宿儺との戦闘は熾烈を極めた。ランサーの猛攻に対しても宿儺は余裕の笑みを崩さない。一方で宿儺が軽く繰り出す攻撃のすべてがこちらにとっては致命傷になり得る。
 あまりにもサーヴァントとしての格が違いすぎる──しかしそんなことは最初からわかりきっている。相手が途方もなく格上だということは承知の上で、私とランサーは勝ちにきたのだ。
「ふ……ククッ、存外によく粘る。だが戯れるのにはもう飽いた」
「ッ! マスター!」
 宿儺が両手で印を結び、その魔力が急激に膨れ上がる。瞬間的にランサーは跳びのいて、私を庇うように前に立った。
「凌ぐぞ! オマエの援護が要る!」
 敵は宝具を開帳しようとしている。それも膨大すぎる魔力を用いて。生半可な術では防ぎきれないことを悟った私は、左手の甲に刻まれた令呪に魔力を通した。
「令呪をもって命じる! 敵の宝具を防いで、ランサー!」
 令呪が放った光輝がランサーの身体を包み込む。即座にランサーも手印を組み、防御結界を発動した。余程の相手に対してしか使うことがないという結界術『彌虚葛籠』──それが展開してランサーと私の周囲に張り巡らされた刹那、危ういところで宿儺の宝具が展開した。
「──『伏魔御廚子』」
 地獄の象徴のような社が出現し、超広範囲にわたって怒涛の斬撃が降り注ぐ。切り刻む──などという生易しいものではなかった。すべてが灰塵へと化していく。高層マンションの並ぶ臨海部の光景は瞬く間に──無になった。
 廃墟ですらない。瓦礫すら見当たらない。まっさらな更地だ。あらゆる生命の営みを拒絶する死の光景。それが──宿儺の宝具が展開された半径約二百メートルの空間一帯に広がっている。
「……っ」
 唯一被害を免れたのは全力で防御結界を張ったランサーと、彼に庇われた私。しかし斬撃が収まったのを見て結界を閉じたランサーはがくりと片膝をつき、その顎からはポタポタと汗の雫が滴り落ちている。令呪の力で援護してもなお、防ぐだけでこれほど消耗する──宿儺の恐ろしさが骨の髄まで染み渡り、ゾクリと悪寒が走る。
「ハハッ、防いだか。だが随分と必死ではないか。二度目はどうだ?」
「宝具の連続展開!? 嘘、でしょ……!」
 再び膨れ上がる宿儺の魔力を前に、私は息を呑む。これほど膨大な魔力消費を伴う宝具を涼しい顔して連続使用するなんて、宿儺の魔力量は本当に底が知れない。
「次が来る──マスター、もう一度いけるか?」
 ランサーが目だけで振り向き、問いかけてくる。令呪の力で補佐しなければ宿儺の宝具を耐えきることはできない。しかし令呪は残り一画。ここで身を守るために使ってしまえば、三度目の宝具展開があった時には打つ手がなくなる。そして余裕を露わにしている宿儺の様子を見れば、二度の宝具展開で限界──などという都合のいいことは起こり得ない。
「──いいえ」
 私は左右に頭を振った。そうしながら最後の令呪に魔力を通す。
 言動が一致しない私の行動に、ランサーが僅かに首を傾げた。
「令呪は、勝つために使う。──令呪をもって命じる。ランサー、宝具で──」
「っ、よせ! 死ぬ気かよ!?」
 私の意図に気付いたランサーがガバッと勢いよく振り向いた。戦闘中に敵から目を逸らすなんて、彼らしくもない。
「いいのよ。身を守るために使っても、すぐまた追い詰められる。だったらこっちから仕掛けるほうがいい。私たち、勝つためにここにいるんだから。そうでしょ、一」
 生きることが最優先なら逃げ出していた。私とランサーは戦いに来たのだ。戦って、勝つために。
 身を守っても手詰まりになるなら、打って出るしかない。敵の宝具に、こちらも令呪を用いて最大以上の出力の宝具で対抗する。その結果、ランサーが魔力を使いきって消滅しようとも──私が敵の宝具で切り刻まれようとも──宝具勝負で競り勝てば私たちの勝利だ。
 そのほうが、守りに徹して一方的に蹂躙されるよりは余程、私たちらしい。命と、残り一度の奇跡の使い道は、ここしかないのだ。
「……ハ。オマエ、最高にいい女だよ、なまえ」
 ランサーは一瞬だけ複雑な表情をしたあと、ニヤリと獰猛に歯を見せて笑った。そんなランサーに頷きを返し、私は再び令呪に魔力を込める。
「ランサー! 宝具で私たちの敵を──」
 倒して──と、命令を結ぶ、その直前。
 カシャアァァァ……と薄いガラスが砕けるような音が、上空から──否、周囲一帯の大気から響いた。
 宝具を展開しかけていた宿儺ですらも気を逸らし、天を仰ぐ。一見すると空の色は先程から代わり映えのしない曇天だけれど、わずかに揺らぐ魔力の残滓が見える。空一面を覆うような結界が破れた──ということは、今のはこの東京第二結界を形作っていた魔力障壁が破壊された余波──?
