時は、刻一刻と迫っている。

盆の上に零れたお茶を拭いていると、女中頭が通りかかって何事かと聞いてきた。判るだろうと思いながら、三成様にお茶をお出ししたら怒鳴られ、驚き、湯呑が倒れたと答えると、彼女はねぎらいの言葉だけ残してすぐにいなくなってしまった。

盆と湯呑が綺麗になると、私はすぐに新しい茶を注いだ。勿論運ぶ先は三成様の元以外にない。いくら数分前に「いらん!執務の邪魔をするな!!」と鬼のような目で睨まれたとはいえ、ほんの少しでも時間稼ぎが必要だったのだ。

「三成様、あの…」
「次に茶と口にすれば刹那に切り刻む。そうでないなら用件を言え」
「失礼致しました!」

が、いくらなんでも間髪いれずに茶を運ぶこと十回目。いい加減三成様も我慢の限界だろう。
瞬時に方向を変え、盆の上に乗った湯気のたっている茶を見つめる。茶を出す以外に、私が三成様の執務の邪魔をし時間を稼ぐいい方法は…?ない。ないぞ。

そもそも、何故私が三成様の妨害を企んでいるかというと……

「あっ、いたいた」
「舞雷様…何かご用ですか?」
「元就さんがお茶欲しいって言うんだよね、それ貰っていい?」
「……どうぞ」

そう、あろうことか三成様に挨拶ひとつしないまま舞雷様の私室に上がり込んでいる毛利元就…!あの男の所為なのだ!

予てから性格に難ありとの噂があったが、これがまた噂以上。しかも鬱陶しいことに甘味好きの繋がりとかで、舞雷様とそれなりに親しくしている。
今回大量の菓子の類を持ち込み、大谷様に軽く「邪魔するぞ」とか言ったあと、熱心に執務に取り組む三成様を無視したまま、人妻の私室に籠っていた。
これを三成様に見せまいと見せまいと見せまいと…!!いつかの真田様来訪の時の惨事より酷いことになるのは目に見えているからこそ、更に見せまいと見せまいと、見せまいとして!終わりそうな執務を引き延ばそうと茶を出しまくり努力している私の影で……!あなたが茶!?

「ん?どうしたの?震えてるけど…寒いの?」
「い、いえ…!違います…!!」

このやるせない気持ちといったらない。たまらず震え、湯呑がガタガタ言うと、舞雷様が心配そうにこちらを覗きこんだ。
それに微かに癒されながら、なんとか震えを抑え込み。

「舞雷様、毛利様がいらしてから何度となく忠告しましたが…三成様に内密に他の殿方と私室で過ごすなんて、怒りを買いますよ!」
「……うん…そうだね、三成様って私が誰かと甘いもの食べてるとすぐ怒りだすもんね…」
「え?いえ、甘いものは関係ないかと……」
「三成様もうすぐ仕事終わる?」
「そうですね、もうさほど残っていない様子でした」
「じゃあ…お茶渡したら、元就さんを隠そう」
「………」

どうも誤解があるような気がするものの、とにかくやっと舞雷様が怒り狂うであろう夫への対策を考慮しはじめてくれたことを良しとしよう…。

「元就さん、お茶持ってきてくれたよ。飲んだら隠れてね」
「ここの女中はそなたが探しに出ねば捕まらぬのか。……隠れる?」
「仕事終わったら三成様、多分此処にくるけど、誰かと甘いもの食べてると怒るんだよ」
「見苦しい嫉妬か…。理解出来ぬ」
「押し入れにする?床下がいい?」

毛利元就は私に一瞥もくれず茶をひったくり、静かに啜りながら舞雷様が変なことを言っているのを見守っている。

「前三成様が怒って幸村君を倒した時はね、上に忍の人がいたよ!」
「我は忍ではない」

早々に空にした茶を盆に叩きつけられた。(この野郎…)

「よいか舞雷、我はれっきとした賓客。その我が行儀よくしているというのに、怒り狂うのは門違いというものだ」

何を言っているんだこの男は。

「そなたに上等な菓子を土産にやり、ただ横に並んで睦まじく、共に茶を飲み甘味を味わっただけであろう…。それで怒り狂うなど、奴はどうかしている」
「そうだね、自分は甘いものいらないって言う癖に!」

確実に何か誤解しているが言い包められないでください舞雷様!大体この男…!判って言っているに決まっている!睦まじいことこそ怒る原因だというのに!!

しかし私にどうすることができるだろうか?完全にいないものとして扱われている以上、口を挟んでもこの男には届かないだろう…。それに、舞雷様に何か言っても、この狡猾な男がすぐに都合の良いように舞雷様を誘導するに決まっている……。

もう、どうすることもできないのかな?

茫然としていると、二人はまた肩を並べて桜餅を突きはじめた。

「こんなことが……」
「…ん?(まさか……!)」
「赦されていいのか…!?」
「あぁぁ…!」

怒る背後の影…が……!


そして私は戦慄く!