はじめはただただ驚いた。けれど案外口から飛び出た悲鳴は短かったし、湯殿の外まで響き渡るような声量でもなかった。
大暴れする心臓が痛い気がして胸をおさえつつ、悲鳴を上げた原因を凝視する。どうやら私が入浴中だとは知らずにやってきた三成だ。

向こうも向こうでそれなりに驚いたらしく、私のように悲鳴を上げたり身構えたりはしなかったものの、軽く目を見開いて硬直した。
そのまま、二人して互いを凝視したまま数秒時が止まった。

そして我にかえった次の瞬間、三成は謝罪して踵を返す筈だった。いや、そうするべきだと思うのだが。

「いやいや何で普通にこっち来てるの?!逆じゃないの?!女性が入浴中なんだよ、失礼しましたとこの場を去るのが礼儀正しい男だよ!」
「舞雷の驚きようには私の方も驚いたが、何を無礼と思うべきなのか判らん」
「は?!」

何をどう勘違いしているのか、三成はごく平然とした態度で私の隣に座ると、未だギャアギャア文句(正論だ!)を言っている私を見つめ、握っていた桶を奪った。
勿論、完全に裸なのだ。この無防備さでは桶だって服に見えてくる。それを前触れもなく奪われた瞬間、また私は短い悲鳴を上げた。

「ああぁ嘘嘘嘘!本当に三成鬱陶しい!どっか行ってよ!!」
「私は入浴しに来ただけだ。邪魔はしていない。それともそんなにこの桶を使いたいのか?体は流したなら湯に浸かればいいだろう」
「さっきから本気で言ってる?!」
「…………?」
「ああああああ!!」

これがまだ夫婦とかなら赦せるのかも知れないが、そうじゃないぞ。

三成は私のこの普通の反応を怪訝そうに見つめている。
私としても早く湯に浸かって十分に温まったら出ていきたいが、湯に浸かるには立ち上がらなければならない。そして、裸のまま片足を上げる必要がある。最悪湯に浸かるのを諦めるとしても、裸のまま立ち去る後ろ姿が完全に見えてしまう。

女として、あるべき羞恥心の為…!必死に体のほとんどが見えないように丸まっている私の努力が、何故この男に伝わらないのだろうか!

……もしかして、この男…この年で女の体に疎いのだろうか?女体の色っぽさを知らないのだろうか?
小さな子供と同じような、あまりにも"うぶ"だからこその反応だとすれば…、今ここで教育してやった方がいいのかも知れない。

「よくお聞き三成くん……!」
「何だその口調は…」
「年頃の…そう、私と君のような大人の体になった男女はね、子供同士や親子のように、すっぽんぽんで閉鎖的な空間に籠ってはいけないんだよ。いい時もあるよ、それは、とてつもなくいやらしい時だけ…!」
「…………」

三成は湯をかぶって濡れた髪を掻きあげている。おかげでいつもは見えにくい眉が良く見えるのだが、これがまた、怪訝そうに激しく歪んでいるのが良く見える。
大体、教えようにもどうしたらよかったのか。自分でも言っていることが良く分からないが、三成も判っていないようだ。

「どうした舞雷、さっきから挙動不審だ」
「……もういいや、自分でも判らなくなってきた。三成…とにかく聞くけど、どうして平気でそこに座っちゃったの?裸の私がいることに抵抗は無いの?」
「………」

これで全く何も感じていないと答えてくれれば、もう「三成は無垢なんだな」と思って立ち去ることにしよう。そう思った。思ったのだが。

「私は抵抗など感じない。むしろ、此処で会ったのは偶然だが僥倖と捉えるべきだ。自然にお前の体が見られるしな」
「………え」

あれ?

二人の間に寂しい沈黙が流れた。

「む、無垢なんだよね?うぶ、なんでしょ?三成は!!」
「やめろ…いくつだと思っている」
「体が見れるって、何!?」
「言葉通りだ」
「いやそれは男なら誰しも思うけれど誰しもが理性で押し殺すところでしょうが!!」
「そうなのか?」

うぶじゃないとして…これは、何だろうか!!

「…私とてこれがお前でなければすぐに退室したが、居合わせたのが舞雷となれば話は別だ」
「……ああ駄目だ……」
「舞雷?」
「一つの言葉しか……」
「愛しい女を相手に理性を殺せる男などそういまい」
「へん…、へん……!」
「聞いているのか?」
「変態……!」
「……何…?」

他に形容する言葉が見つからないよ、三成くん。


目を閉じてもらおうか