「マスター!」
 ランサーが私を抱えてその場から跳びのく。直後、凄まじい魔力の砲弾が更地となった戦場に──そこに立つ宿儺に向かって飛来してきた。
 おそらく結界の外から打ち込まれ、魔力障壁を粉砕した弾丸。結界によって隔てられていたためにその威力を見誤ったのだろう。魔力弾を防ぐために突き出した宿儺の手のひらは、とてつもない魔力の輝きを放つその砲弾と競り合いながら指先から徐々に炭化していき──
「っ──」
 ついに宿儺が押されきった。魔力の輝きに宿儺の姿が呑み込まれた瞬間、光が激しく爆ぜる。
 超高威力の爆発の中心にいた宿儺。光が収束したあとに姿を見せた彼の身体は、左半分が大きく抉り取られていた。
「チッ」
 さすがに堪えたようで宿儺は半分になった顔を歪めるが、すぐに魔力の粒子が舞い始めて失われた肉体の再生を始める。有効打ではあったが、致命傷ではない──そんなところだろうか。
 それでも、つい先程まで宿儺と戦っていたけれど常に劣勢を強いられて、唯一の対抗策が捨て身の宝具であった私たちからすれば、信じられないような出来事だ。
「なんだ? とんでもないのがまだ出てくる……? あいつか」
 ランサーが上空から飛来してくる人影を発見する。
 ──人。人だ。サーヴァントの気配ではない。
 凄まじい──宿儺にすら匹敵するのではないかと思われる魔力量を有してはいるが、紛れもなく生きた人間だ。
「あっれー? 仕留めたと思ったんだけどなあ」
 全身黒ずくめの服装に、逆立てた銀髪。目元は黒い目隠しで覆っていて、その下に不敵な笑みを浮かべたその規格外の魔術師は、上空から飛んできて宙に浮かんだまま、宿儺を見下ろしていた。
「貴様……」
「おっと、そこまでにしてもらうよ。宿儺」
 一体どこに潜んでいたのか──胡散臭い僧侶姿の羂索までもが戦場に姿を現す。
「君はまだ万全ではない。五条悟と戦うにはまだ早すぎる。結界が壊されてしまったから、もうここでは魔力を吸収することはできないしね。──撤退だよ」
「チッ──このツケは高くつくぞ」
「君が万全の状態に成ったなら、いくらでも」
 僧服の袖を翻す羂索に促され、身体の再生を終えた宿儺が私たちや目隠しの男に背を向ける。その背中に、宙に浮かんだままの男は指で作ったピストルの銃口で狙いを定めた。
「待てよ。逃がすと思ってるの?」
「はは、やめておきなよ。ここで続けたら、君たちの嫌がる『無関係で善良な一般市民』の犠牲が出るよ?」
 羂索がちらりと目を向けたのは私だった。自分で聖杯戦争に呼び込んでおいて無関係呼ばわりされるのは癪に障るけれど、羂索と目隠しの男との確執が不明である以上、下手な口は挟めない。
 彼は私たちが簡単に死ぬぞと目隠しの男を脅しているのだ。その脅しで目隠しの男が手で作った銃口を下ろしたところを見ると、彼には私たちを害する意思はない──のだろう。どちらかというと、庇護しようとしている、といったところか。見ず知らずの怪しげな男に守られようとしていることは不可解だけれど……ここは、どうやら命を拾ったらしいことに感謝しておくことにする。
 逃げるよりは、死を覚悟して戦うことを選んだ。ただし命を捨てにきたわけではない。敵が撤退しようとしているならば……決着が持ち越されたことに安堵するべきなのだろう。
「……チッ」
 私の肩を抱いて同じく状況を注視しているランサーも、舌打ちこそしたものの大まかな所感は私と同じなのだろう。額に脂汗を浮かべた彼は激しく消耗している。宝具を抜きにしても、これ以上の戦闘の継続はかなり厳しかった。
 やがて宿儺と羂索が移動用の魔術を使ったのか、空気に溶けるように二人の背中が消えて──去っていくその二人を見送った目隠しの男は、くるりと私たちに顔を向けた。
「やあ君たち、災難だったね。とんでもない奴らに関わっちゃって」
「え、と……あなたは……?」
「いやーでも、あの宿儺を相手に戦って、しばらく持ち堪えてたみたいだね? すごいことだよ」
「チッ……偶然命を拾ったところでなにを言ったところで……」
「そんな君たちに提案なんだけど──」
