希少な瞬間



 私の風邪が全快する頃には、高専に集まっているみんなの間にある空気が少しずつ緩んできていた。
 鹿紫雲や脹相さん、日車さんに天使……華さんといった外部のメンバーが加わって、そのうえ宿儺を巡る事態は緊迫している。そのため最初はピリピリしていたけれども、一ヶ月近くもそんな緊張を維持したまま過ごせないのは当然のことだ。
 お菓子を分け合ったり、オススメのカップラーメンを教えたりするのから始まって、先日の夜から流行っているのは──
「おらぁっ! そこだ!」
「やべっ!」
「そうはさせん! 悠仁、逃げろ!」
「あっ、このやろ! 結託すんな!」
「すじこ! 明太子!」
 夜、金ちゃん先輩の部屋に集まっての大乱闘なゲーム大会。日中は戦闘要員、非戦闘員に分かれがちなみんなもここでは一緒に盛り上がれる。
 とはいっても初回でボコボコにやられた三輪先輩や綺羅羅先輩などは観戦するほうを楽しんでいて、コントローラーを握っているのはもっぱら血の気の多い男子が多いのだけれど。
「……なんだ、これは」
「え〜っと、みんなで戦ってるとこ……ゲームで」
 私がたった今連れてきたばかりの鹿紫雲が、盛り上がっているみんなの様子を一瞥して口をへの字に曲げる。
 倒しがいのあるヤツが一人足りねぇよなぁ、と不敵に笑う金ちゃん先輩の命令に、先程の対戦で最下位になった私は逆らうことはできず、とてもこういう集まりに自ら加わりそうにない鹿紫雲を呼びに行かされてしまったのだった。
「悠仁ぃぃ──ッ!」
「っしゃぁ!」
「高菜〜!」
 最後に残った二人の一騎打ちに決着がついて、勝った金ちゃん先輩は力強く拳を振り上げた。二位になった虎杖くんに、脹相さんが涙を流しながらしがみついて「お兄ちゃんが不甲斐ないばっかりに……」と泣きついている。
 狗巻先輩とパンダ先輩は優勝した金ちゃん先輩をはやし立て、ベッドの上の観戦席からも「金ちゃんかっこいい〜!」と綺羅羅先輩の黄色い声が飛んだ。
 さっきまで対戦に参加していた私の代打としてコントローラーを握っていたはずの西宮先輩は早々に敗退してしまったのだろう、窓際で三輪先輩と一緒にお菓子をつまんでいる。
「よぉ。来たか、鹿紫雲」
 私と鹿紫雲の方へ目を向けた金ちゃん先輩が手招きして彼をゲーム機の前に呼ぶ。
「こいつに引っ張られてきただけだ」
「まあまあまあ。鹿紫雲もやってみたらいいんじゃない?」
「はぁ……」
 うんざり……といった様子で肩を落としている鹿紫雲だけれど、背中を押せば素直にゲーム機の前に座ってくれるのだから、まったく興味がないわけではないのだと思う。
「おいでおいで〜」
 綺羅羅先輩の手招きに応じて、私はベッドの上の観戦席に移動する。
「ルームウェア、着てくれたんだねぇ。嬉しい〜」
「はい、あったかいです! 袖とかちょっとブカブカだけど……」
「え〜、かわいいよぉ」
 私は風邪をひいた時に綺羅羅先輩からお見舞いでもらったモコモコの冬用ルームウェアを着てきていた。背の低い私と綺羅羅先輩とでは若干サイズが合わなくて袖からは指しか出ないというのが難点だけれど、ふわふわした生地は手触りもいいし温かいしで言うことなしだ。
「おいこら」
 私が綺羅羅先輩とルームウェアの触り心地を楽しんでいると、不意に後ろから苛立ちを露わにした鹿紫雲の声が降ってくる。
「オマエなに他の男の寝台に上がってんだ。今すぐ降りろ」
「し、寝台って、別にゲーム見るために座ってるだけなんだから気にし過ぎじゃ……」
「なんのためかは関係ねぇ。降りろつってんだろ」
「わ、わーーーっ!」
 突然ルームウェアの襟首を掴まれて引っ張られる。やめて! 首が絞まる! もらったばかりの大事なルームウェアが伸びちゃう!
