「あっ?」
「動くな。」
背後から忍び寄って体を羽交い絞め、更に目を手の平で覆い、小ぶりの耳元へ腹の底から低音を吐き付ける。
「動けば喉を裂く」
「ひっ………」
刃物など持ってはいなかったが、視界を奪ってしまえば言葉だけで十分だ。
まんまと脅しに畏怖し、背後から私に羽交い絞めにされたまま、女――舞雷は直立不動になる。全く視界を奪う為に彼女の双眸をしっかりと手の平で覆ったが、温かい濡れた感触があった。泣いているらしい。
「目を瞑れ」
命じれば舞雷は従順だった。
手の平の代わりに用意していた細長い布で視界を奪い、落ちたカバンを拾ってやる。そのまま背を押して歩かせ、対向車には俯かせて対処した。
舞雷が不用心にふらふら一人下校していた場所から近い場所に、半年程前に閉店してから建物も駐車場もそのままの寂れた一画がある。元の店が何だったかは忘れたが、どうでもいい。近隣の住宅も老人が密やかに住んでいる程度で、無駄に広い駐車場には車ひとつない。そのくせ木や柵や店舗だったコンクリートの塊のおかげで物影は多くあった。
つまり、ここならまず気づかれない。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ」
「………」
何かの罰だとでも思ったのか、舞雷はしきりにか細い声で謝罪を並べる。謝りたいのはむしろこっちの方だが。
「ゆ、ゆる、ゆるして」
「…黙ってろ」
……あまり黙って聞いていると、罪悪感に似た何かがせり上がってきて怖くなった。
私が命じた所為で舞雷は謝ることを辞めた。代わりに叫ぶこともままならず、さめざめと泣いて目隠しの布を湿らせる。嗚咽と鼻水を吸う音ばかりこの静寂には満ちている。
廃屋となったコンクリートの外壁に舞雷の背を押し付け、とりあえず渇いた唇に吸い付く。私が傍にいることは何となく感じるだろうが、何をされるかまでは視認できない彼女は大仰に肩を跳ねあげて驚いた。舌は逃げるばかりで酸素ばかり求めている。おかげで全く色気のない接吻だったが、愛しい女の唾液を味わっていると思えば、些細な不満も吹き飛んだ。
「っふ……」
「んぅ…」
夢中で舌を動かし離してやれば、舞雷の口元は赤子のように唾液まみれになっていた。酸欠が酷くなり舌まで突き出してゼィゼィ喘いでいる。
さて、服を脱がすのはどうすべきか。舞雷が着ているのは学校指定のブレザーだった。ブレザーはボタンを外して片側に引っ張ればなんとか脱がせられるが、下に着ていたブラウスが頭からかぶるデザインだった。捲し上げればいいだけだが、私はこの女を全裸にしたい。
両手を上げさせて脱がせるのは容易だが、その際目隠しの布まで脱げてしまうのはまずかった。……私は舞雷のクラスメイトだから。顔を一瞥でもされれば正体がばれる。
「きゃあ!」
面倒臭い。それに我慢ならない。薄手の生地だし問題ないだろうと判断し、私はブラウスを力づくで裂いた。案外簡単に布切れになったそれは、何度か酷い音を立ててぶつりと切れ、足元にひらひらと散らばる。残すところ上半身は乳房を覆う下着のみだが、そんなものの攻略には二分とかからないものだ。
「うそ……」
「……そう思いたいなら思っていろ。ただし、頬を抓っても覚めんがな…」
スカートやらショーツやらを脱がしにかかる前に、外気に触れて堅くなった乳房の先端を指先で捏ねくり回すと、舞雷は歯を食いしばって腰をくゆらせた。
「貴様が大人しければ一度中に出して終いだ、女。」
「な、なかっ、うぅ…」
「上手く機嫌をとれ……」
舞雷が全裸になるのにもう五分ともかからない。










「え、舞雷…強姦された…?」
「………」
家康が舞雷の近くにいる。あの翌日だというのに舞雷は登校してきた。が、登校したはいいがいつもの元気がある筈もない。塞ぎこんでいるのを朝一番に見つけた友人連中に取り囲まれ、何だ何だと質問責めにあっている間に、泣いたり事実を吐いたりで結果、家康がわなわなと震えた。
「そいつの顔は見たのか!?」
舞雷はふるふると首を振る。
「っ…、じゃあ何か手掛かりはないのか?知らない男か?」
「わかんない…っ…」
わあっ、と大泣きをはじめた舞雷を取り囲んでいた連中は、これ以上無理に学校にいるべきではないと判断した。教師がホームルームを始めるまでまだ時間がある。教師への伝達は引き受けるから、と女の声がして、舞雷は家康に促されて席を立った。
「ワシが送り届けてやる」
「……待て」
「ん?三成…?」
「…私が送る」
「お前が…?」
鼻から息を抜いて、不自然でない程度に高めの声を出せば舞雷は無反応だった。代わりに訝しんでいる家康を睨みつけ、口を開く。
「今日は気が乗らない。帰ろうと思っていた。それに帰路は同じだろう」
「…そうなのか?」
「よく見かける」
「……舞雷、いいか?」
昨日のことを思い出し頭を抱えている舞雷は、もう誰が引率だろうがどうでもいいに違いない。
私と舞雷はクラスにいても全くと言っていい程会話がなかった。それを判っていて家康は怪訝がったが、舞雷が首を縦に振ったことで易々と彼女の身柄を渡した。
「じゃあ頼むぞ三成」
「ああ」
途中教師に絡まれたが一睨みで迎撃した。泣きじゃくる舞雷の手を引いてやる感覚はなんとも言えない良いものだった。校門を出てしばらく歩けば、時間的に人気は少ない。あえて昨日の再現をするように同じルートを選んだ所為で、私が舞雷の視界を奪った場所の付近に来ると、舞雷はしゃがみ込んだ。
「……気の毒だな。この辺りで襲われたのか」
「う、うぅ…!!」
「…………どうだった?」
「あ、んなの…あんなの…!!」
「…だが、その男はお前を愛していたのかも知れないだろう」
「…は……?」
「強姦に走るほど、お前を愛していたのだとしたら?」
「……何…言ってるの…?石田君…」
「ただの性欲処理でなかったら、お前はどうする?」
「………どうするって……同じよ、どっちも…どっちだって、強姦には違いないでしょ…。それに、愛なんてない方がいい」
「何故だ?」
「あんなの、一回限り…運が悪かっただけだった方がいい…。だって、もし昨日の男が私を愛していてあんなことしたのなら…また同じことが起こりそうだもの…」
「………」
本当に消え入りそうな声で舞雷は喋った。他人のふりをして質問するのはいくらか愉しいが、てっきり愛がある方がいいと答えると思ったのに。
「……ねぇ、石田君…」
「…何だ」
舞雷はうずくまり、これでもかと小さくなったままだった。私は立ったまま、その小さくなった舞雷を見降ろしていた。
そして他人のふりを辞めるつもりはなかったが。
「石田君の声、昨日の男に似てる」
「…………」
口角が吊り上がるのをどうして止められるというんだ。


*目隠し