昨日はちょっと遅くまで孫市と長電話していた所為か、今日は妙に眠い。先生が読み上げる教科書の英文が子守唄か催眠術のように思えてもの凄く辛かったが、それもようやく終わった。授業の終わりを告げるチャイムならいつだって歓迎だ。けれど次の呪われた始業チャイムまでは十分と無いのだった。

この短すぎる授業間の休み時間では仮眠するにも足りないけれど、昼休みならちょっとくらい眠れるかも知れない。そろそろお腹も空いてきた。幸いにも、あと一時間分授業を受ければ嬉しい楽しいランチタイムだ。

教科書を入れ替えて机に突っ伏し「お昼ー!」と叫ぶと、後ろの席から孫市に「うるさいぞ」と怒られたので黙ることにした。

「舞雷」
「ん?」
「顔を上げよ」

黙ったには黙ったが机に突っ伏したままだった私の後頭部を「ぱさっ」とノートか何かで叩いたのは、隣のクラスの毛利君だった。顔を上げると、彼の手には私のノートがあり、ぱらぱらと中身をチェックしているじゃないか。

「何をしているんだね!」
「…これ程中身のないノートは初めて見た」
「失礼な…。遠路はるばるそんな嫌味を言う為に来たの?毛利君!」
「遠路ではない。今日の昼を共にどうかと誘いに来たのだ」
「お昼!」
「…違う。まだだ、立つな」
「あぁ…そうか、あと一時間だった…」
「弁当を持参したのか?」
「うん」
「ならば、休憩に入り次第美術室に来い。人が少ないからな」
「いいよー」
「よし」

用件だけ済ませると、毛利君はノートを私に突き返してツカツカと帰って行った。
訪問者が帰ってしまったのでもう一度机に突っ伏した直後、今度は背中からペンか何かで攻撃してくる者が。

「孫市君やめて…」
「本気で誤解する奴が出るから孫市君はやめろ」
「姐御すぎるんですすいません…」
「……今日は石田と先約があったのではないか?」
「そうだね。そうだ。でも石田君と一緒に美術室行けばいいんじゃない?」
「本気で言っているのか?」
「何が?」
「石田も毛利も、邪魔が介入することをよしとしない」
「邪魔?」
「……つくづく二人も苦労するな」

なんなんだ、姐御。わからないぞ。
確かに私はしょっちゅう石田君と毛利君にあれやこれやと誘われるけど、別に恋人じゃないのだ。どちらかと付き合っていたらちょっと気にするが、友達同士で邪魔とか言われても。

「ねえ石田君!別に気にしないよね、毛利君と似てるもんね、気が合うよね!」
「合う筈があるか…!!」

私の斜め後ろ、つまり孫市の隣に石田君がいるのだが。振り返って聞いてみたら石田君はわなわなと震えていた。元々無愛想な彼だが妙に威圧感が…怒りのオーラが……

「まだ私との約束を忘れている方がましだ!」
「え、何で?!忘れてる方が嫌でしょ普通!忘れてないぞ、舞雷ちゃんは覚えていたよ!」
「断れ!断って来い!私との約束が先だ、私を裏切るのか!毛利と合流することなど許可していない!」
「心狭いなぁ石田君は」
「心の狭さなど関係ない!」
「ああ…さては毛利君と喧嘩したんだ?駄目だよ毛利君に口で勝てる人なんてそういないんだから…」
「だからそういう問題ではないと言っている!断って来い舞雷!」
「もう一分しかないもん。遠路はるばるいけないなぁ」
「往復で一分もかからんだろう!」

石田君は妙に憤慨していて机を叩きまくっているが、どうも釈然としない。大谷君を入れてドSの三冠と名高い二人が仲良くしている姿…は見たことないけど仲悪いとは思わなかった。
そういえば今までしょっちゅう二人に誘われるのに、一緒になったことがなかった。地味に仲が悪くてお互い避けていたのだろうか。

石田君のこの嘆きようも異常だし、なんだか悪いことしちゃったかな。

「ごめん石田君、そんなに毛利君嫌だと思わなかった」
「判ればいい…断ってくれるな」
「ん、でも間に合わないから。お詫びに仲取り持つから仲直りしてね!」
「なっ…!!何を誤解している舞雷、違――」
「あ、チャイム。二人を宥める殺し文句を考えておくとしよう!」
「単に邪魔なだけだというんだあぁぁ!」
「…憐れだな」

結局昼前の最後の授業の間中、石田君は何やらブツブツ言っていたようだ。
私は黒板も写さず、さっき毛利君に莫迦にされたノートに二人を仲直りさせるとっておきの文句を考えては書いて行った。喧嘩の理由も知らないので、どんな内容の仲違いにでも通用するものがいい。結果、一番効果的だとして採用したのは「私の為に争わないで!(笑)」という、ふざけ半分で場を和ませるという最高の策略が練られたこれだったのだが、二人はどんな反応をするだろうか。


結構合ってる