 ジタバタと手足を暴れさせて抵抗するも鹿紫雲はまったく意に介さない。子猫のように運ばれた私は鹿紫雲と共にゲーム機の前に座らされた。あぐらをかいて座る鹿紫雲の、組んだ両脚の真ん中に私のおしりが収まる。後ろから彼に抱きこまれる姿勢になり、頭のてっぺんに鹿紫雲の顎が乗せられた。
 当然ここでもいくら暴れてみても脱出の糸口は掴めず、仕方なく私は鹿紫雲を椅子代わりにすることにした。
 横で金ちゃん先輩がヒュウっと口笛を吹く。
「お熱いねぇ」
「〜〜〜っ! からかわないでくださいっ! 金ちゃん先輩!」
「いやぁ? いい熱じゃねぇか。なあ、鹿紫雲」
「御託はいい。こいつで戦うんだろ。さっさと使い方を教えろ」
 慣れない手つきでコントローラーを握る鹿紫雲に、苦笑いを浮かべた虎杖くんが正しい持ち方を教えてあげている。親指でスティックを動かしたり、指で各ボタンを押したりする動きを確認したあと、金ちゃん先輩が練習用のステージを開始してキャラの操作方法を鹿紫雲に教えた。
 鹿紫雲は「へえ」「ふうん」と気の無さそうな返事をしつつも教えられた操作を素直に反復しながら覚えていって、必殺技を繰り出す時にはテンションが上がっていたみたいだった。彼が盛り上がるとパリパリッと電流が散ってふわモコルームウェアが激しい静電気を発するから、鹿紫雲の顔を見なくても興奮している様子がよくわかる。
「よし、やるか」
 金ちゃん先輩の掛け声で本番のバトルが始まった。不動のチャンピオンらしい余裕を見せる金ちゃん先輩に、虎杖くんと脹相さんがチームプレーで挑む。
 鹿紫雲は操作を確認しながらヒットアンドアウェイで戦場を動き回っていたけれど、ある瞬間から操作のコツを掴んだようで急にギアが入ったように動きが変わった。
 金ちゃん先輩と緊迫した攻防を繰り広げていた虎杖くんの背後から素早く鹿紫雲が襲いかかる。脹相さんがフォローに入ろうとするけれど、鹿紫雲は巧みに回避を使って攻撃を避けつつ虎杖くんとの間合いを詰めた。
 虎杖くんは金ちゃん先輩に向かって必殺技を放つけれど、金ちゃん先輩はタイミングを読んでいたかのように上に跳んで避けた。技を発動したあとの硬直時間に、今度は鹿紫雲の必殺技が虎杖くんに炸裂する。
「ああーーーっ!」
「悠仁!」
 虎杖くん、敗退。彼が真っ先にやられてしまうなんて珍しい。
「おのれ、弟の仇!」
 脹相さんが鹿紫雲に狙いを定め、連続攻撃を仕掛ける。脹相さんの使用キャラは中長距離の技が主体で、近距離型のキャラを使っている鹿紫雲は防戦に回らざるをえない。しかし脹相さんは虎杖くんをやられて頭に血が上り過ぎていたのだと思う。鹿紫雲にしか注意を向けていなかった脹相さんは、金ちゃん先輩が鹿紫雲の後ろでチャージ技のゲージを溜めていたことに気づいていなかったらしい。
「もらった!」
「なっ!」
 隙をついて繰り出された金ちゃん先輩のチャージ技が見事に脹相さんに命中し、キャラが場外に吹き飛ばされる。これで勝負は鹿紫雲と金ちゃん先輩の一騎打ちにもつれ込んだ。
「ゲームだからって勝負は譲らないぜ、鹿紫雲」
「ハッ、言ってろ」
 鹿紫雲と金ちゃん先輩の戦いは白熱して、さっきまでゲームと関係ない話で盛り上がりながらお菓子を食べていた女性陣の手も止まり視線が画面に釘付けになるほど。鹿紫雲のプレイ技術はさっき操作を覚えたばかりとは思えないほど上達している。