 目隠しの男はどうやら私やランサーの言葉なんて聞くつもりはないようだ。友好的ではあるけれど胡散臭い笑みを目隠しの下に貼り付けた彼は、わざとらしく腕を広げてみせる。
「僕たちと一緒に戦わないかい? うちは常に人手不足なんだ。腕の立つ魔術師やサーヴァントは歓迎するよ」

 ──そうして、私とランサーは、五条悟が所属する組織に身を置くことになったのだった。

 都内とは思えない鬱蒼と生い茂る山林の奥深く、結界によって秘匿された場所が彼らの拠点。はりぼての寺社仏閣が並ぶ敷地内には多数のマスターとサーヴァントが所属していて、日夜鍛錬に励み、戦いに備えている。
 どうやら羂索という男は常に社会の闇で暗躍し、さまざまな魔術に関わる事件を引き起こしてきたらしい。今回の、変則的な聖杯戦争による『呪いの王』宿儺の復活という事件もその一つということだ。
 そしてこの組織は魔術による事件が社会に甚大な被害を及ぼさないように監視、対処するという方針のもとに活動しており、目下のところは羂索が最大の仇敵なのだという。
 羂索を倒すために東京第二結界を破壊して戦場に割り込んできた五条悟によって、私とランサーは九死に一生を得た。その点は素直に感謝すべきことだろう。
「マスターとサーヴァントが一つの場所にこんなにたくさんいるって……変な感じね」
 組織に所属するための手続きや施設についての説明を一通り聞いて、あとは敷地内を自由に見て回って構わないと言われたので、私はランサーを伴ってあてもなく外をぶらついていた。
 石畳の道の脇には石灯篭が並び、目につく建物はすべて旧式の日本建築。どこか観光地にでもやってきたようで落ち着かない。これからはこの施設が私の拠点であり、ここで寝食をすることになったけれど、しばらく過ごせば慣れていくのだろうか。
「浮かない顔だな。そんなに気疲れするようなものか?」
 横を歩くランサーが私の顔を覗き込んでくる。私はやれやれと首を振って答えた。
「他のマスターやサーヴァントは敵っていう先入観があるから、どうもね……。ランサーはなんだか楽しそうね?」
「わかるか?」
 ランサーはニッと無邪気に歯を見せて笑う。まるで新しい玩具を与えられた子供のようだ。
「ここには骨のありそうな奴らが大勢いて腕が鳴る。特にあの、リカっていうサーヴァントは良い。オマエ、あいつのマスターに模擬戦を持ちかけろよ。やりあいてぇ」
「うーん……彼、戦うのが好きっていうタイプじゃなさそうだけど……今度聞いてみるわ」
 異形のサーヴァントと、それを連れた物腰の穏やかな少年のマスターを思い浮かべる。彼はこの組織の中でも一目置かれた強者であるらしい。そんな相手にランサーが闘志を燃やすのは必然とすらいえる。
 なんにせよ、宿儺との戦いではボロボロに追い詰められていたランサーが、自分から戦いたいと言い出すほどに回復したのは良いことだ。
 宿儺や羂索とはまた戦うことになる、というのが五条悟の見立てだった。次の戦いの火蓋が切って落とされるまでは、ここで戦闘技術や魔術の腕を磨いて備えることになる。ランサーが望むように他のサーヴァントと模擬戦闘での訓練をすることもあるだろう。訓練としての戦闘が白熱しすぎて周囲に被害をもたらし過ぎないか、ということが少し心配だ。
 喋りながら歩いていたら、山道の石階段に辿り着いていた。
「この上ってなにがあるのかしら」
「どうせ、はりぼての寺かなにかだろ。行くか?」
「そうね。今は動いていたい気分なの」
 施設に着いてからというもの、話を聞いたりいろいろな人間やサーヴァントと顔を合わせたりすることが続いて、精神的に疲れている。自室として用意された部屋もあるけれど、狭いところでじっとしているよりも外で身体を動かしたい気分だったのだ。
 私は低い段差を一段ずつ登っていく。隣のランサーは大股で二段飛ばしに足を進めていた。
「脚長いね、ランサー」
「ああ? 知らなかったのか?」
「んー……知ってた」
「ハハ。だろうな」
 ランサーとの気の置けない会話が心地いい。聖杯戦争の間は常に意識のどこかは張り詰めていたから、こんなふうに緩んだ気分でどうでもいいことを喋るのは新鮮だった。
