体が重く、視点が低い。少し歩いただけで軽く息切れする程だ。寝起きだった舞雷は訝しげに眉を寄せ、顔を洗いに出て行ったのだが、どうも勝手が違う。
普段、どこか天然の舞雷である。いつもならもっと後になってから気づくのだが、いい加減己の身に起こった事象に気づくのも早くなった。 視界に飛び込んでくる自分の手の、なんと丸いこと。太ももの、なんとむちむちなこと。
「も、もち肌……!」
次いで頬に触れた舞雷は、そのふくよかでもちもちした肌に、軽く感動したものである。
「それにしても、この体は一体……」
実は、舞雷は金吾の話を軽く耳にしたことはあるが、会ったことはない。姿見を前にして肥えた男の容姿をくまなく確認してみたのだが、その正体は掴めなかった。 正体不明の男の体と入れ替わってしまっては、本来の自分の体の所在がわからない。今頃、この姿見に映っている男は自分の姿をしている筈だが、一体どう反応するやら。舞雷はとても心配になったが、どう見ても害のなさそうな姿を見て、とりあえず前向きに考えることにした。
とにかく、黒幕である刑部大谷を探し、すぐに元に戻してもらえばいい。 舞雷は重い体で城内を駆けずり回り、大谷の姿を探した。当然すれ違う面々は驚いた顔をするのだが、皆見て見ぬふりをした。
「ど、どうやらこの男は…、見たまんまその辺のおぼっちゃんなんだ…」
これが他武将ならば、敵対したり挨拶されたりと周りの連中の態度がせわしない筈だったが、それがない。 舞雷は安心し、これなら三成に万が一見つかっても、いつものような騒動にはならないだろうと思った。
しかし。
「っ、金吾……だと?」 「あ、三成さま……知ってるんですか?」 「とぼけたことをぬかすな…!」
大谷が悪ふざけに選んだのなら、三成の知人なのは想像がつく。しかし、遭遇した三成が纏う不穏な空気に舞雷はただならぬ恐怖を感じた。
「貴様なぜ大阪城をうろちょろしているッ!」 「ひ〜〜ッ!!」
元来、たいした理由がなくとも三成をイラつかせるのが上手い金吾のことだ。中身が舞雷でもその姿だけで十分三成を煽ったし、怒鳴られた後の態度がまるでそっくりだったのだ。 三成は疑いもせず、それが金吾だと信じていた。だから、おびえて丸くなった舞雷の首根っこを引っ掴むと、外へ放り捨ててやろうとその体を引きずって行く。
「ぎょ、刑部さまはどこですか!?」 「刑部は政策の為に遠出している。三日四日は戻らない」 「う、嘘…!」 「貴様が刑部に用事もないだろう…小憎らしい顔を晒しに来るな!」 「違います、違うんです、私また――」 「ん……?あれは…!」
城の外に到着すると、三成の目にとんでもないものが飛び込んできた。 初めは金吾の迎えと思しき天海の姿が認められたが、その後ろからひょっこり顔を出したのが、自分の愛しい舞雷だったのだ。
当然、三成は天海を倒すべく、手にしていた金吾(舞雷)を放棄し突進する。 それに強烈におびえた舞雷(金吾)が天海の後ろに隠れると、全てを悟り切っていた天海は仕方なく三成の刀を受け止めた。
「まったく、気の短い方ですねぇ」 「貴様ッ…!!私の舞雷に何をした!!」 「私は何も。ああ、そちらの金吾さんのお尻が痛そうですねぇ、きっと擦りむけていますよ!」 「えぇぇ…三成くん、ぼくの体を大事にしてよ…」 「な…、何?舞雷……?」
相変わらず天海の後ろから窺うように顔を出す舞雷の姿をした金吾は、いつものように足をくねらせて三成に文句を言った。そんなことをすれば三成は怒声のひとつふたつ浴びせるのだが、舞雷の姿をしていてはそれはない。 三成はここにきて、自分が引きずってきた金吾が舞雷だったことに気づき、擦りむけた尻を撫でている舞雷の元に走り寄った。
「舞雷すまない、私はてっきり……」 「い、いえ、私は別に…でも、あの人のお尻がすっかり赤くなってしまいました」 「そんなことはどうでもいい。今痛みを感じているのはお前だろう」 「そうですけど……」 「待っていろ、今薬を――」
持って来て、塗ってやる。三成はそう思ったのだ。何せ愛しい舞雷のためだ。その傷をつけたのが自分であるなら尚更のこと。部位がどこだろうと関係はない。
しかし、しかしだ。これは舞雷に違いないが、姿は金吾。毎度のことだが、三成は自分の考えに吐き気を覚え、目を逸らした。謝罪したのも撤回したい気分だった。
「わ、私は金吾を相手に謝罪を…いや、これは舞雷だが、くっ…!!」 「…三成さま、もう一度、あっちの私に向かって謝ってみたらどうですか?そうしたらたぶん謝りやすいと思いますよ、それに謝るべきはその金吾サンだし…」 「そ、そうか…」
三成は金吾(舞雷)に言われるまま、再び天海の後ろに隠れる舞雷(金吾)の元へゆっくり近づくと、面と向かって上目遣いする姿を前に、
「ッ…!!(なんて愛くるしい姿なんだッ!!)」
異様に興奮して言葉を失った。
「ひぃぃ〜…!天海さま、三成くんがなんか怖いよぉ〜!」 「貴方に萌えていらっしゃるんでしょう」 「え、萌え!?何言ってるの天海様!!」
その姿を見ていた舞雷は金吾の体の尻を撫でながら、遠い目をした。
「私の入った私より可愛いって……」
いっそこの尻をもっと擦り剥けさせてやろうかと彼女は思った。
小早川秀秋
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