 しかし金ちゃん先輩には一日の長がある。技の隙の見極めや、絶妙な間合いの取り方で次第に優位に立って、受け手に回りつつある鹿紫雲にはダメージが蓄積していった。
 一進一退の攻防を見守りつつ、さっき無理矢理引っ張られてこんな恥ずかしい体勢でゲーム大会に参加させられている恨みを発散させたくなった私は──つうぅっと鹿紫雲の脚を指でゆっくりなぞった。スウェットのズボンから露出している、靴下も履いていない裸の足を、骨や血管の隆起に沿ってなぞったり、足首の丸い骨をぐりぐりしてみたり、硬い爪を弾いたり指の間をくすぐったりしていると──
「……っ、おい……」
 鹿紫雲がもぞもぞと身じろぎして私に抗議の視線を向けてくる。こういうのの耐性は高そうだと思ったけれどさすがにくすぐったかったのだろう。
 ──作戦成功。この一瞬の隙を見逃す金ちゃん先輩ではない。
「そこだ!」
「なっ……」
 鹿紫雲の気が逸れた隙に金ちゃん先輩の必殺技が見事に炸裂。あっけなく鹿紫雲は場外に吹き飛ばされて決着がつき、リザルト画面では金ちゃん先輩の操作キャラが盛大にガッツポーズを決めている。
「おい……邪魔しやがって……」
「ふんだ。こんなとこに座らされて、暇だったんだもん。恥ずかしいし」
 鹿紫雲がコントローラーを床に置き、私の顔を覗き込んで睨みつけてくる。負けじと睨み返したら、彼は口元をヒクつかせて意味深な笑みを浮かべた。
「俺を連れて来る時、遊びとはいえ勝負は勝負だ、楽しめる、なんてぬかしてやがったのはどの口だ?」
「……この口ですね?」
「その勝負の場に水を差すとは……んなことしでかしたら、なにされても文句は言えねぇよなぁ?」
「ひえっ……あ、あ、ちょ、待っ……」
 ドスの利いた声音で迫る鹿紫雲の目は据わっている。これは危険──!
 一の手がふわふわのルームウェアの裾から入り込んできて──こちょこちょこちょ!
「きゃーーーーーッ! やっ、だめっ、あはっ、あはははははっ!」
 私はバタバタと手足を振り回し必死に抵抗した。しかし鹿紫雲はまったく動じず、服の下でのくすぐり攻撃を継続する。
「ひゃ、あああっ! たす、助けてっ、金ちゃんせんぱーーーいッ!」
「おーい、あんまりイチャついてんじゃねぇぞ」
「知るか。コイツが悪い」
「きゃあっ! あはっ、あははははっ! ひぃっ、やめっ、やめてぇっ!」
 うっかり魔が差して鹿紫雲の勝負を邪魔したらとんでもない仕返しを受けてしまって──この時にはヒィヒィ悲鳴を上げていた私だったけれど、後から思い返せばこれも楽しいことの一つだった。

 やがて決戦に向けての準備も大詰めを迎えた。
 模擬戦で測った各自の実力を踏まえて、戦闘要員、サポート要員の振り分け。出撃する順番の決定。話し合うことはたくさんあって、全員で顔を合わせる機会も多かった。忌憚なく意見を出し合えたので、夜な夜なみんなでゲームをして遊んだり、そういう場に鹿紫雲も連れて行ったりして馴染んだことは無駄じゃなかったのだと思う。
 そして迎えた最終決戦の時──私はみんなと共にモニターを囲って、瓦礫の山と化した戦場に鹿紫雲が飛び出していく姿を見届けた。


2023/12/15
なんでも器用にこなしそうな鹿紫雲くんはゲームもうまそう!

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