どの時代でも後輩というのは可愛いもので、舞雷は兵役したての青年達に激励を飛ばして心を和ませていた。剣の腕ならば、女ではあるが舞雷の方が明らかに上だったから、青年達は彼女に軽く心奪われながらも、その激励を歓迎した。

時間にすれば数分のことだった。舞雷は、訓練に励んでいる彼らの横を通りがてら、労いの言葉と笑顔を投げることで彼らを激励した。それだけだったが、それを許せない者もいる。

「っ!」

すっ、と、実に滑らかに刃が彼女の喉元に用意された。そのまま背後から抱えられるように彼女は捉えられ、人目につかない物陰に引き込まれていく。
壁と茂みに上手く隠れた一角に引きずり込まれた直後、刃はそのままに後ろから、頭やこめかみに接吻されて、舞雷は「またか」と溜息をついた。

「三成、やめて」

舞雷はやんわりと、刃で傷つかぬよう手を上げた。

「そろそろ、私を脅しながら愛情を示すのは、やめてくれない?」

彼女は少し静かに、相手を刺激しないよう諭すような声で云った。勿論、未だ喉元にある鈍色の刃が自分に襲いかかることはまずないと、彼女は知っていた。けれど彼女が物言いを荒げれば、彼が不必要に乱れて面倒なことになる。
舞雷は今に始まったことではない三成の”発作”のことを、ここまでによく理解してきていた。

三成は、やんわりと、しかし強く拒絶を示した舞雷を腕に捉えたまま、彼女の問いには答えなかった。彼には舞雷を脅している自覚がないからだ。

「私は今までに何度となくお前に告げたな、舞雷。私には、お前が私以外の雄に関心を向けることを許せないと。お前の目も耳も喉も、肌も魂も、総ては私の為だけに在ると」
「……ええ、聞いた。聞いたけど、私はそれでいいなんて言ってないでしょ」

狂おしい程に舞雷を愛する三成の言い分は、あまりに一方的で、ひとりの人間に望むには難しすぎることだった。舞雷にはこれを順守することは出来ないと判っていて、三成はこれを順守出来ない彼女を責める。これを舞雷はどうにかしたいと心から願っていた。

彼女はもう一度深いため息を落とすと、刃を引かせる魔法を唱えるか、また効果もなく諭しに掛るかを悩んだ。

「私は、貴方を愛してる。貴方だけを、ね。だけど貴方の浮気を疑ったとして、私はこんな風に責めたりしない。……いいえ、例え貴方が他の女と寝たとしたって、刃を向けて攫った挙句、接吻しながら責めるなんて、こんなことしやしない。私だったら裏切りには真っ当に喧嘩を売るし、過剰な嫉妬ならやんわり控えて欲しいと云うわ」
「………私がお前を裏切ると、そう云うのか」
「違う、例えばの話でしょう。貴方はしないと判ってる。私の云いたいことが判らない?」
「…舞雷、お前は、私を裏切りかけた挙句に、傷ついた私を責めるつもりなのか?」
「……貴方には私を理解する姿勢がないの?」
「私はお前の総てを知っているつもりだ」

舞雷はまたひとつ溜息をついた。そしてそのまま、依然として退く気配のない刃に向かって喉を進め、三成は彼女の喉が裂けるのを忌避して刃をずらす。

「このまま、貴方が用意した刃で私が傷ついたら、貴方はどう思う?貴方が一方的に決めた無理難題に倣えなかった私への当然の罰だと?それとも、ただ自分の所為だなんて微塵も思わず私を介抱する?」
「いや、私の刃でお前が傷つけば、それは私の落ち度だ。私も同じ傷を負って詫びよう」
「……そしてまた同じことが起きれば繰り返す、と?」
「何が言いたい?」
「此処に刃があるということは、貴方の中でどうしても許容できない何かが起きた時、私を裂き殺す為でしょう?私に刃を向けたことを反省し、二度としないと誓えないの?」

その腕から逃げ出さない限り刃が血を浴びることはなくとも、逆を言えば、逃げれば浴びることになる。
舞雷は至極冷静であろうとしたが、此処に来て冷静さを失いかけていた。押し留めていた不満や不安が、彼女の声を震わせる。

三成は、舞雷がこうして時折意味の判らないことを云う事を、心底不思議に感じていた。さっさと彼女に「二度としない」と誓わせ、反省させて、終わらせたいと。そう願っていた。

「貴方はおかしいのよ、三成。刃を下げて。私を殺したいの?」
「お前を殺しなど…」
「私が逃げれば、躊躇わないでしょう?」
「……ああ、そうなるだろう。私から逃げるなら、私を裏切った罰を受けてもらう」
「………私は貴方を愛しているでしょ」
「判っている。だから、私はお前を傷つけたりしない」

舞雷は、三成がやっと刃を鞘に納めるのを見届けた。
そのままなしくずしに降ってくる唇を、彼女は拒まない。ただ合間に深いため息をまたひとつ。

「今度は私が貴方に刃を向ける。そして、貴方に何人も見るな、聞くな。貴方は私だけのものでしょう、と云うわ」
「構わない。お前の基準で私に裏切られたと思えば、その手で私を好きにしろ」
「私はそんなことはしない。して欲しくもない」
「そうか。」


舌足らずの雀たち