 やがて石階段の頂上に辿り着く。ランサーの見立て通り、てっぺんには神社があった。鳥居をくぐって境内に入る。社も賽銭箱もあるけれど、なんの神様も祀られてはいない、見かけ倒しのからっぽの神社だ。
 来た道を振り返ると──夕陽が目に入る。山道の下には木々が生い茂り、ところどころから寺社建築の三角に反った屋根が突き出ていた。一際高い仏塔の陰に隠れるように太陽が沈もうとしている。茜色の空が木々の葉に反射して──燃えているように、美しい。
「……綺麗ね。観光名所に来たみたい」
 風になびく髪を耳にかけて、周囲を見渡す。と、ランサーは「そうか?」と気のない声で言った。
「俺にはありふれた景色に見えるが……オマエにとっては珍しいのか」
「山の中にある神社やお寺っていうだけで観光地みたいなものじゃない?」
「この時代ではそうか。俺は山も寺も見慣れてるもんでな。あまり新鮮味が無いんだよ」
 そういえば……ランサー、鹿紫雲一は本来なら別の場所、別の時間で生きていた人物だった。それが英霊──サーヴァントとして召喚されて、今、私のもとにいる。
 戦いの中で、幾度も共に死線を乗り越えてわかり合った気になっていたけれど、私にはまだ彼について知らないことがたくさんあるのだった。
「──ねえ、一の話を聞かせてよ」
 名前で呼び掛けるとランサーは目を丸く見開いた。いつもは見せない彼のそんな表情がかわいらしく思えて、自然と顔が綻ぶのを感じる。
「どういうところで育って、どんな暮らしをしてたかとか、好きな食べ物とか、甘党か辛党かとか……そういうことを教えて?」
 戦いには関係のない──ランサー、鹿紫雲のことではなく、一人の人としての鹿紫雲一のことをもっと知りたい。知って、もっとちゃんと恋がしたい。
 今は一つの大きな戦いを終えて、次の戦いが始まるまでの小休止。聖杯を求めることも、羂索や宿儺と決着をつけることも、止めないし忘れられないけれど──今だけは、らしくないことに時間を使ってみてもいいのではないかと思う。せっかく命を拾って……私と一はまた共にいることができているのだから。
「……ああ。構わないが、その分オマエの話もしろよ? なまえ」
 虚を突かれたような顔をしていた一は、穏やかに微笑んだ。ぽん、と頭の上に彼の手のひらが乗せられる。その温もりはもちろん気持ちいい、けれど──
「恋人だったら、こうじゃない?」
 私はおどけて言って、自分の手と一の手のひらを触れ合わせた。指と指とを絡めて手を繋ぎ、一の顔を見上げる。頬に夕陽が反射して、まるで赤く火照っているようだ。きっと私の顔も赤くなっているけれど、夕陽のせいにしてしまおうと思う。
「へえ? 案外、少女趣味だな」
「そうよ。知らなかった?」
「ああ、知らなかった」
「じゃあ……これからもっと、いろいろ知っていこう? お互いに」
「──なるほど、恋人として知るっていうのはこういう感覚か。いいもんだな」
 きゅっ、と一が手を握る力を強める。握りしめられた手のひらからたくさんの慈愛が伝わってくるようだ。触れ合ったところだけではなくて胸の奥までも温もりが浸透してくる。
「はじめ……」
 じっと一の目を見上げていたら、彼の顔がゆっくりと近付いてきた。まぶたを閉じて待っていると唇同士が穏やかに触れ合う。手は解かれて、その手は今度は私の背中に回り、力強く抱きしめられた。身体全部を一の温もりに包み込まれて、幸せだ。
 私はこれからも鹿紫雲一と共に歩んでいく。どんなに険しい道のりも、苛烈な戦いがあろうとも、彼と一緒なら大丈夫。一の温もりは、私にそんな安心と自信をもたらしてくれた。





2023/8/14
聖杯戦争駆け抜けた!
五条とか高専はざっくりカルデアっぽい組織…レイシフトはしないけど…
設定の緻密さはないので雰囲気で楽しんでもらえれば嬉しいです。
ありがとうございました!

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -