早朝。目が覚めた瞬間、三成は跳ね起きた。昨晩睦まじく並んで寝入った舞雷の姿はなく、その代わりに自分が健やかに寝息を立てていたのだ。

元来、自己愛の薄い三成のことだ。並んで寝ていたのが自分の姿だったなんて、気色の悪い他ない。心底驚かされたが、こんなことは(舞雷の場合だが)初めてではなかった。自分であって自分でない者。大谷の悪ふざけで、体と中身を入れ換えられたのだ。

三成はすぐに、今回の被害者がついに自分であったと気付いた。そして舞雷のいる筈の場所で相変わらず寝息を立てる自分の姿を見降ろしながら、それが自分の姿をした舞雷であると確信した。
そこではじめて、ようやくといったところで三成は己の体を見直した。見慣れているが視点の違う、愛おしい舞雷の体だ。

「刑部、舞雷が目覚める前にこれを正せ」

三成は、彼自身からしても不思議な程に冷静だった。今までに数人の男達が舞雷と入れ換わる事態に見舞われたが、それに必ず巻き込まれて来た三成は、何故自分ではないのかと一度ならず考えた。もちろん邪な気持ちからではない。舞雷のことを舞雷の側から知ることが出来れば、それは至上の喜びだと思っていた。
だが実際そうなってみると、三成は極力何も考えぬようにして大谷の元に走っていた。

「……われはてっきり、ぬしは歓喜して礼を云うのだろうと思ったが」
「私もそうだ。そうなるだろうと思っていた。だが、やはり私には耐え難い…!」
「何に、だ、三成?その体の重さ、視点、震える喉、響く耳。ぬしの五感がまさに舞雷の世界だと云うに」
「違う、貴様の云うことは正しい、だが…、だが!」
「………」
「これを感じたのは私が初めてではない!今までに舞雷の体を味わった者が何人いると思っている!?」
「あァ、嫉妬か」

三成が叫んだ通り、舞雷は今までに大谷含め何人かの男と入れ換わったことがある。三成にしたらこれは今更なことだったのだが、当然耐え難いことだった。

頭を抱え、喜ぶべきだが嫉妬に狂い悶える三成を前にして、大谷はこのことをまた反省した。今回のことは彼や舞雷をからかうつもりではなく、むしろ労うつもりでらしからぬ『善意』を見せてのことだったからだ。

「(やはり…われには不幸が似合い、か)」
「舞雷…、舞雷は私に成ってどう感じ、どう動く!?刑部、舞雷も目を覚ませば私と同じく私に成った歓びと嫉妬で苦悶するに違いない!先に言ったとおり、今すぐにこれを正せ!」
「いや三成、あれはぬしのようには思わぬであろ。大方ぬしの刀でも抜いて振り回しはじめるか、もしくは徳川の元へ行ってぬしらしからぬことをしでかすか…そのくらいよ」
「………よく考えろ、刑部」

結局、舞雷になれたことを喜ぶ暇など三成には与えられなかった。こうなっては一刻も早く元に戻ることしか考えられない。
自分と反対に悠長に構えている大谷を前にして、三成は怒鳴るのをやめ、静かに低く、告げた。

「確かに貴様の云うことにも一理ある。が、舞雷は自分が私の姿をしていることに気づいた後、まず何をする?貴様の元へ走ってきて、何と云うにせよ笑う筈だ。ごきげんでな。当然私の姿でだ。そんなものを見たいのか?」
「………」

大谷は口には出さなかったが、そんなもの見たくないと。そう強く思った。

三成に賛同した大谷はその場ですぐに二人を元に戻した。
大谷の前で、舞雷の姿をして悶えてみたり睨みつけてみたりと忙しなかった三成は本来の姿に戻り、それに続くように襖が開いた。

「刑部様――っ!私、三成様になっちゃいましたよ!これから家康様のところに言って色々と謝ってこようと……って、あれ?みつ、三成さま……?あれ!?」

現れたのは、道中元に戻ったことに気づかないままとびきりの笑顔で飛び込んできた、舞雷。

「……だから云ったろう、刑部」
「…われも同じ言葉を返そう」
「??(寝ぼけてたのかな?)」


石田三成