳しい裏梅さんだけれど、懐に入れてもらえるようになってからは温かく接してくれる。
 ……私の本物の身内、加茂家の人間よりも余程、温かく。
 私は加茂家相伝の術式を継いでいた。呪力量だって並ではない。次期当主の憲紀坊ちゃんと同等か、それより多いくらいだ。けれども分家の子で、女子だというだけで軽んじられた。呪術高専に通うことも呪術師として訓練を受けることも許されず、女中のような生活を強いられ、いずれ跡取りを産むための胎盤としてのみ生かされていた。
 そんな加茂家をめちゃくちゃに壊してくれた羂索さん、裏梅さんには心から感謝している。私を拾ってくれた裏梅さんが全霊で仕える宿儺様のことを私も敬愛したいと思っている。彼らが呪いの王であろうと、この国の破滅を企んでいようと、私の世界に光を灯してくれたのは彼らに他ならないのだから。
「それじゃあ……クリスマスのあとは勝手になくなっちゃうんですね」
 片付け要らずの優秀なツリーに目を落とす。クリスマスには宿儺様と五条悟の決戦があるのだと聞いている。きっと、勝っても負けても私たちはこの家には戻ってこない。勝てばこんな一つの家に留まらず、呪いの魔境と化したこの国全部が宿儺様のものになるし、負ければ──すべてが終わる。
 どうなるのだろう。でも、どちらでもいい。私にとっては、今までの人生で一番充実している今このときの一瞬一瞬がすべてだ。
「そうだな。もとからすぐに溶かしてしまうつもりだった。オマエが残念がるから残しておくだけだ」
 裏梅さんがぽんと私の肩に手を添える。
「……すみません。なんだか、ワガママを言っちゃったみたいで」
「なに、この程度。可愛いものだ」
 さらりとなんでもないことのように裏梅さんは言う。本当に彼にとってはなんでもないことなのだろうけれど、私にとっては、やりたいと思ったことを聞き入れてくれるというだけでキラキラしたもので胸がいっぱいになるのだ。
「ありがとうございます、裏梅さん」
 私がこんなにも喜び、感謝しているという気持ちを、残り一か月に満たない制限時間の中で少しでも多く裏梅さんに伝えていきたい。そんな思いを抱えて裏梅さんをじっと見上げると、柔らかな微笑が返ってきて、私の胸はますます温かくなるのだった。


2023/12/27
ちょっと遅れたけどメリクリ…でも原作がずっとクリスマスだからいつでもクリスマスの話書けますね笑

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