「白か?」 「………」
何がだ、と。 朝一番に神妙な顔つきで端的に問うてくる毛利に、その質問の意味を問い返さなくなったのはいつからだったか。 毎朝顔を合わせた途端、同じ質問で舞雷を問い詰めるのは毛利の日課となっていた。
この日も漏れなく舞雷に質問を投げた毛利は、至極冷静に見えた。誰の目にもそう見えるが、実際にはそうでもない。毛利が口にする質問の意味を理解している舞雷はじめ数名だけが、この面に隠された彼女への些か屈折した情熱を知っている。
「違います」 「ならば、黒か?」 「違います」 「…紫か」 「違います」 「ああ、あれか。一色ではないものであろう」 「一色です」 「……柄ものか?」 「苔色ですよ!」 「苔色?苔色とは、そなたどうしたのだ…」 「どうもこうもないですようるさいな!」
実際のところ舞雷の答えは白で合っていたのだが、快く返事をする気はなかった。 というのも、こうも執拗に毛利が訊ねるこの質問、何を隠そう下着の色のことなのだ。
初めて会った時の毛利の印象は、整った顔立ちだが性格は冷淡そうで、実際にそうだった。それを敬遠していた舞雷だったが、いつからか毛利の側から親切にしてきたので、自然に友人になった。だが友人になって数日後、この日課が始まってしまったのである。
「わざわざ苔色など選ばずとも、近いところなら緑にすればよいものを。なぜ苔色なのだ?そなたに似合わぬぞ」 「放っておいてくださいよ!」 「昨日はあずき模様、一昨日は土色、その前は――」 「あーー!やめろ!!」 「この頃のそなたは下着の選び方がおかしい。よって、我がそなたに一番似合うものを用意した」 「ちょ、は?用意?下着を?毛利さんが?」 「うむ」
毛利の言うように最近の返答を嘘で固めていたのが災いしてしまったらしい。しかし下着を用意したと言い張る毛利を相手に、彼が女性用下着を買ってきたという事実に舞雷は驚いた。
「毛利さん、下着買ってきたんですか」 「いや、実際に買いに行ったのは我ではなく長曾我部ぞ。しかしどういうものがよいかは伝えた」 「可哀想に…長曾我部さん…」 「もうすぐ持って来る」
何にせよいらないと思った舞雷は心底うんざりしたが、本当にすぐに長曾我部が視界に現れ更にうんざりした。長曾我部は決して毛利と結託して舞雷の下着の色など責めないが、毛利に頭が上がらない節がある。本当に買ってきたに違いない。
「うわぁ嫌!嫌ですよ!その袋をこっちに向けないでください!知ってる下着ブランドの名前が書いてある!」 「……そうだろ?気持ち悪ぃよなァ。恋人でもねえ男から下着貰うなんてよぅ…買ってきた俺が一番被害者だけどな…」 「しかと指定通りのものを買ったのであろうな?黒の細いの。黒の細いのだぞ!穴が開いていてひだのある」 「それ聞いた時も言ったけどよう、毛利…アンタ莫迦だよな…。無理すんなよ、知らねえんならよ」 「何ですかその情報…下着下着うるさいくせに意外と…」 「レースとか穴とひだだからな」 「黙れ!我が女の下着なんぞに詳しい筈あるまい!興味があるのは舞雷だけよ!」
此処でようやく毛利が冷静さを失い、忌々しそうに怒鳴った。表情もいくらか苦々しい。 長曾我部は渋い顔で紙袋を遠ざける舞雷を横目に見ると、深く溜息をついて毛利に詰め寄った。
「…今からでも遅くねぇ、俺が口説き方教えてやっからよ、とりあえずこの下着はアンタがはきな」 「なっ…!!」 「自然に舞雷の下着見れるような関係になったら買ってやれよ」 「や、やめてくださいそういう発言は…!」 「おのれ長曾我部…!……よかろう、引き下がってやる。だが口約通りそなたの少女時代の写真をそこかしこにばら撒くからな」 「いやいやだから口説き方教えてやるって!舞雷落とせるからよ、それでチャラにしてくれ!」 「フン」
毛利は紙袋をひったくると、苛立ち混じりに去って行く。
「…大人しく持って行ったけど…はくんですかね?穴とひだがある黒の細いの」 「履くんじゃねぇ?…あれ男物だからな」 「……そうなんですか」
なにいろ?
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