「舞雷お姉さま〜ッ!」

数メートル向こうから、手を振りながら小走りに駆けて来るのは鶴ちゃんだった。私はまだ人混みしないカフェの前に立っていて、彼女は偶然通りかかったらしかった。
本来、私は孫市程お姉さまという感じではないのだが、いくらか年の離れた鶴ちゃんにとっては、私もかろうじてお姉さまと呼ぶくらいに頼りになる年上の女性らしい。もちろん頼りにされるのは純粋に嬉しいし、いくらか小恥ずかしいことを除けば悪い気はしなかった。

「偶然ですねっ!私、一人でウィンドウショッピングに来たんです!舞雷お姉さまは、誰かと待ち合わせ中ですか?」
「ええ、そうなの」
「わぁ、デートだなんて!うらやましいです!でも、許せないですねっ。舞雷お姉さまを待たせるなんて!」
「違うのよ、つい早くつきすぎちゃって。あの人は遅刻するタイプじゃないし、待ち合わせ時間まであと7分もあるんだし……」
「舞雷お姉さまとのデートだったら、十分でも、三十分でも、いえ!一時間くらい先に来て待っているのが当然ですっ!」
「私は…あの人を待つの、嫌いじゃないもの。それに、そんなに早く来て待っていてもらっても、長く待たせてしまったことに気負いしちゃうからね」
「もう…っ、お姉さま、いじらしいです!」

私のことをいじらしいと言うならば、あのミステリアスな男性に恋している鶴ちゃんの方がよっぽどいじらしいと思う。初めは名前も知らなかったのに、ここ最近では何度か出かけてもらえる位には仲を深めているらしい。

その彼とはその後どうなの?と尋ねようとしたところで、さっき鶴ちゃんが来た方角とは間逆の方から、待ち人――三成の姿を見つけた。

「舞雷お姉さまの恋人ってどんな人なんですか?今まで私の恋愛相談ばっかりしてて、よく聞いたことがなかった気がするんです……」
「そうね、そういえば。でも、私だって聞かれてもよく話せなかったと思うわ。やっぱり…恥ずかしいもの」
「え、そうなんですかっ?舞雷お姉さまって…いじらしいうえに、はにかみ屋さんだったんですね!」
「…なんだ、友人か?舞雷」
「あっ、え、この人が舞雷お姉さまの…?」
「ええ、友人で、恋人よ」

私は到着した三成に鶴ちゃんを示して友人と言い、軽く驚愕している鶴ちゃんに三成を示して恋人だと紹介した。

三成の方は挨拶もせず、鶴ちゃんを一瞥しただけで私の腰に手を回した。まだ待ち時間まで五分はあったが、耳に唇を近づけて待たせたことを詫びてくれる。
異様に驚いている様子の鶴ちゃんは何も言わなくなってしまった。知り合いだったのか、それとも想像していた姿とあまりにもイメージが違ったのか。

「鶴ちゃん…?知り合いだったの?」
「えっ、いえ、」
「私の方は覚えがない。大方、感じの悪い男だとでも評したんだろう」
「ギクッ…す、するどいですね…!」
「ふ、ふふ…!」

感じの悪い、とは自虐的なせりふだと思った。確かに三成は少し顔つきが怖いし、多少短気ではあるが誰よりも誠実だ。
そして鶴ちゃんの純真無垢で正直なところは、悪意がなくてとても好きだ。二人のこの一瞬のやり取りが面白くて、自然と笑みがこぼれた。

「お二人はこれからどこへ行くんですかっ?」
「今日は舞雷の希望でこの辺りの散策だ」
「つまり、ウィンドウショッピングよ。一緒に来る?」
「えっ、いいんですかっ!?」
「おい…舞雷!」
「だって、目的が同じだし、女の子がいた方が服を見るのも楽しいと思って。いけない?」
「……お前がそうしたいのなら好きにしろ。ただし、私はお前には買ってやるが、その小娘には何も買ってやらん」
「そんなこと望んでませんっ!」
「私にだって買ってくれなくていいからね」

三成は私に回した腕はそのままに、そっぽを向いた。

通りを歩くだけで見るに十分なショーウィンドウが多列している。それを片っ端から覗き込みながら歩き、時折店内を何周かして、小さい買い物をする。
これを数軒繰り返し、カフェで一息つこうと私が提案すると、鶴ちゃんは可愛らしく手を上げた。

「私、これでおいとまします!」
「え、そう?まだ二時間くらいしか経ってないのに。この先のお店、お気に入りでしょう?」
「はい、でも…どうしてでしょう。私もあの方に会いたくなってしまいましたっ」

鶴ちゃんは頬を薄紅色に染めた。
私は、彼女の言葉を聴いて軽く反省した。鶴ちゃんには良い関係を築いている相手がいるからあまり気に掛けなかったのだが、カップルと一緒にいて寂しい気持ちにさせてしまったかも知れない。
思い返せば、恥ずかしさのあまり消えてなくなりそうな有様だったのだ、私と三成は。だだそこに第三者が加わったというだけで、二人でデートしている時と大差なく触れ合っていた。

「あれ、どうしたんですかっ、お姉さま?」
「舞雷…熱でもあるのか?」
「い、いいえ!」

私の方はもっと赤くなった。そして、三成の手が額にかかり、更に赤くなった。


薄紅色と赤