「…何だと?」
「ですから、お暇を頂きます。理由は察していただけますね」
「待て舞雷、そのようなことを私が赦すと――」
「貴方に責らしい責があるとは申しません。単に私が我慢ならなくなったのです。もう、何にも妥協出来ない程に私は限界なのです」

極めて気丈にふるまって三成様に進言すると、三成様の表情は苦悶やら憤りで一杯になってしまった。

既に家の両親には、数日…あるいは数ヶ月、……いや、死ぬまでに及ぶかもしれないが、傍に置いて欲しいと文を出してある。

こうなったのは、やはり己の内に巣食う醜い嫉妬故だった。太閤の命でぞんざいに扱われることを前提とした側室が三成様に迎えられたが、どうしてそれを完全にいない者として扱えるだろうか?
三成様は確かに、私に約束した通り極力その女に気を赦すことはなかったものの、女が執拗に彼の気を引こうと近寄れば、それから逃げることは出来ない。
それでも私が寵愛を独占しているのは誰の目にも明らかだったが、女は正室の私よりも身分の高い女で、こちらを敬うどころか、いずれ三成様の寵愛を横から攫う腹積もりを口にして画策している。

そんなことに誰が耐えられる?
よくも今まで持ったものだ。

私がもっと強く側室と戦えれば良かったのかもしれないが、元は太閤からの望みでやってきた女だ。太閤の顔を立てる意味で、表だって争うことは出来ない。それに相手の方が私よりも幾分か狡猾で、問題を起こした時点で私が完全なる悪者にされることは目に見えていた。
同じく、予てから太閤には、私のことしか愛ではしないと承諾をとってはいたが、三成様も強くは邪険に出来ないのが現実。
このどうしようもない泥沼から這い出るには、ただ逃げることしか浮かばなかった。けれどこれが、最善だと思った。

「私が離れている間、あの娘は好機とばかり貴方の寵愛を盗まんとするでしょうね」
「…暇をやるつもりはない。お前の言いたいことは判る、判るが…何も離れることはないだろう」
「離れずにすむ方法ですか?その為に、三成様にしていただきたいことがどれだけあるか。でも、あの時のように嫌だ嫌だと喚くだけ。それを聞いても、三成様は同じように、仕方ないと答えるのでしょう?だから、結論付けました。溺れる前に泥沼から一度這い出て、泥を落として休もうと」
「そしてその間私に近づくあれに我慢がならなくなるのだろう。戻って、本来お前がいた筈の場所にあれがいるのを目にした瞬間、それこそ離れていた意味も無く嫉妬に狂うぞ、舞雷」
「そうでしょうね」
「……何?」
「解決出来るとは思っていません」

このわだかまりが無くなるなんて、それこそ夢のような話だ。

「私がもう少し嫉妬深くなければ良かったのです。普通の女からしたら、今のままでも十分、私は幸運なのに。それでも満足出来ず、結果、子供のように駄々をこねて貴方を困らせる。この苦しみと、愛する貴方を失う悲しみのどちらが本当に辛いのか、試してみるのも悪くない」
「舞雷…その必要はないだろう。お前が延々と嫉妬深さに悩もうと、私を失うことの方が耐え難い」
「……何故断言するのですか」
「私がそうだからだ」

わからない、わからない、わからない。

私を抱きとめて接吻する三成様はこのまま嫉妬狂いの末期の女を行かせないつもりだろうか。もう一度この人の接吻の甘さに負けて嫉妬と戦えるのだろうか。いっそあの女に刃を向けて鮮血を浴びてみようか。嫉妬の極致に佇む私を貴方は愛したままでいてくれる?これと同じ甘い接吻で宥めてくれる?

「…貴方が私の立場だったら憎いあの娘は――」
「既に骸だ」


望むものは多すぎる-続