目の前で実の兄が死刑宣告を受けた。何の命を受けていたのか判らないが、なんにせよ元就様の満足いく結果を残せなかったのが原因だった。弁明もないままに「首を刎ねよ」と兵に命じ、引き摺って行かれる様を一瞥すれば、後はもう兄のことなど忘れてしまう。
「ッ、元就様ッ……」
「なんぞ」
兄の失態の穴を埋める考えを巡らせていたに違いなかった。そこを中断してまで私が声をかけたのは他でもない、今にも首を刎ねられかけている兄を救う為だった。
「先の兵は私の・」
「ああ、あれか。そなたの兄であったな、だが…それがどうした?」
目の前が真っ暗になる。
「……あ、…」
「ん?忘れてなどおらぬ。あれは他でもないそなたの兄よ」
「だったら……」
「だから、それがどうした」
本気で判らない様子で元就様は言った。冷たい瞳が答えを急かして私を睨みつけていることは明白だったが、いつものようにこれに怖気づいて兄を失ってたまるものか。
「殺さないで欲しいのです…!」
「…………は?」
「…え……?」
実の兄を殺さないでくれと願う私の姿がそんなに不思議だったのか、元就様は珍しく表情を崩した。いかにも意味判らない。といった表情で私を見つめる双眸を相手に、私の方が訳がわからなくなってくる。どうしたらいいのかわからない。どうして彼が私の訴えを此処まで不思議そうに扱うのかがわからない。あまりにも総てがわからなくて、身体の芯から恐れが湧き起こる。
次に紡ぐべき言葉が浮かばず手に汗握っている間に、断続的に聞こえていた兄の悲鳴が途絶えてしまった。つまり、我々のいるこの場から少し離れた辺りで首と胴が分かれたのだ。もう遅くなってしまったと認識しただけで、込み上がる涙を抑えきれない。ぼろぼろ泣き、立っていることさえままならず崩れ落ちる私を、また元就様が不思議そうに見つめている。
「…全く…わけがわからぬわ」
「本気で…本気でおっしゃっているのですか…?」
「……これ以上我を不快な気分にさせるでないぞ、舞雷」
「私は今、貴方の権限で兄を失・」
「黙れ、と命じたのだ。わからぬか」
「………」
元就様は立ち上がり、命令通り押し黙った私に近づくと、精一杯鋭い目で見下した。怯えて縮こまる女を…己の妻を、彼はどう思って視界に入れるのだろう。
「…そなた、兄の首を拾って参れ」
「はぁっ…!」
命ぜられた瞬間、吐き気にも似た空気が胃の奥からせり上がった。この人は一体何を考えているのだろう。
「三度は言わぬ。兄の首を拾って我の前へ持って来るのだ」
「あ、あ……!」
「…そうしたら褒美をやろう」
褒美。
慈悲のかけらもないこの人は、何故か私に執着している。だからこうして、私を動かす為の餌を褒美と称してちらつかせるのだ。この場合の褒美は何か?もう判りきっていた。いつも私を打ちのめし、私の期待を裏切るやり方でしか愛情を示せないこの人だ、兄の為に立派な墓を作ってくれる筈もない。私が恐怖と悲壮に打ちひしがれながら兄の首を運んできたとして、与えられるのは肉体的な快楽であることは明白だった。
「どうした舞雷…褒美などいらぬと申すか」
「た…、ぁ、立てなっ…」
「ほぅ…?よしよし、ならば立たせてやろうではないか」
伸びてきた腕は脱力しきった私の身体を簡単に立たせてしまった。しかし地につく両足は、身体を支えて己だけで立つ程には回復していない。結局元就様が力を少しでも緩めれば倒れてしまう。それを感じた男の腕は力を緩めることはなく、しつこく唇を寄せ、子を可愛がるように撫でまわしてきながら、処刑が行われた場所へ誘導する。
「ああ、ッ、いや、あぁあ、あ!」
「早く拾え」
ついに目の前に千切れた兄の死体が現れ、私は半狂乱に陥った。身体に纏わりついていた元就様の両腕を振り払うように暴れたが、しかしそう簡単には振り払われてはくれない。
「いやです、ああぁっ!こんなのっ、こんなの酷すぎます、許して!!」
「……わからぬ、わからぬぞ…」
「あああ…!兄上…っ!!」
「…………」
叫び散らすと、元就様が大人しくなる。勿論私の暴れる身体を取り押さえることはしかと、ただ黙った。そして転がる兄の首まで私を引き摺ると、足元に来た兄の首を片足で踏み潰す。酷い、酷い、酷い、やめて…と心が叫んで、私はその通り口を開いた。しかしそうせがめばせがむ程、元就様は兄の死体を痛めつけるのを止めなかった。
「そこまで兄が愛おしいか」
声に怖ろしい程の激怒を含んでいる。
「ならば、この双眸の前で仇に犯されて喘ぐがよい!」
「あっ、あ!!」
布の裂ける酷い音がした。すぐに全裸にされ地面に倒れる。視界には、踏み潰され続けた衝撃で片方の目玉が半分飛び出た兄の首。失禁しそうな勢いで恐ろしかった。
「そなたは喜ぶべきであった!」
「んぐッあ、」
「この男の存在など邪魔なだけよ!我とそなたの間の障壁、それが死んだのだ、喜んで我に縋るべきであった!」
乾ききった膣に指が無理やり捻じ込まれ、焼けるような痛みが全身を奔った。歯を食い縛って耐えるが、暴れる指に抗いきれない。許して許してと鳴いても元就様は聞いてくれない。憎しみと嫉妬と苛立ち、これが愛からくることだなんて信じたくなかった。
「ん…?舞雷、言うてみよ…我が愛おしかろう…?」
「はっ、はっ、はっ…!」
「この男のことは、どうでもよいな?我さえいれば満足であろう?」
「はーッ、はっ、あ!」
痛みだ、痛みしかもう頭の中になかった。地面から生えている痩せた雑草を掴もうと、この痛みを紛らわせることは出来なかった。背中を覆うようにかぶさってくる元就様の熱が無理やり割り入ってくる、ああ、痛い。
「も…いや……ぁ…」
「可愛い…可愛い舞雷…」
血で結合部がぬめってくる。それでも痛みはちっとも紛れず、せめて気を失わせてくれればいいのにと…兄の首に手を伸ばした。


*他人が見る前で