自分を心から慕う部下の数名が大捕り物だとはしゃぎながら、お縄につけた間者を引っ提げて来たのはつい先刻。長曾我部は連れられてきた女に全く見覚えがなく、何が大捕り物でぇ、と部下達を叱ってみたが、探りを入れてそれが毛利の送り込んだ忍であると判ったところで、彼らに侘びを入れた。
「しっかし…毛利の奴も落ちたもんだな、俺ンとこの情勢をくまなく探らせる…なんて、そう易々と事が運ばねぇことくらい、想像つくだろうによぅ。こんな甘っちょろい忍なんか使いやがって」 「ムッ…!私のことは何とでも言えばよろしいでしょう!しかし、元就様の英知を疑うような台詞は聞き捨てなりませんね!」 「ああ、だからよ、俺もそう簡単にはいかねぇだろうって思ってンのよ。さしずめアンタは囮役、他に本星が紛れ込んでんじゃねぇかってな」 「お、囮…?!」 「ま、アンタが知らされてねぇってのも不思議なことじゃねぇ。毛利のヤロウのこった、黙ってるだろうよ」 「プッ、アハハ!元就様がそんなこと、よりによって私になさる筈がないでしょう?元就様がおっしゃった通り、貴方って凡な頭なんですね!」 「あぁ!?ったく…おめでてぇ奴だな…。自分の境遇わかってっか?これから牢屋行きなんだぜ?」 「はは、は……」 「……まぬけな くのいち だな…」
これは本当に彼女は囮で、他に本星がいると踏んだ長曾我部は、部下達に彼女を牢へ運ばせると、他の間者への警戒を強めた。
長曾我部が捕らえた彼女を必要以上に尋問しなかったのは、彼女が問われてすぐに毛利の手の者であること、情勢を探りに来たということを吐いた挙句、忍としての職務遂行能力が劣っていると判断したからである。 当然、処断は後回しに、本当に知られては困る情報の隠蔽に奔走していたのだが、丸一日経っても他に間者の影はない。だがどう考えても毛利がこの少々まぬけなくのいちに重要な仕事を与えて単身寄越すとは長曾我部にも考えられず、また他の荘厳な悪巧みがあるのではないかと余計に頭を捻らされる羽目になった。
「〜、ああくそッ、面倒くせぇ!!」
酷い頭痛が襲ってきた頃、長曾我部は考えるのを止めた。第一、彼にしたら毛利の悪巧みを成功させたくはないが、理解もしたくないだろう。 なんにせよ、まず捕らえた囮の女をどうにかしなければ。とりあえず毛利に文句を言う材料にして――と牢へ足を運ぼうとした時、かわいい部下の悲鳴に近い叫び声を聞いて、彼は向きを変えた。
「どうし―――って、毛利!?」 「騒々しい…少しは静かに出来んのか」
騒動の渦中に到着すれば、そこには意外過ぎる相手が立っていた。毛利のすぐ背後には、毛利軍の船が数隻目に止まる。 敵襲ではないようだが、あまりありえない展開である。驚いて目を丸くしている長曾我部たちを尻目に、当の毛利は涼しい顔で、長曾我部に歩み寄る。
「して、返して貰おう」 「あ?何を」 「とぼけるな……我のかわいい小日輪よ」 「しょ、小日輪だぁ〜!?」
長曾我部は至極まじめな毛利を前に、何を馬鹿なことを言っているんだとさも言わん気に声を発した。それを察し、毛利は機嫌を損ね、彼の足を踏みつける。
「いって!何しやが――」 「聞こえなかったか。我のかわいい小日輪をただちに無傷で返せ。舞雷がもし、僅かでも心身に傷を負ったり、不安を感じたとあらば、我は容赦せぬ。今ここで貴様を断じる所存ぞ」 「だから、てめーは何を言ってやがんでぇ。小日輪だか舞雷だかしらねぇがなぁ、」 「我の舞雷の名を軽々しく口にするな!」 「………あ、何となく読めてきたな…。あの女のことで、盲愛してて能力うんぬんなんて見極めちゃいなかったと」 「何をぶつくさ言っている!」
いくらなんでも長曾我部はここに来て全てを察した。 先に捕らえた忍の女、彼女こそが毛利のこだわる小日輪、舞雷。見ての通り、毛利は盲愛するあまり彼女に対して冷静な頭など働かないと見える。
長曾我部は、毛利の最大の弱点とも言える彼女のことをすぐさま開放することを選んだ。彼女を材料に毛利を脅してみてもいいのだが、何となくそれは気の毒に思えたのだ。送り込んでみたはいいが、一日戻らないだけで危険を顧みず自ら乗り込んで回収にくる程だ、この孤独な一匹狼も人並みに他人を愛しているんだなぁと、長曾我部は妙にしみじみ思ったものである。
「おら、連れてきてやったぜ。連れてとっとと帰りやがれ」 「も、元就さま〜!!」 「舞雷、大事ないか?あのけだものに触れられてはいまいな?」 「はい、大丈夫です…!申し訳ありません、舞雷が至らぬ所為で任が筒抜けに…」 「そんなことはどうでもよい。そなたが無事に戻れば、我は何の不満もない。それより、危険な任をそなた一人に与えた我が悪いのよ…」 「何をおっしゃいます!舞雷は…もっと精進して、元就様のお役に立てるよう勤めて参ります!」 「舞雷…!そなたの何といじらしいことよ…!」 「…………あのさ、毛利?毛利さん?早ぇとこ帰ってくれるとありがたいんだがな?」
親切を仇で返されるとはこういう心地か、と長曾我部は苦虫を噛み潰す。 確かに良いことをした。彼の思うとおり、毛利にとって舞雷は唯一無二の存在で、心から喜んでいるようではあったが。
「そなたは我の傍で我が心を照らしていればよいのだ」 「でも…もっとお役に立ちたいんです!」 「その心だけで我は十分満たされたぞ」 「元就様……」 「舞雷…」 「…………あの…まじで帰ってくんね?」
正直誰の目にも痛い光景である。
無二の天照
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